第11話 鏡

そういえばビンゾウは一度も鏡を見たことがなかった。


ビンゾウだけではない、あの漁港の人達全てが

自分の顔を鏡で見たことがないのだ。


「まあ大丈夫だろう」と

 ビンゾウは鏡を覗いてみた。


大丈夫だった。


何か起こすわけでもなく起きるわけでもなく

ただただ空腹が襲ってくるばかりであった。


油絵セットはまもなく捨ててしまったが、

次の朝ソッコリの実そっこりのみを手に入れたビンゾウの心は

とても晴れやかであった。


そしてやっぱり油絵セットを拾いに行った。

ビンゾウはその時その時の自分が好きだったし、

それが当たり前であった。「大丈夫」。

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