レイドリフト・ドラゴンメイド

リューガ

第1部

第1話 戦傷兵が見た青空

 青い空。

 時間は正午過ぎ。天の頂点からわずかに南に傾いたところに、黄色い太陽が輝く。

 その太陽に近づく、巨大な山脈。

 そこから空を見ると、空の青さは山の下よりさらに濃く鮮やかに感じるだろう。

 空気に微粒子がなく、日光が拡散しないためだ。

 この空が、ほんの一週間前まで、分厚い灰色の雲で覆われていた。


 ここは地球によく似た惑星スイッチア。

 1年半前、この星を侵略した異星人、ペースト星人が次元湾曲兵器を発射した。

 弾頭は、小型のブラックホール。

 いかなる物質も破砕して飲み込む、超重力兵器。

 目標は、巨大火山。

 地下に1,000立方キロのマグマを蓄えていた。

 地球では北アメリカにある、イエローストーン火山と同じクラスのスーパーボルケーノ。

 噴出した火山灰や土砂は、3週間で約600万平方キロを埋めた。

 これは日本の国土、約38万平方キロの約16倍にあたる。

 アメリカ合衆国の国土、約960万平方キロでさえ3分の2だ。


 噴火と同時に何億トンもの二酸化流黄ガスが空に放たれ、硫酸水滴の雲となった。

 硫酸水滴の雲は、成層圏エーロゾルとも呼ばれる。

 二酸化流黄が、成層圏で水の雲と反応することで生まれる。

 この雲は1年から2年は上空にとどまる。

 それはスイッチアの空を覆い尽くし、太陽光線を反射した。

 惑星全体で平均1度の気候寒冷化が起こった。

 1度の気候変動は恐ろしい。

 起こるべき気候が起こらない世界は、たちまち夏の来ない1年、記録的降雪となった。


 山脈には天然杉の巨木。その残骸が並んでいる。

 成層圏エーロゾルから生まれた、強力な酸性雨による影響だ。

 葉が落ち、枝は折れ、幹も裂けている。

 変わり果てた樹形は、人を寄せ付けない怪物の牙か爪のように並んでいた。


 噴火が続く限り、2年は太陽の光は届かない。

 人々はその未来に絶望した。


 ところが、たった2日前に、成層圏エーロゾルは消え去った。


 山肌が複雑に波打っている。

 細い2車線とはいえ、この山に舗装された道があることは。そして今、何台もの車が並んで走っていることは、人々にその難工事ぶりを考えさせるだろう。

 だが本当の難所は、そのさらに道の先にある。

 山頂を覆う雪。その雪は、一か所の白さもなく、黒く汚れていた。

 これもまた、何十億トンもの大気汚染物質が実在したあかしだ。

 

 道を2車線一杯に占領しながら、重苦しいディーゼルエンジンを響かせて兵員輸送車が走る。

 6輪駆動に菱型の装甲をのせ、さらに機関砲のついた砲塔を構えている。

 それが何台も、つらなって走る。

 先頭を走る2台の車の前部には、ブルドーザーのような巨大なブレードがついている。

 さらに後ろからは、人間の腕に似た巨大な機械の腕を持つ、双腕重機が追う。

 ともにベースは輸送車を改造したものだ。

 道をふさぐさまざまな障害。手入れされることもなく崩れた土砂や、倒れた木々。

 そんな障害を押しのけ、山の向こうを目指す、長大なコンボイ。

 なかには完全武装の兵士。

 そして彼らがまもる、重要人物たちを乗せている。


 輸送車の中には、10人の兵士が向かい合って座るための、うすいクッションのイスしかない。

 周りは360度、鋼鉄の箱だ。小さな四角い防弾ガラスの窓が、間をあけて並んでいる。

 そんな窓からの光では、車の中も薄暗い。

 コンボイの中ほどの車中では、10席のうち8つに、兵士たちが座る。

 身につけているのは、じょうぶなウールデニムの軍服と、防寒用で牛革のベスト。

 大ぶりな自動小銃や、それぞれの役割に応じた装備を持っている。

 もう2つのイスには、しっかりと防水加工された灰色のトレンチコートを着て、大きな耳あてのついた帽子をかぶった将校がいた。

 胸にいくつもついた勲章が、二人のそれまでの戦いを物語る。

 そして腰に下げたピストルが、磨き上げられた茶色い皮のホルダーに収まっていた。

 

