ヒーローがいるのに平和な街の表の裏 Ⅲ

 こうして今俺は、刀銃としてではなく、犯罪者としてここに居る。

「俺に刀なんか寄越して大丈夫なのかよ、ヒーローさん?」

 そう言うとヒーローは不適にも笑った。

 あゆみは終始無言だった。

「だから、それを今から試すんじゃないか」

 ヒーローがそう言うと、路地裏に大量の人が集まった。

 そうか。こいつら、全員俺を実験しているんだった。

 ヒーローが居るのに平和な街なんてやはり存在しない。今まで信じていたヒーローは造られた偽物だったし。

 ああそうだ。この場合、俺は悪で住人全員が正義なのか。

 ハハハ。笑える。

 要は俺以外が全員ヒーローみたいなもんじゃないか。

 そんな理想的な街は造らなきゃ存在し得ない。実際には有り得ない。

 ――ヒーローがいるのに平和な街なんて有り得ない。

 俺の左腕を動かなくしたものと同じ形状の拳銃を恨めしく見ながらも、刀を右手にとった。

「やっぱりわかんねぇよ。俺がなんで人を殺してきたかなんて。善人の立場から見ても異常だし、悪人の立場から見ても悪質だ。俺がやったのはそういうことなんだよ。誰が考えても答えは出ない。人が人を殺す理由なんて、答えは一つなんじゃないのか? そうだよ。そうに違いない……」

「その答えとはなんだい?」

 ヒーローは興味深く聞いた。

 俺は感じたままの言葉をそのまま発言する。

「だからさ、『わからない』んだ。恨みやねたみ……金銭問題や欝陶しさ……衝動でも連続でも殺人は殺人に変わりはないだろ。人が人を殺すなんて普通は有り得ないんだ。普通なら自制心がかかる。だから、何故人が人を殺せるのかもわからない。それでいいんじゃないか?」

 そう言って俺は刀を片手で握った。正直重いが、まあなんとか振り回せるレベルだろう。

 ヒーローとあゆみを含めた街の住人は身構えたが、ふと俺は思い出した。

 この街は善人だけが集められて造られた街だ……当然、この街には俺以外の人間は全員善人であることが必然だろう。

 だったらあいつは?

 あいつは善人なのか?

「ヒーロー……あいつ……叶香里は何なんだ?」

 金にがめつく運動オタク。人の家に勝手に入りその上ドM。

 そんな奴が善人の中の善人な訳ないだろ。

 じゃあ何で叶は平和な街に居るんだ?

 俺が質問をすると、ヒーローは首を傾げた。

「叶香里? 誰だいそれは?」

 その横であゆみは震えていた。

 俺は無我夢中であゆみの近くに行きその手を取り、一気にその場から逃げ出した。

「待て! そいつに近付くな!」後ろからヒーローの声が聞こえる。

 俺はあゆみを連れてビルの屋上に逃げ込んだ。

 その間、俺は住人と目が合ったが、住人は俺を見ると一歩遠ざかった。ヒーローの命令かは わからないが、とりあえずは助かる。

「あゆみ。お前、叶香里を見たよな?」

「え……ええ」

 あゆみは俺の剣幕に震えながらもしっかりと頷いた。

 俺の手には刀がある。

「あいつは何なんだ! 何故この街にあんな奴がいる!」

「わ……私が知ってるのは実験のこととあなたのことだけ。あなたの記憶を目覚めさせるキッカケとしても居たんだし」

 やはりこいつはわざと台風の中隠れていたんだ。どうりで矛盾だらけな訳だ。

 お金持ちなお嬢様が一人で隠れたり、あの豪雨の中小さい女の子の声が聞こえる筈もない。

 クソ。俺は全部騙されていたってことになる。

「あの人を見た時、私も驚いたわ。あんな人見たことないし、私以外の人は誰も知らないって言うし。ヒーローもおかしいのよ。あなたに干渉している人のデータは全てあの人が管理しているのに、ヒーローはデータとして彼女を知っているだけで彼女自信の情報を全く知らないの」

