第2話 俺の名はガイアス
目が覚めて初めに思った事。
首が痛い。どうにもこうにも首が痛い。
思い当る原因はひとつ。寝違えってやつだ。
机に突っ伏して寝てしまった気がする。
親から借りたノートパソコンでWEB小説を読んでいたのはなんとなく覚えている。
書籍化に伴ってダイジェスト化されるとかなんとかの。
少し読んで面白かったら保存しようと考えていたんだったが、活字にまみれているうちに睡魔に襲われたのだろう。
で……。
ここはどこだ?
俺の部屋……じゃない。
首を左右に振る――それには多少の痛みが伴いそうだったのでさしあたって自重した――までも無く、二体の……ロボットとしか言えない物体が目に入る。機械機械したタイプじゃなく、最近はやりのファンタジックなデザインだ。片方は青が基調でもう一方は赤が主色となっている。
あるいは、鎧を着こんだ兵士か?
ロボットはロボットでも巨大ではない。俺と同じくらいの背丈なんだから。
「ふあ~あ」
あくびをかみ殺せずに吐き出し、何げなく視線を落とすと足元に人間が居た。
金髪の青年が俺を睨んでいる。
えっと、妖精か何かだろうか? その背の高さは俺の腰にも達していない。
妖精にしては可愛げがないな。小人さんぐらいが関の山だ。
それにその敵意を剥き出しにした眼つきが気に入らない。
「誰だ!? ガイアスなのか!?」
金髪の青年が叫ぶ。
ガイアス? そんな単語に心当たりはない。
「誰って言われても……。
そっちこそ誰だよ?
ってかここどこだよ?」
首の痛みに気を遣いながら辺りを見渡す。
石造りの……広いホール?
で、妖精さんは金髪だけではなく、他にも何人かいるようだ。
古めかしい軍服に身を包んだおじさんと、修道院にでも居そうな白いローブを羽織った白い髪の少女。ちょっと好みのタイプだったりする。歳も近そうだし。
あとは、剣を持った兵士が何人か。
こいつらが小さいんじゃなくって俺がでかいのか?
手足を見ると――手足ばかりではなく胴体も、甲冑で覆われているようだ。皮膚なんてこれっぽっちも見えない。全身真っ黒でところどころが金色に輝いている。
鏡がないから自分の顔は見えないが、手触りを確認するに似たような状況のようだ。
「貴様! ライオール様のガイアスをっ!」
その声は赤い機体から聞こえてくる。そう、機体だ。SFロボットアニメならそう呼称する。
赤の機体はゆっくり近づくと、腕を伸ばした。
それが俺を拘束する意図を持っていると認識したとたんに体が動いた。
伸ばされた腕を振り払い、体当たりをぶちかます。
体当たりはやりすぎ? とも思ったが、勝手に動いてしまったんだから仕方がない。
「うっ」
吹き飛ばされた赤い機体が、ゆっくり立ち上がりながら、
「アクエス! 二人で取り押さえるぞ!」
「わかりましたですわ!」
その声に、青い機体も俺に向って動き出す。
ああ、寝る前に読んでた小説ってそういやロボットものだったな。異世界×ロボット。 これは夢なんだ……。首が痛いのは現実に寝違えつつあるからなんだろう。
俺の動きを封じようとどこか滑稽な動きで迫る二体のロボットの鬼気迫る迫力に身の危険を感じた。夢であっても悪夢となれば目覚めが悪い。
「ちょ、待て!
話し合おう! 話しをしよう!
話せばわかるって!