「エピコス師団長! 空に関する報告が届きました! 」

 背中に大きな無線機を背負った通信兵が報告した。

 エピコス師団長と呼び掛けられた将校は、ナイフのような鋭い目を向け、「ご苦労」と労った。

 その青い目は、これまで幾多の敵の死を見てきた。

 そして、自分ではどうしようもないもない運命も。

 帽子の下からはサラサラしそうな金色の髪が少しだけ覗いている。

 白い肌にはしわが刻まれ、その下には分厚い筋肉がある。

 若いころはさぞ目を見張るような美青年だったであろう、壮年の男だ。

 通信兵が差し出す受話器から、初老の男性らしき声がする。

『エピコス師団長! こちらはヤンフス大学気象学部の、カーゴ・カイモノブクロン教授であります。

 本日は、ご利用いただき、ありがとうございます』

 エピコス、ヴラフォス・エピコス中将。

 この星、スイッチア星には一つの大陸しかない。

 北極圏から赤道を越え、南半球の半分まで。東西では、この惑星の3分の1を占める。超大陸ヤンフス大陸。

 その大陸を収める覇権国家が、チェルピェーニェ共和国連邦。略してチェ連。

 エピコスはチェ連の領土である高山地帯や北極などでの戦闘を主にする、極限地師団の指令だ。


 そしてカーゴ教授の対応は、兵士たちにとって当たり前のことだ。

 国民は、国を守るために政府にあらゆる協力を惜しんではならないとされている。

 教授の説明は続く。

『各地からの報告によりますと、スイッチアの空を覆っていた成層圏エーロゾルは、完全に消え去っているとのことです!

