勇者と魔王の息子の冒険録

ぼんたん

第1話



    遥か太古よりこの世界では戦争があった。


    人間の集まった連合軍。その頂点は一人の勇者。


    相対するは魔王率い、魔族を中心とした魔王軍。



    二つの勢力はこの世界の様々な生物を巻き込むものとなった。


    その戦争は熾烈を極めた。何万もの命が散り、何万もの悲鳴が上がり、そして何万もの……





「退けええええ!」


    地平線の果てまでも続く荒野、 草木生えぬ地を一人の青年が駆け抜ける。黒の髪に、人並みより少し高い身長。元来の優しい顔つきに、今は険しさが宿っている。


    右手には純白の劔、その材質は無機質のモノか有機質なモノかは判断する事ができない。だがソレは一目見ただけで人々の心を虜にしていくほどの美しさ。


   背中には決して穢れる事のない純白のマントを纏い、それは走る風に従いたなびいている。


『ウァアアアアアア!!』


    青年の周囲にいるモノ達の咆哮により、地が鳴動する。興奮、激昂、それらの感情が入り混じった声が数万放たれる。


    そのモノ達は人間という種族とは姿がかけ離れすぎている。人と違う肌の色、あるモノの皮膚は薄緑、またあるモノは青黒い、赤い、灰色。


    目の色も人とは異なり、白目の部分が黒になっている。


    一番の違いは頭から生える角であろう。その形は十人十色、牛、犀、羊、山羊。


    彼の者たちの種族は魔族、遥か太古より人間と戦争を続ける種族。


    それが数十万、青年の行く手を阻む。


    青年は勇者。人類最強の戦士であり、異界からの救世主。


    勇者は目指す、彼らの王であり、愛おしい魔王の元へ。


    行く手を阻み、迫り来る魔族をものともせず、誰一人傷つける事なく魔王の元へかけていく。行く先は見えない。地平の果て、まだ道のりは長い。


    勇者のこの無謀な行為に対して、人間の軍団の誰もが止めた。無茶だと言って。だがそんな事は勇者には関係がなかった。


    己の目的を果たすために、勇者は足を止める事はない。


「撃てえええええ!」


    空から火炎、落雷、大岩、氷塊、その数合わせて万をゆうに超える数の魔法が降り注ぐ。普通ならばあり得ないはずの光景が勇者の目の絵に広がった。


    魔法、それがこの現象の原因。己の肉体で創り上げられる魔力を使用する事で使うことができるそれはこの世界での常識だ。


「行くよ____」


    劔の腹に触れながら、勇者は己の魂が武器となったモノの名前を呼ぶ。


    『心具シング』、魂が具現化した物体。その形は千差万別、剣、槍、篭手、指輪。発現の起因は感情の昂り、己を知る事によって心具の形を知る事ができるようになる。


    武器となればそのモノにとっての至上の武器。


    勇者の持つ心具、純白の劔が眩い光をまとう。柄を強く握りしめ、空に向けて一度だけ右手で剣を振った。


    次の瞬間、空一面が白の光に染め上げられる。 剣から放たれた白の光が勇者へと襲いかかる全ての魔法を呑み込んだ。


    その光景に凡百の魔族が目を奪われた。差を知った。勇者が放った一撃はそれを見ただけで、生物としての格の違いを知らしめるには十分すぎるものであった。


    魔法の数は確かに多かった。しかし、それらの一撃一撃は勇者にとってはなんの痛みにならないものだった。


    数十万の魔族のうち、その半数が勇者へたじろいだ。だがまだ半数が勇者へ敵意を向け続けている。肉の壁は終わりが見えない。


    勇者は走り続ける。会うために、話し合うために、終わらせるために。足は止まる事を許されはしない。


