鬼喰い女王と記憶を無くした少女

@monobro02

第1話 女王再臨

 鬼がいる島がある。

この地球上のどこかに存在はするが人間にはその存在を認識することはできない。

その島には鬼が住んでいる。そこの鬼たちは火を扱ったり水を扱ったりと不思議な力を持っていた。それでいて争いは起きることはなく平和な日々を過ごしていた。

しかし島に住む鬼たちの中にひと際強い力を持つ女性の鬼が国を治める鬼の王六人に戦いを挑んだ。

女性の王は強力な力を持って一人、また一人と最強と謳われた鬼たちを倒していった。そして女性の鬼はあろうことかその六人の鬼を喰い、力を自分の物にし代わりに国を治めた。六つに分かれていた国は一まとめにされ平和だった治安は悪化。独裁政治により鬼の自由は制限され歯向かったものはできるだけ残酷に惨たらしくく殺されていった。

 そんなとき、打倒女王を掲げ立ち上がった一人の鬼が現れた。平和だった日々を取り戻すため、鬼の自由のために鬼は女王に戦いを挑んだ。

最強最悪の『鬼喰い』で恐れられていた女王との戦いは戦いとは言えず最早一つの災害だった。

 草木は燃え、地は裂かれ、海は枯れ、空があの暖かい太陽の光で覆われることはなかった。

 それから三日三晩続けられた戦いは女王を倒すために立ち上がった鬼の勝利で幕を閉じた。

その後女王は奪った六つの力を抜き取られ、戦いでできた島に封印され、また鬼たちに平和が戻ってきた。

戦いに勝利した英雄の鬼は、それからどうなったかは誰も知らない。ただあの絶対に勝つことができないとまで言われた女王に勝ち平和を取り戻した鬼は永遠と英雄と言われ続けるだろう。

一度は奪われた自由を取り戻し、これからも平和であり続けようとする鬼たちが住むこの島を鬼は『鬼ヶ島』と呼ぶ。


第一章 女王再臨




鬼ヶ島から離れた場所にもう一つ小さな島がある。そこにも勿論鬼がいるのだがここにいる鬼たちは皆問題を起こした悪鬼ばかりで島に収容されているのだ。

殺人を犯した鬼や金をだまし取った鬼、果ては下界へと干渉しようとした鬼が収容されている。

島から数キロある鬼ヶ島に行く道は海の上にあるたった一つの赤色の橋だけ。島の周りは荒れ狂う波ばかりで鬼であってもその波の中で泳ぐことは困難でなんとか泳ぎ切り鬼ヶ島に付いたとしても疲れ切った体で捕まえに来た鬼を相手するのは無理だ。

さて、この島には凶悪な鬼たちを収容するという大事な役目があるわけだが、なんとこの島にはあの最強最悪の『鬼喰い』の名で恐れられた鬼の女王もいる。

女王がいる場所はまず光が一切届くことなく島の地下深くに封印されている。女王自身の力ではその封印を解くことはできないし他の鬼でも解くことはできない。解くことができるのは現女王と封印した英雄のみ。きっと全盛期の力があれば封印は簡単に解けただろう。だが今封印されている女王は持つ力を抜き取られた言わば搾りかす。今までもそしてこの先も絶対に封印が解かれることはないだろう。

彼女はもうずっとこのままでいる。これからも、きっと永遠に。




真っ暗な収容所を小さな提灯を手に歩く少女がいた。小柄だが体つきは大人の女性も羨む程の物を持っている。頭には血の付いた包帯を巻きゆっくりと収容所の最深部へと足を進める。

おかしいことに彼女は自分が何故こうしているのか分かっていない。提灯を手に誰も行きたがらない最深部に行く意味を思い出すことが出来ないのだ。

少女は記憶喪失だった。頭に巻いている包帯がその事を裏付けている。

気が付けば自分は収容所の最深部の見回りの役になっていた。少女の意見など聞かずに強制的にだ。少女がまだ記憶を無くして間もないころに偉そうな鬼たちが今までも最深部の見回り役をやっていたからこれからもその役を続けろと命令してきた。その場の雰囲気を見ればただ自分たちがやりたくない仕事を押し付けているだけのように感じた。

