ライトで熱い、異世界ロボットもの【完結済み】

東利音(たまにエタらない ☆彡

第一部 ガイアス異世界に立つ

第1話 運命の輪

 フォルポリスはフラットラント帝国随一の宗教都市である。


 政治中枢がフラットラントの帝都にあるというならば、宗教的な機能はフォルポリスに集約されていると言っても過言ではない。


 宇宙そらに対するあくなき信仰を拠り所とするユニヴァ教。

 ユニヴァ教に殉じ星々の運行を記録し、計算し、予見する者たちは天文神官と呼ばれていた。


 その天文神官の中でも、比類なき知識を誇る一人の少女が居た。


 ヒラリス・アモリエ。


 若干17歳にして、『星の預言者』として特別な役割を与えられている。

 限りなく白に近い銀髪のショートカットにグレーの瞳。

 高級神官にしか許されない真っ白なローブを纏っている。

 彼女がこの地位に就いているのは、大神官である父、ジャルジ・アモリエの影響によるところ大きいと反発する声も少なくはない。

 しかし、彼女はそれらの声を封じ込めるだけの実力を常に周囲に示していることもまた事実である。


 ヒラリスが、予言した数百年、あるいは数千年に一度しか起こらないという二重日食。 それは、今まさに予言通りに空の風景を変えようとしていた。


 この惑星に存在する二つの月と太陽がほぼ一直線に並びつつある。

 白く輝く太陽の左右から現れた二つの月の影がそれぞれ両端を黒く塗りつぶし、その光の全てを漆黒に包もうとしていた。


 この稀有な現象は、学術的興味や単なる好奇心を満たすためではなく、ひどく散文的な別の目的に利用されようとしていた。

 流血のため、あるいは将来に流れる血量を減ずるために。




「秒読み開始……」


 ヒラリスが小さく呟いた。

 重要なイベントの最中さなかであり、さすがに緊張で表情を強張らせている。

 歳相応の可憐さと、快活な笑顔で隠れファンの多い彼女であるが、この時ばかりはその花のような明るさは影を潜め、聡明な神官としての雰囲気を醸し出していた。


 彼女が計算し導き出されたこの特別な時間は、人類の歴史を大きく塗り替える儀式を行うために神秘の力を授ける。


 フォルポリスの中心部にある真っ白な石づくりの荘厳な神殿。

 その中の一室。神殿内でもっとも神聖な場所。

 ヒラリスはその場で窓から天を眺めていた。


 部屋の床には三つの魔法陣が描かれている。


「10、9、8、……、5、4、3、2、1……」


 ヒラリスが「0」の声を発した瞬間に薄暗かった室内がより深い闇に包まれた。

 月と太陽が今まさに直列に並んだのだ。


 その合図に従って、ただ一人召喚陣の目前で待ち構えていた男が呪文を唱える。


 金髪の若獅子、ライオール・フリオミュラ。

 彼こそが複雑で高度な知識を必要とする三つの召喚陣を描いた男。

 フラットラント帝国で元帥杖を抱くのに最も近いと言われている召喚士である。


 ライオールの詠唱に呼応して召喚陣が光を放つ。

 それぞれの召喚陣の中に、巨大なシルエットが浮かび上がり、徐々に実体化していく。

 ライオールが古文書を解析して歴史の奥深くから蘇らせようとしている超兵器。


甲機精霊マキナ・エレメド』。


 大地の力を備えた『地神甲機精霊ガイアス』。


 火をつかさどる『火神甲機精霊ファイス』。


 そして水の加護を持つ『水神甲機精霊マーキュス』。


 現在知られている――主力となっている――召喚幻獣とはけた違いの力を持つと期待されている大型召喚幻獣である。厳密な表現を取るのであればこれらの超兵器は幻獣と言う区分には該当しないのかもしれない。