    勇者に気圧されて魔族の軍団が後方に下がっていく。綺麗に創り上げられた陣形が崩壊しはじめた。


    一人として殺さずに勇者は魔族の軍団を圧倒する。


    隙間ができた。勇者にとっては駆け抜けるには十分な程の隙間が。


     駆け抜ける、勇者がそう思った次の瞬間、勇者に向けて雨が降り注いだ。


    魔力によって創り上げられた弾丸が数百、その一つ一つが先ほどの魔法とは比較にならないほどの高い威力のモノが飛んできた。


「……くっ」


    勇者は思わず声を漏らした。この魔法を撃ってきた魔族が誰かをわかっている。強力な力を持つ勇者でも一筋縄ではいきそうにない相手。


    勇者は一瞬の判断で攻撃を躱すための道筋を探し当てた。一つだけの道筋、それが敵の狙いである事など言われなくてもわかる。


    それでも進まなければならない。


「やはり、貴様はこれを選んだか」


    そいつは弾丸の雨を抜けた勇者の目の前に現れた。


    右手には剣の形をした心具。青黒い肌に墨色の髪、魔族の象徴でもある角は右側に一本しか生えておらず、左側のもう一本は切断されて断面が覗ける。


「ガルド……」


    ガルド・ヘリオトロープ。勇者にとっては何度も戦った宿敵にして、魔王親衛隊隊長。実力は魔王軍の中でも五指に入る。生まれは貧民街、当代の魔王に認められ、魔王軍に入隊すると直様頭角を現し、親衛隊の隊長を務めるようになった。唯一魔王から姓名を与えられた。


「あの方の元には行かせるものか。貴様の望みとあの方の願いを知っていてもだ」


    両者の心具が高速でぶつかり合う。普通の兵士ならば視認する事すら困難な程の速度。バケモノの領域に入った者どうしの戦闘。


「僕は通るよ、君を倒してでも」


「そうは行かぬ。あの方の愛する者であっても、オレは貴様を通すわけにはいかない。いや、だからこそ通すわけにはいかない」


「その通りだ」


    再び声、その直後に勇者に向けて魔力の弾丸が数十発、高速で降り注いだ。


    勇者はガルドの攻撃を弾き返し、後ろに下がった。だが魔力の弾丸は勇者を追尾する。


    勇者は目にも留まらぬ速さで、一瞬のうちに何度も剣を振った。そしてその軌跡に合わせて、白い光の線が生まれた。幾つもの線が重なり合い、面になって、光の壁を作り上げた。


    光の線は魔力の弾丸を全て呑み込んだ。包まれるような、沈み込むように弾丸はなくなり、その後光の線は消失した。


「貴様には大人しく戻ってもらうぞ、まだ機が早すぎる。貴様の考えを実行するにはな」


    ガルドの隣に一人の魔族の男が降り立った。それを確認した魔族の軍団は地が震えるほど沸き立った。それは勝利を確信した歓喜だった。


    右手には西洋の槍、ランスを持ち。左手には正円系状の盾を持っている。藍色の髪を生やし、側頭部からは山羊のような捻じれた角が生えている。


    ベリアルザ・オルゴース、ガルドと同じく魔王軍の中でも五指に入る程の実力者。魔王の右腕とも言われるほどの立場。ガルドとは生まれは正反対、魔族の中でも名門と呼ばれる家系に生まれ、幼い頃より才覚を発揮していた。


    ガルドとは生まれの違いはあれど、魔王に対する忠誠心の高さなど共感を得るものがあり、唯一無二の親友とも言える。


「貴様、わかっているのか。貴様が考えている事を実行したならば、どれほどの汚名を背負う事になるのかを。貴様だけではない魔王様も同じだ」


「それでも、そうでもないとこの戦争は終わらないよ」


    相入れぬ両者、片方は進むため、もう片方は止めるため。


     想いを貫き通す。


「そこは僕が通る道だ、退け」

 

