【漢字攻撃】


 ツムリはスズナを抱えたままジャンプすると、薔薇の立体漢字はツムリの立っていた場所に激突し、衝撃音とともにコンクリートをバラバラと破壊した。


「おっと危ない。スズナちゃんを巻き込んでしまうところだったよ」ヒロシはそういうとニヤリと笑った。


「ん……」


 腕の中のスズナがようやく意識を取り戻した。「ツムリ……さん?」


「スズナちゃん、気がついた?」スズナを下ろしたツムリはとっさに自分の体を盾にするようにスズナをうしろに回した。


「スズナちゃん、逃げて」


「ツムリさん……」


「ここは僕がなんとかするよ」


「あ、あの……」目覚めたばかりのスズナにはまだ状況がよく飲み込めていない。


「早く逃げて!」


「は、はい」


 なんだかよくわからないままスズナは後ずさり、ツムリから離れていこうとする。


「へへへ、こっちにとってもそのほうがやりやすいよ。遠慮なく攻撃できるからね。スズナちゃん待っててよ、今こいつを退治するからね。憂鬱!」


 ヒロシが叫ぶと巨大な憂鬱の立体文字がツムリめがけて飛んできた。ジャンプしてかわすツムリの足もとで巨大漢字は炸裂し、バラバラに四散した瓦礫がスズナのほうにも飛んできた。


「キャアアッ!」


「スズナちゃん!」


 屋上の柵の上に着地したツムリはどうやらスズナにケガがなさそうなことを見て取ると、ヒロシに向き直り次なる攻撃に備えた。同じようにスズナに心配げな視線を送っていたヒロシは怒りの表情をツムリに向け、


「クソッ、食らえっ! 鑿! 欅! 鱸! 鬘! 鵯! 黴! 靄! 鱗! 嘴!」


 マシンガンのように巨大立体漢字が次々に発射されツムリに集中砲火を浴びせかける。そのつどツムリは牛和歌丸のごとく身軽に柵の上をピョンピョン跳ね回り、柵そのものが漢字砲でグニャリと破壊されたころにはストンと屋上の地面に着地していた。


 この間にスズナちゃんは階段を降りて地上に無事逃げてくれただろうか。


「グオオオーッ!」


 と、いきなり立ち上がったドラゴンが長い首を持ち上げたかと思うと、その口にはスズナの体がくわえられていた。


「ああっ、スズナちゃん!」


 いつのまにあんなことに。


 スズナはドラゴンのまがまがしい牙の並びに挟まれるようになりながら全身を弓なりにそらせ気絶している。


 チヂワレヒロシがドラゴンに向かって大声を出した。


「おいっ、ゲンタロウ! 僕のスズナちゃんを放せっ!」


「グアーッ!」


 さらにドラゴンは屋上のふたりを威嚇するかのように咆哮した。いくら口を大きく開けても歯のあいだに引っかかるように挟まっているのでスズナの体は落ちない。しかしなんにしてもこのままじゃ危険だ。


「ウガーッ!」


 ドラゴンがいきなり火炎弾を吐いた。ヒロシのいるマンションの屋上に火の玉が炸裂した。


 チヂワレヒロシはツムリのそばにスタッと着地する。


「やめろーっ! 火を吐くなーっ!」


 ヒロシの声にドラゴンは威嚇の叫びで答える。


「血迷ったか、ボテフリゲンタロウ!」


「……きっと、ストレスがたまっているのかもしれないよ」ツムリはドラゴンから目を離さず、ひとりごとのようにいった。


「それはどういうことだよ」ヒロシが思わずツムリを見る。


「本当は彼もギンガに支配されるのがイヤなんだ」ここぞとばかりツムリはヒロシに向き合い、説得をはじめた。「ドラゴンだけじゃないよ。このエリアに来てわかったよ。みんなカリカリして殺気だってるじゃないか。きみもそうなんだろ。みんなギンガに無理やり支配されていいかげん頭に来てるんだ。でもギンガは強すぎるからどうすることもできない。だからみんなで協力して……」


「うるさいうるさいうるさい!」ヒロシはツムリのそばから飛びのくと「糞っ! 糞っ! 糞っ! 糞っ!」とあたりかまわず悪態を振り巻きはじめた。小ぶりな立体漢字が四方八方に飛び散り、ツムリはそれをヒョイヒョイとかわしながら、


「ああ危ないよ、漢字で悪態つかないで」


「グオオオオーッ!」


 ドラゴンがまた巨大な火炎弾を発射した。今度のはひときわ大きく、ツムリとヒロシはそれぞれ大きく跳躍して宙に浮いた。


 ふたりのいた建物は屋上のみならず、上部四分の一ほどが完全に破壊され、炎とともに瓦礫が飛び散った。


「ゲンタロウ! もう許さない!」怒りに燃えるヒロシは地面にスタッと着地すると、右手を口にかざし、


「髑髏! 麒麟! 齟齬! 乖離! 顰蹙! 簒奪! 襤褸! 瑪瑙! 蝋燭! 傀儡! 螺旋! 諧謔! 蜥蜴! 霊廟! 蝙蝠! 鴛鴦!」と画数の多い漢字砲を次々にドラゴン向かって放っていった。