 また、ペースト星人による火山活動も、完全に収束しました』

 カーゴ教授は、その後、言葉を詰まらせた。

 無理もない、と師団長は思った。

 自分たちの星から戦乱を取り除いた者達。

 彼らから与えられた情報が、あまりに複雑で、怪奇だからだ。

 彼らは、自分たちは地球からスイッチアに召喚されたという、人間と同じ姿をしながら人にあらざる能力を使う、異能力者達だった。

 かれらは魔術学園高等部の生徒会を名乗った。

『現在の空に、偽装や新たな化学物質の影響はありません。

 本物の青空であると断言できます。

 これは、女神ボルケーナによる、特定の元素を異世界に送り込む能力と、火山をコントロールする能力を、裏付けるものだと考えます』


 女神ボルケーナは、魔術学園生徒会の一人の、後見人に当たる。

 エピコス達には、それがどんな姿を持っているか、なぜ女神と呼ばれているかは知らなかった。


 安全だと言われてもエピコスには、この急激な変化を敵からの攻撃だと言われた方が、しっくりくるような気がした。

「ちなみに教授、空が青いのは何故ですか? また、夕日や朝日が赤い理屈は?」

 エピコスからの、とっさに出た質問に対し、教授も周囲も一瞬沈黙する。

 エピコス自身、これはバカなことを聴いたかもしれないと思った。


 教授は吹き出すこともなく、淡々と説明を始めた。

『昼間の空が青い原因、そして朝と夕方の空が赤い原因について、ですね。 

 太陽光線は7色の可視光線を持っています。

 その7つの光が大気中の酸素や窒素、水蒸気、あるいは微粒子によって、それぞれ違う拡散をします。これをレイリー拡散といいます。

 太陽が高い軌道に見える時、光が大気を進む距離は短い。

 太陽光の青い光は、レイリー効果によって拡散されやすいのです。

 よって、空が青く見えます。

 一方、夕方や朝では、太陽光線は長く大気中を進みます。

 青い光は拡散しきってしまい、人の目には届きません。

 ですが赤い光は、もともと拡散されにくい性質を持っています。

 それで朝日や夕日は赤く見えるのです。

 他に、ご用命はありませんか?』

「いや、十分だ。ありがとう教授」

 エピコスがそう言うと、通信は終わった。

 彼のはり詰めていた雰囲気が、安心してふっとゆるんだ。


 山脈をジグザグに上がっていく装甲車の窓からは、山の裾側、南側が見えた。

 その低い山並みと合わさる青空に溶け込むように、月よりも大きく、真二つに叩き割られた円盤状の機械が見える。

 件のペースト星人の宇宙戦艦だ。

 直径900キロ。

 それに搭載されたブラックホール砲は、次元を湾曲させることで超重力を発生させ、対象物を粉砕し吸引する兵器だ。

 その砲は、ヤンフス大陸の熱帯地帯にある巨大な火山、危険山頂西15番を打ち抜き、地殻をはぎ取った。

 ふたを奪われたマグマは、噴火を引き起こした。

 赤道の北側、熱帯地帯の偏西風は強い。

 噴煙は偏西風に乗り、大陸をもう2年は覆うはずだった。

 だが敵の宇宙戦艦の残骸は、もう何もできない。

 魔術学園生徒会が、異能力で叩き割ったのだ。


「この青空は、敵の化学兵器などによるものでは、なかったのだね」

 向かいの席に座る、もう一人の将校が話しかけた。

 歳はエピコスより少し上。初老の男性だ。

 黒い肌の奥に褐色の目が光る。

 背は低いが、そのがっちりした肉体には力がある。

 この国を収める力が。

 胸にある、世界にただ1人だけ、身につけることが許される徽章が窓からの光で小さく金色に輝く。

 チェ連国旗を、そのままあしらった徽章。

 歯車のように、人々の絆ががっちりと組み合わさることを願った、かみ合う2つの歯車。

 その前に交差するのは、工業技術を意味する絵の長いハンマーと、国防力を意味する自動小銃だ。

 腰に下げるピストルも、エピコスが1丁なのに、彼は2丁。

 それだけで、彼の徹底抗戦主義者としての主張を物語る。

「ここは、君の故郷だったね? じっくりと、眺めたいところでもあるかね? 」

 エピコスの目の前にいる男は、そういってほほ笑んだ。

 その柔和な言葉を聞いた時、エピコスの心が揺らいだ。

 今まで、心にしまっていたことを、今ここで言うべきではないか?

 故郷に帰るのは、20年ぶりになる。

 それでも、愛郷心は消えない。

 今は亡き父と母、生き延びた親戚や友人たち。

 彼らが残した物が、本当に無事か、自分の眼で確認したかった。

 それこそが、唯一摂理にかなった事ではないか!? と。


 しかし、目の前にいる男の権力と、その担当領域、そして自分やほかの兵士たちのそれを思いだすと、一瞬浮かんだ考えを消し去った。

「いいえ、イストリア書記長。せっかくの、ご厚意ですが」

 マルマロス・イストリア書記長。

 彼が、チェ連の正式な歴史を記すことができる唯一の人。

 すなわち、この国の最高権力者。

 そして自分が何を担当領域としているかを考えれば、なすべきことは分かった。

「ご覧の通り、何もないところです。これでも、私の子供時代よりは発展したのですが」

 窓の外を一瞥しながら言うと、次に書記長に向き直った。

「今は、政府の中枢こそが、私の守るべき場所であると考えております」

 そう言った。

 すると、イストリア議長の顔から柔和な印象が消え、岩のように固く人を遠ざける雰囲気に変わる。

 議事堂で、大勢の議員を前に演説する時の表情だ。

「ありがとう。そう言われると私も鼻が高いよ」

 エピコスは。そしてこの車内いる全員が思った。

 これでいいと。

 国民一人一人が、定められた担当領域で異常なく働く。

 それこそが平和な安定のために必要な物だと信じているからだ。

 たとえ、世界が一度、滅んだ後だとしても。


 突如、彼らの体を、車の進行方向へ突き飛ばす衝撃が襲った。

 急ブレーキがかかったのだ。

「前方に、小型ロボットを複数確認! 」

 タイヤのきしむ音に負けないように、運転手が叫んだ。

「周辺にも現れました! 取り囲まれています! 」

 次に護衛の兵士が続いた。

 彼らに遅れず、エピコスも窓から片目だけ出して外をうかがった。

 木々の間に、小さな馬のような機械があった。

 胴回りは4センチほど。体長は10センチぐらい。

 数機に1機の背には、板のようなものをのせている。

 エピコス達には、それがレーダーだとわかった。

「下車戦闘を申請します! 」

 護衛隊の隊長が、これまでの経験から、至極当然の発言をした。

 そうだ。これまで宇宙から、異次元から、天のどこか、地の底、海の中から現れた者が何だったか?

