ヒーローがいるのに平和な街の表 6

 この物語は終わらない。

 どう転んでも。

 どうなっても。

 俺と奴らの物語に結末は来ない。

 ならばどうする。

 ならば歩みを止めてはいけない。

 ならばどうする。

 ならば生き続けよう。それしかない。

 ヒーローがいるのに平和な街。

 ここがその有り得ない街だ。

 俺達は喋って笑う。

 至って真面目。

 至って不真面目。

 さあご覧あれ。

 これが俺だ。

 これが俺達だ。

 未来永劫変わらない。

 こんな楽しい日常、変わってたまるか。

 これが俺達なんだ。




 ダッシュで路地裏に行くと、ヒーローとあゆみが居た。言い換えればおっさんと幼女だ。俺よりたちが悪い。

「なんでこんな所にいるんだ?」

 俺は“二人“にそう問い質したが、二人の返答は信じられないものだった。

「……わからない」

「……わからないわ」

「はぁ?」

 ついにボケたか、と思ったがあゆみがボケるのはおかしい。二人の表情は至って真面目だった。一体何だって言うんだ。意味がわからないぞ。

「今ここにいるのに、なんでここにいるのかわからないなんてのはおかしな話しだね」

「そうですね。私が思い浮かぶ理由としては……刀銃。あなたを路地裏に連れ込んで口先だけで弄るとかしかないわ」

「それが本当だったら俺は即刻逃げるぞ!」

「あら? じゃあ逃げた方がいいんじゃない?」

「マジなのかよ!」

 ちょ、いくらなんでもそりゃ嘘だよね!

 そう切に願っていると、あゆみはため息をひとつ吐いて俺に目を向けた。

「馬鹿ね。冗談に決まってるじゃない」

「あ……だよな。そりゃそうだよ。いくらあゆみでもそれは酷過ぎる」

 そう言ったらあゆみは、ハンッと一回鼻で笑い、俺を見た。これが小学二年生の女子がとるアクションの一つなのかと思うと涙が出る。

「冗談を過剰なリアクションで返すあなたを鼻で笑う為よ」

「つまり目的は達成されちゃった訳だな!」

 俺がそう返すと、満足したのか「セバスチャン」と言い、迎えにきたリムジンに乗った。

「刀銃」

 窓からあゆみの顔が覗く。

「どうした?」

「……また会えるわよね?」

 そう言うあゆみの顔は真っ赤だった。心なしかモジモジしているようにも見える。

「あー……じゃあ、ちょっと待ってくれ」

 俺は懐から携帯を取り出すと、窓から小さく顔を覗かせるあゆみに向けた。

「……え? く、くれるの?」

「違う! ……赤外線通信だ。お前なら携帯持ってるだろ?いっそのこといつでも連絡出来るようにしちまおうぜ」

 するとあゆみは俺の予想外の反応を返した。

「私……携帯持ってないの」

「何っ!」

 俺は普通に驚いた。いくら小学生とは言っても財閥の一人娘だ。携帯くらい持っていてもおかしくはないと思っていたのに。

 ふとあゆみの顔を見ると、さっきまで赤かっていた表情が一転。暗くなっていた。

「私ね……母様と父様の相手にされてないのよ……」

 俯きながら、ポツポツと呟き始める。

「そりゃあ私は西山財閥の一人娘よ。でもね……そのせいで母様と父様は毎日忙しくて私を見てくれないし、友達も出来ないの……普通の家族の方がマシよ……いくらお金があったって、つまらなきゃ仕方がないじゃない……」

 どうやらあゆみは俺が考えている以上に暗い重りを背負っているらしい。

 両親が相手にしてくれない。

 他人が相手にしてくれない。

 ――自分を相手にしてくれない。

 そういう悲しみを背負って、それでも頑張って生きている少女。

 そんなあゆみに俺はこう言うことにした。

「今日俺と一緒にいてつまらなかったか?」

「そ……そんな事ないわ! とても楽しかった! 多分、今までの人生で一番……!」

「じゃあさ」

 俺はポケットからメモ帳を取り出し、ボールペンで二つの個人情報を書いた。

 これでも大学生だ。メモ出来る物される物は常時持っている。

 それを切り取り、あゆみに渡した。

「俺も電話する。けどさ、もし暇で俺と遊びたかったらいつでも連絡してくれ。いつでもいいから」

 呆気に取られた表情をしたあゆみは一回メモ用紙をみて、キリッとした顔でまた俺を見た。

「……アドレスに連絡してもいい?」

「ああ。別にいいけど……それメールアドレスだぞ? いらないと思うけどとりあえず、のつもり書いたんだが」

 俺の個人情報を震える目で見ながら、あゆみはこう言った。

「わ……私、あなたの為に携帯を買うわ。も、勿論当分は電話で連絡するけど、メールもいつか送る。あ、でも直接喋れる方がいいかしら。でも、やっぱメールの方? メールで電話? あら?」

