第20話 愚連隊

「兄貴! そっちに行きやしたぜ!」


くせえ息吐く前に仕留めるぜ!」


「おお!」


 魔王領で、魔物と戦いを繰り広げているのは、王国第七騎士団の団長、フェスバル・ライクンザとその一味である。


 対する魔物は、ボルモル。

 陸生イソギンチャクのような生き物だ。

 全身が紫でテラテラヌメヌメしており、太い寸胴の胴体に触手ならぬ、触足が多数生えている。


 移動は遅いが、様々な状態異常を引き起こす、吐息ブレスを吐くので、油断していると一瞬で戦力を奪われてしまう。


 主な攻撃手段は、頭部のほとんどを占めるほどの大きな口による噛みつきであるが、注意していれば食らうことはない。


 2本の長い触手に捕らわれるか、あるいは『くせえ息』に侵されることがないかぎりは、ヒットアンドアウェーで戦えばなんとかなる魔物である。

 無駄に耐久力があるのが少々厄介ではあるが。


「リキンズ! ジェット! マービス!

 お前らの魔法を叩き込め!」


 フェスバルの指揮で、魔法部隊が一歩前に出る。

 騎士団とかいいながら、魔法選任のメンバーが在籍していたり、そもそもほとんど誰も騎士のような恰好をしていないのが、第七騎士団が、愚連隊とも称される由縁である。


 が、その集団戦闘力は、目を見張るものがある。


 事実、三人の放った魔法がボルモルに炸裂し、一瞬動きが止まった瞬間に、他の物理攻撃を生業とする、騎士たち――格好は様々で中にはかなりラフな服装のものもいる――が一気に殺到してあれよあれよと斬り裂いていく。


「殲滅完了でさあ!」


 第七騎士団の副団長である、ゴルグレオがフェスバルに報告する。

 フェスバルが一応は騎士にも見えなくもない恰好をしているのに対し、ゴルグレオは胸当てをつけているだけの、粗暴な姿であり、その得物は斧である。

 ゴルグレオは元々酒場のマスターで酔客相手に乱闘を繰り広げているうちにその実力を買われてスカウトされたという普通であれば異質な経歴を持つ団員であるが、第七騎士団の中にあっては、良くあるタイプの入団経緯だった。


「よおし! でかしたぞ。

 傷ついたものは回復をしとけ。

 魔王城まではもうすぐだ。

 幸いにして魔物もそこまで凶暴じゃねーからな。

 少し休んだら一気に攻め込むぞ!」


 実際、第七騎士団は破竹とも言える勢いで進軍していた。


 強力な魔物が跋扈する……と言われてあまり誰も立ち入ろうとはしない魔王領であったが、アズマ達がかつて魔王を討伐したころとは魔物の様子が異なっている。


 魔王の力が健在であれば、魔物たちは魔王の支配下に入り、徒党を組んで侵入者に襲い掛かるのである。

 巨大な鬼巨人オーガ土蛇ワーム類、果ては竜種ドラゴンまで。

 それらが一斉に襲って来れば、ごく普通の冒険者のみならず、騎士団であろうと対処は難しい。

 先ほど倒したボルモルなども単独で出現した場合にはなんとか戦うことができるが、複数匹で現れた場合や他の魔物と同時に相手をせねばならなくなれば、いかに戦いなれた騎士団であろうとも苦戦、あるいは返り討ちにあうであろう。


 が、しかし、統制も取れておらず、魔物たちは連携もしてこない。

 群れていないので一体ずつ仕留めていけば問題ない。それが可能である。

 運が良ければ遭遇しても襲ってこない。


 と、フェスバル達が拍子抜けするほどの楽な状況であった。


 しばしの休憩をはさんで、フェスバルが立ち上がる。


「よーし、出発するぞ。

 俺達で魔王を倒せば、褒美は思いのままだからな。

 今日中にけりつけるぜ!」


「「「おおぅ!」」」


 さすがは、荒くれ者やはみ出し者の集まりである。

 国――世界――を救うことにはさほど、意義を見出していない。

 彼らの中にあるのは、莫大な報酬を得て、その金でおねーちゃんの居る酒場に飲みに行き、魔王退治を土産話に、おねーちゃんをひっかけてお持ち帰りするというような薄汚れた欲ぐらいのものであるのだった。