    優しい顔つきからは想像もできないほどの圧倒的な、一瞬でも気を抜いてしまえば死んでしまいそうなほどの、威圧感を放つ。


    二人は理解している。勇者が自分たちよりも強いという事を。それでもこの先へは進ませない。


    誇りを胸に二人は勇者を攻める。


    三者の心具が激しくぶつかる。ガルドとベリアルザから放たれ続ける連続攻撃を勇者はただの一度も攻撃を仕掛ける事もなく心具で防いで行く。


    心具と心具が交差するだけで、生まれた衝撃波が地面を抉る。ソレを見た周りの魔族達は巻き込まれないように我先にと一目散に引いて行った。


    はたから見れば有利に戦闘を進めているのはガルドとベリアルザの二人であろう。だが当の二人は内心驚愕していた。


    ここまで差があるのかと。


    此方は攻めている、向こうは守っている。それなのにどうして此方が押されているのか、二人の心に焦りが生まれてくる。


    距離をとって最上級の魔法を使っても、勇者はソレと同威力の魔法を放って容易く相殺する。


    炎が唸る、水が舞う、雷が轟く、土が踊る。


    高速で繰り広げられる数十の心具と魔法の攻防は勇者の方が圧倒的有利に進めている。


    種族の領域を超越したバケモノ、その中でも指折りの実力者同士の戦闘。それでも二人は、力を合わせても勇者には届かない。


    傷一つ与えることなく、傷一つ与えられることなく倒されていく。


    勇者はこの闘いに於いて誰一人として傷つけるつもりはない。無意味であると理解したからだ。


    闘いは激化する。より強く、より速く、より鋭く、より気高く。


    その空間には誰も踏み込めない。同一の世界でありながら、彼らの闘う空間は外界から乖離されたモノとなった。




----進む、進む!




----止まれ、止まれ!




    揺るぎない意志と意志が交錯する。


    勇者を倒すには実力が足りなさすぎる。二人は勇者に追いつくために、今の自分を凌駕し続ける。


    勇者と魔王が辿り着いたその領域に二人は強引に踏み込もうとする。だがそれは崩壊への道。


    自らの肉体に鞭を打つ。己の肉体を動かす筋肉は限界以上の運動に耐えきれず悲鳴を上げ、血管は過剰な量の魔力が流れ続け今にもひき千切れそうになる。


    それでも勇者には及ばない。


    勇者は全ての攻撃をたった一本の剣で防いでいく。いかなる斬撃も打撃も魔法も勇者が捌く。


「もっと……超えろォ!」


「今だけでも」


    二人の攻撃が更に激化する。限界などとっくに超えている。それでも勇者を倒すために力を渇望する。


    勇者も全力をもって相手する。でなければ己が殺されると理解しているからだ。


    二人が勇者を押し始めた。勝てると思った。守れると思った。


    だが。


    二人の体が止まった。ついに限界を迎えた。振り上げた剣を振り下ろすことも、刺しにかかるランスを突き出すこともできない。指一本すら動かすことができない。


    だが攻撃しようとする意識だけが勇者へと牙を向く。瞳には闘志が未だ宿る。


    二人の心具が粒子になって体の中に吸い込まれていく。


「あ……ああ」


    腕がだらしなくぶら下がり、頭もだらしなく力なく垂れ下がる。それでも地面に倒れふせずに力強く地面を踏みしめている。


    勇者は二人の間を通り過ぎる。


    周囲にいる魔族の集団から悲鳴が上がる。決して負けることはないと思っていた二人が負けてしまった。


「先に……行かせるか」


    ガルドが頭をあげる。弱々しい声色ではあるがその目に宿る意志は決して弱ることはない。自分勝手な意志のためにガルドは勇者へと立ち向かう。重圧が勇者を攻める。


「やめるんだ、それ以上は君の肉体が滅びるぞ。これからの闘いに何の意味もないぞ」


    勇者が優しい声色でガルドに諭す。


「それが……それがどうした!俺は魔王様に救われた身、あの方がいなければ俺はとっくの昔に土になっていた!その定を変えて下さったのがあの方だ!故に俺は戦わねばならん、この無くなった角にかけて、この命にかけて、あの方のために!」


    ガルドの肉体に喝が入り、再び力が宿り始める。


「そうだ、我らを変えてくださった魔王様のために、戦わねばならぬ!」


     ベリアルザもガルドと同じように肉体に力を込める。


    二人の肉体は既に限界を迎えている。それでも闘うために血管に魔力を流して肉体を活性化させる。


    血液が流れる魔力に耐えきれずにズタズタに引き裂かれ、皮膚が血が流れ始めた。そんなことは二人も承知のうちだ。下手すれば死んでしまう。それでも勇者を止めるために闘志を向ける。


