第11話
安辺さんの職場に戻り、現状集まった情報を報告。まだピースが足りない。安辺さんにも順位について聞いたことはないかと確認してみたが、なかったという。
1位となっている阿藤さんにも訊いてみた。するとちょっと早口で返ってきた。
「8位が壱松で10位が資島だったかな。もう断片が見つかっている情報で申し訳ないけど」
眼鏡をしていてせわしなくそれをいじったり、キーボードに手を這わせたりしている。阿藤さんはちょっと忙しい性格、といった印象を受けた。
「その順位についてはどう思われますか?」
六波羅さんがそう訊いた時、ちょうど阿藤さんの電話が鳴った。ごめんなさいの手振りをされたので、引き下がる。まあ、そこは大した質問じゃないし良いか、という感じで次へ。
土能さんは少し厳しい目つきの女性だった。
「こんなデタラメな順位で腹立たしいです。公指君は2位だったか5位だったか……でも、公指君だったら2位でもおかしくないですね。私が4位って何を基準に言っているのか分からないです。資島さんだって……」
目つきにたがわず言葉の方も厳しい感じだった。
「そうですか。では妥当ではない、と?」
六波羅さんが尋ねると、土能さんは更に言葉を重ねた。
「当たり前です。完全な独自基準であなたは4位だなんて言われて、不愉快です! 自分も大したことできないくせに偉そうに仕事のことを語るのが本当に嫌でした」
吐き捨てる調子に気圧されてしまう。心底嫌いなようだ。
次に、州輪さん。童顔な男性、という印象。
「僕もちょっと、飲み会で仕事の話はなぁ、と。いや自慢とかでなければ別に良かったんですけどね。ちょっと説教くさいというか、そこら辺ちょっと気を遣ってくれればなぁ、と。僕が6位で阿藤さんが1位、あの人のレベルを目指せって言われました」
言葉の調子が良くて、あまりはっきりとは言わない感じ。どこに行ってもそこに溶け込めるタイプかもしれない。
六波羅さんはそこで、はて、と首をかしげた。ただ、何に引っかかったのかは告げずに次へ行く。次は市野さん。線が細くて背が高い男性。
「僕は順位と言われてもピンとこなかったので、僕が7位で4位が土能さんだから、とりあえずそこを目指せって言われましたけど……特に気にとめていなかったです」
市野さんはあまり興味が無かったようだ。僕らにもあまり興味がないようで、すぐに画面に顔を向けてしまった。
すると六波羅さんが更に首をかしげた。どうしたんだろう。それから彼女はおもむろに歩き出し、弐平さんのところで止まった。
「あなたは何か聞いていますか?」
すると弐平さんは俯いてしまった。言いにくそうにしている。それからじれったいような時間が過ぎ、ようやく口を開いた。
「わたしは、みんなが言うほど中垣さんが酷い人だとは思えないんです。一応わたしも順位を聞いていますけど、それは刈葉さんが……」
「どうせ9位だろう!」
刈葉さんが割って入ってきた。その顔にはイラつきが滲み出ていた。それから刈葉さんの導きで休憩室へ。話しておきたいことがあるという。
「お二人にいったい何が?」
六波羅さんは核心をついたような訊き方をした。彼女がさっき首をかしげていたことからきた質問なのかもしれない。
すると、刈葉さんは嘲るような口調で言った。
「あいつ……弐平は、中垣とデートしてたんですよ。しかも付き合っている男がいながらね」
衝撃の事実だった。なんということだろうか。
「ほほお、そういうことがあったのですか」
六波羅さんも興味深そうに先を促した。
「弐平は中垣が好きだから良い顔をしておきたいんでしょう。だから庇ったりするんです。事件の解決の方が重要だというのに、困ったものですよ」
この言葉に僕は電撃に打たれたような思いだった。
喫茶店で六波羅さんが言っていた言葉と同じような気がする!
