act.5 『私立山家高等学校 ー桜花南区』

 男子は茶色いズボンに白いカッターシャツを着てネクタイを結び、上にズボンと同じ茶色のベスト。女子は白いブラウスにネクタイを結び、茶色いジャンパースカート。男女共に上着はなく、冬季のみ、華美でないことを原則に、コートやセーターなどの着用が認められる私立山家高等学校の制服。だが3月末の今日は暖かく、生徒会室に集まった旧年度生徒会役員たちは全員が制服だけを着用していた。

 耳に携帯電話を当てていた三間鈴蘭みますずらんは、やがて 「わかった、ありがとう」 と相手に礼を言い電話を切る。すると待ちかねたように新3年生の有坂邦男ありさかくにおが尋ねる。

昼埜ひるのはどうした? まだ寮にいたのか?」

 生徒会室は特に騒がしいわけでは無い。開け放った窓から、グラウンドで行われている部活動の物音が入ってくるけれど、会話に支障が出るほどのものではない。だが有坂邦男の声は大きい。

「とっくに出掛けたって。それも私服で」

「私服? なにを考えてるんだ、あの馬鹿は! 登校は制服が原則だ! 基本だ!」

 その声の大きさに、新2年生の三間鈴蘭は露骨に迷惑そうな顔を背ける。

 代わって別の男子生徒が、やや大げさに呆れてみせる。

「有坂君、仮にも自校の会長代行を馬鹿呼ばわりするのはどうかと思うだけどなぁ」

 言っていることはともかく、その呑気な物言いが有坂の気に障るらしい。彼はさらに声を張り上げる。

「どう考えても馬鹿じゃないか!」

 明日の入都式予行演習、明後日の入都式、来週の入学式や始業式の予定を確認するため、在校する旧年度生徒会役員全員に集合を掛けたのは、他ならぬ会長代行の昼埜智里ひるのともりである。その張本人が集合時間を過ぎても現れず、待つことすでに1時間。遅刻のレベルを過ぎており、有坂が怒るのも無理はない。

「まぁ確かに昼埜は馬鹿だよ。罰ゲームで会長代行させられてるんだからさ」

 会長が卒業した学校では現在、在校する旧年度役員の1人を代行に選んでいるが、その選抜方法は各校様々。だが山家高校のような 「罰ゲーム」 というのはあまり聞かない話である。もっとも外聞を憚って表に出さないだけで、あるいはもっと酷い選抜方法もあるのかもしれない。

九条くじょう先輩、全然フォローになってません。その気がないなら余計なことを言わないで下さい」

 これ以上、有坂が興奮したら手に負えないという鈴蘭に、新3年生の九条龍清くじょうたつきは声を上げて笑う。

「そういやさ、今日あたり、例の藤家のお嬢様が来るんじゃない?」

 話を誤魔化そうというのか、思い出したように言うが、却って有坂の神経を逆なでしたらしい。

「藤家がどうした!

 今の南区俺たち他区よそに関わってる余裕があるのかっ? どこにあるのか言ってみろ!」

「まぁ確かに余裕はないんだけどさぁ。

 逢坂おうさかには星風せいふうと連名で人選を改めるよう言ったし。あとは逢坂次第だからさぁ」

 旧年度代表議会南区代表校、通称南都なんとを務める私立逢坂高等学校の旧年度生徒会が引き起こした問題は、南区全体を巻き込んで現在も続いている。そのために一番頭を痛めているのが旧年度代表議会南区副代表、通称副都を務める山家高校であり、星風二高なのである。

「一応、また会合をもつことになってるけど、解決は無理だろうなぁ」

 新年度生徒会発足まで我慢するしかないのではないかというのが大方の役員の見方だが、有坂はそう思ってはいないらしい。

「悟り澄ました顔してるんじゃない、この塗り壁!」

「勝手に人を妖怪にしないでくれる? 八つ当たりはみっともないよ、有坂君」

「だいたいなんだ、その頭はっ? 真っ黄色じゃないか! 貴様には生徒会役員の自覚はあるのかっ?」

「あれ、似合わない? 結構気に入ってるんだけどなぁ?」

 そう言って、見事な金髪に染められた自分の指を絡めて遊び出す九条と有坂のあいだに、別の男子生徒の声が割って入る。

「校則にも引っかからない髪のことなんて、気にするだけ無意味ですよ有坂先輩。

 それより九条先輩には訊きたいことがあります」

「なにかな、照美てるみちゃん。そうやって改めて訊かれると、すっごく怖いんだけど」

 怖いなんて言いながらも笑っている九条に、ちゃん付けで呼ばれた新2年生の男子生徒は、掛けた眼鏡を直しながら穏やかに尋ねる。

「たいしたことじゃありません。昼埜さんの所在不明トンズラの理由をご存じじゃないかと思いまして」

「え? それを俺に訊くの?」

「誤魔化さないで下さいね。九条先輩の他に、余計な入れ知恵をする人に心当たりがないものですから」

 しかし九条は肩をすくめてお手上げのポーズを取ってみせる。

「さて、どこ行ったんだろうねぇ?」

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