 太古の昔に作り出され、神話にのみその存在を残す。いわば神々が与えた遺産。

 その力のベクトルが負に傾くか、正に伸びるのかは今の段階で知る者はいない。


「さすがは、ライオール。

 こうも容易たやすく三体もの召喚を同時に成功させるとは!」


 真っ先に声を放ったのはフラットラント帝国軍の最高司令官、ポルザック・オーベルであった。

 既に一線を退しりぞき、戦場での指揮や作戦立案などはライオールや他の若い才能へと譲っているオーベルではあったが、その心は常に前線を好む。危険をいとわない。

 万一失敗した際には、召喚陣の周囲はもちろんのこと、神殿自体が崩壊しかねないとも予測されていたこの場で、歴史の転換点を自らの目で見届けようと周囲の反対を押し切って儀式に参列していた。


 他の有力者、帝国や軍、神官達でも高位に就く者たちが自らの意思、あるいは周囲の意見に従ってこの儀式への参加を見送った。

 オーベルはこの場に居る者たちの中で抜きんでた地位を持っていた。


「まだ、全てが成功したわけではありません」


 ライオールが短く言い返す。


「慎重……、いや、謙虚、堅実というべきか。

 口を挟んで悪かった」


 オーベルは素直に謝意を述べる。地位に似合わず傲慢な態度の対極に居るのがオーベルという男である。


「順次、手順に従って起動を」


 ライオールが、振り向きながら自らの背後で直立の姿勢を崩さずにいる二人の若者に声を掛けた。


 燃えるような赤い短髪の少年が、一歩一歩ゆっくりと前へ踏み出す。

 熱血少年然としたその表情は明るく、赤みがかった瞳は未来だけを見据えているようだ。

 ライオールのおしかけ弟子であり、フラットラント帝国軍の双璧と謳われるゼッレ・リゾール。召喚士。


「僕は火の化身、ファイスを。

 で、いいんですよね? アクエス?」


 ゼッレが隣に立つ少女に問いかける。

 アクエス・マルカート。彼女もまた帝国軍の双璧。ライオールからも信頼が厚い

召喚士だ。


「ええ。ガイアスがライオール様にふさわしいって感じでもないですけど。

 わたしはやっぱりマーキュスですわね。

 この中じゃ一番スリムで可愛いですし」


 長い水色の髪をなびかせながら、召喚陣の中に現れた甲機精霊マキナ・エレメドマーキュスへと向かう。濃紺の瞳には過剰ともいえる力を手に入れる喜びが満ちていた。

 二人を見やりながら、ライオールも自らの愛機となるべく姿を現したガイアスの容貌を改めて確認する。


 全体の9割以上が漆黒に彩られたガイアスは、鈍重で武骨なフォルムをしている。

 彼自身のもつ自らのイメージ――均整のとれたスマートな体型と比類なきとの呼び声高い美貌――とは程遠い機体ではあるが、重要なのは姿形ではない。

 それが持つ戦闘力。それこそが望むもの。必要とするもの。


 古文書によると、ガイアスに与えられているのは他を圧倒する守備力。

 ファイスやマーキュスと比べると行動速度や汎用性は落ちるようだが、これまで調べた情報が真実であれば多少の性能差などは、まったく考慮するに値しない。

 甲機精霊マキナ・エレメドは幻獣の数十体、いや、百体にも値する力を持つと伝えられているのだ。


「さあ、ファイス。ちゃんと僕を主人と受け入れてくれよ」


 ゼッレが深紅の巨体に歩み寄り、その足元にそっと触れる。

 既に何度となく予習を繰り返した契約のための手順を開始する。


起動スオルジェ……」

 

 その言葉を合図にファイスの関節部が金色の光の環に包まれた。

 直後に光の環から幾筋もの同じく金色に輝く光の筋が関節と関節を伸び、その光が全身を包んでいく。

 赤と金が融合し、神々しいまでの光景を生み出した。


 満足そうにつぶやくとゼッレは次の手順を開始する。


結合ヴィンクル……」


 そのキーワードを口にしたとたんに彼の体もまた輝き、そしてその姿が消えた。


「す、ごい! 僕が!

