第4話 異世界の『い』はイカれてるの『イ』
「いってぇぇぇぇっ!!」
痛い痛い、いたいいたい、イタイイタイ、イタイイタイ……。
体中が燃えるように熱くて、意識が飛びそうなくらい痛い。
「ぁ、くっ……かっ……」
何だ? 何がどうなってるんだ?
さっきまで天界とやらで神様や天使さんと話をしてて。
最後に光に包まれて、それから目が覚めたら…………痛い。
もしかして今までのは全部夢でした、みたいなオチじゃないよな?
飛び降りて意識を失って、その間に見ていた夢でした、みたいな。
そんなのは嫌だ。それだけは嫌だ。
でもそうだとすると、痛いのも説明がつくんだよな……。
「……どうして?」
身悶えながらそんなことを考えていると、どこからか人のものらしき声が聞こえてくる。
「誰……か、いる、ん、ですか……」
いるなら救急車を呼んでもらえませんか?
俺は助けを請うため、体に必死に力を入れて声のする方に顔を向けた。
その視線の先にいたのは。
「女の……ひ、と?」
金髪で目の青い、ボコボコの胸当てを身につけた、多分、女の人。
「あ……あの」
「動かないで」
あ、やっぱり動かない方がいいですか?
「一体何をしたの?」
「う……あ……」
いや、飛び降りたんですよ。
「どうして生きてるの!?」
多分飛び降りたのが一軒家の二階からで、しかも着地は足からで、更に下が土だったからだと思います。
「答えなさい魔王!」
「え……?」
魔王?
いやいや、俺の名前は
確かに似てはいるけど。
「あ……」
あー、上手く声が出せないな。
どうしてだろう。
と言うか、早く救急車呼んで欲しいんですけど……。
「あーてす、てす、まいくてすとー」
あれ、声が出せる。声が出せるようになった!
それに何だか体も
これなら立ち上がれそうだ。
そう思い、俺は全身に力を入れ、ゆっくりと立ち上がる。
「動かないでって言ってるでしょ!」
「だってあんた全然救急車呼んでくれないんだもん! もういいよ! 自分で病院行くからって……あれ?」
立ち上がって俺が目にした光景。
それは間違いなく、知らない天井だった。
ここは一体どこだ?
石を積んで作られたであろう、とてつもなく広い部屋。
壁に掛けられた無数の
敷かれた真っ赤な絨毯。
そして振り返れば、豪華で大きな玉座が。
「すげー」
まるでアニメにでも出てくるお城のようだ。
……まぁ絨毯焦げてるし、床陥没してるし、変な生き物が寝そべってるけど。
「もしかして俺、本当に異世界に来ることが出来たのか?」
「何をごちゃごちゃ言ってるの? ……まあいいわ。何度生き返ろうと、その度に私があなたを殺してあげる」
そう言って、金髪碧眼の女の人は剣を構えた。
「ちょっと待って! どうして俺が君に殺されなきゃいけないんだ」
「何言ってるの? 頭でもおかしくなったのかしら。殺す理由なんて決まっているでしょう? それはあなたが魔王だからよ!」
「魔王? 魔王だからって殺すっていうのはどうかと思うけどな、俺は」
じゃなくってだ。魔王? 俺が魔王?
と言うことはだ。よく考えろよ俺。
もしあそこにいる金髪の女の人が、中二病の患者さんとかじゃないとしてだ。
ここが異世界で、そして天界や神様、天使さんが夢じゃなかったとしよう。
確か神様は『丁度いい“物件”が見つかった』って言ってたから、つまり、何らかの理由で空き家となったこの魔王さん宅に、俺が入居した。
そして俺が魔王になった。そう言うことで間違いないだろう。
よしよし、大分落ち着いてきたぞ。
どうだこの俺の順応力の高さ。
伊達に異世界を夢見てきたわけではない!!