僕ら三人は顔を見合わせた。刈葉さんこそ信用に足る人なのかもしれない。
それから刈葉さんが手持ちの情報を見せてほしいというので、提示した。
【1位:阿藤 3位:安辺 4位:土能 6位:州輪 8位:壱松 10位:資島】
これが確定情報。未確定情報は。
【5位:公指 7位:市野】……壱松さん証言。
【2位:公指 7位:市野】……資島さん公指さん証言。
【8位:壱松 10位:資島】……阿藤さん証言。
【2位か5位:公指 4位:土能】……土能さん証言。
【6位:州輪 1位:阿藤】……州輪さん証言。
【7位:市野 4位:土能】……市野さん証言。
これに目を通すと、刈葉さんは自信を持って頷いた。
「それなら、こうですね。実力的に2位が公指で、次は中垣は甘くつけているだろうから5位が弐平、7位が市野というのは確定でしょう。で、9位が僕だと思います。僕は嫌われているでしょうからね」
次々と理由も挙げながら穴あき部分を埋めてくれた。まだ知らなかった人のフルネームも記入してもらい、一覧ができあがる。
【1位:阿藤瑛都(あとうえいと)】
【2位:公指慶太郎(こうしけいたろう)】
【3位:安辺大衛(あんべだいえい)】
【4位:土能夕香(どのうゆうか)】
【5位:弐平亜果莉(にひらあかり)】
【6位:州輪真査緒(しゅうわまさお)】
【7位:市野鉄太(いちのてった)】
【8位:壱松隆弘(いちまつたかひろ)】
【9位:刈葉候周(かりばこうしゅう)】
【10位:資島叶多(ししまかなた)】
これで順位表が完成した。ここからパスワードが導き出せるはずだ。
刈葉さんは執務室へ戻っていき、僕らはこの順位表を前に考え始める。
「どうですか、これで解けそうですか?」
期待を込めて僕が言うと、六波羅さんは困った表情をした。
「駄目だな、まだ来ない」
「おかしいなあ、ピースは揃ったように見えるのに……」
御厨さんが首をかしげる。
「ピースが揃っていないのかもしれないし、単に私に見落としがあるだけかもしれない。でもせっかく作った一覧だ、ここから導き出せる範囲でやってみようか。視野を狭めるのはあまり気が進まないのだが……」
六波羅さんはそう決断すると集中状態に入った。一覧の紙に顔を近付けひたすら目で追い始める。
しばらくして御厨さんが呟いた。
「弐平さんとか市野さん、壱松さんとか、数字にできそうな人が多い気がする」
「本当だ。刈葉さんも資島さんも数字にできそうですね。てことは、やっぱり名前を変換すれば良いのかも」
僕が続いた。これはもうあと一歩でできそうだ。
「阿藤瑛都って……えいとが『8』? 他は、うーん……」
「土能夕香……ゆうって『u』じゃないですか?」
御厨さんと僕で謎解きしていく。でもここら辺が限界だった。
六波羅さんがすっと顔を上げ、一つ頷いた。
「よし、これで行こう。私に語らせてくれ……!」
どうやら彼女の解答が出たようだ。僕はノートPCを取り出し、渡す。しっかり充電済み。このノートPCの充電と車にあるプリンターの紙の補充は僕が担当で、出発前と後に必ず気にするようにしていた。
幸いここには職場の人がいないので、悠々と執筆してもらう。誰かが休憩に訪れた場合は説明しなければならないが。
六波羅さんはどうもつっかえつっかえ執筆しているようだった。キーボードの音が若干途切れがちである。
しかし、今回は一時間程度で書き上がった。彼女が一度エレベータで下りて行き、しばらくして戻ってくると、少ない枚数の原稿が握られていた。
「では読んでみてくれ」
僕と御厨さんはテーブルに原稿を置き、読み始めた。
〈亜果莉は燃えていた。恋に燃えに燃えていた。それは山火事のごとく燃えていた。
嗚呼、いけないことではあるのだけれど。
いけないと知っているからこそ燃える。だが火事に火傷はつきものだ。亜果莉は火傷してでもいけない恋から抜け出せなかった。リクトを差し置いて耕平とデート……誰かに見られてしまったらどうしよう、もしリクトの耳に入ってしまったらどうしよう。〉
でもそんな危うさもスパイス、みたいなポエムが冒頭から続いていたのでいたたまれない気持ちになった。こういうのを『甘い系』というのだろうか? 僕には分からない。
その後、やっぱり刈葉さんに目撃されてしまうという一幕があり、中垣さんも弐平さんも孤立してしまった。中垣さんは前から周囲との折り合いが悪く、これ以降更に悪化。みんなの嫌われ者となってしまう。
