第45話


「よろしく頼む」


「とは言われたが、さて、まあ、さあ。俺は槍術に関する心得はほとんどないので」


    宗麻が目覚めた次の日、宗麻は早朝からアークに呼び出されてある部屋に連れてこられた。


    その部屋は規模がかなり大きい。宗麻が見る限りでは体育館二個分ほどの大きさ。壁面と天井は大理石に似た素材で作り込まれており、床は土で覆われている。


    これから二人は戦う。とは言っても本気の殺し合いではなく、アークが宗麻に訓練をつける為に戦うのだ。


    アーク曰く、戦いを知るには戦うのが一番手っ取り早いということらしい。


    アークの服装は少しサイズの大きめの半袖シャツに、裾に動きやすいようにスリットが入れ込まれてあるジーンズを履いている。


    宗麻の服装は王国から支給されたモノをアークが手直しした服。武器はアークが持っていた槍の魔法具を借りることになった。


「それで、どういうルールだ?金的とか何でもありか?危なくないか?」


「ご無用、大丈夫。寧ろ戦いにルールはない。だから、全力でこい」


    アークが構える。魔力が体内を巡り、それに合わせて筋肉に輝きが生まれる。


    肉体の活性化。


    戦闘に関する基本的な動作の一つではあるが、その一つが完成された動作に昇華されている。


    宗麻はそれだけである程度のアークの実力を推察する。


   動作に無駄は感じられず自然と一体化しているように流麗である。


(強いとは思っていたが……凄いな)


    宗麻は内心で感心しながら、肉体を活性化させて槍を構える。


(相手は魔法使い、接近戦は得意そうじゃないな)


    アークから繰り出される一手目を想定する。魔法による遠距離攻撃が最有力であると宗麻は思った。


「それじゃあ、行くぞ」


    十メートルほど離れた位置から、アークが宗麻に向けて声をかける。宗麻はその言葉に無言で頷き、槍を一層強くにぎる。


    その次の瞬間、アークは宗麻の目の前に一歩で移動した。アークが踏み込んだ地面からは大量の砂塵が飛び散っている。


「……は?」


    その速度が速すぎて、宗麻は一瞬だけあっけに取られた。


    アークは左足を軸にして空間を穿つ音と共に右足の後ろ回し蹴り、宗麻は咄嗟に身をよじることによりその一撃を躱す。


    だが今度は空振った右足を大きく踏みしめ、左脚で踵落としを仕掛ける。


    これを宗麻はバックステップで回避するが、そんなことはアークも予想の範囲内である。


    振り下ろした左足を地面にぶつけずに、振り下ろされる勢いそのままに空中に飛び上がり一回転。そして今度は右足で踵落としを繰り出す。


    宗麻は両手で柄を持ってその一撃を防ぐが、槍は不気味なほどにしなった。


「嘘っだろ?」


    アークが繰り出してくる連続攻撃に対して、宗麻はそんな事を言った。


「魔法使いが格闘するのはおかしいか?なら魔法使いらしくするさ」


    アークは滑り込むように宗麻の懐に侵入すると、服を掴んで壁めがけて思いっきり投げ飛ばした。


「なろっ」


    宗麻は地面に石づきを擦り付けながら勢いを殺して壁に着地する。


    そしてアークの方を見て、宗麻は戦慄した。


    アークの周囲に浮かび上がる数十の魔法陣、それは宗麻でも使えるような初級魔法のものであったがここまでの数を宗麻は出せない。

 