でだ、そうなると、あの女の人は……。
「ふざけないで! 魔王ってだけで殺すには十分な理由だわ。さあ死になさい!」
「ち、ちょっと待ってって」
「何よ、命乞いならしても無駄よ」
「あ、いや、一つ聞きたいんだけど、君と俺の関係って何?」
「……っ!? バ、バカにしてるの!? あんたは魔王私は勇者! 敵よ敵!」
うん、やっぱり勇者か。
それにしても勇者、どうしてそんなに顔を真っ赤にしているんだ。
「で、今はどういう状況?」
「とぼけるのもいい加減にして!」
そう言って勇者が腰を深く落とし、今にも切りかかってこようとしたときだった。
「魔王様!」
そんな声と共にビュッと風が吹いたかと思うと、気付けば目の前には人の背中が。
「っ!?」
「ご無事でしたか魔王様」
突然現れたその男は、首だけで俺を振り返る。
一体誰だ……味方であることは、間違いなさそうだけど。
「現れたわね四天王」
勇者はその謎の男に向かって、そう投げかけた。
四天王……おお、何だかよくわからないけど、強そうな人が出て来たぞ!
「あ、あの」
「すみません魔王様、少々遅れてしまいました。しかし私が来たからには、魔王様が直接手を下さずとも、勇者などちょちょいのちょいです」
おおおお、頼もしいじゃないか。
「よく言うわね、ゲイル・サンダークラップ」
それはこの四天王の名前だろうか。
だとしたら名前もとても強そうだ。
まあ、これなら何とか勇者に殺されずに済むだろう。
「四天王ごときじゃ私を止めることは出来ない。この部屋をよく見てみなさい」
「なっ……」
その男ゲイルは、部屋に倒れている二匹の獣のような生き物を見て、声を漏らした。
「勇者よ、この二人を倒すとは、敵ながらあっぱれです」
「え、あの人たちって、そんなに強い人なのか?」
「何を仰います魔王様。あの二人は四天王の一員ではありませんか」
「あれが?」
嘘だ……あれは絶対にモブキャラだろ。
「お忘れですか!? 右が剛力担当のブーブー」
弱そうな名前だな……。
「左が怪力担当のミーミー」
今度は可愛い名前……ゴリゴリだけど。
と言うか何なのその担当って、剛力と怪力に、どういう違いがあったわけ?
「で、君は?」
と、一応聞いてみる。
「どうされたのですか魔王様、私までお忘れですか!? 素早さ担当のゲイル・サンダークラップですよ!」
素早さ担当……?
これもこれで、意味が分からない。
「まさか勇者におかしな魔法でもかけられたのでは? さてはネバネバですか? ネバネバなんですかぁぁぁぁ!?」
こっちからすれば『ネバネバなんですか?』じゃなくて『ネバネバってなんですか?』なんですけど。
まあ何であれ、ネバネバなんて名前の魔法はくらいたくないな……。
「で? もう一人は?」
四天王なんだから、もう一人いるはずだろう。
「腕力担当のペーペーは、何をしていいのやら分からず逃げ出しました」
そりゃ仕方ないな、だって
「とりあえずここまでで分かったのは、お前が頼りなさそうってことだけだな……」
「何を仰います魔王様――」
「いい加減にしなさい、いつまでペチャクチャとお喋りしてるのよ!」
ついに痺れを切らした勇者は、元々主張の強そうな鋭い目を更に尖らせて、俺達を睨みつける。
「まぁまぁ、落ち着いてくれよ勇者さん」
「時間切れよ。勇者、ラヴ・リ・ブレイブリアの名において、あなたたちを断罪する!」
「ラヴリー?」
可愛い名前だなぁ。
「な――っ!? ラヴ・リよ、ラヴ・リ! 繋げないで!」
勇者の顔は耳まで真っ赤になり、今にも顔から煙を噴出しそうになっている。
おっと、これは地雷だったか……生き残るためにも、勇者をあまり怒らせないようにしないと。
「ああ、ごめんごめん。ラヴ・リだね。謝るからその剣を収め――」
「賢明ね。でも命乞いは無駄だと言ったはずよ。勇者、ラヴ・リ・ブレイブリアの名に――」
「魔王様、あなたが勇者ラヴリンなんかに謝る必要はございません」
「どうしてそういうこと言っちゃうんだよ!」
しかもラヴリンとか、ちょっと酷くなてるし。
「くっ……こんな屈辱、生まれたばっかりだわ!」
「今!?」
今生まれたんだね? 男の子? 女の子?
名前は何にしよう……じゃなくってだな。
「生まれて初めてだろう?」
確かに生まれて初めてなら、その感情は生まれたばかりなんだろうけど。
「うるさい! もう絶対に許さない……勇者、ラヴ――」
「リン」
……ダメだこの四天王。
「勇者の名において、お前らを殺してやる! バカ!」
勇者がそう言うと、彼女が持っていた剣が輝きを放ちだす。
「はぁぁぁぁあ!!」
勇者はその剣を振りかざし、腰まで垂れた長いポニーテールをたなびかせ、鬼の形相で近づいてくる。
「え? え? おいゲイル、何とかしてくれるんだろうな、こうなったのお前のせいだぞ!?」
あ、あれ? ゲイルがいない。今まで目の前いいたはずなのに。
どこ行ったんだ?
