Bio Force

影のビツケンヌ

July 21, 2129 at 10:29~

 上空を飛んでいる仲間から無線で送られてきた情報を元に、俺の隣で電気駆動のサイドカーが走っている。メーターが示す値は七十キロ。その横を‘併走して’いる俺は、今は人間の姿をしていない。

 脊柱は僅かに縮小し、代わりに強靭な腱で支えられた長く真っ直ぐな尾が生えていて、走行中のバランサーとして大いに役立つ。脚も長く、とりわけ踵から先は前腕骨程の長さまで伸びている。手足の先に付いた鉤爪は、内臓摘出用にデザインされたとでも形容すべき凶悪な代物だ。中でも足先の第二指(人差し指といえばわかりやすいだろうか)の爪は、他のものと比べても一目でわかる程大きく、鎌のような形状をしている。

 ここまでの説明で、ドロマエオサウルス科の恐竜、例えばデイノニクスやヴェロキラプトルなどを連想したなら、それは今の俺に相応しい印象といえるだろう。

 「……エドナから連絡があった。逃げ遅れた市民一名は無事救助完了。目標は三ブロック先を左折したそうだ」

「ケッ、デカイ図体して逃げ回りやがって」

サイドカーを運転する仲間も、そして側車に乗っている仲間も、ヒトの姿ではない。前者は頭部に二本、鼻先に一本の角が生え、腰からは四本の棘の付いた柔軟な尾が伸び、親指は鋭いスパイクになって、よく動く小指以外の指がミトンのように纏まっている。後者はライオンに似た体躯を持ち、頭髪は首回りまで伸びて鬣状に、更に上顎からは長さ二十四センチにも及ぶ長大な犬歯が口の外まで飛び出している。

 彼らもまた、俺と同じく姿を変えた者達だ。勿論、上空の一人と、待ち伏せている一人も。

 「見えたぞ」

片側二車線、幅二十メートル程の通りを走ってきた俺達の前方二ブロック先の交差点角から、その怪物は現れた。

 小学生が自由帳に描いたださいドラゴンの絵がそのまま出てきたような、とでも表現すべきか。のっぺりした白磁の身体を、細長い指を備えた四本の脚で支え、高い背鰭と鶏冠を持った、体高三メートル、全長十メートルの不可思議な生物だ。首と尻尾を鞭のようにしならせてこちらを捉えると、

「グクィオオーーー!!」

名状し難い叫びを上げ、突進してきた。

「やばいぜネオ!? 停めてくれ!!」

「焦んな、こっちが停まるこたぁねえ、向こうをあいつが止める」

側車の上で喘いだ仲間を制し、俺は急減速して近くの自動車の上に乗った。サイドカーもスピードを落としていくが、それだけ怪物もスピードを上げる。

 しかし、怪物がサイドカーから見て一番手前の交差点に差し掛かった時。向かって右側の路地から飛び出してきたそれが怪物の左膝に直撃すると、

「ジェアアァオアーーーー?!」

脛があらぬ方向に曲がり、その痛みからか悲鳴を上げて盛大にすっ転んだ。立ち上がろうともがいているその向こうで、脚をへし折った彼が佇んでいる。

 肩から背中にかけてごつごつとした鎧のような固い皮膚に覆われ、尾の先には瘤状の骨の塊がある。先程の功名は、まさに彼の棍棒の如き尾が成し遂げたものだ。

「でかした、ロクス!」

「……」

俺の呼び掛けに、彼は応えない。だが返事を悠長に待っていられる程俺は気が長くないし、何より目の前の怪物をどう料理してやろうかと三十分も前からうずうずしていたのだ。

「ヒャアーッ! 一番槍こそ逃したが、最初に食らい付くのはこの俺だァー!!」

自動車の上から飛び上がり、怪物の背にしがみ付くと、俺は軟質な背鰭に噛み付き、足先の鉤爪を相手の背に深々と突き立てた。対物ライフルや戦車砲も通さない微細な鱗に覆われているその体躯は、一方こうした爪と牙での‘肉弾戦’には無防備だ。傷口から溢れ出す血液が、アスファルトの上に滴り生々しい臭いを振り撒く。