「そこまでか、なら僕も君たちに剣を向ける」


    勇者はここで始めて、剣で切り裂くために剣をもつ。己の勝手な制約を破ってでも二人を止めないといけないと決心した。


    勇者が力を込めて剣の柄を握り直す。純白の劔を光が覆い、刃を隠す。必殺の一撃、勇者にのみ使うことができる極地の斬撃。


「行くゾォ!」


「はああああ!」


「らああああ!」


    三人がかける。これで終わるのだろう。そのことを既に三人がわかっている。決まった結末に向かう、それでも足を止めるわけにはいかない。


「そこまでです!」


    声が聞こえた。


    あまりにも美しい女性の声だ。


    強い声色ではあるが、その芯にあるモノは純粋な優しさ。容易く砕けてしまいそうな優しさを、屈強な強さで覆い隠している。


   その声を三人は知っていた。愛する者、忠誠を誓う者、尊敬する者。


    その者は闇と共に現れた。


    深き闇のような漆黒のドレスを身に纏い、艶やかな青黒い肌、全てを見抜き真実を得る黄金の瞳、天から流れ落ちてくるようなその美麗な長い濃い藍色の髪、スラリと伸びた美しい四肢、この世の美の頂点とも言えるような可憐な顔からは想像できないほどの実力者。


    そして最も特徴があるモノと言えば、彼女の側頭部から生える二本の角であろう。他の魔族の角とは格が違う。そのように表現するのが正しいのかもしれない。


     王角オウカク、その角はそのように呼ばれている。その角を持つモノは魔族の頂点、魔王になる事が許される。王の象徴。


    彼女は魔王。


    ただ一人、魔族たちの中で勇者と対等に戦う事ができるもの。左手には彼女の心具である漆黒の剣が握られている。


「申し訳ありません、魔王様。このガルド、親衛隊隊長の身でありながら貴女様を危険な目を合わせてしまいました。如何なる処遇も受ける覚悟はしています」


「このベリアルザも同様に」


    魔王に対し、ロクに動かない体を強引に動かして膝をつき、頭を下げるガルド、ベリアルザ両名。いかなる罰も受けるつもりである。忠誠心故に自分たちが勇者に負けた事が許せずにいた。


「頭をあげてください、二人とも。貴方たちが私のためと思ってしてくださったことです。自分を責めないでください」


    魔王は二人を優しく抱きしめた。ゆっくりと優しく頭を撫で、二人の功をねぎらう。


「後は私に任せてください。汚名は私が全て背負います」


     魔王は二人に優しい笑みを見せた後、勇者に向き直る。表情は二人に浮かべていた年相応の優しい表情ではなく、魔王に相応しい力強い表情にかわった。


「勇者、貴方に話があります」


「ああ、僕もだ。多分話したい事は同じだろうね」


     両者互いの心具を相手に向ける。鏡移しのように、二人は全く同じ動きをした。


「連合軍総大将勇者が魔王に」


「魔族軍総帥魔王が勇者に」


「「決闘を申す」」


    人族と魔族、二つの種族の未来のために、二人は愛する者と戦う。







    戦争は終焉を迎えた。終局は呆気なかった。これ以上の犠牲を望まなかった勇者と魔王は一騎打ちによって蹴りをつける事にした。勇者が勝てば魔王軍は全滅、魔王が勝てば勇者の軍は全滅。相打ちならば両軍それ以上傷つけ合わずに戦争の停止。


    人と魔、種族の存亡かけた一戦。


    その戦いは熾烈を極め、そして勇者と魔王の消失によって終わった。


    これが意味するものは引き分け、二つの軍はやがて停戦して約束通り条約を結んだ。


    しかし、この事に納得しなかったのは人間、間族の両方にいた。只々戦いたい者、相手の種族を滅するまで納得しないもの。


    しかし、世界は復興へと向かうために戦いはしなかった。戦争の傷を癒すために。


    そして世界はつかの間の平穏を迎えた。そう、束の間にすぎない。



    ここで一つの疑問が浮かんだ。


    消えてしまった勇者と魔王は何処に行ってしまったのだろうか?


