従者召喚
六手
第1話
目を閉じ、目を開く。
その一瞬で目の前の世界が変わっていた。
目の前に立っていたのは、長い黒髪で黒いドレスの様な服を着た女。
俺は何が起きたのか理解できず。何回も瞬きをして現状を理解しようとする。
辺りはさっきまで居た俺の部屋の様に薄暗い。
だが奥に見える暖炉や本棚、目の前の女にソファー、本で散らかったテーブルなど、俺には身に覚えのないものが目の前に広がっている。明らかにここは俺の部屋じゃなかった。
「ここは……?」
辺りを見回しながらそう呟くと、俺の疑問に答える様に女が返答する。
「ここは、私の別荘よ」
そう言って、女は一人用のソファーに座る。
「では早速本題に入りましょう。私がアナタに捧げられる物はこの身体と魂。他にはこの家に在る物なら全て差し出すわ。その代わり、ある人を確実に殺して貰う……。それで構わないかしら?」
「……は?」
唐突に口を開いた彼女の言葉に俺は思わず首を傾けた。
「アンタ。何を言っているんだ?」
「何って、契約内容の確認よ」
「契約って……ん?」
ソファーに座る女は呆れた様に溜息を吐き、事細かに現状の説明を始める。
「いいかしら。私はアナタのご主人様で、アナタは私の言う事を聞く悪魔なの。それくらいは理解してるわよね。それで、私の願いは人を殺して貰う事。その代償は私自身。願いの内容も、代償も、文句はないはずよ? あとはアナタがこの契約を了承するだけ……」
「いや、そもそも。俺……悪魔じゃないし……」
「……じゃあ、なんなのかしら?」
「いや、人間……」
俺がそう言うと、女は不思議そうな顔をして手近なテーブルに置いて在った小さな本を開くのだった。女は本を読み進め、最後のページを少し長く凝視した後、俺に向かって軽く本を投げつける。
投げつけられた本を受け取り、開く。だが英語の様な文字がぎっしりと羅列されていて読む気にもなれなかった。だから俺は彼女に尋ねた。
「なんて書いてあるんだ?」
そう尋ねても女は何も答えなかった。
ただ溜息を吐いて下を向いている。
「おい、聞こえてるんだろ?」
俺は再度女に問いかけた。そして返ってきた言葉はこうだ。
「アナタ……悪魔じゃないようね。もういいわ、帰っていいわよ」
女は額を抑えながらも何か深刻な表情を浮かべていた。
俺はそんな彼女に対して、それ以上何も言おうとは思わなかった。
自分自身を犠牲にして、他人を殺してほしいなんて言い出す女なのだ。関わり合いにならない方が良いに決まってる。
だから俺は立ち上がり、外に続くであろうドアへと向かい外へ出るのだった。
「……」
外に出ると一面枯れ木の広がった光景が月明かりに照らされて良く見える。
ここ以外、近くに建物は見当たらない。山の中、森の中。たぶんそんな所だろう。
さて、困ったことに俺はここから何処へ進めば良いのかわからない。もしも無暗に進んだとしても迷って遭難して飢え死にしそうな予感しかしなかった。
だから俺は振り返ってドアを開き、中へと戻る。
「た、ただいま」
俺は苦笑いでそう呟いた。
家の中に戻るとソファーに座る女は俺を睨み付けながら、不満そうな様子で口を開く。
「まだなにか?」
「いや、どうやって家に帰ればいいの? これ……」
「さあ、魔法陣でも使って帰ればいいのではないかしら? できないの?」
「そんなお手軽に魔法が仕えてたら、とっくに使ってるよ」
「それもそうね」
そう言って女は本に視線を落とす。
「おいおい。まずはその本を読むのをやめろ」
「なぜ?」
「なぜって……ここに俺を連れて来たのはアンタだろ? なら、俺を元居た場所に戻せ。それか最低限、帰り道を教えろ」
「帰り道ならそこを出て、左へ道なりに進めば街へ出るわよ」
「街って……?」
「カイスって街よ。それなりに大きな街だから馬車も在る。それに乗って故郷に帰りなさい」
「まてまて。カイスってなに? ここ何処?」
「フロスト王国、カイスの郊外の森の中に在る私の別荘よ」
――フロスト王国って何!?
