第2話 凉城と僕

「言っちゃうよな。そこはオッケー言われてんだもん」

「で、そこ。ハルは瞬速で振られたんだっけ?」

 未だに未練がありそうなその初恋の話を、セリが聞くのはこれが初めてではない。もう、そらで言えるほど、小学校の頃から何度となく繰り返し聞かされている。

「…というか、言った途端に、思い切り悲鳴あげて逃げて行っちゃってさ。それっきり、みたいな?」

 春が自嘲ぎみに笑う。

「で、その後、春ちゃんは事故って長期入院してたんだっけ?」

 話の展開はもう分かっているから、芹は適当に合いの手を入れる。

「そう、間の悪いことにね。車にぶつけられたんだよな、思いきし。で、彼女を探しにも行けなくて、それきり。凉城スズシロには、無暗に名前を口にした報いだとかなんだとか、さんざん嫌味言われてさぁ…全く。そういう時はさ、普通、労わりの言葉とかが先に来るもんなんじゃないの?」

「凉城さんは、心配性だからさ、そこは仕方ないよ」

 あの時の凉城の憔悴ぶりを知っている芹としては、彼を庇いたくなる。このご主人様は、あの人の『ありがたみ』というものを全く分かっていない。


「下僕のくせにさ、常に説教くさいんだよ、あいつは…」

「下僕といえども、兼教育係ですからね。一応」


 きっぱりとそう言い切った声にドキリとさせられて、揃ってそちらに顔を向ければ戸口のところに当の本人がいて、お茶セットを片手に立っていた。

「あ、お邪魔してま〜す」

 芹が愛想よく挨拶をする。

 芹は、何と言うか、この口うるさい凉城に、あろうことか憧れているという。『仕事の出来る男かっこいい』と言った類の寝言を、芹が言うのを、春はよく耳にする。それが又、春的には面白くない。


 元々、凉城は、春が小学校に入ったのと同じ頃、家庭教師としてこの家に来た。

 年齢は十しか離れていない。詳しい事情は聞いたことはないのだが、身寄りはない様で、春の勉強を見る代わりに、うちで学費の面倒をみているとか、そんな話だった。

 そんな兄のような凉城に、春はすぐに懐き、その存在を気に入ったから、名前を教えた。そして、彼は自分の下僕になった。今から、七年前のことだ。


 で、そのことがあり、結果、今では、凉城は有能な執事として、自分の身の周りの一切合財を面倒見てくれている。

 自分はその下僕のご主人様なのだから、こっちの方がより尊敬されてしかるべきだと思うのに、いまだかつて芹からそういう敬意のようなものは感じたことがない。それがまた微妙に腹立たしい所でもある。


「…そう言えばさ、凉城は教員免許持ってんだよな?」

「ええ」

 慣れた手つきでお茶を淹れる執事に、春は世間話をするような軽いノリで話を持ち掛けた。

「ならさ、大池の端にある中学に行って来てくんない?」

「大池の…?というと、大鳥東中でしょうか」

「そう。そこにさ、いるんだって」

「何がです?」


――呪われ女


「げ」

 淹れて貰ったばかりの紅茶に口をつけようとしていた芹が、思わず顔を顰める。

「…呪われ女、ですか」

「ん。何でも、そいつと視線を合わせたり、そいつに触られたりすると、呪われるんだってさ」

「呪われる、ですか」

「そう。結構、流血沙汰の怪我人続出なんだそうだ」

「何ですか、その、ベタないじめネタみたいなのは」

 少し呆れたような口調で凉城が呟く。

「それ、いじめなんだとしたら、それはそれで酷いよなぁ…」

 芹は芹で妙に神妙な面持ちになっていた。昔、同じようなコトをネタにハブられた経験がある芹には、穏やかならぬ話なのだろう。


「…もしかしたら、それ、三人目の奴かもしれない」

「あぁ」

 芹が短く納得という声を出す。

「春ちゃんの、初恋の君だね。凄いなぁ〜告白してから、もう五年?六年?未だにそんなに熱烈とかって、春ちゃんて意外と情熱家…」

「んなんじゃ、ねぇよ」

 本当にそんなことではないのだ。なのに、どうして頬が火照ったように赤くなるのかと思う。

「もしそれが、僕が鍵を開けたせいなんだとしたら、きちんと落とし前付けとかないと気持ち悪いっていうか」


――名前を教えるという行為。


 それは教えた相手に下僕という立場を強要するだけでなく、その相手の持つ特殊な能力を強引に目覚めさせる行為でもあったのだ。それは、自分と言う存在を守る為の道具として、この世に発現するのだという。


…知らなかったこととは言え…


 例えるならば、自分の身を守るために抜いた刀を、自分はどこかに置き忘れてしまった。鞘にも納めず、抜き身のままの刀を、その辺にぽいと。そんな状況だと言っていい。

 それに触れて、怪我をする人が出るかもしれない。そんな風に思えば、持ち主として、放置したままの状況は、何と言うか寝ざめが悪い。

 ただ、それだけだ。


 せめて、あの時。

 名前を言ってはいけない理由を教えておいてくれたなら。

 きっと、下僕になるのは凉城だけで済んでいた。


 初恋の女の子も、

 親友だと決めた大切な友達も、

 自分を守るための盾になどせずに済んだのだ。


 そんな思いがあるから自分は、凉城に対してどこか素直になれないのかも知れなかった。


「あそこの校長先生は、親父のオトモダチだからさ。お前が潜り込めるように手配して貰えるから。だから、お前、ちょっと行って、様子見て来てくんない?」

 にっこりしてそう言ってやると、下僕は大きなため息を一つ落として言った。

「…分かりました。では、私が留守の間は、芹くんにここに泊まって貰うことにしましょう。それから、問題集を10冊ばかり置いて行きますので、くれぐれも羽根を伸ばし過ぎないように。宜しいですね」

「じゅっさつは〜おおくない?」

「この私の存在の重みは、最低でもそのぐらいはあると、私はそう自負しておりますが」

「過大評価」

 ぼそっと呟いた春の言葉は華麗にスルーされた。

「という訳ですので、芹くん。坊っちゃまをくれぐれもよろしくお願いしますね」

 憧れの人から両手を握ってそう頼みこまれて、芹は俄然その気になっている。

…これじゃあ、厄介払いの意味ないじゃん…折角、息抜きが出来ると思っていたのに…

 凉城という下僕は、全く一筋縄でいかない…。

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