第9話 叱責

「ばっかもーん!!」


 窮地を乗り切った俺とシンチャに待っていたのはゴーダからの大目玉だった。


「あれほど、勝手に結界外に出るなと言っておったじゃろうが!」


「すみません……、わたしが付いていながら……」


 シンチャが素直に謝った。


「ごめんなさい」


 と俺も続く。


 発見された場所が場所だけに、ゴーダはうすうす俺達の目的に気づいてしまったようだ。

 だからと言って許されることではない。


「まったく……無事に済んだからよかったものの……」


 まったく面目ない。




 結論から言うと俺は知恵と工夫で俺は命を繋いだ。


 闇魔術でダガァウルフを仕留めるという案は、却下。いろいろ問題点が多かった。

 そこで発想の転換を行った。

 攻撃ではなく防御。攻めるのではなく、防衛、時間稼ぎ。


 まずは下準備。

 魔法で俺の周囲の土を操って柔らかくする。次の行為への布石だ。

 事前に柔度を上げておいた土を一気に盛り上げてドームを作る。

 これは目くらましだ。強度はいらない。


 屈みこんだ俺とシンチャをすっぽり囲い込む薄っぺらいドーム。

 本気でダガァウルフ達に攻め入られたら一瞬にして突破されただろう。

 しかしそれはひとつの賭けだ。


 そして俺は賭けに勝った。

 突然現れた土のドームにダガァウルフ達は警戒した。

 その隙に、土壁の厚さを増加させていく。

 適度に水を懸けて強度を挙げて。

 湿らせた土を上塗りして風の魔法で乾燥させて固める。


 それを繰り返して、即席の防御ドームが完成した。

 これでも本気になった魔物を止められるかはわからない。

 ただ、時間もあり、魔力にも余裕があったから行って損はないと実行しただけ。


 あとは空気穴としてあけておいたところから空に向かって花火を打ち上げる。

 火の魔法の応用。

 火炎の塊を上空に飛ばして、ある程度の高さで散らす。

 根気よく時間を置いて定期的に。

 いつか、ゴーダが気付いてくれることを祈りながら。

 他力本願だが、今の俺にできる最良の術だった。

 ダガァウルフへの牽制にもなる。


 それでも、シンチャは、


「ルート、あなた……何時の間にこんなことを……」

 

 と高いレベルで魔法を自在に操る俺に不審な目を向ける。


「ごめんなさい」


 と小さく謝るのがやっとだった。

 弁解は助かってからじっくりと考えて行おう。


 長い時間じっとそこで息をひそめていた。

 狼たちが、土壁を掘り返してくることも予想できた。

 その時は……、気が進まないが、魔法で驚かしてみるしかない。

 もしくは、一匹ずつ仕留めていく。

 選択肢はいくつかあったがあまり気は進まない。


 無益な殺生が嫌だったのと、魔術すら自在に操る姿をシンチャに見せたくはなかった。


 足音から狼たちが近くまで来ている気配は感じたが、土を掘るような真似はしなかった。

 運が良かったのだろう。


「きっとすぐに、じいちゃんが来てくれるよ」


 シンチャを励ます。


「そうね」


 


 ほどなくして、ダガァウルフ達の動きが変わる。

 ひと吠え、ふた吠えと短くかわされるコミュニケーション。

 気配が遠のいた。


 それからすぐに、


「誰じゃ? 誰かいるのか?」


 とゴーダの声が聞こえた。

 

「じいちゃん!」


 と俺は叫んだ。


「ルートか? そこに居るのか?」


「うん、この中だよ」


「シンチャは?」


「一緒だよ」


「あ、はい。わたしもこの中です」


 ゴーダに掘り起こされて俺達はほっと一安心。


 そこで浴びせられたのが「ばっかもーん」という叱責だった。




「まあよい。大事にならずに何よりじゃった」


 それから帰りがてら、俺とシンチャは何が起こったのかをゴーダに説明する。


「そうか、ダガァウルフか……。また厄介な魔物に狙われたもんじゃ」


 ゴーダはその姿を見なかったらしい。

 さすが元騎士。

 ゴーダの気配を感じただけで狼たちはあの場から逃げ去ったということだ。


「で、あの土のドームはルートがこさえたのか?」


 と、答えづらい質問が飛ぶ。


 シンチャが庇ってくれないかと視線を向けたが、静かに首を振られた。


 正直に言うしかない。シンチャの魔法の技術はゴーダだって知っている。

 シンチャにはできないことなのは明白。


「うん……」


「即席で思いついたにしては上出来じゃ。

 じゃが……、ルートの歳で出来ることでは……。

 いや、大の大人でもあれだけのものを作る魔法の使い手はそうはおらんぞ?

