act.9 『珍入者』


 学都桜花の生徒たちは、その90%以上が付属学生寮で共同生活を送っている。新入生は郵送されてくる学生証と一緒に入寮許可証を受け取り、入寮当日は、その学生証と入寮許可証を持って本人確認が行われる。そして寮長から寮生証を受け取る。

 そのあとクジに負けた新2年生が引き継ぎ、簡単に寮則や注意事項を説明し各部屋へと案内する。第6丹英たんえい女子寮の場合、夕食後に再度集会室に集合して細かい説明などを受けることになっている。だがその前に一度部屋に案内された新入生は、再び1階へと降りる。

 寮生の部屋はどこの寮も2階以上にあり、1階は食堂や調理室、娯楽室や浴室、職員の個室などに当てられている。その1階にある玄関ロビーで、積み上げられた荷物の山から自分の物を探し出し、部屋に運び込まなければならないのである。

 早めに届いた荷物は各部屋に運び込んであるが、大半が入寮直前に届くため運び手が足りず、やむなくロビーにまとめて保管しているのである。本来共用スペースであるロビーや娯楽室などに私物を置くことは禁じられているが、過去にあった寮長会議で、宅配便トラック1台分の荷物が1度に届いた事例が報告され、以来、緊急避難としてこの方法が全寮で認められていた。

 玄関ホールでの騒ぎに集まった寮生たちを追い払った理美は、休む間もなく次の仕事に駆り出される。無理に荷物を引っこ抜いて崩れた、問題の山の積み直しである。

「あんたら、これで何回目だ?」

 理美は、共に山を積み直す2人に、やや語気を強めて問う。

「そんなこと、わざわざ数えておりませんわ」

「もちろんわざとではありませんことよ」

 反省の色など微塵も見せない2人は通称カナエシスターズ。この第6丹英たんえい女子寮の名物コンビで、共に南区にある私立桑葉そうよう女子高等学校の新2年生。身長は160㎝くらい。おっとりした雰囲気に長く伸ばしたストレートヘアが中村花苗なかむらかなえ。天然パーマが山本香苗やまもとかなえである。

「当たり前だ! わざとやってたら、とっくにぶっ飛ばしてるに決まってる!」

「理美さんったら、怒りん坊さん」

「カルシウム不足かしら?」

「四の五の言わずにさっさと片付けろ!」

 疲労と苛立ちに理美の声は一層荒れる。

 ようやくのことで片付けを終えると、順子にしばらくの代理を任せて部屋で遅い昼食を摂ることにしたのだが……

「やっほー、大庭おおば! 元気?」

 2階の廊下で見知った顔が、陽気すぎるほどの声で呼びかけてくる。

昼埜ひるの? なんでお前がここにいるっ?」

 桜花南区にある私立山家やまが高等学校新2年生の昼埜智里ひるのともり。同高旧年度生徒会役員の1人であり、卒業した会長の代行を務める彼女が、なぜかそこにいたのである。

 驚きも露わに声を上げる理美に、智里も少しは自分の立場を理解しているのか、慌てて理美の口を押さえて周囲を見回す。そう、彼女はこの第6丹英女子寮の住人ではない。

「ちょっと! 大きな声出さないでくれる?」

「お前、どうやって入った?」

「もちろん玄関から」

 得意げに答える智里に理美は 「ちょっと待て、こら!」 とさらに声を張り上げる。

 桜花付属学生寮は、全寮在寮生以外は立ち入り禁止が原則。共同課題などの名目で入寮許可を申請することは出来るが、この時季は新入生の入寮で忙しく、寮内も混乱しているため、どの寮長も入牢許可を出さない。今年も自治会本部で行われた寮長会議で全寮一致。あらかじめ各寮の掲示板にその旨を張り紙で告示してあり、第6丹英女子寮も例外ではない。

 理美と同じ山家高校新2年生の智里は、東区にある第3すずな女子寮の住人である。つまり不法侵入。しかも進入経路は玄関という堂々さで、脱いだ靴は見つけた理美の靴箱に押し込んできたという。

「まだ新入生の顔が知られてないから、案外簡単だったわよ。コツは堂々と振る舞うこと。今度、大庭もやってみる?」

「冗談だろ」

 すると智里は声を上げて笑い出す。

「寮長が不法侵入で風紀に捕まっちゃ、シャレにならないか」

「お前こそ、会長代行が不法侵入で捕まってどうする? 山家うちの恥だろうが!」

 どちらの方が醜聞かと言えば、もちろん後者である。いい面汚しだとその問題行動を非難する理美だが、智里に反省はない。

「大庭って、ちょっと有坂邦男ありさかくにおに似てる」

「有坂って、3年の生徒会役員?」

「そ、その有坂邦男。

 大丈夫よ、あんたが言わなきゃばれないって。代行なんて就任したばっかりだから他校の連中は顔なんて知らないし。山家校生うちの連中にしたって、わざわざ言いふらしたりしないって」

