第8話 師匠と弟子と召喚獣 その3
ハル君の口ぶりからすると、偽本を渡したクラスメイトと仲が良いとは思えない。
「おかしいと思わなかったの?」
そう尋ねると、その子は召喚士として代々続く家柄の嫡男で、バハ・ラングースには及ばないもののかなり高位の幻獣を召喚獣として従えているらしい。召喚獣を探していたハル君に「どうせお前でも召喚できないだろう」と言って本を投げ渡したそうだ。親切ごかして渡すよりも自然ではある。
アレクセイが言うにはその偽本を渡した子、フィル=エデュターはいわゆる落ちこぼれで(アレクセイが言ったままだからね)、魔力が高くて優秀で、色々な意味で目立つハル君を一方的に目の敵にしているようだ。
エデュター家は数百年前にこの国の建国に携わった一員として名を連ねているけれど、今では厄介な一族との印象が強いらしい。有力な元老院議員の遠戚であることと、立派な先祖の偉大な功績という2つの免罪符を持っているためやりたい放題なのだという。
禁術は指定になった時点で全て処分され、国が認めた一部機関のみ所持することを許される。その一つが帝国博物館で、現館長はエデュター家の口添えで就任したと噂されているようだ。
どうやら厳重保管の禁術でさえ世知辛いしがらみには勝てない、ということか。
「隠居生活している割に詳しいね」
「世間は狭い。嫌でも耳に入る」
何かを思い出したのか、アレクセイは心底うんざりした顔になった。
「なるほど。だからこうなっちゃったのか」
残念な性格になった、とはさすがに言わなかったけれど、どうやら通じてしまったらしい。
「ほぉ――どうなるんだ?」
不敵な笑みでも崩れない、綺麗な顔を近づいてくる。
不覚にも一瞬見惚れてしまい、あわてて誤魔化した。
「顔が近い!」
「僕のせいだ」
脱線した会話の横で、ハル君はひとり項垂れていた。昨日に逆戻りしてしまっている。
「でもさ――」「いいように乗せられて禁術を使ってしまうくらいなら、術士にはならないほうがいい」
落ち込むハル君への容赦ない言葉に腹に据えかねアレクセイに振り返る。けれど彼の表情を見て我に返った。アレクセイは感情に任せて怒っているでも責任から逃れるために責めているでもない。
上辺だけの私の言葉こそ口にしてはいけない。
すぐに言葉を飲み込み、師匠としてのアレクセイを少し見直した。
「お前は術士として永久追放だけで済むが、こいつは最悪処分だぞ」
アレクセイの指がしっかり私の鼻の頭を指している。
ん? 処分? 今、処分って言った?
嫌な予感がする。当たっていると思うけど、一応確認。
「処分? 処分ってことは――?」
アレクセイは私に爽やかな笑顔を向け、自分の首を手刀で掻き切る動作をした。
顔と行動が一致していないけど、言いたいことは伝わる。
「やっぱりね」
口元が歪む。
元の世界には帰せない。危険な存在だから放置もできない。どうにもならないなら前のリアニークスと同じく処分するしかない、ということだ。
「ナツキさん」
掠れた声で振り返る。表情をなくしたハル君がそこにいた。
今、彼がどれだけの絶望を感じているかわかってしまった。まるであの時の自分を見ているようで辛い。
「大丈夫!」
自分でも驚くほど大きな声だった。
ハル君とアレクセイが意外そうな顔でこちらを見る。整った二つの顔に見つめられ、少し緊張した。
「適当な事を――」
非難の色を帯びたアレクセイの視線を真っ直ぐ見返す。
「要は、ハル君がリアニークスを召喚していないことにすればいいんでしょ?」
「でも――」
私は項垂れるハル君の両肩を掴んだ。これ以上、彼に俯いて欲しくなかった。
「私は元の世界に帰る。ハル君はちゃんとした召喚獣を召喚する。それで解決する」
「簡単に言うが――」「『稀代の天才』なんでしょ?」
天才魔術士の溜息交じりの言葉をあえて遮った。
アレクセイは思わぬ反撃に意表を突かれたのか、言葉を失っている。そこで一気に畳み掛けた。
「弟子の不始末は師匠が責任を持つものですよ」
沈黙がしばらく続き、アレクセイは突然笑い出した。
「お前、面白いな」
こっちは命がかかっているんだから面白くも何ともないです! 真面目です!
そう抗議するとアレクセイは「そうだな。悪い」と謝ったけれど、楽しそうで悪いとは思っていない表情だった。
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