 そう問われれば、チェ連人なら必ずこう答える。「敵だ」と。

 すぐさまエピコス大将は、この申請を承認しようとした。


「いや! まて! 」

 静止の声が、予想外の者から放たれた。

 イストリア書記長だ。

「あれは、日本から送られた資料にあった。歩兵をサポートするために作られたロボットだ。

 見ろ! ロボットは木の影に身を隠すわけでもなく、全身を見せている。

 銃火器も装備していない! あれは敵ではないのだ! 」

 書記長の声がだんだん嬉しそうな響きを帯びた。

 それを聴いていると、エピコス達は彼がおかしくなったのではないかと思った。

 日本とは、魔術学園がある国。


「師団長、どうしますか? 」

 不安な声で尋ねる部下に、エピコスは待機するよう命じた。

 状況は、書記長の言う通りになっている。

「全部隊、待機せよ」

 通信兵が、その命令を伝える。

 なるべく平穏な声にしたつもりだが、内心は戦々恐々だった。


 レーダーをのせたロボットが一体、近づいてきた。

 まっすぐ、書記長の乗る車に。

 謎の存在を見つめる兵士たちの目と、意思を感じさせないカメラのにらみ合いが、一仕切り続いた。

 その仕切りを切ったのは、運転手からの新たな報告だった。

「上空から、航空機が接近中! これは、レーダーに写りません! あ! 降りてきます! 」


 その航空機が着地した衝撃を、彼らは飛び跳ねる自分の尻と背で感じた。

 急いで外を見る。


 新たなまだら模様が、そこにあった。

 航空機と言われたものは、人影だった。

 身長は4メートル近くあり、輸送車を見下ろしている。

 明らかに強大な力を発揮しそうな、腕と脚。

 その足がしゃがみこむと頭部に搭載されたカメラが、エピコスがいる窓を覗き込んだ。

 カメラは、人間の目の様に二つ並んでいる。

 カメラを支えるのは、突き出される鋭いナイフを思わせる、顔。

 それ以外は完璧なまでに、たくましい人間の体を模している。

「これも、提供された資料に乗っている。

 作業用パワードスーツ、ドラゴンドレス・マーク7」

 エピコスに代わって窓から見たイストリアが説明した。


 ドラゴンドレスは右前腕を窓に近づけた。

 腕の中から、新たな黒い金属のパネルがせり出してくる。

 増加装甲か? エピコスはそう思ったが、パネルの前の空間に、光る膜が浮かび上がった。

 立体映像装置。明らかに対話を望むための物。

 映像には、チェ連の言葉で[初めまして]と刻まれていた。

 古い言葉は上へ、下に新しい言葉が刻まれていく。

[私の名は真脇 応隆。

 我々は日本国による第12次超次元地域合同調査隊です]

 マワキ カズシゲという名は、チェ連人は聞いたことがなかった。

 まるでおとぎ話に出てくるような名前に思える。

 立体映像を使った応隆の説明が続く。

[私はポルタ・プロークルサートルというセキュリティ会社のCEO、責任者です。

 現在、我々の作業地域の安全管理を担当しています。

 あなた達は、武装していますね。

 その意図を説明していただきたいのです]


 武装の意図だって? そんなものは敵と闘うために決まっているではないか!