 先刻、ヒーローは俺に向かって刀と銃を見た奴が居ると言った筈なのに、それが叶香里だとはわからなかった。

 つまり、叶はこの街の中で唯一、情報の包囲網を少しだけ抜けている人間だと言うことになる。

「なら、何であゆみは叶を知って……いや、何で覚えているんだ!」

 するとあゆみは泣きながらこう叫んだ。

「私、この街に来る前から彼女を知っているもの! 彼女は百年前、死刑を執行されて死んだ犯罪者なのよ!」

 叫んだあゆみは、その後ポツリポツリと呟き始めた。

「……私の家は本当に裕福でね、家に昔の資料や新聞が沢山あるのよ。暇があったら私はそれを読み漁っていたわ。面白いんだもの」

 あゆみの家とは実験に参加する前の家だろう。こいつが実験に参加した理由はわからないが、とりあえず俺は聞くことにした。

「その中にかなり古い新聞のコーナーがあってね、読んでたら凄い綺麗な人が写ってたの。大きくなったらこんな風になりたいって思ってたらその人は死刑囚だったわ。だから私はその時その人の事を忘れようとしたんだと思う。でも、忘れる前に実験に連れていかれたの……そしたらスポーツジムに美人が居るじゃない? それで気になったからその人の事をセバスチャンに聞いたら、「知らない」って言うのよ。おかしいと思った私はよく女の人の顔を思い出して考えて、そして思い出したわ」

 あゆみは一呼吸置いて俺の目を見た。

「死刑囚の名前は叶香里よ。罪状は千人超の男を逆に強姦、その上全員殺害した大罪の女」

 あゆみがそう言い切った後、その女はふいに後に現れた。

 音を起てずに。空気と同化して。有り得ない登場で。

 叶香里は笑顔でこう言った。


「刀銃……今暇……? ちょっと話さない……?」


 そう言う叶の右手には、俺が拾わなかった拳銃があった。

 静かに銃口を俺の眉間に向け動かす叶。

 目はいつまでも笑っている。

 俺はその姿を見て呆然としていた。

「何黙ってんの? 私、ばれちゃったんだよね? 刀銃の実験が終わる直前ってことは、もう記憶が戻ってるんだもんね。アハハハハ。それならそれでいいや。もうここに居られないなら、何しても構わないでしょ」

 そう言うと叶は親指で拳銃の安全装置を外した。こいつ、本気か?

「まあ待て。一度話し合おう」

 平常心を取り繕って、必死の交渉に移る。マズイ。俺は人を殺した経験はあるが、幽霊とかそんな類いの者を相手にした経験は無いぞ。対処の仕方がわからない。

「……ま、そうだね。まだ時間は残されてるし、ゆっくり喋ろっか。お互いのことを……ね」

 叶は拳銃を右手ごと下に向けた。

 横に立つあゆみは恐怖で固まっている。

 俺が動くしかない、か。

「叶。お前は一体何なんだ?」

「何探り入れてんのよ刀銃。さっきのでわかるでしょ。私は幽霊よ。百年前に死刑で死んだ、自縛霊みたいな存在かな」

「真顔で自分を幽霊だとか言う奴を信用出来るか。そういう奴はたいてい最後には幽霊じゃなくて本当は生きてました、とかそんなオチが付き物なんだよ」

 すると叶は何故か俺を見直したような表情を向けた。

「へー。意外と余裕なんだね、刀銃」

「当たり前だろ。記憶が戻る前ならともかく、俺は人殺しなんだ。そんな奴が自称幽霊なんぞにビビってどうする」

 実際はかなり対応に困ったが、あえて伏せておこう。

 叶は左手と拳銃で拍手をし始めた。

「やっぱり刀銃は私と似てるね。その落ち着き方も、罪状も似てるよ」

 言うと叶は拳銃を地面に落とした。手から離れたそれは、音と共に転がる。

「私は百年くらい前、男に興味が行ったの。きっかけなんてなかったわ。ただ普通に思春期なんだろうなー、って簡単に思ってたの。だけど私の思春期は少し……いや、大分変わっていたわ」

 叶はまた笑顔になる。

 それが異様に怖かった。

「私は男の中身が知りたくなったの。外見じゃなくて中身。女である私とどう違うのかとか、どんな内臓の形をしているのかとか、そう言う中身ね。で、私は最初に付き合い始めた男の子と、三日で性交したの。快楽とかはどうでもよかったわ。痛かったし、そんなこと興味なかった。だから私はとりあえずその子のあそことかガン見して観察したの。二人で悶えながらね。そしたら気付いたのよ。私が知りたいのはこの子のもっと奥じゃないかって」