「ギャウオオオオエオ! テェーーィ!!」

「喧しい野郎だ、博史ひろふみィ、喉潰せ!!」

「言われるまでもねえさ!」

怪物が立ち上がろうとする気配を感じ、俺はその背から跳び降りた。直後、博史――ライオンのような体躯の仲間が、全身のバネを使って宙に身を躍らせ、怪物の白い首筋にしがみ付く。顎の骨格構造が変化している彼は、百二十度近く口を開け、そのまま剣歯虎の如くガブリと食らい付いた。犬歯に気道を潰され、怪物は呼吸ができなくなる。

 「ネオ、仕留めんぞ!! BEAビー発動! 『デイノケイルス』!」

「わかってる。BEA発動! 『セントロサウルス』!」

ネオ――刺々しい仲間に合図し、「BEA発動」の掛け声コール。それは、既に作り変えられた自分達の身体を、再度別のものに変化させるのに必要なものだ。

 自分の腕が身の丈程も伸び、鉤爪も更に長く鋭くなる。そしてネオに至っては、最早原型を留めていない。四足歩行、全長六メートル、体重三トン、後頭部には短いホーンレットの付いた襟飾りフリル、鼻先のコーン状の角。まさにセントロサウルスそのものだった。

 「グルルォオオウ!!」

異形の姿となったネオが吼え、怪物に向け猛進する。中央分離帯の柵を蹴散らし、怪物の目前まで肉薄。そのまま身を屈め、

「グオゥン!」

「ヒュゥ……ッ?!」

角を振り上げ、首を一突き。狙い澄ました一撃。鮮血の噴き出すそこへ俺が追い打ちをかけるのだ。

「とどめ、ッだぁ!!」

短い助走の後、力強く地を蹴る。おぞましい破壊的な豪腕を振るい、

 怪物の肉を、‘抉り取る’。

 ドチャッ、と、血塗れた何かが落ちる音。

 それに、怪物の倒れるズシンという音が続く。

 「……よし、OKだ。それじゃあ早速――」

「お待ちくださいまし! わたくしを差し置いてだなんて許せませんわ!」

息絶えた怪物に俺が歩を進めようとした矢先、空からエドナが降りてきた。極めて長い薬指と胴との間に飛膜が張られ、それが翼となっている。端から端まで五メートルはありそうだ。

「遅れるお前が悪い。それに今日のMVPはアルカだ、裁量権は彼にある」

「そ、そうですが……しかしやはり平等に」

「うだうだしてねえで、不味くなる前にさっさと食おうぜ。なあアルカ?」

「おうよ」

揉め始めるネオとエドナは無視し、俺は怪物の腹の前に立った。足の鉤爪で思い切り刺突、皮膚を掻き破る。その下から露になる綺麗な赤やピンクの肉と臓物。その中に顔を突っ込み――

 喰らった。



 西暦二一〇三年。地球環境の改善の為に予てから計画されていた火星への移住計画『プロジェクトヘヴンズスルーPloject Heavens-through』の一環として、太平洋上に総面積九十六万五千平方キロメートルの巨大人工島兼大型マスドライバー施設『コーカサスKoe Cusus』が建造されていた頃。米軍二個大隊程の規模にまで拡大したイスラム原理主義者の過激派が、現地政府に対し本格的武装蜂起を開始。これを切っ掛けにして起きた、後に『第五次中東戦争』と呼ばれる戦争は、中東地域のみならず、アフリカ大陸全土を巻き込んだ大戦争となり、二一〇八年に終結した時点で、アフリカの人口は六十五パーセントも減少していた。

