エピローグ
「ここでいいわ」
葵は見送りに付いていった航とジジに向かっていった。
「ここって、ここは……」
葵の乗ってきた宇宙船は見えない。ここはミルル島からボートで三十分ほどの島で、このあたりでは比較的大きく、それなりに町も栄えている。もっとも航たちがいるのは町中ではなく、中央にある小さな山を覆う林、日本の感覚でいえば狭いとはいえむしろジャングルだが、そのど真ん中だ。
「せめて宇宙船まで送らせてよ、葵さん」
「いいの。あたしたちの文明のものは、あまり地球人に見せるべきじゃないと思うの」
ヨンガルラの中をさんざん泳ぎ回った自分たちに、今さらとは思ったが、それ以上突っ込まなかった。
「本当に行くのかい、葵さん? 危ないんだろ。戦争になっていて。それに星として死にかけてるって。地球に残ったら? ここは自然に溢れているし、とりあえず平和だ。それに、連れて帰るべき人だっていない」
そう、連れて帰るべき王女の肉体はすでに滅んでいたし、その記憶と魂を受け継いだものももういない。いっしょに帰る恋人に至っては、百年も前に死んでいた。
「たしかに惑星ルッソは戦争中だし、海もない。連れて帰るべき人もいない。それでもあたしが生まれ育ったところなの。簡単には見捨てられないわ。それに王女のことを報告しなくちゃならない」
「そんなのわざわざ葵さんが行かなくても、無線で……」
「届くまで二千年かかるわ」
葵はそういって、笑った。
「行かせてやれ、航」
ジジがぶっきらぼうにいう。
「きっと、葵さんは、葵さんの星でやるべきことがあるんだ」
「そうかもね」
葵は遠い目で空を見上げる。
それはなんだ? 戦争をとめることか? あるいは戦後の復興か? あるいは星そのものの命をどうにかすることか?
たしかにルッソには、葵の肉親や友人、仲間などが懸命に生きているのだろう。彼らから離れて、一生地球で暮らすことは葵には考えられないのかもしれない。
「ちゃんとお礼いってなかったけど、葵さんはあたしの命の恩人だ。ありがとう」
ジジが珍しく神妙な顔でいう。
「なにをいうの。それはお互い様よ。あなたがいなかったら、あたしは生還できなかったわ。だって、あのときあたしは諦めたもの」
「あのとき?」
航が口を挟む。
「コックピットを出たとき、もうエアは残ってなかったの。透明度は最悪で、おまけに置いてあったタンクはレギュレーターのホースを切られていた。しかもそのすぐあと、最初の小さめの爆発が起こった。あたしはもう死んだと思ったわ。だけど、ジジちゃんはこういったのよ。『タンクはあるはずだ。あいつらの最初のやつはここで死んだはずだって』ね」
そういえばそうだ。最初のやつの断末魔の叫びを聞いて、敵が侵入してきたことに気づいた。そう考えれば、あの洞窟の中にタンクを背負った死体があって当然なのだ。
「そして『探すべきは、水底じゃなくて中層だ』ってね。そしたら本当に見つかった。キンメモドキの群れに覆われていたけど、ジジちゃんがそれを掻き分けると、その合間から死体がゆらゆら漂いながら浮いていたのよ」
葵は両手の平を上げてあきれ顔になる。
「もう、ほんとにすごいと思ったわ。それに、死体からBCを外して、あの縦穴をくぐって二度目の大爆発をやり過ごせたのも、ジジちゃんが冷静だったからできたこのよ。そもそもジジちゃんが死にそうになったのは、あたしの責任。あたしがみんなを巻き込んだから。だからお礼なんていわれると、心苦しいわ」
自分がゴーラと戦っているとき、なにがあったのか、まだ詳しく聞いてはいない。それはあとでゆっくりジジに聞こう。
「もちろん、航くんにも感謝してるわ」
「いや、俺はたいしたことはしてない。ジジの方がよっぽど役に立ったよ」
謙遜ではない。本気でそう思う。
「ううん。航くんは、真っ先にあたしに協力しようっていってくれた。それだけで充分。そうでなかったら、はじめさんたちも協力してくれなかったと思うわ」
本当にそう思っているのか? それともお愛想でいっているだけなのだろうか?
水の中ではあれほど意志が通じ合っていたのに、もうわからない。顔色で判断するしかないのだ。
それでも葵の笑顔を信じてみたい。
「じゃあ、ふたりとも元気でね。りっぱなダイバーになるのよ」
葵はウインクをする。
欧米人のようにジジとハグした。そのあと、航と向かい合うと、航の頬にキスをした。
「葵さん」
それを見たジジが文句をいうと思いきや、とんでもないことをいった。
「ルッソではどうか知らないけど、地球ではそういうとき、いい女は口にキスをする」
葵はくすっと笑ったあと、その魅力的な唇を航の唇に合わせた。
ほんの数秒だったが、葵の柔らかい唇の感触が残る。
「さようなら」
葵は航たちに背を向け、歩いていく。もう振り返らなかった。
「戻ろう」
葵の姿が見えなくなると、ジジがいった。
航はジジといっしょに歩きながら、考える。ここ一ヶ月ほどのことは一生忘れないだろう。あの大冒険のことも。葵のことも。
「俺は一番のダイバーを目指すよ。とりあえずは、まずこの島でだ」
ずっと思っていたことだが、口にするのは初めてだ。ジジは笑った。
「不可能だ。あたしがいる」
たしかにこいつはすごいやつだ。今回でさらによくわかった。だからこそ、負けたくない。そしてもちろんはじめにも。
意地とか反感とかそういうつまらないことではなく、純粋にすごいダイバーになりたいと思った。それが人生を掛けるだけの価値がある、すばらしい夢だと実感できたのだ。
林を抜け、海辺に出たころ、空を見上げた。
雲ひとつない青空の中、長い飛行機雲が、まっすぐ空の彼方へと向かっていた。
了
スターダストレックの精霊 南野海 @minaminoumi
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