第3話 新商売


 うーん。やっぱり失敗だったのか?

 客が来ない。というか人が通りかからない。


 ガルバーグさんにお世話してもらって手に入ったのは畳にして二畳ほど。

 2メートル四方ぐらいの小さな敷地だった。

 雨を凌ぐテントすらなく、雨天休業。敷物を広げただけの簡素な店構え。

 看板すらない。

 でもここが俺の店。借り物だけど一国一城の主だ。


 俺の店の両隣、消えかかった境界の線の右にも左にもなにも無い。

 数件分先に、ようやくおばあちゃんが手編みの品を売っている露店があった。

 思っていたよりも寂れたところだった。

 

 そもそも、ここは裏通りの裏通りとも言うべき場所。

 無駄に道幅が広いからこうして露店に貸し出されているのだろうけど。

 表通りはそれなりのにぎわい。裏通りで人通りが極端に落ちるがまあそこそこ。

 裏の裏だと、閑散としすぎてて客なんかくるのか疑問。


 その分家賃というか、毎月払う管理料は破格だったんだけど。

 この雰囲気じゃ儲けなんて出ないかも知れない。その場合は一ヵ月で店じまいだな。


 なんて思いながらぼんやりと教科書を眺めていた。


「薬草屋?」


 ふいに声を掛けられた。危うく聞き逃してしまいそうな小さな声。

 顔を上げると俺と同じくらい――今の年齢の6歳――か少し上ぐらいの少年が店先を眺めながら立っている。

 身なりからしてお金持ちの雰囲気が漂う。

 ピシッと皺のとれたズボンに、白い清潔なブラウス。

 ひ弱そうな体つきと、どこか中性的な顔立ちをしている。

 亜麻色で若干クセ気味で俺と比べれば数段に長い髪の毛もそう言った雰囲気を強調している。


 子供がなんの用だろう。まあ俺も子供だけど。


「あ、はい。種類は少ないですが……」


 と一応敬語で応える。お客様には腰を低くが商売の鉄則。


「見せて」


 と少年は言う。口ではちゃんと断わっているが、その台詞を言い始めた頃には既に勝手に物色し始めていた。


「ふーん」


 と品定めをしながら、二種類の薬草を一枚ずつ選んだ。


「いくら?」


 とそこで試練がやってきた。

 薬草の価格は上下が激しい。季節によっても、地域によっても。

 そして店ごとの在庫状況によっても。


 市場調査と言う名目で、薬草屋を何件か覗いてみたけれども、驚くことに値札の類が一切ついていなかった。

 ガルバーグさんに聞いた話だと、この街の薬草屋は他より一層たちが悪く、客によって値段を決めることも多いらしい。

 ふっかけられて無駄遣いをするのも馬鹿らしい。

 値段を聞いて買わずに帰る客は嫌われる。


 さまざまな事情から、薬草価格については不透明なまま。

 それでも、ガルバーグさんから大体の目安は聞いていた。

 それより少し安めにするのがいいんだけど、値引きしすぎると損するし、高くなっちゃってたら買ってくれないし。


 と悩んでいると、少年が、


「ピセリは300、ピズピは1000」


 とぼそりと呟く。


「えっ?」


 と俺は聞き返す。


「草の値段。あっちの薬草屋。

 半値でいいよね」


 と勝手に話を進めて、二枚の薬草を懐にしまいだした。

 鞄から財布を出して、きっちり750Gを俺に差し出してくる。


「あ、ありがとうございます」


 半値? それって値切られすぎたのか? 露店なんだからそんなもの?

 まあ、ガルバーグさんから聞いていた値段よりは少し安いかな? ぐらいのものだけど……。

 半人前以下の商才しかない自分がもどかしい。


 そんな俺にかまわず少年は、


「明日も開いてる?」


「ええ、多分。天気が良ければ」


 と答えると、返事もせずに帰ってしまった。

 変な奴だ。それでも初めてのお客さん。


 そして、知ってしまった正規の薬草の価値。

 初日だからと、あまり数は獲ってこなかったが、一枚1000Gで売られているというピズピの在庫は10枚ほど残っている。

 上手く売り抜けられたら、10000G! 