「落ち着けよ」

 この言葉を最後にあゆみは「じゃあまた会いましょう」と言い、リムジンの窓を閉じて去っていった。

 その時のあゆみは顔が真っ赤で汗まみれになっていた。 その様子を俺は無言で見送る。

「ハハハ。全く。あの子は可愛いね」

 リムジンが見えなくなるのを確認すると、あゆみにも俺にもすっかり放置されていたヒーローが俺にこう喋りかけた。

「ああ……全くだ」

「僕の奥さんの若い頃にそっくりだよ」

「あんた奥さんいるの!」

 何っ!

 こんなコスプレしてる変人と結婚する人が存在するのか!

「そうだよ。かれこれ三百年くらい前かな。僕の一目惚れだったんだ」

「何歳なんだよ両方共!」

「その時彼女は小さい子供でね。ワンピース姿が何よりもそそるものがあったんだ。それからだね。ヒーローを目指すようになったのは」

「今までの話しにヒーローの志望動機に当たるものが何一つないんだけど!」

 ワンピース姿を見て何故ヒーローを目指す?

 少なくとも俺は絶対目指さない!

「考えてみなよ刀銃君。前にも言ったと思うけど、ヒーローになったら住所や電話番号等の個人情報が思いのままだ。つまり」

「変人の完成って訳だな!」

「そう。流石刀銃君」

「少しでもいいから否定してくれ! 頼むから!」

 こんな奴が命の恩人なのか!

 我ながら恥ずかしい!

「流石、僕と同じ変人なだけはあるよ」

「自分を変人と肯定した揚げ句俺を道連れにするのはやめろ! 俺のどこが変態なんだ!」

「だってそうだろ。さっきの子は勿論、今日だってあの叶香里って子をはべらしてたみたいじゃないか。やーい二股ー」

「今から俺は力ずくでお前をヒーローから脱退させる! そこに居直れヒーロー!」

 そう叫ぶと、じゃあまた会おうね刀銃君、と言ってヒーローは全速力で駆けていった。

 ヒーローの運動能力は素人に毛が生えた程度だ。その辺の高校生でも追い付けるかもしれない。

 だから、俺は追い付けなかった。



 しかし……何故あゆみとヒーローは路地裏にいたのだろう。あの二人に接点なんてものはそこまである訳でもないのに。

 まあ、本人達がわからないのなら俺がわかる筈もない。

 ――これが安易なものならいいんだ。

 だが、これが重要な分岐点とかだったらどうする?

 そう。例えるなら朝の刀と銃だ。

 あの時来たのが叶ではなく、ヒーローだったら俺という存在は終わっていただろう。ああそうだ。家に帰ったらちゃんと処分しないと。

 しかし……うーむ……答えは出ない。

 考えても無駄だと悟った俺は、背中がどんどん小さくなるヒーローを見て、息を切らした。




 そして家の玄関の前。

 走った後の為呼吸を整える。休日も残り半分を切った。とりあえず昼飯を食おう、と思いマンションの二階まで上がる階段を昇ろうとした瞬間。

 肩に物凄い力の手が乗せられた。

「やっと見つけた……さあ刀銃……私を……なぶって……」

 ハァ、ハァ、と喘ぎ、景品のSMグッズを手に持ちながら目を輝かしている変態叶香里がそこに居た。

「い、いや待て叶! 今何時かわかるか!」

「ハァ……アッ……凄い……刀銃そこまで……」

「今は昼の十二時だ! こんな時間にSMプレイなんぞしたら近所の噂になっちまう!」

「え……そんな……釘バットなんて……流石の私でも……」

「だからとりあえず昼飯を食おう! その後また話し合わないか!」

「う……ううん……お願いします刀銃様……私が口答えするなんて有り得ません……」

「わかったな! ってさっきから話しが全く噛み合ってない!」

 なんちゅう妄想してやがる!