 そのような低次元の欲を抱えて意気揚揚と出発する騎士団の上空を、一羽の真っ黒い――カラスなので当然ではあるが――カラスが旋回している。

 カラスは、遠巻きに上空でもう一回りしてから、騎士団を追い越して飛び去っていった。




 ◆◇ ◆◇ ◆◇




「帰ったか! ボーネルド!」


 室内に飛び込んできたカラスをみやると、タナキアは魔王の玉座から腰を浮かせた。


 カラスは、ボンっと煙に包まれるとその姿を変じる。

 変わって現れたのは魔王軍の幹部、四悪柱がひとり、風のボーネルドであった。

 ボーネルドは優雅な所作で、背中の羽に引っかかったマントを持ち上げ、羽を折りたたんでからマントを羽織りなおした。


「で、どうじゃったのじゃ!?」


 タナキアが早くしろとボーネルドを急かす。


「騎士団というには少々粗暴な集団でしたが、中にはそのようなものもおりましたから、あれが騎士団なのでしょう。

 実力はかつての勇者などにはおよばぬものの。

 この近辺の魔物をいともたやすく……とは言い難いが、集団で上手く囲って戦っております。

 この分では、じきにこの魔王城まで到達する見込み」


 ボーネルドは自分の見てきたことをありのままに伝える。


「あきまへんな。ここらの魔物がもうちょっと頑張ってくれるかと期待したんやけど」


 そうこぼす蜥蜴人のダイタルニアに対して、ボーネルドは、


「魔物の数も減っている。

 それに、人が来たからといって襲わぬ魔物すらいる。

 あれらは基本、気ままに暮らす野生の生き物だからな。

 タナキア様の支配が及ばぬのでは我らのために動こうなどとしてくれる親切な存在ではない」


「タナキア、人望、ない」


 一つ目巨人のグアッドルフが、無慈悲に言い放った。


「わらわの人望というよりも、暗黒魔力量の問題じゃ。

 にしても……」


 タナキアがうなだれる。


「やっぱり、お城を放棄して逃げちゃう?」


「それもひとつの選択肢だな」


 エンキーネの提案に、ボーネルドが半ば賛同する。


「城出る、宿無し、放浪?」


「ほんま、さすらいの魔王ちゅうたら恰好もつくんやけど、ただの流浪の身になってまうわな」


「や、やつを……」


 タナキアが絞り出すように言う。

 表情は険しく、苦渋の決断を強いられているようである。


「まさか!?」


 ボーネルドがその意図にいち早く気付いた。


「そのまさかじゃ。

 わらわにも、四悪柱であるお前達にも騎士団を追い返すだけの力が無い。

 この辺りの魔物もわらわには従わん。

 となれば、使える戦力はもうやつしかおらんじゃろう」


 タナキアは若干持ち直したようだ。が、険しい表情はぬぐえていない。


「えっ!

 ケルベエちゃんのこと!?」


 そして、エンキーネもタナキアの意図に気付く。


「確かに、あいつなら騎士団ごとき一蹴できるだけの力は持っているやろうな。

 やけど、そもそもタナキアはんが魔王としての力を十分に備えていたころから、まったくゆうこときかへんじゃじゃ馬でっせ!?」


「ケルベエ、馬違う、犬」


「まあ、地獄の番犬いうくらいやからな。間違いなく犬やけど。

 じゃじゃ馬言うのは比喩や。

 あいつは、わてらのことさえ噛み千切るような文字通り飼い主の手を噛む飼い犬や。

 騎士団がおったらそっちを相手してくれるやろうけど、騎士団を殲滅した後はわてらを襲ってくるやろ。

 あいつに原因があったとはいえ、かなり恨まれるような仕打ちをしてもうたからな」


「しかし……、それしか方法はないのじゃ。

 この城を奪われるようなことになれば、魔王の威厳は失われてしまう。

 それに未だ気付かれてはおらぬが、この城の秘密。

 それに迫られる恐れもある。

 わらわの姿が見えなくなれば、人間どもはこの城をくまなく調査するじゃろう。

 わらわの痕跡や手掛かりを求めてな。

 それを防ぐためにはどちみちあやつを解き放たなければならぬ」


「しかし、それでは我らがこの城に居続けることができなくなるのでは?」


「確かに。

 じゃから、一旦城からは退去する」


「逃げる、どこいく?」


「逃げるのではない。

 アズマを勇者を探してこちらから攻勢に打ってでるのじゃ」


「なるほど。騎士団相手よりもそっちのほうがまだ勝算は高いわな。

 やけど、勝てるとは限らんで?