では何故少女に押し付けるのか。

それは怖いからだ。収容所の最深部の見回り役という国から与えられた名誉ある仕事よりも自分の命が恋しいから。最深部には危険な鬼や……あの女王が存在する。殺されるかもしれないし、あのようなところにいては恐怖で気が狂ってしまう。

だから何もわからない私に全てを背負わせたのだ。

元々どこの者かも分からないし過去の記憶がないので悔いが残ることもないことをいいことに。

私が死んでも誰も悲しまない。

「すうー……」

 少女は息を大きく吸う。

重い空気が体に入ってくる。決して心地いものではないが少女は気にすらしない。

ため息をしようとしたがする元気でさえわかなかった。

それでもゆっくりと奥深くに向けて足を進める。

コツン、コツン、と足音だけが廊下に響く。

そして収容所の一番奥の部屋の扉の前へと着いた。

少女が今の記憶を持つようになって初めての見回り。

記憶も無く友も無く家族もいない。失うものは無く死んでも悲しむことはない……はずなのに扉を前にして一歩進む勇気がわかない。

見回り役の中でも一番大変なのが女王の確認。封印されている部屋に入り女王が確かに封印されているかを確認する必要がある。

重かった空気は何十倍にも重くなり息すらまともにできない。提灯を持つ手は震え今にも落としてしまいそうだ。

女王は動かないしそもそも封印されている。なのに扉を介していてもこの重圧。失うものはなく死を覚悟した者でも容易に震え上がらせる。

少女はゆっくりと扉を開ける。なるべく女王の気に触れないようにゆっくりと優しく。

すると奥から声が聞こえた。

「私に何の用だ?」

 少女は息を呑んだ。

奥からの声。必然、あの鬼しかいない。

少女の震えはピタリと止まる。頭の中は真っ暗になり今にも倒れそうな中、よくわからないものに助けを祈る。

「だから何の用だと聞いている」

 過呼吸になり扉を前に膝から崩れ落ちる。何をされるかわからないがきっと少女には死よりも恐ろしい絶望が待っている。そう感じ取る。

「ん? この香りは……金木犀の香り。貴様か」

 女王は私のことを知っている?

少女の頭はさらにパニックに。

しかし少女は女王の言葉が気になった。

震える口を何とか止め恐る恐る聞いてみる。

「あ、あなたは私のこと知っているの?」

 一瞬、間を置いて女王から答えが返ってきた。

「なんだ? 貴様、記憶でも無くしたか? むむ……よく見れば頭に包帯を巻いているな。誰かに殴られでもしたか?」

 真っ暗の部屋に小さな提灯の明かりだけで少女の怪我を見破った。

「分からない。私が気づいた頃にはこんなことをしていた」

 それを聞いた女王はクスクスと笑う。

「間抜けめ。まあそんなお間抜けさんはには超危険物である私の面倒を見るに相応しいか。おまけに記憶も無くしている。私が復活して貴様が殺されても悲しむやつはいないだろう」

 確かに少女を悲しむ鬼などいないだろう。そんな現状の自分を見つめ少女は黙りこくる以外なかった。

「だが、私は悲しいぞ」

 女王からありえない言葉が聞こえた。

「え?」

 あの女王が、最強最悪で同じ鬼でも気にすることなく惨く残酷に殺してきたあの女王が、少女が死ぬことに悲しむ?