そういったストーリーを読んでいて、僕はふとあることを思った。
「あの、これって最後の方さえ見ればパスワードが載っているはずでは……」
すると僕の顔は両側から六波羅さんの手に挟まれた。凄絶な、それでいて鋭い笑みを貼り付け、鼻先が一センチもないほど顔を近づけてきた。視線が超接近し、外せないように絡めてくる。それから僕を掴む顔もミシミシと凄い力で圧迫され、悶絶しそうになった。
「君は、ストーリーを、読まずに、解答だけ、見るのかい……?」
ゆっくりと、それでいて優しい声で、もう一つ言えば、返事を間違えると僕の顔が大変なことになりそうな迫力だった。
「ストーリーを……読ませていただきます」
僕は顔を挟まれているので、殆ど口がひょっとこみたいになりながら言った。そうして出てきた声も何だか変な声になっていた。
「君は見るではなくちゃんと読むということだね?」
「はい、読ませていただきます」
「……よろしい」
六波羅さんの手も顔も離れていった。死ぬかと思った。
いや、でも、今のは僕が全面的に悪い。六波羅さんは小説家だ。彼女がせっかく書いた作品を、僕はないがしろにしてしまった。怒るのも無理からぬことだ。
「これはね、彼女がわたしたちに協力する条件でもあるの。これは作品なんだから、ちゃんと読むこと、がね」
御厨さんが指を立てて説明してくれたので、僕は頷いた。
「すいません、分かりました。六波羅さんはプロですもんね」
何せ作品の方向性を変えたら旧作を全て破棄してしまうほどプロ意識が高いのだ。こちらもしっかりプロの原稿を読ませてもらっていることを自覚しなければならない。
だが、六波羅さんはそれを聞くと急に表情を失くした。
「いや、プロではないさ。私は……寧ろそれとは対極にあると言って良いだろう」
表情には出ていないが、その声には気落ちしたような、物悲しさみたいな何かが含まれていた。
「ま、まあ書くことで人助けになっているんだから良いじゃない!」
御厨さんが慌てたようにフォローする。触れられたくない所を覆い隠すかのように。
何かあったのだろうか。まあ、確かにどんな背景があろうとも事件の解決で人助けになっているのだから誇って良いことだとは思うけど。
六波羅さんは自嘲するような調子で言った。
「私が本当に助けたいのは、自分だよ」
それは謎めいた言葉だった。
人助けをしているのに自分を助けたい?
堂々巡りのような、それか矛盾して成立しないような文章題。もしくは僕の苦手な知恵の輪か。
これは影だ。FBI元捜査官に認められたことや留学中にズバッと事件を解決してしまう輝かしい彼女の輪郭に落ちた、小さな影。
彼女のことをもっと知りたいと思う僕には頭にこびりつきそうな謎となりそうだ。
気を取り直し、再度紙面に視線を落とす。
人間関係は公指さんや刈葉さん資島さんが特に中垣さんを嫌っているようで、他の人もあまり良い印象を持っていなかった、ということが職場の日常と共に描かれている。
それから、遂に核心部分に来た。
〈耕平は全てを捨て去りたくなった。パスワードを作成し、データをロックして行方をくらます決意をする。そこで、順位表を思い浮かべた。
そうだ、みんなの名前を文字列に変換しよう。
阿藤瑛都(あとうえいと)の『あとう』は【@】にした。
公指慶太郎(こうしけいたろう)の『けい』は【k】。
安辺大衛(あんべだいえい)の『だいえい』は大文字の【A】。
土能夕香(どのうゆうか)の『ゆう』は【u】。
弐平亜果莉(にひらあかり)の『に』は【2】。
州輪真査緒(しゅうわまさお)の『お』は【o】。
市野鉄太(いちのてった)の『いち』は【1】。
壱松隆弘(いちまつたかひろ)の『いち』も【1】。
刈葉候周(かりばこうしゅう)の『ば』は【8】。
資島叶多(ししまかなた)の『し』は【4】。
こうしてできあがったパスワードは――〉
【@kAu2o1184】
これが、できあがったパスワードだった。
僕は見事な推理に唸った。特に『@』のところはそうきたか、と思ってしまう。さすが六波羅さんだ。
見事に全員の名前を文字列に変換できた。これは手応えあり。全員が何かしらの文字に変換できるなどという偶然はないはずだ。これを入力すれば解決だろう。
「では早速行きましょう!」