 アハハ……。

 アハハ……。

 叶は不気味に笑う。

 過去を思い出しながら。思い出し笑いとは違う、だけど完全に違うとは言い切れない、そんな笑いを平気でする。

「だからね! 「どう? 気持ちよかった?」って聞いてきた裸のその子を私は裸のまま切り刻んで調べたの! 悲鳴とか血しぶきとか何も考えてなかったわ! とにかく一心不乱にその子を開けて、中身を見させて貰ったの! 最高だったわ! 凄い発見だった! ああ……あの子の呆気に取られていた表情の下にあった首の脈が忘れられない……!」

 俺はそこまで聞いて刀を握った。覚悟を決めて斬りかかる。

 しかし、その刃は叶の体を……何の感触も手ごたえもないまま通り抜け、白い煙のようなものが叶の体から沸き起こる。そしてそれらが叶の体を包むと、傷口一つのこっていない叶の体が現れた。

「私は幽霊って言ってるでしょ? お願いだから私の話しを中断させないでよね」

 もう全く、と頬を膨らませてかわいらしく笑うその顔も、俺とあゆみには恐怖感しか与えなかった。

「その後私は風呂で体を洗って、服を着て外に出たわ。それで、それから家には帰らず夜の街を出歩くようになったの。で、何人も観察して、次第に指名手配とかされたんだけど、サングラスかければ案外バレナイってことがわかって、場所を転々として性交ばかりしたわ。一番良かったのがね、外見ひょろひょろなんだけどあそこが妙にがっちりしてる男でね、その人のあそこを観察するのにてこずったことは今でもいい思い出かなー」

 想像するだけで痛くなる。

 だが、そんな余裕はない。この女から一時でも目を離したら、どうなるかわからない。

「それで好き勝手やってたんだけど、やっぱり限界は来たわ。観察しようとした男が警察でね、私の経験値溢れる接待の快楽をかい潜って私の両腕に手錠をかけたのよ。不覚だったわ、あれは。で、そのまま牢屋へ連行されて普通に死刑よ。ホント、残念だったわ……。でもね、」

 叶は俺を指さしてこう言った。

「私が次に目を醒ました時、私は何故か大学にいた。そして刀銃、あなたを見つけたの」

 フフフフ、と本当に楽しそうに笑う叶は、次の瞬間こんなことを口にした。

「私は一瞬でわかったわ。刀銃は私と同じ人間だって」

 叶はこんなことを平気で言った。今までの叶の話を聞き、呆然としていた俺は、こらえ切れずにこう言う。

「どこがだよ」

「へ?」

「どこが俺とお前が同じだって?」

 言うと叶は、アハハハハと腹を抱えて笑い、一通り済んだ後ヒィヒィ笑いを抑えながら俺を指さし、こう発言した。

「そんなの簡単よ。あなたは私と同じで、人を殺すのに全く躊躇いが無い」

 叶は感情的になってる俺に反して、冷静に言った。

 そして、また笑った。

「最高よ! 私、私と同じ人間は観察したことなかったもの! だから生き返った理由はわからないまま、私はあなたに話しかけたの! そしたらこの街は普通と違う場所で、他の人に聞いても返事をしてくれない。だから私はここで仮説を立てた……」

 後半で一気にテンションを下げた叶は、右手の二本の指を立てる。

「一つ。私は生き返ったんじゃなくて幽霊として意識を取り戻した。そしてもう一つ。ここは刀銃の為に造られた空間なんじゃないか。一つ目は簡単に実証出来たわ。どうやら私と同じ刀銃と私を前から知っていた西山ちゃんだけしか私の存在を知ることは出来なかったみたいだし。それでもう一つは、この街の外に出てみてわかった。実験データなんて物もあったし、ちょっと見させて貰ったのよ。で、私は刀銃のことを知った。何でこんな下らないことをしているのかも知ったわ。だからあなたを観察するのを止めたの。で、あなたに近付いて私も答えを捜したわ」

 そう言うと叶の体は徐々に透けていった。

 ……嘘だろ?

 いや……そんな訳が……でも現にこいつの体はどんどん薄くなっていく……。

 こいつまさか!