言うじゃない? 人類みな兄弟って!」
言いながらも……俺は後ずさり……駆け出していた。
三十六計逃げるになんとやらだ。
部屋自体は広かったが、出入り口は人間サイズにしつらえているのだろう。
今の俺の巨体が通れるサイズではなかったが構わずただ一つ目に入った出入り口へと走る。
壁が崩れるが気にしない。
「追え! 逃がすな!」
金髪の青年が叫んだ。
その声を聞くまでも無く、赤と青の機体が俺を追ってくるのがわかった。
「なんだってんだよ~!!」
俺……ごく普通の高校二年生であったはずの岩井俊太の頭は大混乱に陥っていた。
一体全体何がどうなっているのか? という疑問達が脳内で輪になってダンスを踊っていた。
◇◆◇◆◇
ガイアスを追って自分たちも壁や天井に少なからず被害を加えながらファイスとマーキュスも神殿を飛び出した。
生身の体でありながら、そして高度な召喚を行い魔力の消耗が激しかったにもかかわらずライオールもその後を追う。
神殿には、天文神官のヒラリスとオーベルとわずかな護衛の兵が残された。
そして天井に大きな穴。
「何が起こったというのだ?」
オーベルの問いに、
「わたしに聞かれても……」
ヒラリスが肩をすくめた。
既に二重日食は終わり、太陽は苛立たしいほどの光を周囲にまき散らしていた。
◇◆◇◆◇
神殿を飛び出して周囲の状況を伺う。
なんとなくの仮説が頭をよぎる。
どう考えてもここは日本ではない。
例えて言うならば中世ヨーロッパ的な雰囲気だ。石畳の道路も、行きかう人々も。
余計なものを踏みつけないように一応気を配って走りながら頭を整理する。
異世界……転生? いやトリップか?
夢であれ現実であれ、状況はそうとしか考えられない。
そりゃあ、その手の小説は読まないでもないし。現実に寝る前に読んでいた最中だったし。
ゲームやアニメも人並みにはするし。
でも、ニートでもなければ不登校でもない。
オンラインゲームで伝説的なプレイヤーになっているわけでもない。
俺と言うのはいたってごく普通の高校生だ。
異世界訪問のフラグが立つ要素なんてほとんどない。
それを望んでいる奴ら――そいつらが現実の人生を愉しめていないとは決して言うまい――は五万と居るはずなのに何故俺に白羽の矢が?
それに……。
召喚するならするで……いや、事故だかアクシデントなのだか知らないが、いきなり睨み付けて襲ってくるってのは珍しいパターンだろう。
呼びだした側に説明責任があるはずだ。
どうせ、召喚したのって可愛い召喚士か神官と相場が決まっている。
待てよ? いたなあ。そういえば。
輝く白い髪の女の子。
あの子が召喚主だったりしたわけか?
ひょっとして、重要なフラグから逃げてしまった?
金髪青年と、巨大ロボの横槍で?
俺はピタっと足を止めて振り返った。
ずいぶん遅れていたようだが、赤と青の機体が追いついてくる。
俺と歩幅は変わらないはずなのに。機体の性能差が移動速度の決定的な差であるということを見せてやったわけななのだろうか?
「無駄な抵抗はやめるんだ!」
赤い機体が叫ぶ。若い男の声だ。
「大人しくしなさいませ!」
青い機体も叫ぶ。凛々しい少女の声。
その後ろから、神殿で見かけた金髪の青年が何やら叫びながらやってくる。
なんか、刺激するなとか命令してるのだろうか?
白髪の神官少女の姿は期待に反して見当たらない。
夢であれ現実であれ、情報収集を行うチャンスだ。
結構な距離を走ったにも関わらず、大して息を乱さずに金髪の青年が俺の傍までやってくる。
が、俺からの攻撃を恐れてか、青と赤の二体のロボの背後に隠れるようにしている。
まあ、俺でもそうするわな。生身で敵う相手じゃないんだから。今の俺って。おそらくだけど。
「よし! 話をしよう!」
これまでの人生で一番の強気を込めた口調で切り出した。
ネゴシエーションには強気が大事だと誰から聞いたわけでもないが。
金髪の青年は、俺の言葉と態度に頷くと、
「確認したいことがある」
と、応じる姿勢を見せた。ほら、進展した。
「お、おう。応えられる範囲であればなんでも聞いてくれ。
だけど、その代わりと言ってはなんだけど、後で俺からの質問にも答えてくれよ」
「それはもちろんだ」
初めからこうすればよかったと後悔が頭をよぎる。
が、いきなり襲いかかられたのも事実。選択肢はあんまりなかったはずだ。
それでも、こうして落ち着いて話が出来る状況が作られたんだから、うん。大きな一歩。異世界、あるいは夢世界での足跡だ。足型取って、部屋に飾ろう。
「お前の名は?」
かなり基本的なところから始まるんだな。と思いつつも正直に答えた。
「イワイ・シュンタ……?
