第47話 玩具

 何やら遠くが騒がしくなって来た。

 大声やら走る足音が聞こえてくる。

 合図に気付いた真田の忍びたち、そして真田家の侍たちが動き始めたらしい。


「とりあえずどうすればいいんだ?」


 礼次郎が周りを気にしながら聞くと、ゆりは、髪を乱雑に束ねて結い上げながら、


「本丸の南側は切り立った崖、西側の曲輪に通じている橋はこの時間帯はかけられてない。北側は深くて幅の広い堀がぐるっと西側まで囲ってる。城の外に出るには唯一三の丸の大手門から抜けるしかないの。そしてこの二の丸から三の丸に行くのにも橋は一つしかない」


「じゃあその橋に向かおう」

「こっちよ!」


 ゆりの案内で二人は夜の暗がりを駆け出した。


 蔵や小屋、屋敷などが立ち並び、その間に路地が形成され、まるで迷路のようになっている上田城。

 ゆりの案内で、両脇が蔵になっている細い路地を走った。

 が、その行く先の道を曲がろうとしたその時、角から飛び出して来た三人の人影。


「城戸礼次郎か!」


 それは真田家の侍たちであった。


「ゆり、後ろに」


 礼次郎が刀を抜いた。ゆりは後ろに下がる。

 相手の三人もまたそれぞれ刀を抜き、


「おとなしくしろ!」

「やれ!」


 と、一斉に襲いかかって来た。


 一人が上段から振りかぶって来ると、礼次郎は素早く反応して後ろに飛び退き、相手の刀が空を斬った隙に今度は礼次郎が飛んで行き突き伏せた。

 息つく間もなくもう一人が右から斬りかかって来ようとしたところ、礼次郎は右脚を振って蹴り飛ばす。

 そして左から来るもう一人が斬りかかって来たところ、礼次郎は左によけると同時にその腹に右払いを一閃した。礼次郎の着物が血飛沫に染まった。


「くそっ!」


 蹴られて転んでいた一人が起き上がって飛びかかって来た。

 礼次郎は受け止め、数合打ち合うと、狙い澄まして袈裟切りに斬り伏せた。


「わ……」


 またもゆりはその一連の早業に目を丸くしていた。

 礼次郎は刀を納めると、


「よし、急ごう」

「うん、こっちよ」


 しかし、後方から大声が聞こえた。


「いたぞ!こっちだ!」


 振り返ると、後方少し離れたところに見えるのは三人の忍び装束の男たち。

 三人は礼次郎とゆりの姿を見つけるとこちらへ駈け出して来た。


「まずい、早く!」

「うん」


 ゆりを前に二人は走り出した。

 ヒュンッと何かが光って礼次郎の右耳をかすめて飛んで行った。


「うっ……」


 礼次郎が右手で右耳を押さえてみると、その手に血がついた。


「吹き矢か! まずい、急げ!」

「うん!」


 角を曲がり、しばらく走り、左右に分かれている道を右に曲がった。

 しかし曲がって走ったその先は、


「行き止まりだ!」


 高い塀が目の前を阻んでいた。


「大丈夫、こっちよ!」


 ゆりは左にある木造の小屋の戸を開けて中に入った。

 礼次郎も追って中に入る。


「戸を閉めて!」


 礼次郎は慌てて戸を閉めた。


 そこは木材などを保管してある小屋であった。


「こっち!」


 と、ゆりは入口と反対側の部屋の奥へ走る。


「この木材をどけるの、手伝って!」

「わかった」


 礼次郎は応じると、そこにあった木材を掴んでどんどん後ろに投げて行った。

 しかし木材を全てどけても、


「何もないぞ」

「大丈夫、ここの壁を思いっきり蹴ってみて」


 ゆりは指差した。


「?」


 礼次郎は言われる通りに、力を込めて壁を蹴った。

 すると、そこの部分だけが縦長の長方形の形で向こう側に倒れ、外が見えた。


「隠し扉か」

「そうよ、さあ」


 二人はそこから外に飛び出した。

 出たそこはまた細い路地になっており、右側は屋敷と蔵が立ち並び、左側は高い塀。その塀の向こう側は二の丸を囲む堀が流れているようだった。


