愛すべきバカ共の戯れ!!
ヒロ
第1話 プロろーぐ
俺は窓から飛び降りた……。
“12時34分56秒”
俺はこの時間が、一日の中で、一番連続して数字が並ぶ時間だと思って十八年間生きてきた。
でもよくよく考えたら、“01時23分45秒”も同じじゃないか。
こんなことに今更になって気付くなんて。
“0”を最初に持ってくるという発想がなかった。
それはそうと、ふと時計を見たときに“4時44分”って表示されてたら、何だか凄く嫌な気持ちになるよな……。
しかもそんな時間に限って、よく目にするような気がするし。
おっと、こんなことを考えている場合じゃなかった。
俺は今、自室の窓から飛び降りたんだった。
体は浮遊感に包まれ、地面はどんどん近づいてきている。
俺はきっとこのまま死ぬ。
どうして窓から飛び降りたのか。
それは死にたかったからだ。
どうして死にたかったのか。
そんなの決まっている。異世界に行きたいかったからだ。
じゃあどうして異世界に行きたいのか。
その理由を話せば長くなる。
果たして俺の最期が来る前に、話を最後まですることが出来るだろうか。
何せ俺は今絶賛落下中で、間もなく地球に体当たりをする予定なのだ。
時間が全然無い……。
それにしても、あの話は本当だったんだな。
交通事故にあった人がよく言う『車に轢(ひ)かれそうになった瞬間、時間がゆっくりに感じました』ってやつ。
今、物凄く時間がゆっくりに感じる。
それはもう止まっているかのごとく。
目の前のはずの地面が、まったくやってこない。
しかしもちろん本当に止まっているなんて事はなく、体は重力に逆らわず地面に引き寄せられているし、頬には風が、痛いくらいに吹きつけてきている。
さて、どうやら死に際に走馬灯を見るというのも、本当らしい。
今までの出来事やら記憶やらが、まるで夕立のように唐突に、そして激しく俺の頭を駆け巡る。
俺は中学・高校と、非常に順風満帆で楽な人生を送ってきた。
中学で入った部活動。
それがとにかく楽しくて仕方がなく、朝も昼も夜も練習をしまくった。
その甲斐あってか、チームメイトとコーチにも恵まれた俺は、あっという間に成長し、県でも三本の指に入るほどの選手に成長した。
運動ばかりしていて頭はそんなによくなかったのだが、部活の成績のおかげで推薦を貰い、難なく高校へ進学。
スポーツの名門校に入学した俺は、そこでも毎日練習に明け暮れた。
そして見事、夢であった全国大会に出場。
高校に入り、勉強面でも非常に優秀な成績をおさめた。
いや、俺が優秀になったわけではなく、周りがバカになったのだ。
俺の進学した高校はもともと賢い学校でもなく、周りはスポーツのために来ているような奴ばかり。
そのため授業はほとんどが睡眠時間。
だから普通に起きて、普通に先生の話を聞いているだけで、勝手に成績が上がっていったのだ。
そうして俺は、学業成績でも学年トップクラスとなった。
まさに文武両道の鏡として先生方からも信頼され、何かと代表を任されたりもした。
俺からすれば何も苦労していない。
ただ好きなことや当たり前のことを、普通にやってきただけなのに。
それだけで何だかんだ叶えたい夢も叶えてきたし、地位も名声も得てきた。
そんな俺だったが高校卒業後は、スポーツもやめ大学も行かず、普通に就職をするつもりだった。
スポーツで食べていける人間なんて一握りだということも、よい大学に行けるほど自分は賢くないということも分かっていたからだ。
しかし教師には賢いのに大学に行かないのはもったいないと言われ、両親も大学への進学を望んだ。
仕方がないので、とりあえず俺は大学進学を選択。
落ちれば皆も諦めてくれるだろうと思った。
だからわざわざ身の丈に合わないレベルの高い大学を選び、あまつさえ試験の当日までまったく勉強もしなかった。
そろそろ、何だかんだでうまく行っていた人生も終わるのだろう。
と、そう自分でも悟っていた。
しかし結果は合格……。
しかも二回受けて二回とも。
ほとんど問題も読まずに、鉛筆を転がして回答しただけにも関わらず。
俺は合格通知を見ながら、一人で大笑いをした。
きっと俺の人生は、こんな感じに何だかんだうまく行って、楽しくて楽な人生を送るのだろうと確信せざるを得なかった。
でもこの合格こそが、俺の人生の荒波を告げるベルだったのだ。
大学生活、それはもう俺にとって絶望的な毎日だった。
楽しくないとかそう言うことじゃない。
今までスポーツをしていて、常に俺の目の前にあった“勝利”という目標。
でも部活を辞めてしまった俺にはそれがなくなった。
新たな目標を見つけようにも、部活しかやってこなかった俺には他にしたいことなんてない。
と言うか分からない。
大学だって、何かしたいことがあって入ったわけじゃない。
俺は目標も目的もなく、ただ漠然と過ごす日々に耐えられなかった。