 更に追い打ちをかけるかの如く、過激派に裏で資金提供と煽動を行なっていた謎の反社会組織『VRANEヴレイン』が、二一一一年、アフリカの黒色人種を率いてケニアを拠点に全世界に向け宣戦布告。世界各地の軍事大国が多国籍軍となり総力を挙げて鎮圧にかかるも、高機動多脚戦車ハイマニューバレッグドタンクや生体兵器など、その圧倒的な技術力の前に為す術もなく敗れ去る。

 しかし、後に『ブラスト・ハンドレッドBrast Hundred』、即ち‘百を爆ぜさせる者’と称えられるある少年の活躍によって、事態は急速に好転する。

 VRANEに抵抗するべくアフリカ各地に結成されていたレジスタンスの一員、アメリカ系ソマリア人エリオット・ウォーカーは、リーダーであるジン・アーカーズにVRANEへのスパイ任務を命ぜられていたが、敵の罠にはまって捕虜となり、自身も生体兵器に改造されかける。

 彼は洗脳される直前に脱走、同時に当時VRANEが開発中であったロボットアーム型新兵器、『ハイドラRX-2』を奪取する。生体兵器としての常軌を逸した身体能力と、左腕にはめたハイドラの力を借りて、エリオットはVRANE本部に単身潜入、破壊。これにより統制を失った組織は全世界からの総攻撃を受けて、二一一四年に崩壊する。かくしてエリオットはブラスト・ハンドレッドと呼ばれ後世まで語り継がれる伝説的英雄として、ある種神話のように語られることとなった。

 そして同年、遂にコーカサスが完成し、移住船での人口移動が始まった。

 ところが翌年の三月二十四日、コーカサスはダーカーク地区にて、突如として正体不明の生命体が現れ、人々を襲い始めた。誰が言ったか、それはやがて『エラー』と呼称されるようになった。

 急遽設立されたエラー対策本部の研究の結果、幾つもの不可思議な事実が判明する。

 普段は全長三〇センチメートル程度の白いヘビのような姿をしており、何らかの方法で空間を切り裂き別次元から出現、周囲の無機物を摂食・吸収してその形質を様々に変化させ、変異後の巨躯で以ってあらゆる生物に暴虐の限りを尽くした後、再び元の次元へと帰っていく、という行動パターンを繰り返す。

 体表に纏った真っ白な鱗は元素周期表にない未確認の物質によって構成され、その小ささ、軽量さに反して、既存の全ての兵器を無効化し得る驚異的な強靭性を持つ。

 都市部にしか現れず、陽動による郊外への移動もした前例がない為、強力な兵器は使用できない。

 対策本部が弾き出した『答え』は、『エラーと同じ戦闘能力を持つ生物を造ること』だった。

 エラーにも弱点は存在した。エラーの鱗は生物の角質ケラチンやエナメル質に触れると、それを触媒として急激に酸化し性質を失ってしまう。そこに目をつけた対策本部は、遺伝子工学とサイボーグ技術で以って生体兵器の製造を試みた。が、その研究・開発は技術的・倫理的な問題から開発が難航し、代替として発案された『人工角質弾アーティフィシャルケラチンバレット』も、エラーへの恐怖心を克服できない兵士ばかりで運用もままならず、エラーの積極的駆除は絶望視されていた。

 その一方で、とあるマッドサイエンティストは解決策を生み出していた。

 バイオエナジーと呼ばれる謎の物質を用いたその装置の名は、バイオドライブ。

 着用者バイオドライバーが個々の機に対応する雄叫びワイルドシャウトを上げることで起動バイオバーストし、内部に組み込まれデータ化されたDNAを体内に注入、バイオエナジーを強制的に超高速循環させて新陳代謝を異常なレベルにまで高め、体組織を一瞬のうちに再構成することで身体能力を著しく増強、着用者に眠る野生の闘争本能を呼び覚ます。

 対エラー用最終兵器にして、人類最後の希望だ。

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