 ヒーローの変態度がマシに思えてくるぞ!

「こ……この変態! 俺の話しを聞け!」

「へ……変態? いい響き……いい響きよそれ! 刀銃、もっと言って!」

「無敵かお前は!」

「じゃあさ、あの、変態って大声で私に叫んでくれたら昼ご飯一緒に食べてあげるからさ! 勿論オゴリだから! お願い刀銃! 私を蔑んだ目で見ながら変態って叫んで!」

 自分の中の色んな葛藤と戦った後、俺は人生において重大な決断をした。

 ――つまり、叫んだ。

「この変態が! お前なんか一生地べたに生えずり回ってるのがお似合いなんだ!! 呼吸をするなこのゴミ! 地球が汚れるだろうが!」

 ……いやあの……これは、巷でよくいう一種の気の迷いって奴だ。誰にだって判断を間違えるときはあるだろ。それが俺の場合、今この一瞬だったってことだよ。だから……うん……。

 俺が心底自分の発言に後悔していたら、目の前の叶は俺の持つ感情のベクトルとは全く方向性が違う感情を持ったらしい。

「う……ウワアアア……フワアア……」

「…………」

 言いながら全身をほてらせ身をよじって興奮する友人を、何故だか俺は凝視していた。

 先に言っておくが俺は加虐趣味に目覚めた訳ではない。

 ただ。ただ、その、あれだ。

「ウゥゥ……アァアア……アッ……」

 叶が無茶苦茶色っぽくて見取れてたとか、そういう理由ではない。

 ポニーテールを揺らしながら目を虚ろにして喘ぐ叶が無茶苦茶可愛いとか、そういう理由ではない。

 そう信じたい。

 そんな俺はずっと立ち尽くしていた。

 真面目な顔で見る男と。

 身をよじりながら見られてる女。

 第三者が見たらどう思うんだろうか。余り考えたくはない。

 野良犬がワンと吠える。

 野良猫がニャーと鳴く。

 叶の興奮はその後数秒続いた。




「さあ刀銃。私のオゴリだからさ、存分に食べてみよー」

 言われて連れて行かれたのは駄菓子屋だった。

「大体はよめてた展開だけど駄菓子屋は酷すぎるんじゃないかな!」

「これでも譲歩した方なんだよ。第一候補は公園だったんだから」

「公園に食い物ってないよね! あったとしても自動販売機くらいだよね! 候補に入ること自体間違ってるよね!」

「第二候補は郵便局」

「あそこは手紙とか切手とかしか扱ってないぞ!」

「食べればいいじゃん。大丈夫だよ。刀銃ならバリバリ食べれる食べれる」

「ヤギじゃねーんだよ俺は!」

「白ヤギさんたら読まずに食べた?」

「白ヤギさんも読まずに食べる奇怪な人も居ない! その流れから言ったら第三候補とかはもっと酷いんだろうなぁ!」

 すると叶は叶に似つかわしくない、モジモジとする動作をとった。

「第三候補はね……私の家よ」

「…………」

「私の部屋よ」

 何故限定したんだ!

 いつもの俺ならそう言うだろう。

 だが、先程の艶やかな叶を見て叶の美しさを再認識してしまった俺には、返せる言葉が無かった。

 叶が足元を見つめる。

 その姿もどこかきらびやかで、耐え切れずに俺も足元を見つめる。

 そして沈黙。

「…………」

「…………」

 何なんだよ……何なんだよこの空気はっ!

「と、とりあえず俺腹が減ったからさ! なんか買って食わせてくれよ! た、たまにはこういう駄菓子屋もいいかなーとか前々から思ってたんだ!」

「え、えー本当! じゃ、じゃあこれとこれなんかどーおー!」

 テンパりながらそう言って叶が指さしたのは五円チョコと十円ガムだった。

 えー……こんな空気でもこの二つチョイスしちゃうのかこいつ……。

 一方叶が手にしたのはうまい棒とチョコバット。

 会計は俺持ちだった。

 意味がわからない。

 五円チョコと十円ガムでは流石に足りないので近くのコンビニに行き、唐揚げを五個と握り飯ツナマヨを一つ買って昼を凌いだ。勿論と言ったらある意味勿論だが、叶は代金を支払うそぶりすらしなかった。お前、どんだけ?

