第13話捕らわれの礼次郎
「何だお前ら!放せ!」
縛り上げられた礼次郎が叫ぶと、
「放せと言われて放すバカがどこにいる?おとなしくしろ!」
一人が言った。
「この時分にこの辺を歩いてるとはきっと城戸から逃げて来た者だろう、うまくいったな」
別のもう一人が満足げに言った。
礼次郎は相手の面々を見回した。
暗くてよく見えないが、いずれも軽装で刀を腰に帯びているのみで、徳川、北条の兵には見えない。
「お前らは何者だ!?」
礼次郎が聞くと、
「そんな問いに答える必要はない。こちらこそ聞かせてもらおう、お前は城戸からの落武者か?」
礼次郎は睨んだまま黙った。
「答えろ!」
「・・・・・・」
「言えっ言わねえとたたっ斬るぞ!」
一人が凄んだ。
「・・・・・・」
礼次郎が変わらず無言のままでいると、
「この野郎、ぶっ殺してやる!」
一人が刀を抜いて振り上げた。 すると別の者が、
「待て待て!せっかく捕えた者をここで殺してしまってはもったいない」
と、制した。
その者は続けて言った。
「刀は持っているが甲冑は来ておらん、落武者とは思えんな。しかしこんな時にこの辺にいるのは城戸から逃げて来た者に違いあるまい。連れて帰って殿に報告だ」
「よし、そうしよう」
「歩け!」
礼次郎は後ろから背中を蹴られ、歩かされた。
彼らは松明をつけ、礼次郎を囲んで歩き出した。
礼次郎は逃げ出す機会を伺っていたが、両手を後ろに縛られている上、左右前後を彼らに囲まれてしまっているのでとても逃げ出すような隙が無い。
しばらく行くと、少し開けたところに出て、馬が何頭か繋がれていた。
彼らは礼次郎を馬に乗せ、風を切ってどこかへ向かって走り出した。
山を降りて平地に出て、しばらく走ると、再び別の山に入った。
礼次郎にはどことなく見覚えがある。
とりあえず彼らは徳川、北条の者ではないようだ。
山道を少し馬で上がると、
「おい、ここからは歩きだ、そしてここから先は他の者には見せられねえ、お前は目隠しだ」
と、礼次郎は馬から降ろされて布で目隠しをされた。
礼次郎は言った。
「お前らは何者だ?山賊か?」
すると、
「余計な口を聞くな!」
いきなり顔を殴られた。
別の一人が、
「おいおい、そこまでしなくてもいいだろう。それにここまで来たらこいつはもう逃げられねえ、教えてやろうじゃないか」
「む・・・確かにそうだな」
「おい、お前はもう逃げられないから一つ教えてやるぜ。俺たちは美濃島党だ。そしてここは小雲山、俺たちの根城だ」
「何だと・・?」
礼次郎は驚いた。
そして思い出した。そう言えば今日の昼間、最近美濃島党の連中がこの付近をうろうろしていると順五郎が言っていた。
美濃島党、美濃島衆とも言うその集団は、元々はこの近隣にある大雲山の麓の大雲村や、美濃島と言われる一帯に勢力を持つ国人衆である。
精強な騎馬兵で有名で、かつては武田信玄の武田家に属していたが、武田家滅亡後に勃発した天正壬午の乱では、その騎馬兵をあちこちの勢力に貸し、近隣では有名な存在であった。
その美濃島党が何故かこのような人さらいのような真似をし、しかもこのような山が根城だと言う。
――これではまるで山賊じゃないか。
しばらく歩かされ、建物の中に入った。
中はひんやりと冷たく、そして何やら騒がしい。多くの人の声が聞こえる。
廊下らしきところを通り、しばらく歩いたところで、
「よし、座れ!しばらくすると我らの頭領が来る」
と、言われ、礼次郎は座らせられた。
そして目隠しを外された。
礼次郎は目を見張った。
そこはとても大きな広間で、天井も高い。
正面中央の壁には何やら絵が描かれており、その前には大きな椅子があった。
両の壁際にはいくつもの行燈と少しの蝋燭が煌々と灯されており、室内にはある程度の明るさがあった。
そしてその壁沿いには武器を持った男達、そして驚いたことに女達も武器を持って整列していた。
――何だここは?
異様な空間であった。
山賊の山塞のようにも見えるが、山塞のような雑な造りではなく、城のようにも思える。
「おい、お前らは本当に美濃島党か?」
礼次郎が聞く。
すると、先程まで礼次郎を連行して来ていた一人が正面中央の脇に立って言った。
「もちろんだ」
「オレをさらう目的は何だ?それに美濃島党ともあろう連中が何でこんなところを拠点としている?」
すると、その男はじろりと礼次郎をにらんで、
「もうすぐ頭領が来る、黙って座ってろ」
と、言った。
ほどなくして、
「殿のお着きだ!」
声が上がった。
両脇に整列していた者たちの間に緊張が走った。
そして前方右側の廊下より一人の人間が入って来た。
細身の身体つきのその者は、入って来て広間を見回すと、正面中央の大きな椅子に腰かけた。
そして礼次郎を一瞥した。
その者はすらりとした細身の体型で、無造作に後ろに束ねた長い髪は絹の如く艶やか。
触の灯に照らし出されるその顔は人形のように端正であり、肌は透き通るように白く、薄く紅い唇と長い睫に少し吊り上った目が印象的であった。
そして気怠そうな表情と佇まいからは匂い立つような色香が発せられていた。
「女だったのか・・・」
礼次郎が呟いた。
美濃島党の頭領は妖艶な美女であった。
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