箱入りお坊ちゃまの傲慢な戯言(たわごと)
抹茶かりんと
箱入りお坊ちゃまの傲慢な戯言(たわごと)
第1話 忌み名
「いいですか、名前というものはとても大切なものなのですよ」
ボクの
「だからもう、何人たりとも、決してあなたの本当の名前を教えてはいけません」
少し叱責の色を帯びたその口調に、ボクは多少なりともムカついていた。
だって、下僕と言うのは主人の命令をきく立場のものを言うんじゃないのか。それなのに、こんな風にご主人様に命令するってさ…
たった今、下僕になったばかりのそいつに、ボクは六歳の頭では理解できなかった言葉の意味を八つ当たりのように訊き返した。
「何人たりともって…何?」
「誰にも、という意味です」
「…誰にも?」
それは何と言うか、つまらない様な、後ろめたい様な、厄介な感じだと思った。だって、誰に対しても、偽りの名を口にした途端、ボクは自動的に相手に対して秘密を抱え、壁を一枚作るということになるではないか。
「誰にもって言ったって、お前はもうボクの名前を知っているじゃないか」
そう異論を唱えると、下僕は微かに笑いを含んだ…今思えば、それは嘲笑だったのかもしれない…そんな表情を見せて言った。
「だから私は、こうしてあなたを守る為に、そのお側に仕えることになったのでしょう」
「…何だよその理屈。良くわかんないんだけど」
「あなたの名前は特別なのだ、ということですよ」
特別――それはきっとボクには嬉しくない方の特別。
直感的にそう感じて、ボクは思わずしかめっ面を作っていた。
そのせいかどうかは分からないが、下僕はどこか気遣うような口調で付け加えるようにその先の言葉を言った。
「そうですね…たった一人だけ。特別な人にだけなら」
教えてもいいのですよと、下僕はそう言った。
「特別?」
「それは、あなたがこの先、本当に心から好きになって、将来を誓い合う人…その一人だけになら」
それ以外の人間には、もう決して名前を教えてはいけませんよ――
下僕はもう一度念を押すように、そう言った。
ボクの名前は
『忌み名』
と言われるモノだから。
誰にも知られてはいけない。
物心ついた時から、ボクは繰り返し親からそう言い含められていた。
その名を口にすると、名を構成する音の振動は空気を伝い、更には風に乗って、この地上に潜む数多のアヤカシに伝わる。するとそのアヤカシたちは、ボクの身体を喰らいにくるのだと。
本当に幼かったボクは、初めてその話を聞かされた日の夜などは、怖ろしくて眠ることが出来なかった。何でも、ボクのご先祖さまが、高名な陰陽師だったとかで、妖怪退治のようなコトを生業にしていたらしい。その人は、『百鬼封じ』とかいう、ちょっと偉そうで嫌みな異名を振りかざし、アヤカシと名のつくモノたちを片っ端から容赦なく滅し、封印しまくって、ひと財産築いたのだそうだ。
それで彼は、アヤカシたちからもの凄〜く怨まれて、子子孫孫にまで祟る呪いを受けたのだ。――とか。
それが――
その名を継ぐ者はみな、その呪いを受け、彼らの餌食となる。
つまり文字通り、彼らのエサとして食される。
…とか、そんな呪いで。
21世紀の現代、ボクのウチはもう陰陽師でもなんでもなくて、ごくふつ〜に会社を経営している、ごくごくふつ〜の『セレブ』なんだけど、そのアヤカシの呪いはまだ残っているらしく、ボクは本来の名前を忌み名として封じなければならなかった。本当に、全く厄介で、ハタ迷惑な話である。
でも下僕の言葉によれば、その『特別な人』になら、ボクは嘘を付かなくてもいいという事で。
たとえその一人だけでも、この世の中にボクが嘘を付かなくて良い人が存在するのだという事実は、間違いなくボクの心に大きな安心感をもたらした。
その時ボクは、内心でガッツポーズを作った気がする。
ボクが好きになって、結婚したいと思う相手になら、本当の事を言って構わない。そのコトがそれ程に嬉しかったのだ。
ならボクは、
早く大人になって、
早く恋をして、
早く秘密を分かち合える、
そんなかけがえのない人を見つけよう。
そう決心した。
そうして、それから半年もしないうちに、ボクは初めての恋をした――。
相手に名前を告げるという行為が、主従関係を強要することになるのだと知ったのは、随分後の事だ。
アヤカシたちから身を守るために、どうやらボクはそんな『能力』を持って生まれて来たらしい。全く、そういう大事なことは、真っ先に教えておいてくれなくては困る。『名前を教えてはいけない』などと、遠回しな言い方をするから、間違いが起こる。そりゃぁ、そう言われて無暗矢鱈に教えたりはしなかったけど、相手に対する信頼の証として、どうしても秘密の開示をしたくなるという場面は訪れるものなのだ。
実はこれまでに、そうして名前を教えてしまった人間が三人いる。
一人目は言うまでも無く、ボクの下僕。
二人目はボクの親友になってくれた
そして三人目は…。
もうこれは、絶対特別な運命の人だと思った、初恋の彼女。
だって。下僕だって、そこは教えていいって言ったんだから…。
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