ガイアスではないのだな?」
「ガイアス?」さっきも聞いた言葉。
「お前の乗っている機体だ」
金髪の青年の言葉に、
「本来であればライオール様の愛機となるものだ。
いや、今からでも遅くない。
さっさと返すんだ」
赤い機体から聞こえてくる声が被さる。悪いようにはしないからというニュアンスが含まれている。
「返す? これって、返せるの?
っていうか降りれるのか?」
人間の姿に戻れるっていうことだろうか?
望まないところではない。
「簡単なキーワードを唱えるだけだ」
「で、それをしたとたんに、捕まえられて……。
殺されたり……」
不安が自然と口に出た。
そう、現時点ではそうして
折角手に入れた? ロボットをやすやすと手放すというのも惜しいというのが本音。
異世界召喚、あるいはSFロボットテンプレ展開が待っているならば……。
多分このロボットが俺の愛機となって、異世界を襲う魔物たちを倒して英雄になりつつもハーレム的なものを作ってウハウハ! そう、ウホウホ生活の幕開け!
夢じゃないことを祈り始めている自分が居る……。
「命は保障しよう。
フラットラント帝国、ライオール・フリオミュラの名に懸けて」
金髪の青年――ライオールという名なのか? の表情には策略や偽りといった要素は見いだせない。
「自由は? 飯は? 家は?」
命以外で差し当たって必要なものもついでに保障されたい。
「大人しく、ガイアスを返すのであれば、それも保障しよう。
事の経緯を聞くことは、させてもらうが」
平和な話し合いがピースフルに解決しようとしている。
うん、これはあっちのパターンだ。
俺は素直にこのガイアスって奴を返そうとする。
だけど、ガイアスは俺以外の搭乗を受け入れない。乗り手を選ぶ。
で、結局俺にはこのガイアスが与えられて、敵と戦って平和――誰が何と戦っているのかわからないが――を取り戻すのに大貢献するってストーリー。
それならそれでいいかも知れない。
「わかった。だけど絶対だぜ?」
一旦保護してもらうのも悪い話ではないはずだ。
「よし、
そのキーワードを発すれば、お前の体はガイアスから離れる」
素直に従ってしまおうという気持ちは99%を超えていた。
だが、どこかで即断はできない。降りた瞬間ぶすっと刺されることもありえないではない。という思いもくすぶっている。
ほんの数秒の迷いが俺の運命の舵を大きく切ることになった。
視覚や聴覚ではなく、五感を超えた感覚がそれの接近を告げる。
本能が告げる気配に従って頭上を仰ぐ。
巨大な翼をもった竜。
その影が俺を覆い、そしてまた飛び去ってゆく。
「飛龍!? アリーチェめっ! まだうろうろと!」
赤い機体が叫んだ。
飛龍は颯爽と俺の前に舞い降りた。その背には一人の少女が乗っている。
「迎えに来たわ。救世主くん」
顔はもちろん可愛いし――状況が状況だけにキリリっとしてるが――、巨乳ではないがスタイルだっていい。
そして俺を救世主だと言った。
それよりなにより……。
「ついて来て!」
それだけを発すると、飛龍は瞬く間に飛び上がる。少女を乗せて。
「ごめん! フラグこっちだったわ!」
俺は迷わず飛龍の飛び去る方向へと走りだした。
理由はただ一つ。
竜の背に乗った少女の髪型。それが大好物のツインテールだったから。
ツインテール美少女に悪い奴はいない。
俺が、この17年間で学んだ数少ない理念、幻想。
困った時のツインテール頼みだ。
ツインテール万歳!
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