【炸裂】
一同は、いったい何が起こったのかよくわからないといった表情だ。
瞬時のうちに金髪のまん前に立ったツムリの鉄拳が金髪の顔面にヒットしているちょうどその部分が陥没し、鼻は九十度に歪曲、眼球は片方が今にも飛び出しそうな状態になっているところだった。
口の中の歯はすべて折れ、今、パラパラと宙を舞っている。
ゆっくりと金髪の体が傾いだかと思うと、やがてドサリと音がし、金髪はデカい図体を地面に横たえていた。
スズナはへなっとその場に崩れ折れた。
ツムリはパンチを繰り出したポーズのまま静止した状態でいる。
「こここここの野郎っ!」
とまどいながらも金髪の仲間たちは、いっせいに隙だらけのツムリに飛びかかった。
「へぐっ」
「はげっ」
「ふごっ」
「ずはっ」
おそらく彼らにとっては、自分の身にいったい何が起こったのかよくわからなかったに違いない。
確かにツムリに掴みかかったはずなのに、我にかえった時にはすでに顔や腹などに息ができないほどの激痛を抱えながらぶざまに倒れているのを各自が見出したからだった。
無表情のツムリをスズナが見上げる。
「ツムリさん!」
立ち上がるとおもいきり胸の中に飛び込み、泣き出した。
「もう大丈夫」
震えるスズナの肩をやさしく抱きながらツムリはいった。
彼のまわりで、体のごつい連中が粗大ゴミのような廃棄物感満載で散らばりノビている。中には一部の骨がぐしゃぐしゃに砕けた者もいるだろう。ツムリは心に余裕のできたせいもあるのか、生来のやさしい気持ちから彼らに対して急に申し訳ない気持ちになってきた。スズナの体を離すと、ツムリは金髪の前にそっとしゃがんだ。
「……大丈夫?」思わず聞いてみずにはおれなかったのだ。
金髪は倒れた時の打ちどころが悪かったのか、頭に巨大なタンコブを作っていて、それが見るからにマンガ的滑稽さで、また痛々しかった。金髪は口をぽかんと開けたまま、完全に意識を失っている。
「おい、モミノコの兄貴がやられたぞ!」
急に遠くのほうから声がした。
ツムリは顔を上げ、驚いて立ち上がった。
スズナも両目を見開いている。
いつのまにか、空き地のぐるりを、おびただしい数の不良どもが取り囲んでいたからだ。
その数、ゆうに百人は下らない。
これだけいかめしい顔また顔の集団は、圧力がものすごかった。
鉢王子ヴォミティン学園の傘下にあった南多魔エリアの学園不良連合がこの場に一挙に集結したに違いない。
ツムリには遠くの彼らの表情のひとつひとつが完璧にクリアに見渡せた。メガネを失っても塩鮭のパワーのおかげで視力はむしろ上がっていた。おまけに一連の騒ぎの中でツムリのぼっちゃん刈りの頭はくしゃくしゃになっていたので、はからずもそれがよけいにワイルドな感じを際だたせる効果をもたらしていた。ツムリはあきらかに見た目が変わった。
おおむね視力五・〇となったツムリの目には、あからさまな敵意の湯気が、南多魔エリアの不良連合の連中から立ちのぼっているかのごとくゆらめいて見えていた。
強い警戒心を見せながら、不良どもはじりじり間合いを詰めてきた。その動きがピタリ止まると、
「てめえは誰だ」
と、連中のあいだから声が飛び出した。
「ぼ、僕は絵戸川ヒカップ学園二年T組のツムリケンジといいます」
見た目が変わってもやっぱりツムリのヘタレっぽい口調は同じだった。
それにしてもいくらなんでもこんなに大勢のケンカ上等連中を相手にして勝てるんだろうか。
「絵戸川ヒカップ学園? 聞いたことねえな」
「モミノコの兄貴をやったのは誰だ。まさかてめえじゃねえよな」
「ぼ、僕は……」
「とにかくこの落とし前はてめえにつけてもらうぜ」
「ついでにそこの女もいただく」
ふたたびジリジリと大勢の不良たちが輪を狭めてきた。
「暴力は……やめようよ」