 確かに「山」や「川」より「鑿」や「欅」のような画数の多い漢字のほうが当たると痛そうだ。


 ドラゴンは口から火柱を吹き立体漢字砲を次々粉砕していくが、いくつかの塊がドスッドスッと腹などに命中していき、そのたびに苦しげにうめき、体をよじらせた。


 同じく地面に着地していたツムリは、ドラゴンの牙のあいだに挟まっているスズナのことが気がかりでしかたがない。


「ああ、スズナちゃん」


 スズナのいるところまでどうにかしてたどり着きたいが、ひっきりなしの漢字砲と火炎弾が障害になってなかなかチャンスを掴めない。


「糞っ! 爨! 灋! 豔! 饕! 飌! 讞! 醿! 鐻! 蠘! 驝!」


 ヒロシは次第に攻撃力をアップさせるためにか、やたらに画数の多い漢字の割合が多くなってきた。


 ドラゴンは苦しみに耐えかね、バサリバサリと大きな翼で風を起こすと、巨大な体をゆっくり宙に浮かせた。


「あっ」


 空に逃げられるとスズナちゃんを助けられない。

 ツムリはすかさず走り出し、ジャンプするとドラゴンの足の爪あたりにしがみついた。


 やがてドラゴンは空高く飛翔し、ヒロシの攻撃からいったん逃れた。ヒロシはドラゴンを見上げ、さらに漢字砲を撃ち込んでくる。


 負けじとドラゴンも眼下のヒロシに火炎弾を叩き込んでいく。

 両者の激しい応酬が続いている中、ツムリは必死にドラゴンの体の上を這うようにしながら足から脇腹へとよじ登りスズナのもとに行こうとする。その間もヒロシの漢字砲がこちらに向かって飛んでくるので気が気ではない。


 いくつかの漢字砲がドラゴンの体に激突する。


「ガアアアーッ!」


 ドラゴンは身をよじって苦しがるので、そのつどツムリは振り落とされそうになる。


 ようやく長い首のつけ根に到達したツムリは、そこからみずからの塩鮭パワーを信じ、立ち上がると「うわあ~っ!」と必死の声を振りしぼり一気にドラゴンの顔に至る長い首の坂道を駆け上がった。


「スズナちゃん!」


 ドラゴンの顎に飛び移ったツムリはようやく牙に挟まったスズナを視界に捉えた。そこから先は雲梯にぶら下がる要領でドラゴンの長い顎の下を両腕で移動しつつ、少しずつ口の中にいるスズナに近づいていく。


 一方、画数の多い漢字を次々まくし立てることにも疲れてきたヒロシは肩で大きく息をしながら、惚けた顔で空に浮かぶドラゴンを見上げていた。

 その隙を狙ってか、ドラゴンの口はすかさずヒロシをロックオンした。


 顎から唇によじのぼったツムリは、牙と牙に挟まれているスズナのもとに駆け寄った。スズナはずっとぐったりしたまま目を閉じているが、見たところどうやら外傷はないようだ。


「!」


 急に足もとが傾き、ツムリの体が傾ぐ。体のバランスを崩しそうになる。ドラゴンが口を大きくクワッと開けたのだ。また火炎弾を発射する体勢だ。ツムリは急いで挟まっているスズナを引っ張り出そうとする。

 そんなツムリのすぐかたわらを、ものすごい火のかたまりが圧倒的な壁となって通りすぎていった。ドラゴンが火炎弾を吐いたのだ。ツムリは顔をそらし、熱を避けようとした。


 火炎弾は空を一直線に急降下していきヒロシを直撃する。ヒロシはまたしてもジャンプしてギリギリかわすのだが、今度は強烈な爆風にまともに巻き込まれてしまった。加速度がついたように宙を飛ばされ、瓦礫の山に体を叩きつけられた。


「ぐあっ」


 苦悶の呻きが洩れる。

 次の攻撃を防ぐため必死の力を振り絞り、よろよろ立ち上がる。


「ボテフリゲンタロウのやつ、とうとうこの僕を本気で怒らせてしまったね……」


 ヒロシは息も絶え絶えそうつぶやくと、ドラゴンをキッと睨み上げ、


「きみには究極の漢字砲をお見舞いしてあげるよ!」右手のひらを口に添え、大きく息を吸い込んだ。


「✠☻✪! ◉‱∑❸! ∂Π∬! ♬♨☯! ✂♑! ㅹ$◣ヸ! ⋑⊛! ㆂ&◕ⅸ! ⌫❉☋➹!」


 聞き分けることが不可能な言葉を発したかと思うと、ヒロシの口から見たこともないような立体漢字が次々に飛び出した。

 それらはこれまで以上の大きさに膨れ上がり、ものすごい轟音を響かせながらドラゴン向かって飛んでいった。


 それは漢字と呼んでいいものかどうかわからないくらい画数の多いグロテスクなかたちの武器漢字だった。


「グアーッ!」


 立体漢字砲を次々とまともにくらったドラゴンは、絶叫すると空を急降下していった。

 不適な笑みをニヤリ浮かべたヒロシは、力尽きたかのようにバッタリその場に倒れ伏した。


「うわあーっ!」


 強烈な暴風に見舞われたツムリは、ドラゴンの牙のつけ根にしがみついて飛ばされまいと必死になるものの、牙と牙のあいだに挟まっているスズナの体が強風のせいで少しずつ抜けそうになってきているのを見た。

 と、一気にスポーンと体が外れ、スズナは一瞬にして空の彼方に消え去っていった。


「スズナちゃーん!」


 反射的にツムリも両手を離し、茫漠たる青空の中でちいさな点となった。


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