二人のオトメ

ぽこぺん

第1話

 この世界に恋なんて無い。少なくとも私、金剛院音姫こんごういん おとめには存在しない。

 別に男の人が嫌いという訳ではない。苦手なだけだ。

 それと言うのも私の父である金剛院一哲いってつの所為だろう。

 私は幼い頃に母を亡くし、父と一緒に暮らしてきた。父は整体院を営む傍ら、柔道の道場も開く柔道家でもあった。そんな親を持ったからか、私も幼い頃から柔道をやらされ早一〇年。今では県内でも一、二位を争う女子柔道の選手となっていた。そして、そんな風になってしまったからか、並みの男子より強くなってしまった。少なくとも私の通う学校に私より強い柔道選手はいない。だから、私は男性と言うのものを少々だが下に見る傾向がある。

 そして、それとは別にしてどうにも許容できないことがある。それが男性の無神経さである。

 周りの男性を見ていると。制服は汚い。ワイシャツは皺だらけ。靴の踵は踏む。汗臭い。タバコ臭い。周りを気にせず新聞を広げる。イヤホンから音が漏れても気にしない。優先席に平気で座る。ガムを音を立てて噛む。スマホでアダルト記事を読む。汗臭い。

 とにかく、こう言ったところが目について仕方がない。そして今日は偶々、そういう人が多く乗り合わせる時間に電車に乗ってしまった。本来ならもっと早い時間に乗るのだが、父との朝練を長くしてしまったから、このような事態になってしまった。

 まあこれらは私が目を瞑り、一〇分程我慢すれば良い事だ。しかし、それでも我慢ならんことが一つある。

 太腿辺りを手の甲が当たる感覚。やがて、触れていた手の甲が上がっていき、スカートの上から掌でしっかりと触れられる。そして、また太腿まで手が下がっていく。

 そう痴漢である。本当にこれだけは許せない。口が悪くなるがマジでぶん殴りたくなる。

 今すぐこの手を掴んで、そのまま背負い投げして地面に叩きつけ、腕十字固めで極めてやりたい。だが、私は女子である前に柔道の有段者。例え、相手が卑劣な悪漢だとしても受け身も取れない相手に技を掛けてはならない。そして、何よりこんな狭い電車内でそんなことは出来ない。

 何度か触っていた手を掴んで駅員に突き出したが、その度に「混雑で手が触れただけ」とか何とか言って誤魔化されてしまう。本当、ああいう非を認めないところも許せない。

 何で男っていうのはこんなのしか居ないのだろうか。うんざりする。こんな相手に恋なんてする訳がない。

 いい加減触れるのも嫌だし、次の駅で降りて、次の電車を待とうかな。

 そんなことを思っていると電車がカーブに入いり右に大きく揺れる。満員近い車内では人がかき混ぜられる。

「あらー。ゴメンなさいねー」

 揺れた勢いからか、私と痴漢魔の間に誰かが割り込んでくる。

 男性の様だが、何だか違和感のある高い声と言い方で謝ってきた。

 気になったのでチラっと後ろを覗いてみる。

 私の後ろにいたのは、学生指定の紋章の入った白いシャツを着た長身の男子学生だった。ただ、今まで見てきた男子学生とは雰囲気が全然違った。

 清潔感漂う皺のない真っ白なシャツ。夏だと言うに汗をかいている様子はなく、むしろ微かに香水の匂いがする。髪はやや黒みがかった茶髪だが決して派手ではなく、切れ長な眼とハーフの様な顔立ちにとても合っている。