    あるものは言った、二人はに死んだ。


    またあるものは言う、異世界に行ってしまったのだと。






    答えは……二人は生きている。勇者の師匠、大魔導師の元で二人で共に生きていた。互いの傷を舐め合う様に、互いを癒す様に愛し合った。



    勇者は元の世界では高校生だった。病弱で肉体的なハンデを背負いながらも彼は腐ることなく、真っ直ぐ明るく生きてきた。ただある日、病気が悪化し植物状態になり家族に見捨てられて死んでいった。


    次生まれた時は様々なモノを見たいと願いながら。


    そして気づいた時には異世界に召喚されていた。


    彼は嬉しかった。異世界に召喚されたのは驚きだが、それ以上に自分が異世界にいるのが嬉しかった。


    初めて見る景色、魔法、種族、それらは勇者の旺盛な好奇心を刺激していった。


    彼は魔王を倒すための勇者として称えられた。大魔導師に魔法を教わり、魔王を倒すために旅立った。


    彼は各地で仲間を作り、共に戦った。魔王を倒すためにただひたすらに前を向いて、決して振り向かずに突き進んで行った。時には重傷を負い、仲間が死に、様々な人間に裏切られ、騙され、それでも彼は進んだ。魔王を倒すため、それが彼の宿命だったからだ。


    振り向くことは一切なく、振り向けば止まってしまうと思っていた。


    だが彼はある時、後ろを振り向いた。そこにあったのは無数の屍、自分が魔王を倒すために犠牲にしてきた自分を信じてきた者たち。


    勇者は思った、『本当にこれは正しいのか?』と。彼は忘れていた、そして思い出した。自分が本当は唯の人間に過ぎなかったということを。


    勇者は悔やんだ、自分の所為で多くの命を失わせてしまったことを。


    勇者は悪んだ。自らの浅ましい考えを。


    勇者は考えた、自分の行いは本当に正しかったのかと。











    彼女が魔王になったのは彼女の父である先代魔王が死に、魔王としての立場をついだからである。


    彼女の周りにはいつも部下達がいた。魔王である彼女を支えようとするもの、魔王という立場を奪おうとするものもいた。


    彼女に決定権などはなかった。彼女にあったのは他の魔族を圧倒するほどの力だった。


    傀儡のようなモノだった。只そこに存在するだけの置物、魔族の進む方向の決定権は議会にあった。


    彼女は一人で外に出たことがなかった、今まで見てきたのは住んでいる城の中と母に連れられていったお気に入りの花畑だけ。どこにいくにも護衛がついてきていた。


    彼女は一人で外に出て、そして見てみたかった。自分達と争っている人間というものはどういったものなのか、それを彼女は知りたかった。


    そしてある日彼女は城の外に出て、魔法で人間に姿を変えて人間の住む街にやってきた。



    そこで二人は初めて出会った。



    出会いは非常にシンプルだった。道に迷って困っていた魔王を勇者が助けた、ただそれだけのことだ。それから暫く、二人は共に街を回った。


    魔王は初めて触れ合う人間に緊張し、勇者は美しい姿をしている魔王に緊張しながら、二人は見ず知らずの街を共に回った。


    その時間は二人にとってかけがえのないものだった。魔王は初めての街や人を見て様々なことを覚え、勇者は魔物との戦いで疲れた心を癒した。


    勇者は魔王に心を惹かれ、魔王もまた勇者に心を惹かれた。


    勇者と魔王、互いに敵対し合うことを運命づけられた存在。互いに存在を知ってしまえば殺しあわねばならぬ。故に叶うはずのない恋。


    この楽しい時間が続けばいいと思ったが、そんなのは不可能だ。


    魔族が魔王を連れ戻すために街に攻めてきた。そこで勇者は彼女が魔王であると知り、魔王は彼が勇者であると知った。


    互いに叶わぬ恋心だったと嘆いた。








    次に二人があったのは戦場だった。かつての立場と違い、今度は敵対する敵の大将同士。二人は泣きながら戦った。何故愛する者に対して力を振るわなければならないのかと悲しみながら。