    数十の魔法は今にも打ち出させれようとしている。


「さあ、試練だ。これをどう切り抜けるか、聞いてみろ」


「聞けって……成る程な」


    アークの発言に宗麻は一瞬だけ戸惑ったが、その次に起こった出来事のお陰で理解することができた。


    宗麻の右腕が熱くなり、そこから戦闘の仕方が流し込まれてくる。流れ込まれた知識はスポンジのように宗麻の頭の中に吸収される。


    宗麻の持つ魔法具に風が宿る。


    ソレを見たアークは少し笑ってから、魔法を全て打ち出した。扇状に迫り来る雷撃の槍。完成され尽くした槍の魔法。


「薙げ落とせ、風槍の鉄槌!」


    槍を大きく横に振るい、巨大な竜巻を発生させる。宗麻の前に現れた風の槌は瞬く間に槍が雷の槍を飲み込んだ。


「試練は乗り越えた。よくやるね」


    アークが両腕をふりあげると、宙に青色の魔方陣が二つ描かれる。魔法陣は宗麻のいる方向を常に向いており、宗麻が移動するたびに向きを変えている。


「瀑布よ落ちて、地を呑め」


    アークが呪文を唱え終わると同時に魔法陣が青く光って、中心から莫大な量の水が滝を真横にしたかのような勢いで飛び出した。


「さあ、力の上澄みを吸い上げろ。君の右腕にあるものは穢れたとしても、その本質は神の槍。その帯を解き放てば、その槍は君を喰らうが、喰えば力が入るぞ」


「うるせえ」


    向けられる水の打撃を、槍から組み上げられる知識を全力で活用しながら凌ぐ。


    流れこむ力の量は秒を重ねる毎に増加していく。


    今の宗麻の肉体では再現不可能な動きすら分別なく流れ込んでくる。それらを選択し、最良の選択肢を選んでいく。


    宗麻がかわせばかわすほど、地面は魔法陣から放たれた水にみたされてく。


「その帯を開放して、槍を呼び寄せるか?気をつけろよ。お前が呑まれるぞ」


    躱し続ける宗麻にアークは声を張って呼びかける。


『開放シロ』


    頭痛と共に頭の中を声が広がり、右手が熱くなる。


    宗麻は自分の右手を抑えながら、周囲を駆け巡る。


    右腕に巻かれてある布を解き放てば宗麻は楽になれるのかもしれない。力を得るのかもしれない。だがそれと同時に自分が飲み込まれるのかもしれないという恐怖心にかられてしまう。


「どうした?進むのだろ。だったらその呪いを支配してみろ」


    両手で別々の魔法を大量に唱えながら、アークは宗麻に問いかける。


「…………」


     壁や天井を駆けてアークが放ってくる攻撃をかわしながら、宗麻は自分の右手を撫でた。


    そして一息ついてから、アークの放った魔法によって水で覆われている地面に着地した。


「呪いは潰す。けれどそれは誰かに促されてするものではない。俺がすることだ」


「そうか、強いな。安心したよ」


    アークの周囲に獲物を狙う鮫のヒレのような水の刃が現れる。刃は水の中を潜行して宗麻に迫る。


「雷河!」


   水中から飛び上がり、空中で魔法を唱えてソレを放つ。雷の束が水面に直撃し、迫って来た水の刃を飲み込んだ。それだけではない、先にいたアークにも雷撃が迫る。


    アークは飛び上がり、雷撃をかわす。それだけではなく、空中を蹴って宗麻に向けて突撃する。


    交差するアークと宗麻、空中で激しい攻防を繰り広げる。宗麻はソロアが蓄えた知識を駆使して槍を振るい、アークはエクストリームマーシャルアーツのようにわざと大降りの蹴りを放つ。


「腕は使わないのか?」


「足で間に合ってる」


「戯れやがって」


    宗麻の攻撃がより激化するが、アークはソレを躱して槍を掴むと、ソレを中心にして一回転の後腹に蹴りを入れた。  


「うっ!」


    宗麻は腹を抑えて低く唸る。


「ご要望にお答えしよう」


    アークは追撃で宗麻を投げ飛ばした。宗麻は体制を立て直そうとするが、それよりも早くアークは接近した。


    アークは宗麻の頭をアイアンクローで締め上げ、右足でフロント・インディアンデスロックを極める。更に空いた左手で武器を持つ右二の腕を掴み、手首を脇で挟みこんで槍の動きを封じる。


    一瞬で技を決められた宗麻は物理的な衝撃ではなく、精神的な衝撃を受けた。その速度、無駄の無い動き、全てが今まで見て来た誰よりも優れていた。


    宗麻の肉体を下にして落下して行く。


    水面にぶつかると宗麻が思った瞬間、水面がゼリーのような弾力を以って宗麻を受け止めた。衝撃は水面一面に広がり、威力を殺し切った。


    アークは技をはずして、弾力を持った水面に着地した。宗麻もアイアンクローをかけられた頭を左手で撫でながら、バランスの上手く取れない水面に立った。


「あんた、強いな。魔法だけじゃなくて格闘まで強いときた」


    魔法具をアクセサリー状態に変化させた後、宗麻はバランスを取りながらアークに近づいて行った。


「血統書付きの犬のような国勤めの一流の魔導士様共と違って、俺は野良犬のような野蛮な魔法使い。使える手段は何でも使うさ」


    自嘲しながら話すアークに、宗麻は寒気を覚えた。


「それにしても、腕のソレは開放しなかったね。使えば俺を倒せたかも」


    アークは宗麻の右腕を指差しながら問いかけた。


    アークとの戦いの最中で宗麻は腕に巻きつけられてある破帯を外してソロアの力を得ようとした。しかし、しなかった。


    宗麻は無言で頷いた後、落ち着いた声音で話し始めた。


「これは……そんな簡単に使って良いものじゃないと、俺は思っている。決意が必要だ。けどあんたとの戦いでは決意がなかった。だからだ」


「そうか、君が強い子でよかったよ。もしソレを生半可な意思で外して、呑み込まれる様なことがあったら。一度殺す必要があるからね」


    事も無げに話すアークであるが、宗麻にとっては衝撃的であった。


「待て、お前はあの時俺に外させようとしてたよな」


「そうだが」


「死ぬかもしれないのに?」


「死ねばその程度の奴だという事だろう。まあ、君が外す事はないとわかっていたから、試したんだよ」


    その言葉に宗麻は口を開けたまましばらくの間唖然とした。


    死ぬとわかっていながら、甘い誘惑を宗麻に対してした。そんな事をする人間を宗麻は今まで見た事がない。


    宗麻は空いた口を閉じて、アークに向けて大声で叫んだ。


「お前クレイジーだな!」

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