 何だ、この男子生徒は。と思って怪訝そうな顔していたら、私を見て彼は笑った。

「ゴメンね。大丈夫? 怪我は無い?」

「えっ、ええ。大丈夫・・・です」

「この時間はいつも混むのよー。ホントなら一本前に乗るんだけど、今日は全然髪型決まらなくてねー、こんな時間になったの」

「そうですか」

 とりあえず相槌をうっておく。

「気を付けてね。この時間帯は『痴漢』が多くいるから」

 わざとらしく周りに聞こえる様に言う。すると痴漢と言うキーワードに反応したのか、私たちの周りに居た男性が離れていく。

「これで少しは楽になったわね」

 小声で私に話してウインクをする。どうやら、彼は私が痴漢に遭っていることを知って助けてくれたらしい。

 その後も彼は私の前でずっと話を続けてくれていたので、他の男性が近づてくることはなく、無事に学校前の駅で電車から降りられた。

「助けてくださって、ありがとうございます。とても助かりました」

 降りて直ぐに彼にお礼をいう。

「良いの良いの、気にしないで。困ってたら助けるのは当たり前だし、何よりああいう行為が許せないのよ、ワタシ」

 そう言って鞄の中からボディーシートを取り出す。

「触られたところ、気持ち悪いでしょ。これで拭いたら」

「これはどうも」

 一枚もらって触れられた太腿のところを拭く。

「どうする? 顔は覚えてるけど駅員に知らせておく?」

「別に良いです。言ったところで何になる訳でもないし、慣れてますから」

「ダメよ、そんなこと言っちゃ!」

 急に怒鳴られるものだから驚いてしまう。

「慣れてるから大丈夫ってことじゃないでしょうに。そんな風にしてるから痴漢魔も調子に乗ってやってくるのよ。それに痴漢魔の特徴や時間帯を知らせておけば、駅員だって対策し易いし、学校の女の子たちにも情報が共有できるじゃない」

「そ、そうですね」

「まあ、痴漢されたって言うのが嫌ならワタシから言っておくから。後は満員電車に女の子一人で乗らないようにすること」

「はい・・・」

「じゃあ、ワタシは駅員さんに伝えておくから。今度からはもう少し早い電車に乗りなさいよ」

 そういって彼は駅員室の方へと向かっていた。

 私は訳のわからないまま学校へと向かった。


 その後、学校に登校した私は隣席の北上乃彩きたがみ のあに聞いてみた。

 朝からメイク道具を広げてまつ毛を盛りながら彼女に今朝の出来事を話す。

「あー、もしかして2―C組の彰クンじゃね? 八乙女彰やおとめ あきらクン」

 特徴を伝えるとすぐに教えてくれた。

「同学年だったんだ。知り合い?」

「いやいやいや。ウチの学校のユーメー人だって。てか、知らない?」

「生憎、学校の流行りや噂には全くと言って興味がない」

「まー、柔道バカのアンタじゃ知らなくても当たり前か」

「悪かったわね、柔道バカで」

「けど、まさかそんなアンタから男の話題が出るなんてね。明日は雪じゃね?」

「うるさい」

「まーまー。そう拗ねないの。何? 彰クン気になっちゃった?」

「そんなのじゃない。ただ、今朝の事で改めてお礼したいと思っただけ」

 あの時は何が何だかわからないまま話を進められてしまって、ちゃんと出来なかったし。

「まー、そんなところかー。まあ、コンゴちゃんに限って恋だの愛だのはないか」

「そのコンゴちゃんって言うあだ名、本当に止めてくれる」

「どの道、彰クンもそーいうの興味無さそうだし」

 真剣な眼差しでマニキュアを塗りながら意味深なことを言う。

「それはどういうこと?」

 別段気になることではないが、話の流れで聞いてみる。

「彰クンね、俗に言うオネエ系なの」

「オネエ? オネエってこっち系の?」

「そそ。同学年じゃ有名なんよ。人気者だし」

「そうなんだ」

「まず見た目が普通の男子と違うよね。日本人離れした顔。男子高校生平均身長を軽く超える185cmの長身。それでいてしなやかな筋肉質。流石はイギリス人とのハーフよね」

 やっぱりそうななんだ。特徴的だから何となくハーフだろうと思っていたけど。

「んで、成績も優秀だし、スポーツも出来る。更には一人暮らしで家事もこなすって超人かよって思う訳よ。毎日シャツとズボンにアイロン掛けて、昼食の弁当も作ってくるとか、ホント女子力高過ぎってか、女子負けんじゃねー」

 それは確かに。私、シャツにアイロンなんて掛けたことないかも。

「よく見ると肌とかチョーキレイだし、私服のセンスも良いし、話も面白いし、付き合いもいいし、無敵感がハンパない」

「へえー。と言うか、随分と詳しいわね」

「まあLINEでグループ一緒だし。だから今LINE送っておいたから。コンゴちゃんが話あるって」

「えっ、ちょっと勝手になにをしているの?!」

「あっ、返事きた。OKだって。放課後なら時間あるってよ。今日は部活ないからOKしとくー」

「だから勝手に話進めないでよ!」

「遅かれ早かれ会うってんなら、そりゃ早く攻めた方が良いっしょ。ああ、アタシは今日バイトだから付き合えないからねー。お礼は学食のカスタード入りメロンパンで良いから」