    三度目は再び戦場、勇者による総数数十万の軍隊への単身の突撃。勇者の目的はただ一つ、魔王と話し合う事。


    勇者は神の武器を振るい、誰一人しなす事も傷つける事も無く、魔王軍の精鋭の攻撃をくぐり抜けて行った。


    やがて勇者は魔王の元に辿り着き、この戦いを終わらせるための闘いを提案した。この果てしなく長い戦争の歴史を終わらせるための。


     魔王は勇者の考えを察知し、この提案に乗った。そして数日後最後の勇者と魔王による最後の決戦が始まった。








    そして計画は成功し、二人は大魔導師の元で暮らし始めた。最初は互いに心を癒し合い、愛を深めていった。



    やがて二人の間に子供ができた。二人は喜んだ。そして同時に心配した。勇者と魔王の息子、今までそんな者が生まれてきたことなど一度もなかった。勇者と魔王、二人の強力な魔力を遺伝的に持ち合わせた赤子。二人は共に協力してこの子を育てようと決心した。



    しかし、平和は長く続かなかった。子供がある時、死にかけたのだ。怪我をしたわけでも病気に陥ったわけでも無い、唯の体内に流れる力の暴走。


    勇者と魔王はこれを治すために命をかけ、そして命を落とした。


    息子を大魔導師に託して。




そして時は流れ




    再び戦争が起ころうとしていた。魔族が立てた新たな魔王により、世界は暗闇に包まれようとしていた。


    これに対抗すべくかつての連合軍は再び、異世界から勇者をしてもらう様に大魔導師に頼んだ。しかし、これを大魔導師は断った。


    大魔導師は悔やんでいた。悩み苦しんでいた勇者の気持ちに気づいてやれなかったことを。

 

    しかし、とある国の魔導師たちによって再び召喚が行われた。結果をいえば成功、新たに召喚された勇者、名は『神道叶斗シンドウカナト』。彼は独りで召喚された先代の勇者とは違い、数人の仲間と共に召喚された。


    彼らは世界を救うために立ち上がった。







「ここは平和だな、世界はまた戦禍に包まれ用としているのに」


    静かな森、木漏れ日が地面に降り、小鳥たちの声が辺り一面にひろがっている。木々の間を静かな風が通り過ぎて行き、目をつむれば直ぐに眠ってしまいそうだ。


    森の中にある一本の木、その木に寄りかかって座っている一人の青年がいる。身長は185くらい、年齢は二十歳前後。黒髪で、顔は均整に整っており、眉目秀麗そう言うのが適しているのだろう。着ている服装も相なって、俗世では生まれぬような不思議な雰囲気を漂わせている。


    彼の名前は『アーク』


    かつての勇者と魔王の息子であり、人間と魔族の間に生まれたこの世界では珍しく、そして忌み嫌われる子ども。


    数年前に両親を亡くしてしまい、今現在は大魔導師マーリンと二人で暮らしている。マーリンの元で魔法を学び、両親から受け継いだ才能と魔力により力をつけてきている。


    二人は今、マーリンの作り上げた世界に住んでいる。その世界は勇者と魔王が戦った世界の隣に存在しており、ただ普通にいく事はできない。来るにしてもそれなりの手段を取らざるをえない。


    滅多に人は来ず、来るのは二人が見知った顔の者たちだけ。


「新たな魔王に、勇者の召喚……か、これからどうなるのか」


    木の幹に寄りかかりながら、考え事をする。これからの世界は荒れるに違いない。平和が崩れていく。それは両親が望んでいたのか……と。


    静かな空間そんな中、アークは異常に気づいた。さっきまで鳴いていた鳥たちがいなくなってしまった。何かを警戒するように。


    誰かが近づいてくる。それを感じたアークは気配のする方向を見る、やがて足音が聞こえ、それはだんだんと大きくなってくる。 


「ねえ君、大魔導師マーリン様が何処にいらっしゃるか知らないかい?」


    やってきたのは鎧を見に纏ったアークと同じ年くらいの好青年だ。黒色の短めの髪、今浮かべている笑みに下賤な感じは全くせず、好青年だといっていいだろう。


「貴様は誰だ?」


「ごめん、自己紹介がまだだったね。僕は神道叶斗シンドウカナト、勇者としてこの世界に召喚されたものだよ。君の名前は?」


「アーク、それでいい。はじめまして、今代の、勇者さん」


    これが勇者と魔王の息子と新たな勇者の最初の出会い。


    そしてこれから起こる起こる物語の重要な一頁。




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