僕は興奮気味に言い、執務室へ向かった。部屋に入ると全員の注目が集まる。僕の顔を見れば良い報せを持ってきたことが伝わったのだろう。みんなが集まってきた。
助手だけど探偵を気取るように、僕は中垣さんの席へ歩いて行く。伏し目がちにし、口元には微笑をたたえて。そして充分に間をとると、口を開いた。
「謎は全て解けました……」
人生初の決め台詞。仮に後で自分の姿を見たら恥ずかしさで立ち直れなくなりそうだけど、撮影役の僕が前に出ているため今はビデオカメラはバッグの中だ。
周囲におおっ、という感嘆の声が広がる。
僕はまるで自分が解いたかのように推理を語った。
「これは順位の順番に、人の名前を文字列に変換していけば良かったのです。まずは阿藤さんの場合、阿藤瑛都(あとうえいと)の『あとう』は【@】に。それから……」
六波羅さんの推理の通りのことを並べていく。
「……最後に資島叶多(ししまかなた)の『し』は【4】。これらを繋げたものが、今回の事件を解決する、パスワードです……!」
僕の力説に周囲は更に感嘆の声を強めた。これはいけるんじゃないか、とみんなの期待が伝わってくる。
満を持してPCに向かう。スリープ状態だったようで、マウスを動かしただけで画面がついた。画面の中央に鎮座するアイコンをダブルクリックする。
パスワードの入力欄にゆっくりと正確に打ち込んだ。
【@kAu2o1184】
最後のエンターキーは、ピアノの演奏であるかのようにタンッと弾みをつけて打った。自分なりに格好つけたつもりだ。そしてニヒルな笑みを浮かべる。
ブブー。
無情な音と共に、『パスワードが間違っています』と表示された。
「ほらこれで……ってあれ?」
僕は格好つけたまま硬直してしまった。なぜ? どうして? そんなバカな。
混乱した僕は、再度同じパスワードを試す。慎重に、何度も確認しながら。
だが何度やっても同じだった。『パスワードが間違っています』の表示。
しばらくして、僕は周囲から冷たい視線が注がれていることに気付いた。冷汗が出た。誰かがぼそりと『だめじゃん』と呟いた。
どうしたらいいのか分からない。これだけ注目を集め、期待まで集めてしまって。
そこで御厨さんが動いた。
「ちょっと読みが違ってたみたいなので、仕切り直しますね!」
そそくさと僕を引っ張って退散していく。助かった。
休憩室まで逃げてくると、御厨さんは深い溜息をついた。
「はあー……ちょっとあれは格好つけすぎよ。ちょっと試してみます、という感じで行けば良かったのに、推理を披露し始めちゃった時にはハラハラしたわ」
「返す言葉もないです……今思い出すと本当に恥ずかしい。カメラが回っていないのはせめてもの幸いでした」
僕が安堵の表情を浮かべると、六波羅さんが僕にビデオカメラを向けてきた。
「いや、バッチリ撮れてたよ? 幸いなことに」
寒気が走った。起きてはいけないことが起きてしまっていた。高校生の時、親に見つかりたくないDVDがいつも食事しているテーブルにそっと置かれていたことがある。それを発見してしまった時の気持ちに似ているかもしれない。
「え、ちょっと待って下さい。どうしてビデオカメラを?」
「君が係なのにそれを放棄したからさ。代わりに私が働いてしまったよ。本来ならバイト代を請求したいところだが、良いのが撮れたから構わないよ」
「そのビデオカメラを今すぐ返して下さい。個人的な事情で大事な操作をしなければなりません」
「どうして? これ以降は私が撮影係でも構わないよ」
「いえ、それは悪いんで僕がやります。今すぐ返して下さい」
「そうだ、君の名前をまだ教えてもらっていなかったね」
「返してくれたら教えますので、返して下さい」
「円周率を全部言ってくれないか?」
「3.1415……って終わりがなかった気がします。返して下さい」
「男がホテルに誘う常套句は何だっけ、ほら……今夜は君を」
「返さない。いや、返して下さい」
それから僕と六波羅さんの攻防は五分も続いた。
六波羅さんって意外とお茶目なところもあるんだな。
僕は返してもらったビデオカメラを操作し、たった今できた黒歴史を消去していく。
パスワードの牙城は思ったよりも堅牢で、簡単には崩せなかった。
それに、六波羅さんの謎めいた言葉。
本当に助けたいのは自分……
これは一筋縄ではいかないようだ。
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