 それに、儂が見た花火もそうじゃ。

 遠くまで見える、火の勢い。

 魔術とまでは言わんが、魔法にしては威力が高すぎる。

 やってみたらできたというレベルではないわのう?」


 そこでゴーダは言葉を切った。

 ゴーダの意図は理解できた。

 問い詰めて自白させるより、俺の意思で語るのを促しているのだ。


 ここで、変に誤魔化しても仕方ない。


「ごめんなさい。

 こっそり練習してたから……」


「練習してたからといって、簡単に出来ることではないがのう。

 やはりお前には魔法の才能があるようじゃ……。

 パルシ様から基礎を習っていたことも活かされたんじゃろうな。

 ルートが覚えているかどうかは知らんが……」


 ばっちりと覚えてしまっていることだけど……。

 俺は答えを保留した。

 聞かれたらなんとなくは覚えていると曖昧に返すつもりだった。

 だけど、その話はそこで終わった。


 ゴーダの話は、このあたりに住む他の魔物の話になった。

 ダガァウルフは飛びぬけて危険な生物だが、他にも凶暴で人を襲う魔物は多数存在する。

 中には土を掘り返すのが得意なイノシシのような魔物も要るという。

 相手がそれだったら、あんな簡易の土壁では防ぎきれなかったと釘を刺された。

 単体だったら魔術で仕留められたとは口が裂けても言えない。


 俺は黙って、ゴーダの話に聞き入った。




 夕食も終わり、夜も更け始めて俺が眠りについた後。

 正確に言うと寝たふりだけど。


 ゴーダとシンチャが話込んでいる。


「ルートのことなんじゃがな……」


「はい……」


 シンチャはどことなく控えめだ。今日のことがあったからだろう。

 いつになく大人しい。

 普段ならゴーダを頭ごなしに叱かりつけるぐらいの大胆な女性なのだけど。


「お前は反対しておるのは知っておるがの。そろそろ剣術を教えようと思っておる」


「それは……」


 とシンチャは口ごもる。今日のシンチャは立場が弱い。

 ゴーダが、自分の想いを語る。


「ルートには平穏な人生を送って欲しいという願いは儂もお前も変わらんよ。

 じゃが、ルートは特別な子じゃ。

 特殊な環境で生まれ、今もこうして人里離れた場所に隠れ済むようなことを続けておる。

 ほとぼりが冷めれば、どこかの街へもぐり込む予定にはしておるが。

 それでもひと箇所で、長くとどまれる保証はない。

 身分が、出生の秘密がばれればまた、生活の拠点を移さねばならん。

 そのたびに危険な旅があいつを待ち受けているじゃろう。

 そこでじゃ、儂はやはり思うのじゃ。

 だからこそルートには生き抜く力を身に付けさせてやらんといかんとな」


「生き抜く力……ですか?」


「そうじゃ。

 自らを護り、そして自分の大切な者を護る力。

 今日じゃってそうじゃろう。

 確かにダガァウルフは厄介な魔物じゃ。

 じゃが、相手が剣術を嗜み、相応の殺気を放っているならば、むやみやたらと襲ってこん。

 今日の儂に対してそうじゃったようにな。

 あいつらが、本当の怖さを発揮するのは仲間を傷つけられた時じゃと言う。

 その時は、奴らはどんな相手にでも果敢に向かってくるが、まずはそういう状況を作らないこと。

 それさえ心がけていればいくらでも躱しようがある。

 他の魔物だってそうじゃ。旅の護衛に剣士が付くというのは何も、むやみやたらと魔物を切り刻むことを意味しておるのではない。

 穏便に事を運ぶためという意味合いの方が強い」


 シンチャは黙って聞いていた。


「それにな……。

 儂にしたっていつまでルートを護り続けてやれるかわからん」


「そんな……」


「一線を退いてからだいぶと経つ。

 歳のせいか、体のキレも悪い。

 そうなればなおのこと。

 ルートがルート自身を護り、シンチャを護り、そして儂を護る。

 そんな力が必要になってくると思う。

 魔術は才能次第。センスがあれば大人になってからでも努力次第で身に着く。

 じゃが、剣の道は努力の道じゃ。幼き頃よりの修練がその途を太くする。

 始めるのは早い方が良い。

 これは才能に恵まれなかった儂が言うのじゃから、そう間違いはなかろうて」


「そんな、才能に恵まれなかったなんて。

 王国騎士団団長まで努めた方のお言葉とは……」


「いや、これは真実じゃ。周りをうらやましく思ったよ。

 儂より才能のある剣士たちは、自らの技量を伸ばすべく冒険に出かける。

 自らの才の無さを知ったものだけが、騎士として国に仕えるのがあの国での実情じゃった。

 その中で儂は、たまたま運が良かっただけにすぎん。

 どうじゃ?

 儂らでは魔術を教えることはできん。

 魔術書でも与えれば聡明なルートのことじゃ。じきに本領を発揮して魔術の腕を伸ばすじゃろう。

 じゃが、それよりは……、儂は自らの手で剣術を教えたいのじゃ。

 もちろん、無理にとは言わんがの……」


 と、そこまで話してゴーダはふいに咳き込んだ。


「大丈夫ですか?」


「いや、なに、今日は疲れたからな。

 なにしろあの花火を見てから走り続けたのじゃから。

 何事かと思ってな」


「ほんとうにすみませんでした。

 剣術の話……、おとうさんがそれを望むなら、反対はしません。

 おとうさんが教えてくださるのでしたらあの子の剣は正しく振るわれ、弱きものを護るために、使われることでしょう」


「そうか、いや、かたじけない。

 老人の我がままに付き合わせてしまって……」


「ルートは喜ぶでしょうね。

 ずっと剣術を教えて欲しがってましたから」


 剣術か。望んでいたことだけど。

 固っ苦しいのはどちらかというと苦手だ。

 で、ゴーダの性格からするとおそらくは地道な基礎から入るのだろう。

 まあ、無難に修行していくしかないか。俺本来の力ではなく、ゴーダから習った剣術でシンチャやゴーダを護れるようになるのなら。それはそれで喜ばしいことでもある。

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