「いや、全然良くないから」

 むしろ、勝手に話を進められて迷惑してるんだけど。

 はあ、どうしよう。全然、心の準備ができてないんだけど。


 で、何事もなく放課後となる。

 ちょうどテスト期間で部活動も無く、後は帰って勉強するだけなのだが。

「あら? 待たせちゃったかしら? ゴメンなさいネ」

 校門で待っていると一人の男子生徒が小走りでやってくる。

 まさか、今朝助けてもらった人とまた顔を合わせることになるとは。

「帰り際に担任に頼まれゴトしちゃって。待ったでしょ?」

「いや、その、今来たとこです」

 とてもじゃないが、緊張し過ぎて一時間も前から居たなんて言えない。

「えーっと、コンゴちゃんでヨカったかしら?」

「全然良くないです。金剛院音姫です」

「あら、苗字に似合わず可愛らしい名前。じゃあ、音姫チャンね。ワタシは八乙女彰。気軽にアッキーって呼んでね」

「えっ、いや八乙女くんでいいです」

「そう? 遠慮なんてイイんだけども」

 遠慮とかそういうのじゃなくて、単純に呼ぶのが恥ずかしいんだけども。

「そうか、音姫ちゃんって言うの。今朝は名前を聞くのを忘れていたから気になっていたの」

「私もちゃんとお礼できなくて。今朝は助けてくれてありがとうございました」

「全然イイのよー。痴漢なんて全世界の女性の敵ですもの」

 やはり話していると違和感を覚える。見た目はとても男らしいのに身振り手振り喋り方が女性っぽい。

「とりあえず、立ち話もアレだし。どこかゆっくりできる場所でお話しまショ」

「でも、そんな話すことなんて。私はただお礼を・・・」

「なら、ワタシとお茶してちょうだい。大丈夫、女の子に奢らせたりしなから」

「それじゃあ、私がお礼に来た意味がないですって」

「もー。こういうことで男の人に恥をかかせないの」

「じゃあ、せめて割り勘にしましょう」

「ハイハイ。とりあえず、そのへんの話はお店に行ってからしまショ」

 そう言われて連れてこられたのは駅に近い喫茶店だった。

 通学路でよく通っているので存在は認知していたが入ったことはなかった。なにせ私が入るには少々勇気がいる。

 明るくポップな造りの店内には、流行?(音楽は殆ど聞かないので分からない)の曲が流れ、所狭しと可愛い小物やぬいぐるみが並べられる。これだけでも息が詰まりそうになるが、なによりも何が書いてあるかわからないメニュー表に頭を悩ませる。

 コーヒーは流石に分かるが、この品種のコナとかモカとかキリマンジャロとかチンプンカンプンだ。紅茶もなんか凄い種類あるし、サイズもSMLじゃなくてShort・Tall・Grandeってなんだこれは。

「ココのスイーツはどれも美味しいのヨ。特におススメはチョロス。注文してから揚げてくれるからスゴく美味しいの」

「は、はあ。そうですか」

 チョロスってなんだ? 揚げる? 

「飲み物は何でもおススメだけど、ワタシがよく飲むのはラベンダーのハーブティー。自家菜園の有機栽培のハーブを乾燥させて、独自にブレンドした茶葉を使って淹れてくれるからスゴくイイ香りがするのヨ」

「そうなんですか」

 ハーブティーなんて飲んだこともないから違いもわからないんだけども。

「ワタシはハーブティーとチョロスのチョコソースクリーム添えを頼もうかしら。音姫チャンは決めた?」

「えっ、その、じゃあ同じもので」

 全く決められないので相手と同じものを頼む。

「じゃあ、注文するわネ」

 店員を呼んで慣れた感じでメニューを注文していく。

「それにしてもビックリしたワ。急に連絡がくるんですもの。まさか乃彩のあと知り合いだったなんて」

「ええ。席が近くなので」

「音姫ちゃん真面目そうだし、乃彩とは合わないと思ってたけど意外ねー」

「向こうが色々と話しかけてくるので。主に宿題見せてと」

「乃彩がスゴく言いそうなことね」

「それより私も彰くんと乃彩が知り合いだというのも驚きです」

「中学で三年間も同じクラスだったの。高校も同じ所に入学したけど、流石に今度は一緒にならなかったケド」

 意外と長い付き合いなんだ二人共。乃彩はそんなこと一言も話したことなかったな。

「所謂ところの腐れ縁ね。それよりも音姫チャンは部活は大丈夫なの? 確か柔道部の部長さんでショ?」

「今はテスト期間なんで部活動は無いんです。と言うか知ってるんですか、私の事?」

「割と有名ヨ。女子柔道部の金剛院と言うのは聞いたことあるワ。名前から相当屈強な姿を思い浮かべていたけど、こんなに小さくてカワイイなんて思いもしなかった」

「そんなことないですよ。背が小さいだけで小学生に間違われるし、柔道なんかしてるものだから筋肉ついて腕とか足が太いし、傷も絶えないですからね。女らしさなんて、この長く伸ばした髪くらい。それも最近ジャマに感じてきたし、切ろうかなって思ってきて」

