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@Yottuan

1. 知らなければよかったことは、この世の全てだ。

温かい光の中。そこに俺は居たはずだった。

知る必要などなかった。

―ただ、毎日を見ていればよかった。


〓─〓─〓─〓─〓─〓─〓─〓─〓─〓─〓─〓─〓─〓─〓─〓


朝。

弾けるような眩しい日差しに目を覚ました俺は、虚ろな目で辺りを見回す。

枕―。

周りは一面真っ白な枕だった。部屋の中にびっしりと隙間なく枕が散乱している。

この場合、散乱しているというより敷き詰められていると言ったほうがいい。

大量の枕のせいで、日差しを差し込む窓は半分しかその役割を果たしていない。

俺は1つの枕を持ち上げて、記憶を辿っていった。



一番最初に思い出したのは、両親の離婚だった。

「お父さんとお母さんはお友だちになるんだ」

そう言われたのを覚えている。

まだ幼かったはずなのによく覚えていたものだ。

でもそれは多分、次の日に知らない男の人が来たからだ。

知らない人がきて、いきなり自分の母親と一緒に住むだなんて誰だって理解に苦しむはずだ。

その違和感を俺は覚えていたんだろう。

俺は父親が居なくても特に大きく取り乱したりはしなかった。

新しい父親はとても優しかったからだ。まだ幼い俺をとても可愛がってくれた。前の父親よりも、だ。


あの日、父親は初めて俺を怒った。

俺は泣きじゃくりながら頭のなかで疑問が渦巻いていた。

どうして俺は怒られたのか。俺がいけなかったのだろうか。間違っていたのだろうか。俺は―。

渦巻いた感情は深く、俺の心に混ざりこんだ。


"―なぜ俺の父親は他人なのか?"