 と、エピコスは言いたかった。

 そのために、自分たちは生きていたからだ。

 だが、それには、今のチェ連にそんな力はない。

 その事実がチェ連の精兵を委縮させる。

 そのための力は、絶え間ない戦乱の中ですでに失われた。

 このコンボイだって、精一杯かき集めたものだ。

 この程度の戦力で何をするのか、疑問に思われても無理はない。

 そんなエピコスの無念が、これまでの記憶を呼び覚ました。

 宇宙を支配する大帝国。

 50年前、宇宙からやって来た敵はそう名乗った。

 まだエピコスの親が、子どもだったころだ。

 その頃の話を、彼の両親は恨みを持って語り続けた。エピコスが大人になり、兵士となったあとも。

 真面目なワイン農家だった両親は、宇宙帝国の攻撃で死んだ。

 その時エピコスは、極限地師団の若い通信兵に過ぎず、北極に近い氷土に覆われた基地にいた。

 冬にもかかわらず珍しく日のさした日。黒電話の重み。その向こうから聞こえる叔父の涙声は、永遠に忘れない。


 最初に宇宙帝国の映像がテレビで流れた時、子供向けの冒険ドラマが始まったと、誰もが思った。

 だが、それは本物だった。

 何光年も彼方から、何万もの大部隊を送るその科学力。

 宇宙からの敵に対し、当時の人々はなすすべがなく、侵入を許してしまった。

 当時、ヤンフス大陸は複数の国に分かれていた。

 巨大な悪の侵入を許したものの、当時の国々は足並みがそろわず、戦線は混乱状態だった。

 どの国も国境線が複数の国と接していたため、どこかの国境で必ず紛争問題が持ち上がっていたためだ。

 それでも彼らは戦い続けた。

 その作戦を支えたのは、地の利を利用すること。

 先人たちは、いかに宇宙帝国と言えども、地上に降りてしまえば歩兵による戦いになることに気付いた。

 そこでヤンフスの兵士たちは、少ない兵力を集中して敵を散らせ、分散して自分たちの被害を減らし、自分達に有利な地形に敵が来ると殲滅した。

 この成功が、チェ連の陸軍大国主義につながる。

 さらに、その戦線を強力な兵器で支える国家が現れた。

 当時もっとも工業が盛んだった、チェ連の前身、マトリックス国だ。

 ヤンフス大陸は、四方八方から地殻変動により複数の大陸が合わさることでできた。

 大陸内部には、東側だけを開いて円形に並ぶ大山脈、ベルム山脈がある。

 そしてベルム山脈の開かれた東側から大陸内部には、広大な内海、マトリックス海があった。

 防壁として使える大山脈と、豊富な地下資源。

 さらにマトリックス海を使った海運が、世界の運命を決めた。

 強力な兵器と、戦乱を生き延びたことにより蓄えられた経験。

 これを指導力として大陸の諸国をまとめ上げ、長い年月をかけてチェルピェーニェ共和国連邦は生まれた。

 これが、チェ連で誇りを持って語られる建国の物語だ。

 だが、なぜかその後も宇宙からの侵略は絶えなかった。

 今までどこに隠れていたのか、地の中、海の底、果ては雲の中からも敵が現れた。

 絶え間ない戦乱は、ついに惑星全体の環境破壊となって跳ね返る。

 そこへ来て、チェ連の幹部は決断した……。

 すべてを合理的に片付けるための、究極の指令を……。

 それが、さらなる混乱を巻き起こすとも知らずに……。


「ドアを開けてくれ。私が出向いて直接話す」

 新たな謎に混乱しはじめた兵士たちを、イストリア書記長の声が現実に引き戻した。

 彼の顔には、覚悟が滲んでいた。

 

 書記長と師団長、そして8人の護衛が車を降りた。

 ふと見れば、一緒に止まった後続の車のうち、15人の魔術学園生徒会が分乗する、2台の輸送車が揺れていた。

 中の生徒たちが暴れている。いや、はしゃいでいるのだ。

 窓から、幾多の顔がのぞく。

 歳の行った者もいるが、ほとんどが15~6歳の若い顔だ。

 肌の色はさまざま。黄色い者、白い者。黒い者。

 笑い顔、泣き顔。

 そのどれもが元気な喜びにあふれている。

 応隆とそのパワードスーツを見て、それが自分たちを迎えにきたものだと悟ったからだ。

 よく輸送車の装甲を破らないものだ。と、エピコスは思った。


 総勢30人の生徒会がこの星に現れたのは、わずか2か月前。

 召喚したのは、異世界の技術を解析していた旧マトリックス国、マトリックス地方にいた科学者たち。

 だが、その科学者たちを学生たちは認めなかった。

 科学者たちは、人々を救うために生徒会を召喚したわけではなかったからだ。

 当時、仮説段階だった異なる次元の物理法則を自在に操る者達、異能力者を研究することだったのだ。

 また、いくつもの侵略異星人の伝承に、異世界から人間を召喚すれば、危機から救ってくれるというものが多くあった。

 科学者たちは、同じように異世界から人を召喚すれば、勝手にこの世界を守ってくれる者がやって来る、と考えたのだ。

 あわよくば、その名声を自分達も…と甘い見通しの下、召喚は行われた。

 いわゆるマッドサイエンティストだったのだ。

 たちまち科学者たちは生徒会に拘束された。

 その時、マトリックス海付近に配置されていた軍は、ほとんど戦力がなかった。

 もしまともな状態ならば。

 陸軍が、人員全てを戦車や装甲車で機甲化した2000人規模の拠点防衛師団2個。

 空軍は戦闘機を含む100機の航空機を持つ航空団1個。

 海軍は航空母艦、巡洋艦、駆逐艦を含む35隻の空母艦隊と、潜水艦8隻を持つ潜水艦隊。

 マトリックス地域は工業の中心地でもあり、配備された兵器もチェ連で最新のもの。

 それが、長年の戦争によりことごとく奪われ結果、生徒会に1日で無残に敗北した。


 翌日から、生徒会が組み立てた戦略が外部とふれあう。

 