ツムリは四方八方からしだいに近づいてくる連中をキョロキョロ見回しながら、自分でもはっきりムダだとわかる言葉を投げかけた。そしてそれは自分じしんに向けていった言葉でもあった。暴力はキライなんだ……。
先頭集団が鉄条網を乱暴に破壊し、とうとう手を伸ばせば届きそうな位置まで近づいてきた。ツムリとスズナはすっかりまわりを取り囲まれてしまった。ひとりが背後から、無言でスズナの腕を掴んで引き寄せようとする。
「あっ」
スズナの声にそっちを向いたツムリは、カミソリのような素早さで男の腕を取り捻り上げた。
「ぐあああっ」
「あっ、ごめん」ツムリはあわてて腕を離したが、相手の骨が無惨に砕けた感触がまだ指に残っていた。
男はもんどり打って倒れると悲鳴を上げながら両足をバタバタさせた。
「うおーっ!」
大気がうねるような鬨の声が一斉に上がり、不良連中は一気にツムリに飛びかかってきた。
ツムリはスズナの腰を片手で抱くと、それを振り回すようにしながら、細い隙間を器用にかいくぐり敵の黒山の中を縫っていった。不良どもの繰り出す攻撃、パンチやキック、凶器などはことごとくかわされ、逆にぎゅうぎゅう詰めの仲間内で不良どもは互いに打撃を与え合い、次々に自滅していく。
隙間が完全にふさがれてしまうとツムリはその場で軽々とジャンプし、相手の顔面に靴底を押しつけ、スズナとともに高々と飛び上がった。着地するさいには飛び石のようにピョンピョンと相手の頭から頭へと飛び移り、そうして黒山の外側に着地した。
するとそこへまた次の一団が向こうからから一気に押し寄せてきたのだ。
ツムリは目を見張った。
いったい全部で何人いるんだ。
ふたたびツムリとスズナは南多魔不良連合の連中にぐるりと層厚く取り囲まれるはめになってしまった。休むヒマもなくツムリとスズナはあちこちから伸びてきた手に掴まれ、とうとう引き離された。
「ツムリさん!」
あっというまに集団の中に飲み込まれていくスズナ。それを追おうとするツムリに敵どもが次から次へと立ちふさがる。
殴りかかってくる相手に対し、ほとんど反射的にツムリは全身を三百六十度回転させつつ両手両足を稲妻のように繰り出しながら、敵どもに次々と効果的な打撃を与え、または体の一部を掴んでは投げ飛ばしていった。不良どもはボールのように軽々と吹っ飛び、ツムリの進む道が少しずつ開かれていった。
ある時には五人六人が一気に不格好に宙に舞った。一度地面に倒れるともうそれきり立ち上がる者はなく、そのまま昏倒するか苦痛に顔をゆがめ呻いているかだった。
そうしてじきに連れ去られようとしているスズナの姿が目に入った。なおもふたりのあいだを埋めるように敵どもがなだれ込んできたが、ツムリはそいつらを一気に振り飛ばし、または拳によって体のどこかを粉砕していった。
「スズナちゃん!」ツムリは叫ぶと、無垢な乙女の体にまとわりついている者どもを順々にひっぺがしていき、二度とスズナの体に触れてこないように拳と蹴りと投げで不良どもを一掃した。どいつもこいつもツムリより二倍はありそうな体格をしていたが、ほとんどおもしろいまでにたったひとりのツムリの前で非力さを露呈し、彼の驚異的身体能力の前に次から次からボーリングのピンのようにはじかれ飛ばされバタバタ倒されていった。
とつぜんサーッと群衆が割れた。ツムリとスズナの眼前に道が開き、その奥にひとりの男が立っていた。
「やるじゃねえかおまえ」
男はそういうと両手を前に伸ばし、ふたつのてのひらで目に見えない球体を包み込むようなポーズを取った。
ほかの不良連中とは雰囲気が違う。体格こそひときわ大きいというわけではないが、眼光に異常な光を宿しており、特殊な能力を持つ人物であることは誰が見てもあきらかだった。今、男の両てのひらのあいだで、まがまがしい光のかたまりが発生した。
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