 自校の恥を自ら晒せるものかと呆れる理美に、智里は対照的なほど陽気に話を続ける。

「それに、もう帰るから安心して」

「とっとと帰れ!」

 乱暴に言い放ったものの、すぐに気づいたように口調を改めて言葉を継ぐ。

「そもそもお前、なにしに来たんだ?」

「もちろん媛君の顔花のかんばせを拝謁に」

「藤家のお嬢さん? そんなの、わざわざこんな危ない橋を渡らなくても、生徒会役員なら入都式で見られるだろ?」

 4月1日始まって3月31日終わる学都桜花の1年。その始まりである4月1日は新入生、及び新教職員の入都式が、学都桜花大講堂で盛大に行われる。そしてその入都式に各校旧年度生徒会役員は、在校生代表としての出席が義務づけられている。今日が3月30日で、明日は予行演習。本番までたった2日も待てないのかと思ったら、智里には他にも気に掛かることがあった。

「それがさぁ、くじ運が悪くて山家高うちの席って3階の後ろのほうなんだよね。オペラグラスでもなきゃ、舞台なんて米粒よ」

 当然顔など見えるはずもないと大げさに嘆いてみせる智里に、理美は力尽きたように肩を落とす。

「だからってこんな危ない橋を渡るな!

 だいたいなんてあのお嬢さんがこの寮ってわかったんだ?」

 報道関係への就職を目指す生徒たちによって構成されてると言っても過言ではない、学都桜花の、各校が抱える様々な報道関係部。その活動は時として加熱し、自治会によって処分がくだされるほど常軌を逸する騒ぎとなることもしばしば。

 だが各校や学生寮、また大講堂や図書館、体育館といった学都桜花関連施設で働く教職員たちによって組織される学都桜花教職員組合、通称桜花組合や、桜花理事会については、その公式発表以外に情報を事前入手することは難しいはず。

 付属学生寮は全てその理事会の管理下にあり、新入生の誰がどの寮に入るかなど、入寮が始まるまで誰にもわからず、知ることが出来るのはその寮の関係者だけ。藤林院寺朔也子がこの第6丹英女子寮に入ることになったのを理美たちが知ったのも、新入生の入寮が始まる初日の朝。理事会の使いがわざわざ届けに来た入寮生名簿を見て初めて知ったのである。

 けれど報道関係が第6丹英女子寮周辺に張り込み始めたのは、ほぼ同じ入寮開始初日。おそらく春休みとあって人員の確保や、機材の準備に手間取ったためだろうが、それでも昼頃にはすでに何校かが門前で、寮生への無許可取材を始めていたのは確かである。

 考えられるのは寮生の誰かが情報を漏らした可能性である。お小遣い稼ぎに情報を売った可能性だが、この場合、報道関係部は情報提供料を渡す時に、おそらく他部に同じ情報は売らないと約束させているはず。しかも入寮者名簿を見られる人間が限られており、例え見られる人間が全員情報を売ったとしても10校を超えることはないだろう。

 だが理美が寮生の報せで門前を見た時、すでに10校以上が大がかりな機材を用意して張り付いていたのである。何人かの寮生に訊いてみたところでは、彼ら彼女らは正午前には理美が確認した時と同じ程度の人数になっていたという。

 もちろんこのあとは増える一方で現在に至っている。

 そして、そんな理美の疑問にとどめを刺したのが、自校の会長代行である智里の重大な違反行為である。

「それについてはあたしも疑問に思ってるのよね」

 知らずに第6丹英女子寮に来た智里は、門前の騒ぎを見てさすがに驚いたという。そこで引き返してくれれば理美も助かったのだが、なにを思ったのか、智里はそのまま寮生の振りをして侵入してきたのである。

「あんたはどこから知ったわけ?」

「あたし? あたしは九条くじょうさん」

 出てきた名前に呆気にとられる理美だが、さらに迷惑な事実を智里は明かしてくれる。

「九条って、3年の役員だろ?」

 有坂邦男に妖怪扱いされた山家高校新3年生の九条龍清くじょうたつき。学年が違う理美は彼のことを、生徒会役員として名前と顔を知っているくらいである。

「ちなみに違法侵入この方法も九条さん直伝」

「あの馬鹿野郎、余計なこと吹き込みやがって!」

 理美にはこの上なく迷惑な話である。

「その九条さんも変なのよね」

「九条は変人で有名だろ?」

 今さらだと理美は呆れる。

「そうじゃなくて、九条さんっていわゆるユルユル系でしょ?」

「ストレートにやる気なしって言えよ」

 その方がわかりやすいと理美は言い切る。

「それが珍しく、向こうからこのネタを振ってきたんだよね、今回は」

「お嬢さんに気があるんじゃないのか? むっちゃ可愛いしさ、性格も良さそうだよ」

 顔だけなら、つい先程、智里も遠目に見たが、さすがにまだ性格などはわからない。

「それもちょっと違う感じ。だって九条さんって薄利多売だから、来る者拒まず去る者追わずなんだって」

 だから自分から自分から言い寄っていくことはもちろん、モーションを掛けることもしない。無論そのことでも有坂邦男の癇に触れていることは言うまでもないだろう。ついでに理美の癇にも触れたらしい。