 太陽の陽射しがさす中、ベンチとブランコしかないシンプルな公園に行き、二人で同じベンチに座る。誰も他にはいない。沈黙が少し続いた後、叶が口を開いた。

「刀銃……例の件についてなんだけど……」

 叶は目をキラキラと輝かせながら、静かに聞いた。右手に持つ物を俺に突き出す。

「今ここでやる?」

 驚いたことに、叶は未だにSMグッズを片手に持っていた。というかもはや呆れの境地に達していた俺は、そんな叶に極めて冷静に返す。

「残念だな。昼飯おごってくれなかっただろ。だからこの話しは無しだ」

 当たり前だろう。約束も守らなかったんだ。好き好んでSMプレイなぞする訳がない。

 すると叶は懐からある物を取り出した。

 ――千円札だ。

「な……何っ!」

 か……叶が……今までの中で一時も俺に硬貨すら見せなかった叶が……自分の千円札を俺に見せるだと!?

 しかもこの千円札、俺に向いてないか!

「私はね……本気なのよ」

 叶は俺に千円札を渡してでもSMプレイをしたいらしかった。

 そんなことで本気になられてもこちらが困る。

「え……えっと……」

 驚きでもたもたしてたら、叶の手が俺の右手を掴み、その千円札を握らせた。

「私の本気……わかってくれた?」

 上目使いで俺を見る。

 叶はもう色々な意味で本気らしかった。

 俺に、明らかに昼飯代より高い千円札を渡したのもそう。

 わざわざ俺の右手を掴み、動かない左腕を掴まなかったさりげない優しさもそう。

 上目使いで……俺の目をじっと見つめて……ゆっくりと……静かに……それでも確実に誘っているのもそう。

 段々頭がぼやけて、俺は何も考えられなくなってきた。頭が浮遊感で揺れる。視界もぼやけてきた。

 その間も叶は俺の右手を暖かみのある右手でしっかりと握りながら、左手で準備をする。

 ――SMプレイの。

「叶……叶叶叶叶叶叶叶叶……!」

「刀銃刀銃刀銃刀銃刀銃……!」

 叶は俺の右手を離し、代わりに赤色の拘束具を俺に差し出した。手錠のような形のそれを躊躇うことなく俺は受け取り、叶の両手を背の後ろ側に持っていかせて嵌める。叶の両腕は動かなくなった。

「刀銃……服……どうする……?」

 その言葉を俺は無視し、SMグッズの中から一つを選ぶ。これまた赤で、通常の市販の物より少しだけ太くて長いロウソクだ。

「アア……私の要望を無視した上でロウソクを選ぶなんて……服も焼けて私も焼けて……一石二鳥の攻めじゃん……」

 SMグッズの中にちゃんとあったライターを使い、右手した使えないのでベンチに置いたロウソクに火をつけ、叶の上に持っていこうとする。叶はいつの間にか地べたをはいずっていた。

「…………」

「…………」

 沈黙が流れる。

 耐え切れなくなったのか、それとも興奮のせいか。叶が喘ぎ始めた。

「アア……アアアア……刀銃……さ……様ぁ……早くぅぅぅぅ……」

 この言葉をキッカケに俺がロウソクを叶の上に持ってきた瞬間。

 聞き覚えのある声が公園の入口から聞こえた。

「刀銃君……君は本当にそんなことを……」

 ヒーローだった。

 その声で俺は意識を取り戻す。そして、今の現状を再確認する。

「お……俺は何でこんな真昼間から友人に手錠をかけてロウソクのロウを垂らそうとしてるんだ!?」

 この言葉に叶は心底驚いた表情をして見せた。

「え! 嘘でしょ! ここで止めるの! あんなにいいムードだったのに!」

「SMプレイにいいムードなんてあるか! ありがとうヒーロー! 助かった!」

 危ねぇ! 一線越える所だった! 叶とそんな一線なんて越えてたまるか! どうせなら違う一線越えたいんだよ俺は!