はっきりとしない、モザイクのかかったようなよく分からない不安に駆られ。
恐怖し。うろたえた。
だから、特に意味も無くただふらつくように毎日を遊んで過ごす周りの同級生が、バカに見えた。
そのせいで希薄な友達関係しか築けず。
とりあえず大学に通おうにも、頭の悪い俺には授業にまったくついていけない。
そうやって、やがて大学にも行かなくなり、俺の大学生活は一回生の夏休みと同時に、あっけなく終わりを迎えた。
大学を辞めたいと両親に相談したとき、彼らはあっさりとそれを了承した。
両親も思っていたのだと思う、この子は何だかんだでやる子なんだと。
そう思わせるだけの信頼を、今まで築いてきた。
俺もこのときはまだ信じて疑わなかった。
自分は何だかんだで就職できて、そこそこのお金を稼いで、そこそこの暮らしをしていくんだと。
でも違った。
そもそも俺は就職先を探すことさえしなかった。
もう少し休みたい、もう少し、もう少し。
そんな風にしているうちに、気付けば、自分で家の扉を開けることが酷く難しいことになっていたのだ。
一ヶ月、また一ヶ月と家にこもる日々が続いていく。
父も母も何も言わなかった。
今まで鼻高々だった彼らにしたら、落ちぶれていく息子の姿など見たくなかったのだろう。
いつしか家族は俺に興味をなくし、ほったらかしになった。
姉は相変わらずだった気がしないでもないけど。
まあそれはいいとして。
家の中での生活に、退屈はしなかった。
小学生の頃からの趣味の、漫画やライトノベルが大量にあったからだ。
長らく積まれたままになっていた、その本たちの山を崩していく毎日。
しかしその本も、すぐになくなってしまった。
働いていない俺に、追加で本を買うお金などもちろんなく。
暇を持て余した俺は、まるでそれが必然であったかのように、パソコンの画面に吸い寄せられることとなる。
わけの分からない動画を見てみたり、変な掲示板を徘徊してみたり。
そんな時偶然見つけたのが『小説家になってみようかな』という、小説投稿サイトだった。
長い読書生活で半ば活字中毒になっていた俺は、喜び勇んでとびついた。
そのサイトでは、『VRMMO』や『異世界』といったジャンルの作品が、人気を博していた。
あまりそういったジャンルの本を読んでこなかった俺は、瞬く間にその魅力にはまる。
そして憧れた。
異世界の空に、海に、大地に。
魔法や異種族といった、ありえない奇跡に。
そして俺も行きたいと思った。
とりあえず異世界へ行く最初の手段として、ゲームに取り込まれようと考えた。
漫画やラノベは小さい頃からたくさん手にしてきた俺だったが、ゲームについてがまったくと言っていいほど無知だった。
だからとある質問サイトで尋ねてみた『VRMMOのゲームって、どうやったらできるんですか?』って。
そしたら『そんなものあるわけがないだろう』と、かなりバカにされた……。
しかしそのサイトの下に、あつらえたように一つの広告が。
((オンラインゲーム プレイするなら今すぐここをクリック!!))
俺は迷うことなくそれをクリックした。
そうして俺はゲームを開始する。
しかしどれだけやっても、何時間ぶっ続けでやっても、一週間寝ずにやっても、一向にゲームの中に取り込まれる気配はがない。
やっと行けた!
と思ったら夢だった、なんてオチばかり。
仕方なくゲームに取り込まれることを諦め、そして次の手段として選んだのが死ぬこと。
小説の登場人物たちは、こうやって死ぬことで転生したりして異世界に行っていた。
トラックに轢かれたりだったりで死んで、異世界へ。
そんなわけで、今に至るわけだ。
ん?
でも今気付いたけど、転生して異世界に行く人って、偶然死んだ人達ばかりだったような。
あれ?
神様が間違えて殺しちゃった、とか。
死ぬはずじゃなかったのになぜか死んだ、とか。
おいおい……。
ちょっと待てよ……。
異世界って、故意に死んで行けるのか?
もしかして、このままだとただ逝くことになるだけなんじゃ!?
そんなことに気付いたときには既に遅かった。
地面はもう目前。
そして体は地面に叩きつけられる。
ドスッという鈍い音と共に、衝撃と激痛が体中を駆け巡る。
「ぉう゛っ、あ゛ぁあっぁあぁあぁあぁあああぁっぅがはっ!!」
いってーっ痛い痛い痛い痛い、いたい、イタイ、イ……タイ。
「え、なに? ……きゃぁぁぁぁ! たっくん! どうしたの!? 大丈夫!?」
え? こっちが何? 何なんだよ、こんなに痛いのに、俺死ねないの?
嘘だろ?
やっぱり異世界に行くのは、簡単じゃないな……。
「――――」
こうして、あまりの痛みに俺の意識は吹っ飛び、闇の中へと吸い込まれていった。
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