「イ、イギリス? ここってイギリスだったりするの?」
俺の思考は黒髪の少女が口にした王国というワードから、ブリテン王国に派生し、英国のイギリスへと着地した。
「イギリス? そんな街は聞いた事ないわね。私が知らない遠い場所から来たようね、アナタ」
――イギリスは国なんですが……。
「なあ、アメリカ、中国、日本、ロシアとか聞いた事あるか?」
「アメリアなら聞いた事あるわ。昔、私に仕えてくれていたメイドの一人がそんな名前だったわね。小さい頃からあの子には良くしてもらったわ……」
――誰だよ、アメリアさん……
「オーケー、理解した。アンタは見た感じ賢そうだ。アメリカとか日本を知らないって事は、ここじゃ存在しないか、その存在を知られる前っていう可能性があるな。つまり俺はタイムスリップしたか別の世界に来たか……そのどちらかだ」
「そう……」
女は俺の推測に全く興味を持っていない様子で一言、そう返答する。
「そう……って。もっと興味を持ったらどうだ? 仮にも未来人か異世界人なんだぞ、俺」
「興味を持ってほしいのかしら?」
「いや、別にそういう事でもないんだがな……」
アンタには興味が無い。そう言わんばかりに視線を本へ向ける女。
まあ別に興味を持って貰おうとは思ってはいないが、仮にも未来人・異世界人の可能性が在るのだから少しばかりの好奇心が湧いても良いと思うのだが。彼女にはそんな事はどうでも良いのだろう。
本に視線を向ける女を他所に、俺は近くの空いたソファーに腰かけて手近な本に手を伸ばそうとした。
「何をしているの?」
すると先程までは俺に興味さえなかった女が小声ながらも力強い口調で俺に声を掛けて来るのだった。彼女は俺に殺意の籠った様な視線で俺を睨みつける。それは本に触れるなという意味を持っているのだろう。だから俺は伸ばした手を引っ込めてから彼女のその問いに答える。
「別にいいだろ。本くらい見たって」
「いいえ、良くないわ。ここの所有物は全て私の物よ。勝手に触れる事は許さないわ。つまり、アナタが勝手に座っているソファーにも座って欲しくないの。だから即刻立ち上がって、ここから出て行きなさい」
「出て行けって言われてもな。行く宛てが無いんじゃ、どうにもならんだろ」
「行く宛てならさっきも言ったでしょ? 家を出て、左の道を真っ直ぐ。街で馬車に乗って帰る。たったそれだけのことでしょ?」
「それで帰れる保証が何処にあるんだよ」
「保証なんてモノは無いわよ」
「……」
目の前の女は今すぐでも俺に出て行って欲しい様子だ。
だがここが何処で、日本が何処なのか、何もわからない状況で飛び出しても元居た場所に帰れる事は出来ないだろう。過去や異世界だったらなおさらだ。だからこそ、今現状では目の前の女から色々と情報を聞き出す必要が在った。
「わかった。ここから出て行く。その代わりに俺が何でここに居るのか、ここは何処なのか、アンタが何者なのか教えてくれ」
女は仕方がないと言わんばかりの溜息を一つ吐いてから視線を向けて居た本を閉じる。
「いいわ。アナタの質問に答えてあげる」
ここに来て初めて彼女と対等に会話する機会を得た俺は、まず初めに自己紹介をした。
「俺は、
「エレナ・エドウィン」
――エレナ・エドウィン。外人か? 今更気が付いたが日本語で通じ合ってるってのが凄いな。
「じゃあ次に、俺は何でここに居るんだ? アンタは俺を悪魔と勘違いしてたみたいだけど?」
「私がアナタを召喚したのよ」
「召喚……なんで……。そうか……人殺しをさせる為に悪魔を呼び出そうとしたのか?」
「そうよ」
彼女は俺と初めて目を合わせた時、こう言っていた「自分の身体と魂をを代償に、人を殺して欲しい」と。つまり、彼女は人を殺すために悪魔を召喚しようとした。だが何かの手違いで俺が召喚された。
「悪魔を呼び出そうとして、どうしたら人間の俺が召喚されるんだよ……」
「それのせいよ」
そう言って、エレナは床に落ちた本に視線を向ける。
それは先ほど俺に投げられた本であり、何が書いて在るのか理解できない本だった。
「それは悪魔を呼び出す為の手順が書かれた本。私はそう思っていたのだけれど。どうやら違ったみたい」