「こっちよ! ここを真っ直ぐ行けば三の丸に行ける橋があるから」

「よし」


 二人はその方向へ走り出した。


 だがしかし――


「城戸礼次郎だ!」

「逃がすな!」


 またも前方少し離れたところよりその行く手を阻む三人の真田家の侍。それぞれが刀を薄闇に光らせた。


「またかよ!」


 礼次郎は舌打ちして刀を抜いた。

 そしてその三人に向かって駆け出そうとしたところ、


「いたぞ!」

「やっぱりこっちか!」


 と、今度は後方より大声が聞こえた。


「何……」


 礼次郎は驚いて振り返った。


 そこには後ろ遠く、四人の忍び装束の者がさっき礼次郎らが抜けて来た小屋から飛び出して来たところであった。

 先程後ろより追いかけて来た三人が、それに応援に駆けつけて来た一人を加え、小屋の隠し扉を通って追いついて来たのであった。


 ヒュッと何か光る物が飛んで来た。


「危ないっ!」


 礼次郎は咄嗟にゆりの肩を掴むと、ゆりごと身を屈めてよけた。


「あっ……!」

「くそっ」


 礼次郎は唇を噛むと、


「しまった、挟み撃ちだ。流石にこれだけの人数を相手に前と後ろからでは……!」


 とても応戦できるものではない。


「逃がすなっ!」

「だがゆり様は傷つけないように気をつけろ!」

「おうっ!」


 後ろからは四人の忍び、前方からは三人の真田侍がこちらへ向かい凶刃を煌めかせて駆けて来る。


「まずい」


 どうすればいいのか、礼次郎は必死に考えを巡らす。

 その側でゆりも緊張した顔で観音菩薩の木像を握っていたが、彼女はふーっと息をつくと、意を決して言った。


「大丈夫よ、後ろは任せて。礼次郎は前を!」

「え?何を言って……」


 礼次郎が戸惑ってゆりを見ると、彼女は腰帯から何かを取り出していた。


「あ! それは?」


「私が作った鉄砲よ」


 それは普通の火縄銃よりもかなり小さい鉄砲、いわゆる短筒であった。

 ゆりは短筒を更に弄り、非力な女性でも片手で扱えるように改良していた。


「まだ一度も試し撃ちをしてないんだけど」


 ゆりが言いながら、早合と言う弾と火薬を一緒に入れた筒を取り出し、銃に装填した。

 そして火縄に火をつけ、火鋏に挟んで右手で握ると前方に突きだした。


 あっと言う間に射撃準備は完了した。その射撃準備時間の速さはゆりが独自に改良したからである。

 加えて、ゆりは度々火縄銃の練習をしていたので、射撃の一連の動作には慣れていた。


 しかし人を前に銃を持つのは初めてである。


 加えてこの短筒はまだ一度も試し撃ちをしたことがなく、うまく発砲できるかどうかはわからない上に暴発の危険性すらあることから、ゆりの心臓の鼓動はいつもよりも速くなっていた。


「おお、手慣れたもんだな」


 ゆりのその慣れた射撃動作に礼次郎が驚くと、


「礼次郎、前!」


「ああ、そうだった」


 前を向くと、三人の真田家の侍はもうすぐそこまで迫っていた。

 礼次郎は身を低くして一番右の相手に斬りかかって行った。


 そして後方では、ゆりが短銃を構えたのを見ると、四人の忍びたちは脚を止めた。


「おい、鉄砲だぜ」

「気をつけろ……」


 明らかにたじろぐ四人。

 しかし、そのうちの一人がすぐに思い直して叱咤する。


「怯むな! どうせ脅しの為の偽物だ、こけおどしの玩具おもちゃだ!」


 そう言って臆することなく駆け出して来た。


 するとゆりは短銃の火蓋を切った。


「玩具? そうよ、作ったばかりなの、だから遊んでね!」


 ゆりは引き金を引いた。

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