第7話:妖檄舎の人々③
「待て待て、K、私らはまず、こっちだ」
妖檄舎の面々につられて二階に上がろうとするKを、霧子が呼び止める。
案内された先は浴室だ。
「なるほど、お風呂ですか」
「血生臭い事をした後だからな、一風呂浴びんと気持ち悪い。お前も汗かいただろ? 一緒に入れ、背中流してやるから、な?」
「はい! あ、じゃあ、着替え取って来ます」
Kは慌てて、牛車へ着替えを取りに行った。
やがて更衣室に入り、衣服を脱いでいく二人。
Kの視線が、霧子に釘付けになる。
「お姉さん、綺麗ですねぇ……」
「ジロジロ見るなよ、恥ずかしい」
「いやいや、見事なものですよ、こんな綺麗な女の人、初めて見ます」
「これでもか?」
そう言って、霧子が身体を覆っていたバスタオルを、はらりとほどく。
その身体の下腹部には、臍の下から秘部にまで達する、深く、大きな抉り傷の跡があった。
Kが一瞬、言葉を失う。
「あの、その傷、煉丹炉ですか?」
恐る恐る問いかける、少女。
霧子は、やれやれといった表情でそれを見つめる。
「ああ、私の修行先の風習でな。女だてらに戦士の魂を求めた、代償ってやつだ」
「す、すみません……」
Kは、思わず目をそらしてしまう。
「気にしなくて良い、これも結構、気に入ってるんだから、何の問題もない」
そんなKの頭をなでながら、霧子は笑った。
「ほら、来いよ。シャンプーしてやる」
「あ、いや、いいですよ、自分でやりますから」
「いいから、来い! こういうの久しぶりなんだから、もっと楽しませろ!」
「ひえええええ!」
二人のバスタイムは、一時間にも及んだ。
「あああー、溶ける、アタシ、溶けてしまいますぅ・・・・・・」
湯気と、霧子のテクニックに当てられ、ふらふらと浴室を出るK。
「本当は、ここでプリンが出てくるんだがな、ジローの馬鹿が・・・・・・」
霧子が心底残念がる。
そして、二人は霧子の部屋へ戻った。
「あれ、二段ベッドなんですね」
「上は譲らないぞ?」
「あ、いえ、このお部屋、ほかに誰かいるんですか?」
「誰もいないよ、普段は。ただ仕事の関係でな、お前みたいな児童を保護する事がある。その為の備えだ」
「そうなんですか……」
「さあ、おしゃべりは終わりだ。もうほとんど朝だが、少しでも寝ておかないとな」
「そうですね、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
何だか大変な一日だった……。
霧子もKも、目を閉じると、一瞬で眠りに落ちていった。
その明け方、霧子は夢を見た。
久しぶりに見る、思い出したくもない、だが決して忘れられない、あの日の記憶を。
その惨劇は、仙道霧子から家族と故郷を奪い、代わりに大きな心の傷を残した。
泣き虫だった妹。
その、たった四歳の少女が突如変貌して起こした無差別大量虐殺は、当時知る人すら少なかった田舎の町を惨劇の舞台として広く世に知らしめた。
両親を含む十数人の人間を次々と喰い殺した少女は、その返り血に染まった小さな身体に無数の銃弾を受けながらも、不気味な笑みを浮かべたまま、夜の闇に溶け込むように姿を消した。
その光景の一部始終を目の当たりにして、霧子はただ、言葉にならない悲鳴を上げることしかできなかった。
事件後、霧子に対する世間の眼は冷たく、厳しかった。
まるで事件の犯人のような扱いを受け、世間の誰からも差別され、蔑まれ、自分の素性を知られるとそこにいる事すら拒絶されるようになった。
信じがたく残酷な現実に直面しても尚、霧子は事件を起こしたのが本当の妹だったことを認められず、あれは妹の姿をした何か別のもので、本当の妹は今もどこかで生きていると考え続けた。
いつか本当の妹が目の前に現れて、あの人懐っこい笑顔を自分に見せてくれる。
そんな妄想が心の支えとなり、ショックなことがあると必ず、思考がそこにリセットされた。
しかし、現実は霧子が生きていることすら許さぬ勢いで彼女を責め苛み、遂に霧子は日本を追われ、放浪の旅に出ることを余儀なくされた。
最初は、ただ逃げ出したくて始めた旅だった。
しかし、世界の裏側を渡り歩き、世界中の影で化け物達が跳梁跋扈する姿を目の当たりにした霧子は、その旅の目的を逃げることから、人々を不幸にする元凶である化け物達に立ち向かうこと、そしてそれを可能とするチカラを得る事へと変えていった。
そして10年の歳月が流れ……。
自分の「女性」と引き換えに化け物を殺す力を得た霧子は、日本に帰ってきた。
あの日、あの時、自分が持った疑問……その答えを確かめるために。
「は……!」
言葉にならない叫びと共に、霧子は夢の世界から現実に引き戻された。
一瞬、何が起こったのかわからない。
自らの思考を整理し、それが夢だと受け入れるまでに数秒を要した。
冷静さを取り戻し、己の身を確かめると、全身の肌が汗で濡れていた。
「ん……どうしましたー? お姉さん……」
ベッドの下の段で寝ていた少女が起きだし、寝ぼけ眼で問いかける。
「いや、なんでも……んでもない、なんでも、ないんだ……」
霧子はそう応え、額の汗をぬぐう。
「そうですか……」
少女は、布団に顔を埋め、再び安らかな寝息を奏で始めた。
「K……か、まさかな……」
霧子は、自分の中に芽生えた淡い期待を静かに掻き消すと、自分も布団を被った。
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