 充分な稼ぎになる。


 お客さんがもっとお客さんが来てくれたらぼろ儲けなんだろうけど……。

 翌日は来客ゼロ。あの少年も来なかった。

 せっかく新しい種類の薬草を見つけたっていうのに。




 結局商売としては、儲けは出てるが売り上げは少ないというなんとも微妙な状態だった。

 この一週間で売れたのはたった三回。

 全部あの少年だった。しかもかなり安く買い叩かれている気がする。

 一枚2000Gが相場とか自分で言いながらザギョピを800Gで売れとか言ってくる。

 だけど数少ない――というか唯一の――お得意様だし、文句言っても言いかえしてこないし。

 だまって見つめられるだけ。


 コミュニケーションが成立しないから、もう『もってけ泥棒!』といって投げ売りするしかない。まあ、他に売る方法がないんだし。


 そんな感じで今日も店番しながら、勉強していた。

 少し遠くで話し声が聞こえた。

 あそこはなんだったかな? 乾物屋だったか干し肉屋だったか。

 おじいちゃんといってもいいくらいの男の人の店だ。


 客だろうか? マントを羽織い、腰には剣が見える。

 旅人というか、冒険者だろうな。


 その青年? 若い男? は、乾物屋のおじいさんと二言三言話しては別の店を覗いて世間話を繰り広げる。


 おばあさんの手編み屋さんでも、同じように。ここまで近くなると会話の内容が明瞭に聞き取れる。


「ばあさん何時から店やってんの?」


「はい? それは朝早くから、日の暮れる少し前までやってますよ。

 孫が迎えに来てくれるんですよ」


「いや、ちがくて……。

 何年前から店を始めたの? ってことなんだけど?」


「若い頃はね、ちょっとした洋服屋で働いてたんですよぉ。

 デザインなんかもさせてもらってねぇ」


「いや、若い時の話は聞いて無くてね?

 この場所で店をやりだしたのは何時から? ってことなんだけど?

 わかる? おばあちゃん?」


「ああ、もう5年ほどになりますかねえ」


「五年か……、念のために聞いとくけど、ここで武器屋やってるおっさんが居たの知ってる?

 武器屋って言っても包丁とか、ナイフとかがほとんどだったらしいんだけど?」


「はあ? 武器屋はねえ、出せませんよ。こんなところじゃ。

 最近は厳しくなりましたからねえ」


「いや、昔の話よ、むかしむかし。

 知らないんだったらいいわ。

 邪魔してごめんね。

 ああそう、折角だから何か貰おうかな?

 俺に似合いそうなのある?」


「お兄さんに似合いそうなものですか?

 この帽子なんていかがですか?」


 とおばあさんは真っ赤な帽子ニットキャップを差し出した。


 その若者は、躊躇なくそれを被り、


「ほんとに似合う?」


 とおばあさんに疑問を投げつけたが、


「ええ、とてもお似合いですよ」


 とにっこり笑うおばあさんに毒気を抜かれたのか、


「じゃあ、買うわ。

 いくら?」


 と支払いを始めた。


 その後、若者は俺の店の前までやってきて足を止める。


 思っていたよりもずいぶん若かった。

 20代には届いていないようだ。

 だが、只者ではないような雰囲気。

 剣を携えながらも自然体。

 めちゃくちゃ弱いか、そこそこ以上に強いかどちらかでしか為し得ないことだ。


 それに、顔に刻まれた大きな古傷。

 右目の上下に細長く斜めに入っている。

 転んでできた傷ではないだろう。おそらく魔物の爪痕。

 それも紙一重でかわしたからこそ、傷を負っても失明せずに済んでいる。


 その若者は俺の顔を見つめながら、


「10年……も前からここで店開いているわけないよなあ……」


 と呟いた。

 物騒な傷顔スカーフェイスの割には、どこか間の抜けた印象を受けるなんとも微妙な顔だった。蛇足ながらに言っておくと、男前の範疇には間違いなく入るというところ。


 その独り言のような問いかけに応じるべきかどうか迷っていると、


「ちなみにここ何の店?」


 と聞いてくる。けっこうなれなれしい。

 けどこういうタイプの人は嫌いじゃない。

 なにより、さっき買った赤い帽子をかぶったままなのが笑える。


「見てのとおりですけど?」


「ああ、見たとおりなの?

 教科書やさん?」


 とふざけているともいえない口調で尋ね重ねてくる。


「これは売り物じゃありませんよ」


 と俺は持っていた教科書を置き、薬草の束を指さした。


「こっちが売り物です」


「なるほど、葉っぱやさんね」


 たしかに今日は葉っぱやさんだ。

 香草を獲りすぎてしまって、肉屋のガルバーグさんに仕入れを断られたのだ。

 昨日の分も売れ残ってしまっているとかで。

 捨てるのも忍びないし、と思い店先に並べていた。

 薬草しか売ってなかったら薬草屋だけど、香草なんかも置いているのならそれは葉っぱ屋で間違いない。


 だが、なんだかからかわれているような気がして、俺は少し無愛想に、


「買いますか? 買わないんですか?」


 と聞いてしまった。


 若者はそれに腹を立てるでもなく、


「買わないならとっとと出て行けってか?