「違った?」
「そう。本の表紙には『悪魔召喚の手順』なんて題名が書かれているのに、実際は人間の従者を召喚する手順が書かれた本だったのよ。その本の最後のページを見てみなさい」
「いや、残念ながら。字が読めないんだ」
エレナは使えない奴という呆れた眼差しで俺を見つめ、一つ溜息を吐いてから言う。
「人を殺し、裏切り、欺く、悪意を持った人間こそ。真の悪魔と言えるだろう。コレが最後の一文よ。本当にコレを書いた作者を殺してあげたい気分になったわ」
「つまり、騙されたんだな」
「いいえ。騙されてはないわ。ただ最後まで本を読まなかったというだけの、手違いよ」
「……まあ、いい。つまり手違いで召喚されたのが俺って事でいいんだな?」
「そうね。手順そのものは間違っていなかったわ。根本的な召喚対象が間違っていただけで……」
「じゃあ、あれだよな。コレ……全部お前のせいなんじゃ……」
「何を言ってるの? 易々と召喚される方にも責任が……」
「在る訳ないだろ」
じゃあ、なんだ。俺はこの女に悪魔と間違えて召喚させられ。「悪魔じゃないなら帰っていいわよ」なんて身勝手な事を言ってたのか。なんて自分勝手な女なんだ。こいつこそ悪魔の様な人間だぞ。
「おい、どうしてくれるんだよ」
「どうもしないわ。好きにしなさい」
「投げ遣り過ぎませんかね。それ」
「現実を受け止めて在るがままを受け止める。生きて行くってそう言う事よ」
「おい、何いい感じの事言って誤魔化そうとしてんだよ」
「誤魔化してなんかないわ。ただ単に、アナタが易々と召喚される程度の人間だという事がそもそもの原因なのだから。全てアナタの日頃の行いが悪いのよ。他人に召喚されない様に、日々努力を怠っていなければこんな事態は防げた筈よ」
「俺はアンタに殺意が湧いたよ」
この女、見た目は綺麗なのに中身が最悪だ。
自分勝手、屁理屈、非を認めない。……これは酷い。
俺は溜息を一つ吐きながら下を向いて考える。
彼女に何を言っても無駄だし、何を口論したところでこの現状が良くならないこと理解した。そして帰る宛ても、ここで生活する宛ても何も無い事にも気が付く。
「質問は終わりかしら? なら約束通り、出てってくれるかしら?」
俺が黙り込んで考え始めたからだろう。彼女は俺からの質問が全て終わったと思い、そんな言葉を口にする。そう、確かに俺の質問に彼女が答えて貰う代わりに俺がここから出て行く事を約束した。だがしかし、ここまで経緯を全て知った現状で俺が取るべき行動は一つだった。
「断る」
その一言で俺は彼女の言葉に返答した。
目の前の女がこの状況を引き起こした何もかもの原因だ。ならば、目の前の女に責任を取って貰う事が一番ではなかろうか。というか、責任取って俺を元の世界に戻して貰おう。絶対に。
「俺はアンタの勝手な私情に巻き込まれてここに居るんだ。アンタが責任を取るのが当たり前だろ。だから俺はここに居座る」
「ふざけないで。アナタ、他人の迷惑というモノ考えた事が在るの?」
「お前にだけは言われたくないわ!!」
俺は声を荒げて彼女にそんな反論すると、彼女は少し驚いたようでビクリと体を動かして、視線を横へ逸らしながら弱々しい声でこう呟く。
「……わかったわ。私にもほんの少しの非がある事を認めます。だから大声を出さないで頂戴」
しおらしい声でそんな事を言う彼女の姿に俺は一瞬だけ目を奪われた。
だが、すぐさま首を横に振って我に返って言う。
「ああ、俺も悪かった」
――性格は最悪だが仮にも彼女は女の子なのだ。余りきつい口調は気を付けなくてはな。
そう思った、矢先。
「余りこちらをジロジロと見ないでくれるかしら? はっきり言って気持ちが悪いわ」
女は俺に毒を吐いてから本へと視線の落とす。
一瞬でもコイツの事を可愛らしい女の子と認識した俺が間違いだった。
これからどんな事が在ろうとも、彼女の事は冷徹で毒舌な悪魔だと認識することにしよう。そう俺は決意するのだった。
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