第151話 両国橋封鎖せよ


「両国橋を封鎖しろだと?」

 その電話を受け取った本所警察署長は、怒気を含んだ声で電話の相手に応じる。

 鬼瓦のような顔には青筋が浮かんでおり、今にも暴れ出しそうな雰囲気だった。

 署長室には彼一人だけだったが、誰かその場に居れば怒声でスチール書棚のガラスがガタガタと揺れるような錯覚を覚えただろう。

「あの橋の交通量がいくらあると思ってるんだ。とてもじゃないが、うちの署だけじゃあ対応しきれない」

「はあ、しかしこれは警察庁サッチョウ長官から直々の要請でして。元々は国防軍からの…」

「軍だあ?この間まで自衛隊だったくせしてからに」

元々、警察と自衛隊の仲はけっして良好とはいえない。元々旧軍時代に色々と因縁が浅からぬ部分があるのに加えて、軍と警察という職分は隣接している部分があるからだ。

 自衛隊時代には警務隊、今は憲兵隊と呼ばれる部署は、軍人の犯罪捜査を行う部署だ。 警察にしてみれば、あくまで軍人相手と限定されているとはいえ、自分のナワバリが犯されているというのは面白かろうはずはない。

 まして、軍隊として地位が向上しているとなれば警戒感が上がるのも無理はない。

「それで、具体的にはいつからいつまでだ」

「はあ、それが今すぐにでも閉鎖せよと」

「バカを言うな。お前も警備課長なら分かるだろう。封鎖する人員を揃え、区内に広報車を回し、封鎖機材をかき集めるのに何時間かかると思ってる。無理だ、無理だ。明日の午後までかかるといってやれ」

「無茶言わないでください。私は長官に睨まれたくないですよ」

 警備課長の情けない顔に、署長は深々とため息をつく。

「ああ、分かった分かった。ここはオレから長官に事情を説明する。お前は一応課員に出動準備をさせておけ」

「了解いたしました。封鎖に必要な装備と人員を揃えさせます」

「なんなら余所の署に応援を頼め。同期のツテでもなんでもいい。ある意味でサッチョウに恩を売るチャンスではあるからな」

「了解しました。準備を進めます」

官僚的機会主義者である署長は反発するだけではなく、これを政治的に利用する策を考えるべく思考を始めた。自分の出世のためには、どんな事件だろうと利用するのはこの署長の信条だった。

 そんな思考を遮るかのように、目の前の電話機がけたたましい電子音を響かせ、赤いランプを点滅させる。

-ええい、忌々しい。

 心中でそう呟きながら、署長は受話器を取る。

「署長だ、用件はなんだね」

不機嫌さを押し隠せていない声で問いただした署長の耳に、電話機から総務課長の声が響く。

「あの、署長にお電話です、はい…」

なんとも歯切れの悪い答えに、署長はついかんしゃくを起こす。

「はっきり答えたまえ。何が…」

「あの、首相閣下から、です」

「は、首相?」

思わずあんぐりと口を開けてしまった署長は、会議の時間になっても現れない署長を心配して見に来た署員にその姿を見られてしまった。

 だが、本人にそれを気にしている余裕はない。

 それもそのはず、警察署の署長が首相と直に言葉をかわす機会など皆無に等しい。

「総理大臣の桐生です」

「は、はい!本所署の署長は私であります」

 テレビでしか聞いたことのない声相手に、思わず署長は電話口で最敬礼してしまう。

 見えていない相手にへこへこする署長を目撃してしまった署員は、笑いをこらえるのに必死だった。

「警視総監とも会議しましたが、両国橋の閉鎖は困難な任務だそうです。よろしく頼みます。他の署とも共同して事にあたってくだざい」

「は、了解いたしましたっ!この私、命に代えましても!」

「意気軒昂で大変結構。それでは、私はこれから移動しますので、これで」


「お任せくださいっ!」

既に通話が切れた相手に敬礼を繰り返していた署長は、署員に見られていたのを知って顔を真っ赤にして固まった。

「あの、署長。これから定例会議のお時間ですが」

「バカもんっ、会議なんぞしている場合か」

怒鳴られた運の悪い署員は、首をすくめて青い顔をする。

「定例会議は中止だ。すぐに全署員に出動準備だ。私が陣頭指揮を取る!幹部はすべて大会議室へ集合させろ、駆け足!」

「え、それは…了解しました!」

今はとにかく署長の機嫌を損ねるのはマズいと直感した署員は、慌てて署長室から走り去って行く。

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