俺は父親とほとんど口を利かなくなった。母親とも口数が減った。

家にいるときは一人ネットの世界に蔓延はびこった。

誰かと関わりを持ちたいだとか、そういうことではなかった。

ただ探していたかったのだ。誰も答えを知らないものを。



俺は一人暮らしを始め、コンピュータを取り扱う技術を磨くことのできる大学へと進学し、その傍ら俺が自ら手掛けるweb制作とその広告宣伝費で生活をまかなっていた。

そんな大学1年の夏のある日のことだった。

掲示板に1つのスレッドが立った。


《世界の原理を探してみないか?》


俺は苦笑した。確かに、そんなものが見つかったとしたらノーベル賞なんてもんじゃないだろう。

世界のすべての謎という謎がさくっと解けてしまう。

スレッドにはすぐにレスが付いた。

「馬鹿?」「統合失調症かな?」「俺が世界だ」「オカルト板でやれ」

休日で暇だった俺は、すぐさまレスすることにした。


『未来から来たんちゃうかね?』


それを見た匿名の人たちが、俺に噛みつく。


『>>61 何言ってんだこいつ』

『変なスレには変なヤツが湧く』


俺は探してみないか、という問いかけに対して違和感を抱いていた。

あたかも、もう目処は付いているかのような言い分だと思った。

例えるなら、「俺の家、上がっていかないか」「働くとこないなら、ウチで働いてみないか」のような。

俺はすぐさま反応したレスに返信する。


『>>85 いや、探してみないかって、もう知ってるような口ぶりだなって』

『>>93 お前は仕事を探してみないか?』


少し俺は笑ってから持っていた飲み物を口に含んだ。

一見スルーされたかに見えた俺のレスだったが、一連の流れを見たスレの住民が俺を擁護した後、「別にどうでもええやろ」という意見でこの話は終わった。

しかし、その後も一向にスレ主が現れる気配もなく、勢いが落ち始めていたときだった。

突如としてスレッドの主が現れたのだ。


『みなさん、色々なレスをありがとうごさいます。様々な意見、非常に参考になりました。

正直、このスレは落とすつもりでいました。僅か200レスですが、私の言葉を敏感に感じ取ってくれた方がいました。

>>61さん。あなたの仰るとおりです。私は世界の原理を突き詰める方法を知っています(未来から来たわけではないですが)。

ですから、スレッドのタイトルを正確に言うならば「世界の原理を突き止めることのできる、○○を探してみないか?」ということになります。

差し出がましいかもしれませんが、あなたは私のパートナーに相応しい。是非とも、私と一緒に探してほしい。

https://SugarCoke/site/questionnaire

URLから質問の画面に飛びます。YESかNOか、二択問題で全部で23問あります。

この23問に正しく答えることができれば私のメールアドレスが貼られたページへ飛ぶことができます。

あなたなら一発でメールアドレスの書かれたページへ飛ぶことができるでしょう。

その後、私にメールを送るか、送らないか、もしくは質問に答えないか。それはすべてあなたの自由です。

このURLのページは1時間後に破棄します。』


俺は愕然あぜんとした。

突然、長文が流れてきたからというのもあるが、なぜ俺が選ばれたのか、なぜ質問に答えさせるのか、どうやって世界の原理を突き詰めるというのか、どうしてそんな怪しいURLを俺がなぜわざわざクリックしなければならないのか、正直困惑しまくっていた。

スレ住民も、「なんかの宣伝広告か?」「ウィルスじゃね?」「どーすんの>>61」「こわっ」「なんかのゲームか」と、あまりの異質な内容に皆困惑していた。

「サイト自体はオープンだし解析班がやってくれるんじゃね?」というレスもあったが、1時間ですべてのパターンを試すのには無理があるだろう。

1時間という数字からして、やはり俺以外の返答は望んではいないようだった。

俺はURLをクリックする前に、スレ主に質問をした。


『>>201 1ついいですか?俺がなぜ必ずすべての答えを正しく選ぶって分かるんですか?』

『>>214 簡単な話です。あなたのレスや言葉の傾向を分析しました。時間がありませんのでお早めに』


つまりは、61でレスした時点で彼は俺のレスを全部抽出していて、200でタネを明かす間に分析していたということだった。

なんだか、変なことに首を突っ込んでしまったという思いと、対象が俺である違和感に頭の処理が追いつかずにいた。

俺はすぐさまURLをウィルススキャンできるページへ飛んだ。さっきのURLをドラッグしてコピー、スキャンにかけた。

結果的にウィルスは検出されなかった。

スレの住民も皆アンケートに答えていたが、メールアドレスに辿り着いた人はまだ確認できなかった。

とりあえず質問に1つでも間違いがでればメールアドレスは表示されることはない。

答えるだけならタダなのだ。俺はURLをクリックすることにした。

クリックすると、真っ黒な背景が表示され、白い文字で質問が浮かび上がった。



頭から足まで枕だらけの室内を改めて見渡す。

均等に四角く白い枕がパッと見ただけでも50個はある。

とりあえず腰を起こして、この枕だらけの室内からの脱出を試みなければならない。

といっても、ここで起きたのは二度三度のことではない。

俺は手慣れた手つきで枕を掻き分ける。

すると、掻き分けていた枕のひとつに黄ばんだシミを見つけた。

汚れた枕が枕の中を巡回していることを考えると、とてつもなく不衛生だ。

俺はその枕を掴んで、ドアの方まで這いずりながら進んでいく。

この枕を敷き詰めた寝室の良いところは、どこで寝返りをとうが枕があることだ。

寝てる間に様々な枕で寝ることになる。これはなかなか面白いなとは思う、衛生面はさておいて。

ドアの付近までくると、埋もれたノブを探す。

このノブをしっかり握り、ゆっくり開けないことにはこの寝室は保たれない。

俺は出来る限り慎重に、かつ力を込めてノブを握り、そして、開ける。

枕の重圧が手にのしかかるが、必死に堪え、ほんの僅か空いたスペースから身体を出していく。

そして、身体の半分以上が隙間から出たら、今にでもドアの扉から外へ飛び出しそうな枕たちをノブを掴んでいない手で押し戻す。

身体全体をドアの向こうへ押し出して、反対側のノブを掴み、枕がはみ出ていないかチェックしつつ扉を閉める。

この一連の動作は慣れるまで大変だった。

はじめに大変だったのは、そこまでして枕の中で寝たいのかという疑問をどう払拭するかだった。

この言い方で分かるとは思うが、俺には同居人がいる。俺を意味の分からない質問で抜粋したイカれたやつだ。

不思議で、不気味で、少々太めで・・・イカれた奇才だ。

あいつと生活を共にしているせいか、俺の性格は以前より温厚になった気がする。

この面倒くさい寝室を出ると、目の前には階段。

階段を上った先には広々とした俺たちの作業スペースなるものがあって、その作業スペースから見て階段方面の壁に巨大な穴がある。

この穴は、もう眠くてたまらない時にあの面倒くさい寝室に転がり落ちてそのまま眠れるという便利仕様…でもあるのだが、いちいちあの面倒くさい寝室のドアを開けて睡眠を取るのはそれこそ本当に面倒くさいためにわざわざ開けた穴なのだ。