「あら。素敵だと思うわヨ、その髪。キレイに手入れもしてるみたいだし、切るなんてもったいないわヨ」

「そ、そうかな」

 面と向かって可愛いとかキレイとか言われたことないから、なんか恥ずかしいな。

 そんな話をしてると注文したメニューがやってくる。

 透明なポットの中で踊る茶葉とハーブ。カップに紅茶が注がれると安らぐ香りが漂ってくる。

 そしてキツネ色に揚げられた細長いスティック状のドーナツみたいなのがチェロスなのか。

「さあさあ、冷めないうちにいただきまショ」

「はい、いただきます」

 まずはハーブティーから口をつける。

「うわっ、すごい...!」

 飲むと口の中が香りで満たされ、鼻に抜けていく。とても安らぐ匂いがいつまでも残る。

「チェロスは揚げたてで熱いからアイスを付けて食べるとちょうどイイのヨ」

 言われた通りに食べてみる。

 サクサクなんだけど中はモッチリとした触感のチェロス。熱々なんだけど、そこに冷たいソフトクリームが合わさって不思議な感覚になる。チェロス自体は甘さ控えめだから、アイスとチョコソースのとろける様な甘味がちょうどいい。

「どう? お口に合うかしらって、聞かなくてもその綻んだ表情を見れば分かるわネ」

 はっ!? しまった。つい夢中になって食べていた。恥ずかしいところを見られた。

「その、おいしいです」

「良かった。気に入ってもらえたみたいで。アラ、口元にクリームついてるわヨ」

「えっ、ウソ」

 急いで口を拭く。

「そこじゃないワ。ほら、ジッとして」

 身を乗り出して、細く白い指で私の顔を優しくナプキンで拭いてくれる八乙女くん。

「ほら、キレイになったワ」

 そして、私の顔を見て微笑みを見せる。それを見て私は無性に恥ずかしくなる。顔が凄く熱い。

「アラアラ。俯いちゃ、せっかくのカワイイお顔がもったいないわヨ」

「もう、可愛いって言ってからかわないでください!」

「からかってないワ。だって、本当にカワイイですもの」

 笑いながら彼は言った。

「音姫チャンはもっと自信を持った方がイイわヨ。素質があるのに自分には無理だと思って諦めてる節があるワ」

「た、確かにそうだけど」

「スポーツもしてて引き締まった身体をしているんだから、後は心掛け次第ヨ」

「は、はあ。そうかな?」

 そんなことを言われたのは初めてだからピンとこないな。

「って、言ってるそばから爪が割れてるじゃないノ」

「あっ、本当だ」

 爪の先が少し割れている。今朝の練習時にでも割れたのかな。爪も少し伸びてるし。

「これくらいなら切ってテーピングするから大丈夫...」

「だから、その考えがダメなの。女の子はネ、爪の先までキレイにするもヨ」

 そういうと鞄の中からピンク色のポーチを取り出す。

「ハイ、手を出して」

「えっ、いや、別に」

「イイから」

「はい」

 迫力に気おされて手を差し出す。

「柔道してるから傷だらけかと思ったけど、キレイな小さな手じゃない。ちゃんとお手入れしなきゃもったいないわヨ」

 そう言いながら割れた爪にティッシュを小さく切ったものを置きリペアを塗る。

「ちなみに爪は切るより、やすりなんかで削った方が形を整えやすくて伸びるのも遅くなるのよ」

 丁寧にやすりで爪を削って形を整えていく。

「さて、リペが乾いたらネイルファイルで仕上げのツヤだしヨ」

 紙ヤスリみたいなもので爪を磨くと、傷がキレイ治っている。

「ついでだからマニュキュアもしちゃおうかナー」

「えっ、ちょっとそこまでは」

 止めようとしたら、もう塗り始めていた。

 右手だけだがピンク色のマニュキュアを施されてしまった。しかもにラメまで入れらている。

「どう? キレイになったでショ?」

「う、うん」

「女の子は、そうやって少しずつキレイの意識をしていくのヨ。見えるところも、見えないとこも」

「うん」

 って、よくよく考えたら八乙女くんは男の子じゃん。なんで女子の私が男子の八乙女くんに女性のことを教えられているんだ。

 これがオネエ系男子の女子力の高さなのか。それとも単に私の女子力不足か。

「そうだ。小さい事から始めるということで、この後でリップを買いに行きまショ。ワタシもそろそろ新しいの見たかったのヨ」

「えっ、でも私はそういうのはまだ良いかな」

「もう、女の子なんだからリップの一つくらい持ってないと。ホラ、行きまショ」

 こうして私は慣れない店を後にして、もっと慣れない化粧品を見に行くことになった。

 

