第35話 恐路は笑う
陳腐な表現になるが、どうしてこうなった?
日本国内閣総理大臣、前藤 真志は呆然と目の前に広がる光景を見てそう思った。
鈍い灰色の空から、パラパラと降る雨。
今、彼が乗っているのは防弾仕様のSUV。その後部座席。
前にしているのは、立っているところから見て100メートルほどの、どちらかというと平らな山だ。
その山を、ふもとから頂上近くまで、らせん状に囲むように建物が並んでいる。
超次元技術研究開発機構。通称、魔術学園。
高等部生徒会が召喚された場所。
「それが何で、目の前にある?」
山のふもとの県民公園。
市民にも開放される体育館とグラウンドだ。
前藤たちにとっての異星スイッチアへの出発点でもある。
『お、おそらく……』
助手席に乗る秘書官。
手を怪我した前藤に代わって服を脱がせてくれた彼だ。
彼の持つ携帯電話から、よろよろとした声で老紳士が話しかけてくる。
携帯電話による会議システムは実にありがたい。
『朝方、日の出前が、人間が最も眠気を感じるタイミングだといいます。
そのときにテレパシーを受けたのでしょう。
それによって、まだスイッチアに居続けるつもりだったあなた方を、地球に無理やり帰したのかと……』
豊かな白髪と、同じ色で口を彩る髭。
痩せてはいるが、腰の伸びた堂々たるたたずまい。
それが一般的なイメージだったはずだ。
この魔術学園理事長、越智 進(おち すすむ)という老研究者は。
今、自分たちがいる場所がスイッチアヘの道。
それは地球が自転しようと、太陽の周りを公転しようと変わらない。
証明したのも越智だ。
そうだ。と前藤は思い返した。
いままで自分は、このSUVの中で眠りこけ、外の景色に驚いたのだ。
周りには同じようなSUVが並び、SPも秘書たちも、一緒にスイッチアへ赴いた閣僚たちも乗っている。
「ここへ来た時、私達の様子はどんな感じでしたか? 」
となりに座る防衛大臣、堺 洋子が聴いた。
怯えた様子を隠しているのがわかる。
越智の返事からも、震えは取れない。
『みなさん、大変御疲れの様でしたが、ここにいる難民たちを率いてきたように見えました……』
堺大臣はそれを聞いて、決めた。
「今の我々に、テレパシーの影響はあるかも知れませんね。 確かめましょう」
そう言われて越智理事長は、大急ぎで提案する。
『それでしたら、スイッチアに行っていないテレパシストに見てもらうのがよろしいかと存じます! 今、呼びます! あっ!』
続く水音と落下音。
急ぎ過ぎて、電話を落としたのだ。
しばらくして、荒い越智の息が聞こえた。
「あの、自衛隊にもテレパシストはいますから」
堺は一転、笑いをかみ殺している。
それは前藤も同じだった。
危機的状況だと、つまらない事でも面白く感じるのは何でだろう?
周りを見回してみる。
各国の代表たちも、無事に地球に戻っていた。
「あの状況で、各政府機能の存続を第一に考えてくれた異能力者がいたことは確かだろう。
たぶん生徒会の、城戸 智慧さんかな? 」
近くのバスに、生徒会の父兄やトップ・オブ・ザ・ワールドの面々を見つけた。
皆、起きている。
並ぶバスの中に、新たに覚えた一団を見つけた。
チェルピェーニェ共和国連邦の最高権力を担当領域にしていた、前内閣だ。
今はエピコス中将とその息子、シエロや、彼と同世代のチェ連人も4人ほど。
いや、それだけではない。
窓から身を乗り出し、あたりを拝んで?いる一団。
分厚い防弾ガラスで声は聞こえないが、叫んでいるのは想像できた。
生徒会を召喚したという、科学者たちだ。
そしてチェ連の法律では、今の内閣。
それが次々に外へ飛び出しそうな勢いで、窓から身をだす!
感情が混乱しているらしい。
車内から体をシエロ達に掴まれながらも、体をくねくね不気味に動かしている。
動きは、長い間閉じこもったにしては、激しく見えた。
その内の一人、現書記長が戒めを振りほどいた。
そして、地面に落ちそうになりながら、嘔吐した。
興奮しすぎて気持ち悪くなったらしい。
他の科学者達も、次々に嘔吐していく。
あまりの光景だからか、一緒に乗っていた自衛官たちが自分からやって来た。
抱き起こさして運んで行く。
もう、自分で立てる者はいなかった。
前藤らは、チェ連の科学者達がいた場所については聞き及んでいた。
実験対象とされた異能力者たちを閉じ込めたという、分厚い壁で覆われたビル。
壁沿いにコンピュータがついた席が並び、中央には螺旋階段。
宇宙ステーションさながらの、閉鎖された空間でも命を長らえる設備。
そして、集団を生きたままほったらかしにした時にだけ発する、悪臭があったと聞いた。
前藤は、その空間で科学者たちが走ったりしながら体力を維持しているところを想像してみた。
あの不気味な動きは、その劣悪な環境がしみついたのか? そう思えた。
改めて周りを見る。
あの時フセン市役所に詰めかけた難民たちがいる。
何千、何万ともわからない人々が、グラウンドをはみ出し、不安な顔で埋めていた。
人々の間に、泣き叫ぶ赤ん坊が見えた気がした。
前藤たちは、魔術学園へ登らなくてはいけない。
そこに、留守をまかせた副総理達がいるからだ。
だが、難民の人数を考えると通るのは当分無理に思えた。
後ろも振り返ってみた。
昔ながらの木と瓦の一戸建て、商店が並ぶ。
所々見えるのは、3階から5階建てのビルの頭だ。
その向こうは見えないが、中ぐらいの漁港がある。