「とにかく俺は逃げる! 後は頼んだぞヒーロー!」

「あ、ちょっと刀銃君!」

 ヒーローの制止を聞かずに、こうして俺は公園から立ち去っていった。

 帰り際、「そ……それって放置プレイじゃん……こんな拘束しときながら立ち去るなんて……最高過ぎるよ刀銃……様……」とか聞こえたのは気にしないことにする。




 公園を抜け、ビル街を抜け、俺の家の前まで全速力で駆け抜けていった先に居たのは、軽く見知った顔だった。

「こんにちは。先程はどうもありがとうございました」

 白い髭を蓄え、軽いウェーブをかけた白髪に皺が大量。映画でよくみる右しかない眼鏡をかけ、それでいて服は黒がベースの正装。身長は俺くらいあるが、初老の為か細い。

 軽く俺に会釈したのは、あゆみの執事のセバスチャンさんだ。

「あ。どうも」

 俺が会釈し返すと、セバスチャンさんはレンズで太陽の光りを反射し、ニコリと笑った。

「あゆみお嬢様も大変お喜びです。携帯電話をすぐ買うといっておりました」

「そうですか。よかったです。それで、今日はどういったご用件ですか?」

 少し反応が冷たい気がするが、それは仕方のないことなんだ。全速力で走ったので今俺の体力はひん死に近い。早く部屋に入ってゆっくりしたいんだよ俺は。失礼は承知しております。すいませんセバスチャンさん。

 そう言うと、セバスチャンさんはフフフと笑った。

「どうやら疲れているようですね。わかりました。手早く済ませましょう」

 流石執事といったところか、俺の現状を瞬時に見抜いてくれたセバスチャンさんは、右手を俺に差し出してきた。

「ありがとうございました」

「はい?」

 いきなり初老のおじいさんから面と向かって何のことかわからないお礼を言われても、対処に困る。第一にそういった体験がない。

 そんなことを思ってたら、セバスチャンさんは流れるように口を動かした。

「あゆみお嬢様のことですよ。最近、あゆみお嬢様は本当に楽しんでおられます。以前のお嬢様の事を思い返すと、あなたの存在はそれ程驚異的で、それ程大切にしたいものだったようです。今日はそれだけ伝えたかったのですよ。ありがとうございました。あゆみお嬢様があゆみお嬢様になれたのは、刀銃様。あなたのお陰です」

「…………そうですか」

 言うと俺は右手を差し出した。セバスチャンさんとしっかり握手をする。

 俺は内心物凄く嬉しかった。ヒーローの前だからという理由だったが、俺が助けた女の子がこれだけ喜んでくれる。ここまで嬉しいことはないだろう。

 手を離したセバスチャンさんは、ほんわかした空気の中、こんなことを発言した。

「本当……あゆみお嬢様の可愛さに磨きがかかったのは刀銃様のお陰です」

「…………」

 ……いやいやいや。ここまで立て続けに二人も変態を見てきたんだ。まさかこんな真面目そうな人が俺が考えている人な訳がない。そうだ。そうに決まってる。

 だけど怖かったので、これまた失礼を承知で恐る恐る聞いてみた。

「……セバスチャンさんってあゆみのことをどう思っていますか?」

「勿論、世界一の美少女でございます」

「……それは実の孫娘のように可愛いとかそういう感情ですよね?」

「実の孫娘に発情はしません」

「発情してるんですか!」

 六十代を越えているであろう爺さんが小学二年生に発情!

 絵がヤバイとかそういうレベルじゃ収まらねーぞ!

「え! じゃああゆみの執事をやっているのは……」

「私が執事の仕事を西山様方にお頼みしたのはあゆみお嬢様が産まれてから四年が経った頃でございます……という設定だったら良かったのですが。残念ながらあゆみお嬢様が産まれる前から西山様方には仕えております」

「残念ながらも何も確定ですよね! 一連の会話だけで確定ですよねこれ!」

 この人……あろうことかあゆみ目当てで執事やってやがる!

 てか俺の周りには変態しかいないのか!

 ヒーローに叶にセバスチャンさん……。

 ここが平和な街なんて冗談にも程がある!