でもやはり、出る時の面倒くささは健在だ。今度ドアの下に人が這って出れるくらいの穴でも開けるか。

「おい、起きてるのか?」

上の作業スペースに向かって声をかける。


...プゥー。


空気が狭いところから噴出する音がした。

「あのデブ・・・」

俺は階段を上がっていく。すると作業スペースには大きめのサイズの椅子に座る少し太めの同居人がいた。

「おい!俺がいくら寝て起きたところで性転換はしねぇよ!!」

デブも叫ぶ。

「おうおうおう!来たなトランクス野郎ぉ!いい加減彼女に身体を返せぇ!」

起きてきて第一声がこれだ。

「いやいやいや、俺はもともと男だ!!トランクス履いて何が悪ぃんだ、むしろブリーフは嫌いだ!」

「いやブリーフのが...ちょっといいな。うん、ありだなぁ。ってなんじゃその枕は、えっ、黄ばんでるぅ?おいおいマジですかぁ」

「おい、誤解すんじゃねえ。汚れてんだよ枕。お前のヨダレか?きたねーよ!!」

「おっと誤魔化ごまかす気かね。まあいい。僕も忙しいのでね」

「ったく・・・」

自分では認めたくないが、俺は外見が女性のように見えるらしい。

全くもってそんなことはないと思っている。俺は男だ。紛れも無く。

そして、俺が寝室から起きてきて、低い声が聞こえてくる度にこのデブはこういう反応をする。

というのも、未だに騙されたと思っているからなのだ。

一番初めに出会ったときだった。

俺がヤツのメールアドレスにメールを送って出会う約束をし、最寄りの喫茶店でヤツはコーヒーをすすっていた。

遅れてすいません、待ちましたか。と俺が声を掛けるとあのデブは大きく目を見開いてこう言った。

『ああ、あの、えーと、すいません。何分コースでしたっけ?』

その時の俺の声のトーンと相まって完全に女だと思ったようなのだ。

そして、完全に質問での抜粋には失敗してしまったと。

これからどこかの団地で袋叩きに合うのだと。

だったらもうしらを切って逃げるしかないと。

そのあと、61であることを信じさせるのと、男であることを信じさせるのに随分と苦労した。

それからというもの、俺に女に帰れといちいち口うるさく言うのだ。

今までにもこういう苦労はあったが、俺が突き放す性格のせいかあまり苦労しなくなっていった。

というか、周りからはもう女として見られていた可能性も否定できない。

しかし、ここまでの動揺を見せるのも、このデブが変態だからこそだ。

スレッドに書き込んでいた内容からして、もっとまともな人かと思っていたのだが。

「コーク。そんで、どうする。やるんだろ」

俺はこのデブのことをコークと読んでいる。お互いに本名は使わないようにしている。

お互いにお互いのことを知らない、それがグループで行動を起こすのに最適。

そう言ったのはコークだった。

ちなみになぜコークなのかは、こいつの体型から想像が付くと思う。

「ああ、どうやらこの教授、娘が居るらしい」

俺は枕のチャックを解いて黄ばんだ枕カバーを取り、洗濯機へ投げ込む。

「へえ、娘さんか。それを利用するってワケか。誘拐か?監禁すんのか?」

「ん?される側だよね、あなた」

手元にあった空の洗剤を投げる。

「くぼっ...」

「あちゃー、洗剤切れちゃてるわ。買い出しいくか」

空の洗剤を掴みながら少し赤くなった顔でコークが言う。

「ロイ。大学に入学するぞぉ。もう手続きは済ませた。入試があるが、大丈夫だな?」

俺は少し驚いてから、一つ尋ねる。

「娘が通う大学だな?」

コークはゆっくりと頷く。

俺は少し笑ってから、机の財布を持ってドアを開け、言う。

「コーラと菓子、買ってくるか?」

「いつもので」

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