見渡すも、ゲイルの姿は見当たらない。
「くそっ」
もしかしてあいつ逃げやがったのか!?
素早さ担当、糞四天王じゃないか。
だからあいつ無傷だったんだ!
素早さ担当じゃない、逃げ足担当だ!
そんなことを考えているうちにも、勇者はどんどん迫ってくる。
「しぃぃぃぃねぇぇぇぇ!」
「ちょっ、ちょっと待ってくれよぉぉぉぉ!!」
もう無理だ。
そう思いながら、自分の体を庇うように両手を突き出した。
するとその手から、ボウッと。
「何か出た」
何か黒い波動のような、炎のようなものが放出された。
そしてその炎のようなものは一直線に勇者の方に飛んで行き。
「きゃあ!」
見事彼女に直撃。
「死に損ないの、くせに……まだこんな力が、残って、いたなんて……」
俺の手から放たれたそれをくらった勇者は床に倒れこみ、意識を失った。
「へ……?」
一体何が……?
パチパチパチパチ。
しばらくして拍手が聞こえてくる。
音の主は、どうやらゲイル・サンダークラップ。
「さすが魔王様、勇者など一撃でしたね。お見事です」
え、ええ!?
倒しちゃったの勇者、今ので?
手をかざしただけなのに……。
こりゃこの異世界も、もう終わりだな。
と言うか手から何が出たんだろう、魔法か?
それにしてもさすが元魔王の体だな、スペックが高い。
まあ勇者、最初からボロボロだったけど。
「で、お前はどこに行ってたんだ? まさか逃げてたんじゃないだろうな」
「そんな、説法もございません」
「それを言うなら滅相だ」
説法なんて、俺だって聞きたくないよ!
「さあ魔王様、とどめは私にお任せください」
ゲイルは落ちていた勇者の剣を拾い上げ、倒れた彼女に恐る恐る近づくと、それで勇者の体をちょんちょんとつついた。
「う……うぅ……」
唸る勇者。
よかった、意識はなくしたみたいだけど、息はまだあるみたいだ。
「さあさあ見ていてください魔王様! 私が勇者を倒しますよ! ……勇者を倒したとなれば次期魔王は私に……グフフ」
聞こえてるんですけど……。
さてはこいつ、こうやって四天王までのし上がってきたな。
はたしてその四天王というのが、素晴らしい地位だったかは置いといて。
「止めろ」
「止めません!」
「なら四天王辞めろ!」
「そんなっ!? ……どうしてです、どうして止めるのです」
どうしてって言われても、別に俺、勇者に恨みなんてないし。
それに目の前で人が殺されるところなんて、見たくない。
「何でもいいから、殺すのはやめてくれ」
「城に忍び込み魔王様を殺そうとした賊ですよ、それを生かそうというのですか? それはいけません」
やっぱり敵を生かしておいたのがばれたりしたら、部下に示しがつかなかったりするのか?
部下がどんな奴なのか、どれだけいるのか、そもそもいるのかすら分からないけど。
大体、最高戦力っぽい四天王であれだしな……。
でも示しがつかないからと言って、じゃあ殺してくれってわけにもいかないし。 んー……。
勇者をかくまっておいても他人に気付かれない場所が必要か。
ここが俺の、魔王の城だと考えて……。
牢屋、じゃだめだろうし。
倉庫、もだめか。
客間、は……。
……おお! 一つ最適な場所があるじゃないか。
「ゲイル、とりあえず、勇者を俺の部屋に運び入れてくれ」
魔王の城なら、魔王専用の部屋があるはずだ。
そしてそこなら、魔王である俺以外勝手に出入りすることはないはず。
「人質にでもしようというのですか? それは危険です。それにどうして自室へ?」
「あ、いや人質じゃなくて――」
「まさか!? 奴隷にでもして、あんなことやこんなことをなさるおつもりで!?」
いや、違うんですけど……。
「それなら仕方ありませんね、すぐに運び入れましょう」
あ、それならいいんだ。
「そうそう、そうだ。よく分かったな」
「……ウラヤマシイ」
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