「では私はここで。また会った時はあゆみお嬢様を宜しくお願いします。刀銃様と喋っているあゆみお嬢様の顔が、一番可愛いので。まあ……複雑ですけど……」

 最後にやけに変な後味を残すコメントをし、セバスチャンさんは歩いて帰っていった。




 ……セバスチャンさんのことは一度置いておいて、最近すっかり騙されていたことがあるのだが、この平和な街には事故を起こさない為に車は販売されていない筈なんだ。

 なのに、何故西山家はリムジンを普通に所有し、かつそれを運転しているのだろう。

 別に走る道がないという訳ではない。現に車道は自転車の道としてそのまま残されている。ドライブしようと思えばいくらでも出来るのは確かなんだ。

 だが、何故それをヒーローは許しているのだろう。

 今度聞いてみようと思い、数分前と数秒前の衝撃を心の奥底にしまった。

 鍵は俺がかけ忘れていたらしく、ドアノブを回すと普通に家に入ることが出来てしまった。今度から気をつけようと心掛け、ふとポケットを探り携帯を見てみたら着信が一件あった。

 『来週 行きたいところがある 行きます』

 メールの最後には、西山あゆみという名前が書いてあった。誘いの文面が決定事項になっている。明らかにメール初心者の文面だったが、来週の休日も楽しくなりそうだった。

 『オーケー。楽しみにしてるぞ』と返信をしたら、『うん』と一言だけのメールが来た。

 さてと。数々のいざこざが一旦終了し、静かな時間が流れたあかつきにはとりあえずあれとあれを処分しないと。

 ――勿論、刀と拳銃だ。

 叶の突然の訪問に驚いたが、そこは流石俺と言ったところ。焦りながらもちゃんと押し入れに入れたことを覚えている。

 我ながらよくやったと感心しながら木で出来た押し入れの中を見てみると、そこには一枚の紙切れしかなかった。

「な……無い!」

 刀と拳銃はどこへ消えたんだ! あれを見られたらこの街で生きる俺の人生は終了なのに!

 急いではいつくばりその紙切れを右手に取ると、そこにはこう書かれてあった。

『久しぶりだな。警察に捕まったお前がまさかこんな所でのうのうと住んでいるとは思わなかった。探したぞ。さあ、また一暴れしよう。とりあえずは思い出して貰おうと置いてきた刀と拳銃はまた後で持ってくる。いつでもいいから連絡をくれ。お前の連絡が来るまでこの何の面白味もない街のどこかに滞在している 05630**258』

 何度読んでも同じだ。書いてあることがさっぱりわからなかった。

 家の鍵が開いていたのは恐らくこの手紙の主のせいなのだろう。刀と拳銃も同一人物にまず間違いない。

 しかし、この文面の中に俺がわかる内容は一切含まれていない。何だこれは。意味不明にも程がある。ある種とても迷惑だ。気味が悪い。

 俺は紙切れをポケットの中に入れ、後でヒーローに相談しようと決定した。

 心の奥で、ヒーローに頼りっぱなしの俺がいることに薄々感づいている俺が、今この場にいることに気付いた。




 翌日。

 今日は平日だ。普通に歩き、普通に大学へ行き、普通に勉学に励む。まあ大学なので勉学等オマケみたいなようなものなのだが、生憎それは喋ったりふざけあったりする友人が居る奴の話しであって、大学での友人がほとんど皆無である俺にとって大学とは、勉強をするくらいしか過ごす方法がなかった。

 そんな中、校舎の入口で俺は“奴“を見つけてしまう。

「あ。おはよう」

 叶香里だ。

 朝にピッタリなこの晴れ晴れとした笑顔からして、昨日のことには触れないまま過ごせそうだと思い、俺は少しだけ安心する。

「おう」

 右手を軽く挙げて返し、俺は三階へ上がる為にエレベーターの上のボタンを押した。光が灯る。

「全く。そうやってすぐエレベーターを使おうとするから体力が無くなるんだよ。極力階段を使わないと」

「いやいや。今の俺にとって階段を昇り降りするなんて地獄に等しいものがあるからさ」

「へぇ。てことは刀銃にとって大学は地獄なんだ」

「何言ってんだお前! 人の話しを半分しか聞いてないだろ!」

「てことはつまり、刀銃が死んだらどこへ行くんだろうね。地獄より更に酷い場所ってどこなんだろ」

「叶の中で俺は地獄に行くことが決定しちまってるんだな!」

 地獄より更にキツイ場所って、大地獄とかか!

 微塵も想像つかない!