 つれないねえ」


 と目を閉じて落ち込むふりをする。あくまでふりだ。

 この手の人間のオーバーアクションにいちいち影響されてはいけない。


「お坊ちゃん、こちらの店主はいまどこに?」


「店主? 一応僕が店主みたいなもんですけど」


「ああそうなのか……。

 いや、珍しいもん売ってるから……。

 いや待てよ。なあ、少年?

 こいつはどこで仕入れたもんだ?」


 と一枚の薬草を指さして聞いた。

 うちの目玉商品――と言っても売れないけど――『ルズ』だ。

 はっきり言って効果は知らない。数日前にたまたま数枚見つかった。

 売れるかどうかわからないから一枚だけとって来て置いてあるのだった。


「見せて貰っていいか?」


 と若者は聞いてくる。


「ええ、どうぞ」


 と応じた俺は、薬草にかぶせてあったガラスの板をずらして手に取れるようにした。


「ふーん。なんの変哲もない『ルズ』だなあ」


 と、裏を見たり表を見たりしながら若者は言う。匂いを嗅いだりもしている。

 それから、少し真面目な表情になり、


「しかも、新しい」


 新しさが価格に上乗せされるのかはわからなかったが、ちょっと俺はドキドキし出していた。

 昨日訪れたあの常連の少年も、この葉を見ると珍しそうな顔をしていた。

 この若者のように手に取りまではしなかったが。


 そこで聞いてみたのだ。


「ねえ、それっていくらなら買いますか?」


 と。帰ってきた答えは、


「今なら、30000ぐらい?

 だけど買わない。いらないから」


 だった。

 三万Gというのは俺にしたら大金だ。買い手が見つかれば大儲けだ。


 そんな狸算用を広げる俺に、若者は、


「これどこに生えてるか聞いた?」


「どこかは……、知ってますけど。

 僕が採ってきましたから」


「うそ!? まじで?

 ボォンラビットとかいなかった?

 それとも……、君ってもしかして……、

 見かけによらず強い?

 剣とか魔術とか?」


 俺はその問いに控えめに答える。この人相手にどこまで通じるかわからないけど。


「剣術は、祖父に習っていたことがあります。でも素振りの稽古しかやってません。

 魔法は少しは使えますけどそれだけです。

 その薬草は、すぐ近くで採れたものですよ。

 魔物が来ない範囲です。

 でなきゃ、僕なんかが採ってこれないですから」


 それを聞いた若者は、突然姿勢を正した。


「俺の名は、ムル・アイスソード。

 各国のギルドをまたにかける冒険者だ」


 と突然名乗り出した。


「アイスソード?」


 と俺は思わず聞き返した。


「そうだ。カッコいいだろ?

『氷の剣』だぜ、名前が」


「いやまあ、カッコいいですけど、なんだか偽名っぽいですよね」


 俺は男の軽い調子につられてなのか思ったことをそのまま口にした。


「なんと、一目でそれを見抜くとは!」


 からかわれているのかな?


「おいおい、そんな目で見るなよ。

 百通りの二つ名と千の偽名を持つ男なんだからよ、俺は」


 何気に言うが、すごい怪しい人だった。


「で、君の名前は?」


 隠しても仕方ないし、こっちも偽名だからおあいこ。

 俺は、正直に今の名前を名乗った。

 ちゃんととどけ――偽造だけど――も出ている正式な名前だ。


「ルート・ハルバード……ですけど」


「お前の名前も武器じゃんかよ!

 これぞまさに、どっこいどっこい……ってか?」


「でもアイスソードよりかはマシですよ」


 実際、武器の名前は苗字でよく使われているのだ。

 だが、『アイスソード』みたいな古代方言混じりの名前は珍しいはずだ。


 俺の言葉を気にせずに、ムルは俺の背中にむんずと腕を回すと、耳元でささやくように言った。


「初めまして、ルートくん。

 でさあ、いきなりでなんなんだけど。いい儲け話があるんだけど?

 耳貸さない?」


 耳ならもう勝手に借りてるじゃないですか?

 なんだかよくわからないムルという男。だけど儲け話と聞いては無下にできない。

 少しどころか、結構な興味を湧きたてられつつ俺はムルの話を聞いてしまうのだった。

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