 僕自身がファイスに、甲機精霊マキナ・エレメドなってるとしか思えない。

 ははっ、みんな小さいなぁ。

 うん。動く。

 動いてるでしょ?」


 ゼッレの声は、ファイスの頭部から聞こえてくる。

 人の三倍はあろうかという巨体の頂点を為す、小さな頭だ。

 双眸に真っ赤な輝きを灯したファイスの巨大な腕が上げ下げされる。

 彼の肉体は甲機精霊ファイスの内にあり、感覚的にはそれと一体となっているのであった。


 儀式を見守っていた全員が、感嘆の声を上げた。それぞれに安堵の表情を浮かべている。

 甲機精霊の召喚。そしてその制御の成功を確信した瞬間だった。


「残り二体の起動と制御が為され、その力が伝えられていた通りだと確認できて初めて成功だとお前は言うのであろうがな、ライオール。

 これは、甲機精霊マキナ・エレメドという新たな力は時代を変えるものだ。

 長く続く戦争を終結させ、真なる平和を手に入れるための、大いなる分岐点となる」


 オーベルの表情には穏やかな笑みが浮かんでいるが、口調は弾み、期待を隠しきれていない。


「じゃあ、わたしもマーキュスを!」


 アクエスがマーキュスの元へと向かう。

 先ほどゼッレが取ったのと同じ手順を踏み、マーキュスの主人として迎えられた。


「すごい、ですわ。ライオール様!

 なんだでしょう。

 今まで味わったことのない感覚です。

 動くんですわ。自由自在に。

 本当に自分の体みたいに♪」


 淡い水色の巨体が、ダンスを踊り始めた。

 まだ完全には操作をものにしていないのか、アクエスが紡ぐステップはたどたどしいものではあった。

 それでも艶やかな女性を思わせる容貌のマーキュスの動きからは色気すら感じられる。 難点としては、そもそもの重量が重量なだけに、その一歩一歩が神殿自体を振動させるということだ。


「ほどほどにしておけよ。アクエス。

 本格的な性能の確認と、操作訓練は明日以降に行うのだからな」


 釘を差しつつも、ライオールの表情にアクエスの行いを咎める成分は少なかった。

 それまでにない力を手に入れた時、人は自然と浮かれるものだ。

 それは、彼自身が過去に似たようなことを経験している。彼が、機械召喚士マキナサマナーとしての能力を自身に見出した時を思い出していた。

 今のアクエス以上に浮かれていただろう。事実として、魔力が枯れるまで機械獣を召喚し続けたのだから。


「ライオール様も!」

「ガイアスを!」


 アクエスとゼッレがライオールにガイアスの起動を促す。

 ゆっくりとした足取りでライオールはガイアスの元へと進む。


 ライオールはこの世界で唯一の機械召喚士マキナサマナーである。

 そして、ゼッレとアクエスもまた、マキナサマナーでこそないが優れた召喚士である。

 甲機精霊マキナ・エレメドを制御するには、平均を遙かに上回る召喚能力と魔力が必要だ。

 三体の甲機精霊マキナ・エレメドの召喚に成功し、その乗り手のが同数存在していたというのは僥倖だ。天が味方したと言い換えてもよいだろう。


 フラットラント帝国と戦争状態にある召喚士同盟スクエリア。

 召喚士の数で劣る帝国が同盟と互角以上の戦いを続けていられるのはひとえに、彼ら三人の力によるところが大きい。

 加えて、ライオールに備わった戦略家としての知謀。

 甲機精霊マキナ・エレメドの力を借りるまでもなく、じわじわとスクエリアを追い詰めることは不可能ではないはずだ。

 だが、それには長い時間と多数の犠牲が伴うこともまた事実。


 ライオールはそれを望まなかった。崇高な思想と野心の両輪によって。


 ライオールは古文書を読み漁り、太古の技術を多数復活させてきた。

 天文神官であり、広い分野での知識が豊富なヒラリスの力も借りた。

 そして、得た甲機精霊マキナ・エレメドの召喚技法。

 それは技法だけでは、実施することは叶わず、特別な時の加護を必要とする。

 それがまさに、先ほど起こった二重日食。

 召喚の機会が数百年に一度しか訪れないということを考えれば、この時代にライオールが生まれ、そして甲機精霊を呼び出す術を知ったということは天命以外の何者でもないと彼自身は自然に考えた。