「ちょっと顔がいいからって、ムカつく野郎だな。

 あの程度なら、天宮の方が全然いいじゃないか」

 もちろん柊が理美の好みというわけではなく、つい先程見たばかりだから今、ぱっと思い浮かんだのだろう。

「まぁ3年連中は、あっちこっちに探り入れてるみたいでさ」

「余所に探り入れてる暇があるなら逢坂おうさかをなんとかしろよ、あいつら」

 彼女たちが通う私立山家高校と同じ、桜花南区にある私立逢坂おうさか高等学校。代表議会南区代表、通称南都なんとを務めていながら、その問題行動のため自治会より代表権の停止を言い渡され、南区の統制を欠けさせている。その理由と比べれば、友利が会長代行に就任した理由の方がましだと、智里自身は思っているらしい。

「なんとか出来るならとっくにしてるわよ。会長代行2人も立てちゃって、馬鹿じゃない?」

「馬鹿はお前も同じだけどな」

「あれさー、一部で言われてるんだけど、前総代を真似したんじゃないかって」

「校内で独裁者気取ってるってか? 正真正銘の馬鹿だな。

 で、そのまま新年度会長に就任しようってか?」

「それやったら自治会が干渉してくるの間違いないから。まぁ現状でも逢坂が南都に再選することはないだろうけど、下手したら自治会管理下に置かれちゃうってのに」

「なんだ、それ?」

 怪訝そうに訊き返す理美に、智里は少し困ったように視線を宙に泳がせる。

「自治会は、各校内には不干渉だろ?」

「あくまで原則ね。でも桜花自治会参加校として相応しくない場合、その限りではないってことらしいの。生徒会活動に監視を付けるってことらしいんだけど、具体的なことまではちょっと」

 前例もなく、よくわからないから訊かないで欲しいらしい。

「まぁそのへんの警告も入れてまた会合をもつ予定なんだけど、どうしようもないんじゃないかなぁ~?」

 それこそ今さらどうにかなるくらいなら、とっくに解決している問題だと智里は溜息を吐く。

「そんなこんなで3年連中は、あっちこっちに探り入れてるらしいの。それで九条さんも藤家とうけのこのことを仕入れてきたんだと思うんだけど、どっから漏れてるのか不思議よね。寮は理事会の管轄だしさ」

 会長代行でこそない九条だが、頼りない2年生会長代行である智里に代わり、色々探りを入れているのかもしれない。

「でもあの九条が知ってたってことは、生徒会関係者のあいだじゃ結構流れてたのかもしれないってこと?」

「まぁ普通に考えて裏央都松藤うらおうとまつふじ央都英華おうとえいかは知ってて当然でしょうね。

 そういやさっきの3年、榎木戸えのきどでしょ?」

 不意に思い出す智里に、理美は心底嫌そうに渋面を作ってみせる。

「知ってる? 榎木戸って音楽専科があるじゃない? 普通科の生徒がほとんどらしいんだけど、その音楽専科が前総代の親衛隊に乗っ取られててさ、自分たちの楽器を買うのに生徒会から予算出して、他の部活は大幅に予算カット。しかも文句たれたら即廃部」

 いうまでもなく白﨑洋子は音楽専科の生徒であり、先の生徒会会長はもちろん、その代行も音楽専科の生徒である。ひどい専制君主制が行われているという智里の話だが、理美は違うことに呆れる。

生徒会役員あんたらって、そんなことばっか調べてるのか? 暇だな」

「全然暇じゃないわよ。

 あたしなんて今日、打ち合わせキャンセルしてきたんだから」

 そうして山家高校生徒会室では、智里を除いた旧年度生徒会役員が待ちぼうけを食らわされたのである。

「どうせ九条さんか照美ちゃんが上手くやってくれてるでしょうから、大丈夫よ」

「そういう問題か? そもそもなんであんたが会長代行なわけ?」

 理美は改めて尋ねてみる。そんなことならいっそ、はじめから九条か照美が代行職を務めた方がよかったのではないかとつくづく呆れるが、智里は 「それはね」 と説明する。

「罰ゲームみたいなもん?」

「なんじゃ、それ?」

「どうせ新年度の会長には九条さん当たりが就くだろうし」

「それはそれでちょっと困るような気もするが……」

「でもほら、いつもうるさい有坂邦男よりはあたしのほうが適任でしょ?」

「どこがっ?」

 それは絶対に違うと即座に否定した理美は、蹴り出す勢いで智里を寮から追い出す。そうしてやっと休めると思ったのだが……

「理美さん、こんなところでサボってらしたのね」

「寮長がサボりだなんて、よろしくありませんわ」

 やってきたのは、またしても中村花苗と山本香苗のカナエシスターズ。その顔を見て理美はがっくりと肩を落とす。

「カナエ、今度は何をした? え? 次はなんだっ?」

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