その意図を確かめるため少女は問う。

「私が死ぬと……悲しい?」

 そんなこと、女王に聞くのはおかしい話だ。返ってくる言葉は怖くて聞きたくもない。

だが記憶も身寄りもない少女にとっては微かな希望に思えた。

「白詰桐奈(シロツメ キリナ)。それが貴様の名前だ。私は鬼ヶ島にいる鬼の名前はだいたいは覚えている。貴様は最近覚えたが。貴様が死んだら私は悲しい。女王として自分の民が死ぬのは悲しいからな。まあ今は違うがな」

 衝撃の事実。あの女王から自分の名を教わり悲しいと言われ鬼ヶ島にいる鬼の名前のだいたいは知っている。

少女の胸に何かよくわからないものが渦巻く。あまりにも情報量が多すぎて口から吐きそうになる。

「私の……名前が、シロツメキリナ?」

「そうだ」

 女王の返事は即答。

「女王だったからな。民のことは一番に知っていなければならない。民のことを第一にとして行動してきたものだ。だがさっきも言ったが貴様のことは最近知ったばかりだ」

 少女は女王の言葉に偽りを感じなかった。そしてある疑問が浮かんだ。

「私には記憶がないからあなたがこれまでにどんな悪行をしてきたかは分からない。ただ昔の記憶が微かに残っている気がするのと噂や書物でしか知らない。私が知る限りだとあなたは最低なことをやってきている。なのに……」

 言葉が詰まりその先が言えない。

でも無理に口から言葉を出す。

「あなたは王として国や民のために頑張ってきたって言うの?」

 吐き出した言葉に精一杯の気持ちが込められていた。

この目の前の鬼が今までに何をしてきたかはほとんど知らない。だがこの鬼の口から聞く真実を知りたかった。記憶も無い自分だが知っておきたかった。

「……すべて……」

 女王はゆっくりと話し出す。

少女が死ぬと悲しいと言ってくれた鬼が悪行は全て本当のことだと認める瞬間を聞きたくないが少女は無理にでも聞こうとした。

女王が答える瞬間をグッと目をつむって待つ。

「本当ではない」

 少女は目を丸めた。

「それじゃあ……」

 弱弱しく女王に訊く。

「私がやってきたことのだいたいは私の耳にも入っている。だがあれのほとんどは嘘だ。私はやっていない。王となり民の平和を願っていた」

 少女はさらに訊く。

「じゃあ、あの六か国の王を喰い殺したっていうのも嘘――」

「あれは本当だ」

 少女の言葉に覆いかぶさる形で告げた。

鬼ヶ島と呼ばれる前は六つの国と六人の王によって一つの島で平和に暮らしていたと言われる。

女王はその六人を喰い滅ぼしたことは真実だと告げた。

女王はさらに続ける。

「六人の鬼の王を喰らいそれぞれの力を私の物にして六つに別れた国を一まとめにしたのは本当だ。だが喰った力、六道と呼ばれた力も抜き取られ今はこんな身よ。ちょいと情けないなぁ」

 女王は軽く言う。

少女はその女王にかける言葉はなかった。やはり目の前にいる鬼はただの最低最悪の鬼だった。それを前にしてただ黙ることしかできなかった。

そんな姿に見かねた女王がさらに追加で少女に言う。

「私の悪行の一部が嘘だったように、私に関しては真実と偽りがごちゃ混ぜになっている。何が本当で嘘かは当の本人かそれに関係している者しか知らない。私はこれからそれを確かめに行く」

 女王は堂々と脱獄を宣言した。

「待って。あなた脱獄するつもり?」

 少女は聞き返す。

「ああ、そうさ。さっさとここから抜け出して平和とやらを確かに行くのさ」

 不可能なはずなことを軽々しく口にする。ただの戯言のように聞こえるが少女は聞き捨てならなかった。

「私は見回り役。あなたがここから出ようとするのなら私は上に報告する」

 これでも任された仕事だ。この鬼を外に出してはせっかく平和になった世界が再び恐怖に包まれてしまう。少女は何が何でも止めようと思った。

「ふん。貴様は本当に今の世が平和だと思うか? 記憶を無くしているのにどうして平和だと思う? 私がいなくなったら必然的に平和になるってか? んん?」

「……」

「私は私の平和を、理想を思い描いて行動する。私は封印されてからずっと考えていたのだ。私がやってきたことが全て裏目に出た理由を。私を陥れた奴が必ずいる。それを確かめに行き力を取り戻してまた女王として君臨する」