 ……というより、心なしか叶の言い方がいつもより微妙にキツイのは気のせいだろうか。試しに叶の顔を見たら、無駄に笑顔だった。何故だ。今笑顔なのはおかしいだろ。

「因みに今大地獄とか思った人は語彙力がないです」

「まさかのトラップかよ! 叶なんて思いつきもしなかったじゃねーか!」

「私はわかってたけど言わなかっただけだよ」

「じゃあ地獄より酷い場所ってどこか答えてみろ!」

 どうせ無理に決まってる! というかエレベーターはまだなのか! 結構待ってるんだけど!

 叶は俺を見て指をさした。

「地獄より酷い……それはね、刀銃だよ」

「え?」

 改めて叶の顔を見る。

 う……うわあああ……。

 口は笑ってるのに、目が全く笑っていない。どうしたんだ叶は。俺、なんかやったか?いやまあ、だいたいわかると言ったらわかるのだが。え、でもまさかそんな筈はないだろ。

 その顔の恐怖によって耐え切れなくなったので下に俯いたら、ふと叶の左手の部分が見えた。

 ――力一杯握っている拳がワナワナと震えていた。

「俺……なんかしたか……?」

 恐る恐る思ったことをそのまま口にしてみた。

 叶はこの言葉を聞き、目をカッと見開いて俺にガンを飛ばす。

「なんでよ……なんで昨日途中で帰ったのよ!」

 大方の予想通り、SMプレイの話しだった。

 もう……それ掘り返すのやめにしないか!

「私、放置プレイは嫌いなのがわかったわ! あの後本当に大変だったんだから! 特にヒーローよ! あの人とプレイしても全然面白くないの! やっぱり私、刀銃じゃないとダメなのよ!」

「ちょ、ちょっと待て! その言い分からしてまさかとは思うが、ヒーローとSMプレイをしたのか?」

 仮にもヒーローだぞあのおっさん!

 何やってんだこいつらは!

「ヒーローがやりたいって言い出したのよ!」

「この変態共!」

「もうあの人全然なの! ロウソクだって服脱がしてからやるしムチだって背中しかやらないし電気も流さないしナイフで切り付けるとかいって腕だけで顔にやらないしそれでいてマスクすら私につけないし言葉責めも刀銃に比べたら切れ味なさすぎだし最後の締めも」

「もういい……もういいよ! お前ら俺が帰った後ハジケ過ぎだろ!」

 仮にもヒーローが。

 仮にも俺の友人が。

 本当のホントにリアルにガチで真面目なSMプレイを昼間っぱらから野外でやっていた。

 なんか……色々な意味で悶々とする事実だよ!

「しかもお前言葉責めとかなんとか言ってたな! それってお前……もしかして……」

「もしかしてとかじゃなくて何を包み隠そう私は、私の全てを否定する刀銃のツッコミに毎回毎回興奮してましたっ! イエイ!」

「イエイじゃねぇ!」

 じゃあ何だ!

 叶は俺との会話をSMプレイと等しいものとして扱っていたのか!

 知りたくなかったよ!

 知った上でどうしろっていうんだよ!

 どうもしないよ俺は!!

「さあここで刀銃はどんなツッコミを私に入れてくれるのかな……さあさあ……私を存分に攻めなさい!!」

「…………」

 もうこいつとは喋りたくない。一回拒絶してみよう。喋らなきゃツッコミも言葉責めもあったもんじゃないだろ。

 そうして喋らないこと十秒。

 さあもういいかなと判断し、横を見てみたら叶は右の人差し指を噛んで自分を抑え、虚ろな表情でこちらを見ていた。

「ハァ、ハァ……私、やっぱり放置プレイもありかも」

「無敵かお前はっ!」

 そうこうこうしている内にようやくエレベーターは一階に到着した。このエレベーターは最初何階に留まってたんだよ。

 エレベーターには誰も居ず、俺と叶の後ろにも誰も居なかった。

 それに気付いた叶は顔をパーっと顔を明るくして、俺の右腕を物凄い力で掴んでエレベーターの中に引きずり込もうとした。

「さあ刀銃……続きはこの中でヤろうか……」

「て……丁重にお断りさせて頂きます!」

「いやよいやよも好きの内だもんね」

「そんなの虚言だ虚言!」

「うるさい。さあ……覚悟決めろや……」

「い……嫌だあああああぁぁぁぁぁ……」

 エレベーターが非情にもしっかり閉ざされ、上の階に上がった。

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