 既に自軍でも、敵軍の中においても突出した力を持つ三人ではあるが、甲機精霊の力を得ることでさらに何倍も、何十倍もの能力を手に入れることになる。


 そう。時代は変わる。今この時をもって。

 ライオールの野心が大いなる一歩を踏み出す。


 振動が神殿を襲った。


「何事だ!」


「まさか! スクエリアの方々ですか!?」


「衛兵どもは何をしておるのか!?」


 異変に、わずかな迷いを生じさせたライオールだったが、彼の明晰な頭脳は為すべきことをわきまえていた。

 そもそも情報の漏えいは避けられないと考えていたのだ。

 敵対するスクエリアが、今ここで行われている儀式の内容を知り、あるいは詳細までは知ることがなくとも、脅威と受け止め妨害工作を行うことは容易に予測できる。

 そのための護りも固めてある。

 相手がどれほどの数の召喚士、幻獣を投入してきたかは定かではないが、一気に突破されるということはまずないだろう。


 ならば、優先させることはただ一つ。

 火神甲機精霊ファイス水神甲機精霊マーキュスに続き、自身の愛機となる地神甲機精霊ガイアスを起動させる。

 ガイアスが我がものとなれば、いざという時はその力をもって同盟の幻獣たちと戦うことも可能となるはずだ。

 ぶっつけ本番といういささか短絡的な行動は彼の資質には合わないが、そのあたりの臨機応変さを持ち合わせていないライオールではない。


 ライオールが、ガイアスへと向って踏み出したその瞬間。


 神殿の天井が崩れ落ちた。

 全壊には至らなかったが、大きな穴が穿たれている。

 その穴より一匹の飛竜が飛来する。


 竜の背に乗った少女が叫んだ。

 緊張で彩られた場に似つかわしくない明るい髪を揺らせながら、


「甲機精霊!?

 馬鹿な! 何故これほどの力を欲する?

 和平への道を約束したのではないのか! ライオール!?」


「アリーチェか!

 肝心な時に邪魔立てを!!」


 飛竜の首がライオールを定める。今にも大口を開き、吐息ブレスを放たんとばかりに。


「「ライオール様!!」」


 赤い機体と青い機体が、飛竜とライオールの間に割り込んだ。


「ゼッレとアクエスか!?」


 アリーチェが事態を、趨勢を飲みこむ。

 戦場で彼女を苦しめうる数少ない帝国の召喚士。その声は忘れたくても忘れられまい。

 ライオール、ゼッレ、アクエス。

 そのうちの二人までもが、絶大な力甲機精霊を手に入れ、さらにはライオールも残る一体の力を我が物にしようとしている。


 そうなれば……。スクエリアは……。対抗する術を持たない。わずかな時の間に滅ぶだろう。

 だが、最悪の事態を逃れる準備はしてきたアリーチェだった。

 アリーチェは唱える。一か八かの賭けに出た。


「何!? 召喚呪文!?

 まさか……」


 ライオールがアリーチェの呪文に含まれる複数のワードに反応する。

 それは、明らかに召喚に使う古代言語であった。

 彼が危惧する通りの事態が目の前で起こり始める。


 ガイアスの足元に広がる召喚魔法陣が再び光を放った。

 ライオールたちの認識ではそれは既に役目を終えているはずだった。

 日食も終わり、いなかる呪文を唱えようと作動しないはずだ。


 だが、アリーチェの呪文に召喚陣が反応しているのも事実。

 詠唱を阻止しようと、ファイスとマーキュスが飛竜に迫るが、それを察知した飛竜が宙に逃れる。


「二重召喚陣か!?

 図ったな! アリーチェ!!」


 叫びながらもライオールはガイアスの元へと走った。

 自分がガイアスを喚ぶために描いた召喚陣が汚染されていたことに毒づきながらも。

 アリーチェの狙いが何であれ、彼女の意図する行動が完了するまでにガイアスを起動して搭乗してしまえばよいだけの問題である。


 ライオールがガイアスの元へたどり着き、その足に触れようとした時。


 ガイアスの瞳に金色の光が灯った。


「ふあ~あ……」


 その場にいた誰にも聞き覚えのない間抜けな声あくびがガイアスの頭部から響き渡った。

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