【動物たち】


「人聞きの悪いこというなよ」ヂョーが笑った。「アイテムは有効に使わねえともったいねえだろうがよ。俺が今何を挟んでいるかは教えねえけどな」


「動物の自由を奪って好き勝手に操る能力なんて、ほしくもないわね」


「じゃあてめえはいっさい反撃すんなよ、ゲヒャヒャヒャ!」


 急に笑いをやめ、スッと険しい表情になったかと思うと、ヂョーは右手を降りおろした。

 それを合図に、おびただしい数の動物たちがいっせいにセリめがけて襲いかかってきた。


「俺が手を出すまでもねぇ。おまえたちがセリを倒せ!」


「!」


 セリが高くジャンプした。


 ライオンとヒョウ、トラと馬、シェパードとバッファロー、ダチョウとハイエナが正面衝突した。あとから来たイエティと麒麟がつまづいて転倒すると、猪とイベリコ豚がブヒーッと下敷きになった。セリは象の背中にストンと着地すると、象はいきり立って二本足で立ち上がる。その反動でさらに高くジャンプしたセリは空飛ぶペガサスの足に掴まり、セリを狙って嘴を突き出しながら急襲してきた鷹や鷲、カラスやトンビ、スズメやツバメや鳳凰をかわすように今度はプチドラゴンの背中に飛び移った。


「あなたは操られてないでしょうね」プチドラゴンに声をかける。


〈巻き添えはごめんだ、どいてくれ〉ドラゴンの背中からボテフリゲンタロウの声が聞こえる。


 同時にプチドラゴン=ボテフリゲンタロウは急降下と急上昇を繰り返し、セリを降り落とそうとしはじめた。ほかの鳥類がセリを狙い、全羽が揃ってプチドラゴンを急追する。そのために空は一風変わった航空ショーのような様相を呈しはじめた。

 地面との距離がもっとも短くなった瞬間を逃さず、ようやくセリがプチドラゴンから飛び降りた。


 ストンと校庭のまん中に着地すると、不思議なことにその部分だけ広い空間になっている。

 いや、人や動物は相変わらず数え切れないくらいに押しあいへしあい詰め合っているのだが、セリの周辺だけがらんどうになっているのだ。

 すると、群衆を割るように、ロバの背中に乗った何者かがヌッと現れた。


「……!」


 セリは絶句した。

 熊だった。

 鮭を手にした熊だ。

 ゆっくりロバから降りると、敵意むき出しの目でセリを睨みつけた。


「あなたも、操られているの?」


「……」熊は返事をしない。今まで決して見せたことのないあからさまな殺意が全身にみなぎっている。


 ゆっくりと勿体をつけるように熊はにじり寄ってくる。

 セリは覚悟を決め、身構えた。

 熊が鮭を振り回しながら威嚇する。


 と、熊はいきなり鮭をヌンチャクのように肩や脇腹にぺしぺしと当てながら目にも止まらない早技で右手左手右手左手と素早く持ち変えた。サッと決めのポーズで止まると、次の瞬間セリに向かって鮭を振りかざしながらドスドスと駆けてきた。


 ブンと振りおろされた鮭を右肘で受けたセリは、ほとんど同時に左膝を相手の脇腹に叩き込んだ。熊はビクともせずセリの左足を右手で掴むとおもいきり振り飛ばした。


 空中で数回転したセリは、着地するとまた身構えた。


 ブーメランのようにくるくる回りながら飛んできた鮭がセリのすぐ目の前にあり、それをよけるのが精一杯、瞬間生じたその隙に熊がドロップキックを仕掛けてきた。

 熊のキックをまともにくらったセリは後ろに飛ばされ、群衆の中に突っ込んでいった。


「ゲヒャヒャヒャヒャ、いいぞいいぞもっとやれ!」ヂョーと子分たちは下品に笑いながらおもしろがって見物している。


 鮭を拾った熊は、セリが倒れ込んだ群衆のかたまりの中にみずからの体を乱暴にねじ込んだ。そうして倒れていたセリを乱暴に拾い上げ、片手で首ねっこを掴むと高々と差し上げた。


「くっ……」


 セリは苦しまぎれに熊の胸を蹴ったが、むしろまったく効いてないことを誇示するかのように熊は大きく胸を張った。蹴りをはね返された反動でセリは体をぐるりと前向きに回転させ、今度はかかと落としで熊の額に打撃を与えた。


「グオッ!」


 思わず熊がセリを離した刹那、セリはニ、三度バク転を繰り返して熊との間合いを取った。そうして呼吸を整えるとふたたび構えの姿勢に入った。


 両者のあいだに一陣の風が吹く。


「……」


 しばらくのあいだ、ピクリとも動かなかった熊だったが、無言を貫いたままその場にバッタリと倒れた。


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