 それを聞いた少女には怒りと悲しみの気持ちが渦巻いていた。

その気持ちは言葉として出てきた。

「なら……、止める私を殺すってことじゃない! 私が死ぬのは悲しいって言ってくれたのに目的のためなら関係ないの!?」

 少女の頬を涙が流れる。

少女は一瞬だがこの女王に希望を見た。私のことを理解してくれる。私のことを気にかけてくれる。きっといい友達になれる。そう思い始めてしまっていた。

だが一瞬見えた希望の光は幻となって消えた。

目の前にあるのはやはり絶望だけ。女王の言葉に期待などしていない。

「いや、悲しい。だから私は貴様を殺さない。誓う。女王の名のもとに白詰桐奈を殺さないと誓おう。だから力を貸してほしい」

「何を今更……貸してほしいとか……」

 私の力を借りる必要なんてないはず。そもそも私自信何者かもわからないのにどうやって力を貸せと。

少女はそう思った。

女王の目の前にいるのは一匹の餌。少女はそう思えて仕方がなかった。

「血を吸わせてくれ」

 女王は同じ鬼を喰うことで力を得る能力があると言われている。

だから少女から血をもらい封印から抜け出そうという考えなのだろう。

自分は殺されないと誓われても少女は前に出る勇気は微塵も湧かなかった。

「なあ、私と一緒にその腐った平和を壊さないか? 私がいなくなり平和が戻ったと言ってもそれは偽物の平和だ。貴様も感じただろう? 記憶も無く自分が何者かも分からない奴にいつ死んでもおかしくない仕事を任せて自分たちは安全なところでただ見ているだけ。。今の世の中はそういう腐ったことで一杯なんだよ。だからまた私が壊し、真の平和を作り上げる」

「なんでそんな外のことまでわかるの……?」

 少女は弱弱しく言う。

「それは貴様が教えてくれたからだ。貴様が私に外のことをいろいろと話してくれたからだ。貴様も言っていた。今の平和は本当に平和なのだろうか? って。貴様も変えたかったんだよ」

 女王は過去の少女のことについても言った。

それが本当のことだという確証はない。あの女王のことだ。もしかしたら少女を言葉でうまくたぶらかしているだけかもしれない。

少女は考える。これからのことを。もし自分がこのままだったら。自分の家は? 家族は? 名前は? 頼れる人は? 

少女は今の自分には本当に何もないことを理解した。

ならやることは一つ。

何もわからないし知らないんだからそんな世界は壊れちゃえばいい。自分が今まで何をして何をされてきたも分からないけど、私をこんな目に合わせたあの鬼どもの苦痛の顔を見て笑いたい。

もう、どうでもいい。そう思えてしまった。何もない自分に残っていたはずの良心までもが今はもう壊れてなくなったことに少女は気づいた。

少女は薄ら笑う。そして大きく息を吸ってゆっくり吐いた。

提灯に灯っていたはずの明かりは消えていた。

改めて提灯に火を灯す。

火の優しい光は女王には届かない。真っ暗でどこにいるのかもわからない。

話し始めてから少女は扉を背に一歩も動いていないことに気付く。

今ならすぐに逃げ出せる。一瞬だがそう思った。

だが少女は扉を背に前へと歩み始めた。

提灯の光だけを頼りにゆっくりと前へ。

光は闇を裂き、何もないところをひたすらに歩く。きっと歩き続ければ目の前に希望が見えるはずだと信じながら。

そして、それは現れた。

「まぶしいなぁ……」

 最強で最低最悪。鬼の中の鬼。鬼の女王が。

もう何十年と浴びていない光に眩しそうに目をつむる女王は両手を後ろに広げ跪き、棒や杭、刀、槍などが体中に刺さった状態でいた。それには見たこともないような術式が書いてある。女王を封印するための強力な呪文なのだろう。それが無数に女王に刺さって広がっていた。女王の姿はそれで覆われ隠れてしまうくらいに。