 生徒会も侵略者と同じと考えたチェ連の防衛大臣は、記者会見の席で攻撃を呼びかけた。

 たちまち大臣は、テレパシーで記憶を消され、赤ん坊その物の泣き声を上げた。

 それは一時的な記憶操作だったが、その場にいた全員の頭に、記憶操作は永遠に続けられるという知識が、何の勉強もなしに植えつけられた。

 

 宇宙帝国も攻撃された。

 宇宙空間にある分厚い装甲やエネルギーシールドに守られた宇宙戦艦から、上級将校や視察に訪れた政治家、官僚がさらわれていった。

 突然、空中から黒い巨人が現れた。

 見えない力で引きずられた者もいる。

 動物園にしかいないような猛獣が、くわえていったという話もある。

 さらわれた者達は、ロープでぐるぐる巻きにされ、チェ連政府の施設の前に置かれていた。

 ヤンフス大陸全土、ランダムに。


 多少、異能力の知識のある異星人もいた。

 だが、いかなるシールドや異能力を使おうと、その発生装置や使用者を丸ごと振動させられ、破壊または倒されていった。

 ペースト星人の巨大円盤も、その一つだ。

 最初はエネルギーシールドから始まり、発生装置。ブラックホール砲へ続き、爆発させられ、乗組員はそこを切断せざるを得ず、宇宙で救助を待つまで漂う運命となった。


 不思議と死者は出なかった。

 しかも異能力行使は1日に何度も起こる。

 事前の練習などは確認されていない。

 すべて、ぶっつけ本番ということだ。


 このように恐るべき精度と力を見せつけながらも、これは時間稼ぎに過ぎなかった。

 一か月前、ついに生徒会が本拠地から現れた時、先頭にいたのが…。


 そこまでエピコスが思い出した時、窓からのぞく生徒会の中に、一つの見知った顔を見つけた。

 短く切りそろえられた赤い髪に、くりくりとした茶色い目。

 元気のよい笑顔の少女の顔を持つ、真脇 達美だ。

 

 自ら名乗るところによると、元アイドルで、猫の脳を持つサイボーグ。

 魔術学園の魔法データベース。

 火山の魔獣ボルケーナの力を受け継ぐスーパーヒロイン、レイドリフト・ドラゴンメイド。

 

 だがエピコスにとっては、山脈を越えてきた生徒会の移動チームの一人としての姿が思い浮かぶ。

 山脈南の外側でエピコス率いる極限値師団は、監視任務に就いていた。

 そこに最初の公証人として現れたのが、吹雪の中を事も無げに飛んできた彼女だ。

 背中ら灰色の翼を羽ばたかせ、ジェットエンジンの轟音を響かせて。

 あの自信にあふれた、甘ったるい笑顔。

 気まぐれに振ったような腕が、自らに向けられた戦車砲をくの字に曲げた。

 エピコスは、あの時に得体のしれない恐怖を感じた。

 

「この世界は、あなた方にとって未知の世界。

 そんな中で、少しでもご安心を提供できる物が有ればと思い、武装してまいりました」

 書記長の、あまりにも腰の低い言葉に、整列しながら兵士達は思わず耳を疑った。

 しかも相手は人影、人型ロボットから下りてきた、20代そこそこのメガネをかけた、ひょろ長い顔の男だからだ。

 その服は灰色で、細かい四角い模様で覆われている。

 見た相手の印象に残りにくいデザイン。

 布の下には防弾効果の高いセラミックの分厚いプレートが入っている。

 背中からドラゴンドレス内部にはホースが繋がっている。

 装着者の体温を冷やすための、冷水が流れている。

 寒い時には温水が流れる。


 来訪者。チェ連が突如現れた異界の者を敵以外として扱うのは異例のことだ。

 エピコスは目の前の来訪者を見た時、祖国を裏切った科学者たちを思い出した。

 マワキ カズシゲは、とてもではないが戦闘に耐えられる体には見えない。

 どう見ても研究室から出てこない、科学者にありがちな軟弱な男だ。

 あの裏切り者!

