【癒しの蜜】
ずっと黙っていたセリが、ここでスズナに向かって口を開いた。
「スズシロさん。あなた顔色が悪いわね」
「え……」スズナが顔を上げる。
「どうやらあなたの能力は、あなた自身の体力をかなり消耗させるものなんじゃないかしら」
確かにそういわれてみれば、少しやつれているようにも見える。
「私は……大丈夫です」スズナはそういったが、そんなに大丈夫そうにも見えなかった。
「ともあれ、これじゃスズシロさんをギンガとの戦いに協力させるわけにはいかないわ」セリが全員にいった。
「何コラ」オサムが気色ばんだ。「ほんならやっぱり何を尻に挟んでんのか俺らに教えんかコラ。かわりに別の人間におんなじもん挟ませたらええんやからのコラ」
「それは私が許さないわ」セリが即座に切り捨てる。
「なんでやねんコラ!」
「そうやって女性を貶めるのなら、それはギンガと同じだからよ」
「それとこれとはまた別の話やろがいコラ」
「こんな男に教える必要なんかないと思っていてぇ」アザミも加わる。「けど女同士だったら話せるんじゃないかと思っていてぇ。このノドチンコ野郎にはいわなくてもいいけど、あたしたち、いやあたしには教えるべきだと思っていてぇ。今は場合が場合だし、やっぱり何を挟んでいるかおまえはいうべきだと思っていてぇ」
てっきりセリの味方をするのかと思えば、途中から独自の立場を主張し出した。
「俺は無理にでもこいつをギンガのとこに連れていくぞコラ」
「そうはさせないわ」
「抜けがけは許さないと思っていてぇ」
「ケンカはやめて!」ツムリが大声を出した。「ここで仲間割れしてどうすんの!」
その時、何かを決心したかのように決然とした表情になったスズナが、突然ツムリたちの元から離れるように歩き出した。
一同はピタリといい争いを止め、呆気に取られた顔でスズナを見た。
スズナは、完全に炭化している流木のようなモミノコヂョーのむくろに近づいていくと、おもむろに手首のハンカチを解き、ふたたび取り出した剃刀で、またしても自分の手首を切った。
「あっ」皆は驚きの表情で一様に目がまん丸になった。
「スズナちゃん、何するの?」
「やめんかいコラ!」オサムが飛び出していこうとするのをセリが制した。
スズナは無表情のまま、切った手首から流れ出る蜜をまんべんなくモミノコヂョーの全身に垂らしていく。やがて琥珀色の厚い膜でコーティングされたヂョーの真っ黒な体が、わずかに水気を帯びてきたように思われた。
かと思うと、流木にしか見えなかったそれはしだいに損傷していた手足や指などの細部を明確にさせていき、同時に人間の肌の色を取り戻しはじめた。輪郭は次第に丸みを帯び、目や鼻や口などの顔のパーツが現れはじめた。金髪でさえ染めたやつがそのまま生えてきた。
ここまでくると、この驚異の瞬間を一同はただ神々しい奇跡を体験する預言者の弟子たちのようにただ眺めているよりほかなかった。
ヂョーはふたたびモミノコヂョーの姿になり、完全に元の肉体を取り戻した。全裸で筋肉質の体は美しい彫像のように見えた。
ことを終えたスズナは、手首をハンカチで強く縛ると、青白い顔でこちらに戻ってきた。
「スズナちゃん……」ツムリはなんといって声をかければいいのかわからない。
「どうして助けたの」セリが聞いた。
「もう、いやなんです、争いは」ぽつり、スズナはそういった。
「やらなければ、こっちがやられるのよ」
「それでも、いやなんです」
そういったスズナは、不意にその場に崩れ折れそうになった。
あわてて支えたセリは、自身もしゃがみながらゆっくりとスズナを地面に横たわらせた。
「きっと貧血ね」
無理もない、あれだけの蜜を出したのだ。本来なら貧血どころの騒ぎじゃない。
セリはオサムとアザミを見上げ、
「これで能力を使いすぎるのは無理だってことがわかったんじゃないかしら」
「やから……尻に何を挟んでるか教えてくれたらほかのやつにやらせるって……さっきからいうとんねやろコラ……」そう言ったオサムだったが、さっきとは違いちょっと気勢がそがれたように見える。
「私は……」スズナが何かをいおうとするのを、
「何もいわなくていいわ」セリが止めた。
オサムの主張にも一理あるが、これ以上スズナを追いつめるのはあまりにも酷だとツムリは思った。いったいスズナが何を挟んでいるのか、別の意味でどうしても知りたいツムリだったが、その品性下劣な欲求は必死で心の奥に封じ込めるしかなかった。
「!」
ふと何かを感じたようにセリが立ち上がると、険しい目で一点を睨んだ。ほかの者も思わず同じ方向を見やると、そこにはまだ地面に横たわり意識を失ったままのヂョーの体があった。
そのヂョーの尻のへんがいつのまにか妙に伸縮しているのだ。
「何あれ……」ツムリは目を見張った。
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