 前のエンキーネはんの時のように、邪魔が入るかもしれんし、聖剣がかつての力を取り戻しているかもしれへん」


「もちろん無策で挑む気は無い。

 忘れたか? 四悪柱が何故四人であるか。

 その力の源がなんであるのか」


 それを聞いた四悪柱の顔が険しくなる。


「まさか、魔脈との融合のことを言ってるのですか?」


 ボーネルドの問いにタナキアが頷く。


「そうじゃ」


「あれって、そもそも成功した人居ないんじゃなかったっけ?

 できるかどうかわからない秘中の秘の術式でしょ?

 失敗したら発狂するっていう……」


「先代の四悪柱は、全員で挑戦して全員でそろって発狂して勇者が来る前にタナキアはんに襲い掛かったとかいう恐ろしい儀式でんがな」


「あれは……ほんとうに怖かった。

 うん、怖かった」


 その時のことを思い出したのであろうか。

 タナキアからは魔王の威厳が失われ、何かに怯える幼女そのものの姿となっていた。


「無茶、やめとく、無難」


「しかし。

 そうでもせんと、勇者や聖剣に打ち勝つだけの力は手に入らん。

 無茶な願いじゃとはわかっておるが、誰か手を挙げてくれると助かるのじゃが……」


 タナキアの呼びかけに、四悪柱、風のボーネルド、水のダイタルニア、土のグアッドルフ、そして火のエンキーネがそろって俯いた。

 というか、タナキアから視線を逸らした。


「おらぬか……。やはり、そうであろうな。

 わらわの頼みとはいえ聞き入れてくれぬか。

 ちなみに、ではあるが、わらわの見立てでは現在火の魔脈について多少の揺らぎが生じておる。

 おそらく大精霊の身になにか起こっておるのじゃろう。

 つけいるのならばそこじゃ」


「げ、あたし!?」


 エンキーネが目を見開いた。


「無理にとはいわん。

 じゃが、挑戦してくれるのであれば。

 もし万一成功して勇者討伐に成功したのであれば。

 エンキーネをわらわの最高幹部として迎え入れようぞ」


「最高幹部……、ってそんなことあんまり興味ないんだけど。

 それに万一って失敗する気まんまんな言い方……」


「エンキーネ、無欲」


「それよりタナキアちゃん」


「なんじゃ?」


「最高幹部なんて地位も名誉もいらないわ。

 もし成功したら、一緒にお風呂に入ってくれる……ってのはどう?」


「風呂……であるか?」


「お、女の子どうしなんだし、それくらいいいじゃない」


「エンキーネ、よだれ


「あかん、なんやおかしな欲にまみれとるな。

 そんな邪な気持ちじゃあ成功するもんも成功せいへんで」


「いや、逆だ。

 我ら四悪柱はそもそも邪悪なるもの。

 色欲ではあっても、そのような力が己の力を倍増させる。

 エンキーネであれば、火の魔脈の制御が万全でないのが本当であれば。

 可能性はゼロではない……かもしれない」


 ボーネルドは自分に言い聞かすように論じた。

 その上で、タナキアに視線を向ける。


「さすれば、王よ、我らが王よ。

 エンキーネの願い、聞き遂げてはいただけないでしょうか。

 それが、今我らにできる最良の策」


「お、お風呂……?

 べ、べつにいいけど……」


 また、幼女の雰囲気がタナキアを支配する。

 ちょっぴりの恥ずかしさと、かなり不安なエンキーネの態度。

 しかし、それを勇者討伐、ゆくゆくの世界支配と天秤にかけるとわずかに、己の身を犠牲にすることが軽んじられるのであった――エンキーネが幼女ボディである自分に何をするか、そこまでの鬼畜なのかはおいておいて――。

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