 兵士たちは、この来訪者の存在も、裏切り者たちによる罠ではないかと疑っていた。

 今や、願っている者さえいた。

 目の前のマワキ カズシゲが敵なら、ロボットから出た時点でハチの巣にしてやれる。

 さらに、コンボイに乗る重要人物たちも……。

 不意さえつけば……。

 そんな甘い考えが魅力をともなって心に広がる。

 

 だが書記長とCEOの会話は、穏やかに決着がついた。

「あなた方の状況は理解しております。

 実は、我々の世界も似たような社会情勢なのです」

 そう言ってカズシゲは「お心遣いに感謝します」と謝意を見せた。

「それでは、このままあなた方の拠点へ向かってもよろしいのですね? 」

 と書記長が問えば。

「その安全を確保するのが私の仕事です。ついてきてください」

 とCEOが答える。


 応隆のパワードスーツが、装甲を開いて装着者を迎え入れる。

 多くのモーターやアクチュエーターが、高性能なコンピュータによって制御された動きだと、チェ連人は思った。

 チェ連では、緊急時には人の手で兵器を修理する。という設計思想から、すべての装備が大変シンプルだ。

 護衛兵が着る軍服は、防寒や動きやすさを優先されて作られている。

 かつて、銃弾から身を守る鉄製のベストが作られたことがあるが、重すぎるという理由ですぐにすたれてしまった。

 

 コンボイが再び走り出した。

 その前を膝とくるぶしから合計4つのタイヤを出し、膝立ちの姿勢になったドラゴンドレスが走る。

 青空の中で一瞬光が瞬いた。

 その光はすぐに消えてしまった。

 輸送車内からその光は見えなかったが、すぐに通信機から報告が流れた。

「敵の宇宙戦艦が、生徒会のお迎えによって破壊されました! 」

 その喜びが、車内を駆け抜けた。

 生徒会を迎えにきた者たちは、生徒会以上の異能力を使う。

 世界を覆った灰色の空を、晴らしたのも彼らだ。

 チェ連兵の全身に喜びが満ち溢れる。

 もろ手を挙げた笑う者。むせび泣くもの。隣の友とグータッチするもの。

 だが、そこにいる将校たちの存在に気付き、すぐに無礼を謝った。

 とがめはなかった。

 忌まわしい敵が、無様に負ける。

 その痛快さは、何事にも代えられないと、分かっているからだ。


 それでも、エピコスは熟考を止めず、一瞬のすきを見逃さないつもりだった。

 あの吹雪の日、真脇 達美から感じた威圧感を、エピコスは思い出した。

 彼ら生徒会がやっていたのは、餌付けと同じだ。

 宇宙帝国とチェ連を見比べたとき、チェ連の方が余力があった。

 だから、宇宙帝国の要人を捕虜として渡したのだ。

 しょせんチェ連が今やっている輸送は、面目をつぶさない程度に用意された仕事。

 子供のつかいに等しい。

 この程度なら問題ないだろうと、地球人は判断したという事だ。

 それだけではなく、地球人に力を貸す、さらに強力な何者か達も……。

 チェ連では地球に太刀打ちできない今、歴史は強者が作るというこの星で何度も行われたことが再現されたら、今度こそスイッチアは征服されてしまう……!

 エピコス師団長とイストリア書記長は、お互いの目に国の権利が奪われるという危機感を見て取った。


 コンボイは山を登っていく。

 高度があがると、黒い雪に変わり白い雪があたりを覆う。 

 ついに、戦争の煙が上ってこない高度まで来たのだ。

 道路はきちんと除雪されており、山側はまっすぐな白雪の壁、谷側は奈落に続いている。

 このまま山脈を超えれば、ヤンフス大陸最大の、乾いた高原地帯がある。

 来訪者が降り立ったのは、その高原地帯だ。

 そしてそこは、エピコスの生まれ故郷でもある。

 来訪者は、そこで何をするつもりなのか、事前に知らせてきていた。

 そしてこの星、惑星スイッチアへやって来た理由も。

 その話は、にわかには信じられないことだった。

 何しろ、師団長にしろ、書記長にしろ、何も知らないのと同じだったからだ。

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