 ここまで引っ張っておいて、こんな中途半端な去り方をするつもりか!?

「私はね、人が人を殺すのは『人を殺す理由を捜す為』だと思う。わかんないことをわかんないままにしないように、わかんないことをわかるようにする為に、人は人を殺すんだと思うな。要は探求心よ。そんなもんなの、人間なんて」

 薄く。

 叶香里という存在がどんどん薄くなっていく――!

「さて。私が言いたいことは言えたわ。じゃあね刀銃。刀銃のこれからの決断、期待してるよ」

「ちょっと待て叶!」

 何ふざけたことぬかしてやがる!

 このまま帰らせるかよ!

「俺はお前と居て楽しかった! だから……また後で会おう!」

「……ふーん。それが叶の答えなのね……わかった」

 叶は薄れていく中、笑ってみせた。

「じゃあ私、いつまでも待ってる! 次会ったら……観察抜きで、してね!」

 そう言って叶は消え去った。衝撃的な過去を言い、さらにはとっととあっさり消えちまった叶の余韻に浸りつつも、現時点で犯罪者としての実験対象としての俺は、すぐに気持ちを切り替えて周りを見渡した。

 さて、と。

「ヒーロー。早く出てこいよ」

 俺は、覚悟を決めてそいつに話しかけた。

「あれ。ばれてたのかい」

 ヒーローは屋上へと続く入口から現れた。隠れてるのなんてお見通しに決まってるだろ。これでも昔は指名手配されてた男なんだぞ、俺は。周囲への観察力くらい嫌でも付くさ。

「牢屋に普通に出入り出来たあんたが叶を知らない訳ないだろ」

「うん。まあ、その通りなんだけどね」

 横に震えていたあゆみは俺から全力で離れ、ヒーローの元へと駆けた。

 その目は、涙と恐怖で溢れていた。

「じゃあこれで実験は終了だ。さあ、君はどうする?」

 言葉足らずのこの質問の真意は簡単だ。

 ――生きるか。

 ――それとも死ぬか。

 ヒーローの手には地面に落ちていた拳銃が握られた。

 俺の答えは決まっている。それを答えようとした時、

「嫌よ! なんであなたが死ななきゃならないの!」

 西山あゆみが叫んだ。

「あなた、改心したんでしょ! この街で生活して心を入れ替えたんでしょ! だってそうじゃなきゃ、私を生かしておく理由がないもの!」

 今まで黙って震えていたあゆみは、泣きながら俺を直視していた。

「じゃあいいじゃない! 普通に暮らして普通に生きて普通に死になさいよ! なんであなたが死ななきゃならないのよ! 私はあなたと居て楽しかった! 今まで生きてて、あなたと会話してる時が一番楽しかった!」

 走って俺に近付き、あろうことかあゆみは俺に抱き着いた。

「私の両親は私に全く興味がなかった! 金持ちだからって皆私と遊んでくれなかった! だから……だからぁ……お願い……死なないで! 刀銃としてでもいいから生きてよ! 生きて私を楽しませなさい!」

 気付くと屋上にいっぱいの人が溢れていた。俺の意見を待つかのように。

 ヒーローも含めた平和な街の住人が俺に向ける視線はとても穏やかだった。

「……それでも俺は、生きてちゃいけない」

「何で! 改心したんでしょ! だったら!」

「改心したから……かもしれないな。とにかく、俺は今自分を殺したくてたまんないんだ」

 この時俺はとても朗らかな笑みを浮かべていたんだと思う。危ないからどいてろよ、というあゆみへの忠告は無視された。最後まで一緒に居たい、とかか? 全く。いい奴だよお前は。

「あゆみ。ヒーロー。それから皆」

 首に刀の切っ先を当てる。左手は依然として扱えないせいで酷く不格好になっていると思うが、そんなこと、今となってはどうでもいい。

 俺は最後の最後に、こう言った。


「なんで俺は人を殺したんだろうな」


 痛みはあった。

 だけど、それよりも住人全員の泣き叫ぶ声の方が欝陶しかった。




 ヒーローが居るのに平和な街。

 そんな街、ある訳ない。

 だってそこはヒーローが居るから平和なのではなくて、その街に住む皆が善人だから……という理由で平和なのだから。


 平和な街。

 それはこの世の中、どこにでもあるんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る