 その夜。布団の上で寝ながら、右手を上げる。

 ピンクのマニュキュアに金色のラメグラデーションが散りばめられた爪。今までこんなことしたことないし、したいとも思わなかった。

 そして、このリップクリーム。いらないと言っても、結局その場の勢いに飲まれてしまい買わされてしまった。さすがに派手なのは無理なので、色がナチュラルで無香料なものを選んでもらった。

「これを私が付けるのか。想像もしなかった」

 鏡を置いて、買ってきたリップを唇に塗る。

「うーん。変わった...のかな?」

 どうも分からない。確かにツヤは出たけども、微々たるものだと思う。

「やっぱり、そう簡単に変わる訳ないか」

 分かってはいたけども、どこか期待はしていた。こんな柔道バカな私でも女の子らしくなれるんじゃないかって。まさか、こんな気持ちを抱くなんて思いもしなかった。いや、自分から遠ざけていたのかな。

「それもこれも彼の影響か」

 男なのに私より女の子っぽい彼。一緒に居ても違和感なく過ごせた。本当に女の子と一緒に過ごしたみたいに。でも、よくよく後で考えると八乙女くんは男の人なんだよな。

「なんだろ、この不思議な感覚」

 彼と一緒に話していたことを思い出すと、胸が掴まれる感覚になる。このドキドキとした感じはなんだ。

「これって、もしや...嫉妬?」

 そうだ。そうに違いない。普段、男を見下していたけども、私より女子力が高い男子を目の当たりにして嫉妬した違いない。

「なんて浅ましいんだ私!こんな事で嫉妬するなんて!」

 これでも一応は女の子らしいと思っていたけど、まだまだという現実の突きつけられたからだろ。

「ダメ!こんな気持ちじゃ勉強どころじゃない!走ってこよう!」

 布団から飛び起き、勉強を一旦置いて外へと出ていく。そして、嫉妬なんか吹き飛ぶように全力で町内を一時間ほど走り周った。

 結果、嫉妬するとか考えらないほど疲弊し、結局テスト勉強もろくにせず就寝した。


 翌日。いつも通りに通学する。さすがに今日は痴漢にも八乙女くんにも合わず登校。

「おはよう」

 珍しく教科書とノートを広げている乃彩に挨拶する。

「おはろー、コンゴちゃん。って、随分と疲れた顔してるじゃん。どったの?」

「いや、ちょっと昨夜色々と。あと、コンゴちゃん止めて」

 嫉妬心を消すために夜中走ったなんて言える訳がない。

「ふーん。あっ、それよりどうだったの?八乙女クンと会ったんでしょ?」

「どうもこうもないわよ。お礼するだけと思ったら、喫茶店に連れていかれて話し込んじゃった」

「いいなー。アタシも行けばよかった」

「なんで来なかったのよ。正直、私一人で相手するのは大変だった」

「しょうがないじゃん、先約あったんだから。勉強会でカラオケ行っててさー」

「それは勉強会になってるの?」

「五時間くらい歌ったー」

「やっぱ勉強会じゃないし」

「てか、コンゴちゃんは勉強は大丈夫なん?」

「まあ、それなりに」

「アタシは今回のテストは赤点だけはマジでやだからねー。夏休み中に補習とか無理」

「あれ? そんな話あったっけ?」

「あったあった。去年は三教科くらい赤点でさー。全然遊べなかったから今年は頑張らんと」

 そんなことがあるのか。まあ普段できることを発揮できれば問題ないし大丈夫よ。

 今年の夏は強化合宿あるし、部長の私が赤点で来れないなんて部員に示しがつかないしね。


 と、思ってた過去の自分を呪いたい。

「つ、追試ですか?!」

 数学のテストでものの見事に赤点を取り、現在職員室で数学担任の鈴木先生に呼び出しをされる。

「そう。これでまた落第点取ったら、夏休み中に学校で夏季補習するから」

「でも、私、部活の合宿が...」

「だから、その措置。去年は赤点取ったら全員夏季補習だったけど、中には部活で出れないって子が多いから、今年はそれの救済措置」

「そうですか」

「なに、同じテストをまたやるだけだから。復習しておけば大丈夫。もう君の顧問に泣きつかれるのは嫌だからね」

 あー、なんかすみません。顧問の五所川原先生。

「と言う訳で二人共・・・勉強を頑張ってね」

「うぃーすっ。了解でーす」

 隣でやる気のない返事をする乃彩。

 二人揃って赤点なんて、オチがつきすぎて笑えないよ。

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