海にはPP社のもつ異次元急襲揚陸艦、ファイドリティ・ペネトレーターが停泊している。
ぺネトという呼び名を持つ、人と変わらない人工知能で彩られた一人のキャラクター。
スイッチアヘの門、ポルタを発生させる船だ。
ここにいる避難民は、皆ペネトのポルタから出てきた。
『あれ、待ってください』
他のSUVに乗る、外務大臣の井田 英雄だ。
『スイッチアの生き物を救ったにしては、三種族が全く見えないのですが? 』
官房副長官、正院 恵がとなりにいた。
『プレシャスウォーリヤー・プロジェクト。
生徒会が準備していた、一大脱出計画ですよ。
まず事前に選んだものを脱出させ、それが無事に地球へ渡ったことを見せることで、他の者も逃げる気にさせる。
そう言う計画です』
海まで、およそ1キロ。
そこまでの道は、車道も待機中の戦車も何もかも無視して、避難民が埋めている。
しかも雨……。
そのことが、前藤の過去の記憶を呼び覚ました。
「越智理事長! 今すぐ避難民を学園に避難させてください! 」
総理の言葉に、越智理事長からは息を呑む声。
「あるんでしょ? 津波が来たとき、市民を避難させる防災計画が」
前藤の続く言葉がまるで冷水であるかのように、越智のからだは震えだした。
そして帰ってくる言葉も、震えがましていた。
『な、難民キャンプについては、周辺自治体と協力し、準備しております。
しかしながら、準備不足で……』
前藤は、その言葉に腹が立ってきた。
「それでは手遅れになります!
聞いたことないですか?
大航海時代の船乗りが、未知だった大陸で病原菌を持ち込んだり、持ち込まれたり! 」
似たようなことが、前藤自身にもあった。
記者時代に、アフリカの山奥にある紛争地帯を取材したときのことだ。
交通機関は全て停止。
結局、野山を超え、自分で歩いていった。
そして到着はしたものの、体力の低下によって風土病にあたった。
あの時も、そんなに激しくない雨が降っていた。
「だから、彼等の健康には、細心の注意が必要なのです! 」
それを聞いて越智はのけぞった声。
『た、直ちに受け入れます! 』
だが、すぐに問い返して。
『あの、スイッチア人が持ち込む武器などについては……』
前藤は、更に腹が立ってきた。
「それに関しては、こちらで処置します! 急いでください! 」
言われた越智は、今度こそ電話を切り、取り掛かった。
その様子を感じて、前藤は新たな不安にかられた。
「事前に準備をするようたのんでおいて、未だに整わない。
実行する側に、迷いでもあるのでしょうか? 」
防衛大臣に言われるまでもなく、総理大臣は確信めいた気持ちにたどり着く。
「俺たちが、ふがいないからかもしれないな」
「そんなことはありません! 」
いきなり声をかけられた。
助手席に乗っていた、秘書官だ。
「あれを見てください! 」
無遠慮なまでに、総理大臣と防衛大臣の間に腕を伸ばし、海へ続く道を指差した。
「彼等を取り戻せたじゃないですか! 僕達は勝ったんです! 」
居並ぶ戦車よりなお大きい、銀色の戦車がやってくる。
変形ロボット、オルバイファスの戦車形態だ。
続くのは、建機形態のダッワーマとクライス。
50メートル級の宇宙人達が続く。
銀色の甲殻に青く輝くライン。
4本足に、人間に近い上半身。
ただし左腕はハサミのような、ワニの口のような形をしている。
ハイパーバルケイダ星人のジル。
カマキリを2足歩行にしたような、両手に大鎌を持つカーマ。
青い肌と鬼のような角を持ち、手には身の丈ほどのハンマーを持つディミーチ。
空から雷にしては長い音と光が降ってきた。
『ノーチアサンが、自力でポルタを作って帰ってきました』
サメに似た宇宙戦艦が空を行く。
青い龍神サイガと、大ガラスにタコの足をはやしたような戦闘機ロボット、フリーヤが続く。
『すべての生徒が帰還完了したとのことです』
少し、自信を取り戻せる光景だ。
『しかし、物資が届きにくくなっているのも事実です』
外務大臣の井田の言葉が、冷水のように興奮を冷やした。
『ここは半島ですからね。一本の大型街道と船便に頼っていました。
民間の輸送は、この数日間ほとんど休止しているのです』
官房副長官も報告に続く。
『昨日からの武力衝突以降、付近の住民に避難命令をだしています。
しかし、過疎地とは言え10万近い人口です。
あちこちで渋滞や事故が発生しているということです。
この街にも、様子を見たいと居残っている人がたくさんいます。
また難民を保護するには、人数が足りないという報告も来ています』
その時だ。
空からまた雷のような、より長い音と光が降ってきた。
それも一つ二つではない。
重なり合う音が、重い防弾窓ガラスをビリビリ揺るがした。
「ポルタか? いったい誰が」
その直後、居並ぶ山の比較的高くなったところで、閃光が走った。
そこには、白い風力発電用のプロペラが目立っていた。
「何? 」
それが、根本から折れ、光の中に溶けてなくなった。
光が、キノコ雲に変わっていく。
直後、大音響の爆音が。
『なんだ!? 今の爆音は! 』
「隠れてください! 」
前藤がそう言って、自らもそれに従う。
それが精いっぱいだった。
直後、熱い爆風が装甲化により重量も増加したSUVを揺さぶった。
中の人間も、容赦なく打ちつけられた。
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