驚いたことにそんな状態なのに女王から血は出ず痛がるそぶりもしていなかった。

「決断は済ませたか?」

 女王はそう言いゆっくりと目を開いた。

鋭い目が少女を見つめる。

「うん。今の私は……何が正解とか正義とかはわからない。私が何者かもすら覚えていない。だからすべてあなたに任せるわ。私を喰うなりして世界を壊すなり平和を取り戻すなり勝手にして……」

 女王はクスクスと笑った。

「では腕を出せ。だがあまり私に刺さっている物には触れないようにしろ。これは強力な力の塊だ。お前も私と一緒に封印されてしまうぞ」

 少女は女王に言われた通り腕を出し物には極力触れないように女王の口元に腕を差し上げた。

女王は躊躇なくその腕に歯を立てかぶりつく。

「んっ……」

 出した腕に痛みが走る。それに少しのめまいも起こった。

だがそれは一瞬の出来事。これが終わったら楽になれる。そう思い我慢した。

数十秒経ってから女王は少女の腕から歯を抜き口を外した。

女王は深く息をつく。吸って、吐いてを繰り返す。

「ぬっ……んんん……」

 女王が力を出す。

すると封印していた武器たちは少しの光を出しフルフルと震えだした。

女王は少女の血で染まった歯を食いしばる。

物凄く力を出しているのがわかる。だが武器たちはただ震えているだけ。

「ぐぬぬぬ……なかなかに硬いなっ……。これほどの封印術だったとは。この私を封印した奴は結構できるやつだったようだな。ぐわあああああ!」

 武器たちはさらに光を強め大きく揺れ始め

る。

 真っ暗だった部屋が光に包まれる。

少女は噛まれた腕を抑え、ただ立っているだけだったが噛まれてない方の腕を伸ばし武器たちに触れようとする。

「馬鹿者! それに触ったらお前も封印されて私を封印する有象無象の武器に成り代わるだけだぞ!」

 女王を封印する武器などはただの武器ではない。女王に近づき封印を解こうとした悪い鬼たちが封印術によって封印され武器に成り代わった姿なのだ。

「私を利用しようとした悪鬼共も封印でき、私の封印も強まる、そういう卑しい封印だ! だから触れるな!」

 だが少女にはそんな忠告は届いていなかった。

もう駄目か! そう女王は思い目を伏せる。

少女の手が武器に触れた。

その瞬間、光っていた武器は全部弾け消えてしまった。

「なっ!?」

 女王が大きく口を開けて驚愕した。

「え?」

 封印を壊した少女も驚きで間抜けな声を出してしまった。

部屋は再び闇に包まれ小さな提灯だけが優しく光っていた。

それから間もなくだ。

真っ暗闇の部屋全体に明かりが灯り部屋の中に多くの武装した鬼が入ってきた。

 その中にはあの少女を勝手に見回り役に押し付けた鬼数人もいた。

ここで初めて少女は女王の全貌を見る。

黒くて艶やかな長い髪。額には二本の角。スタイルは抜群で誰もが羨む美ぼうの持ち主だった。この細いからだから溢れんばかりの力を出し、強力な鬼たちを倒し島を統一したとは到底思うことができなかった。

 さらに女王を封印していた部屋は物凄く広かった。鬼一人を封印するには余るくらいに場所があった。女王はきっとここで数十年とたった一人で封印されていたのだろう

さて、少女が見とれているうちに大勢の兵士たちの中からあの鬼達数人の内一人が怒りの表情で少女に大きな声で言いつけてきた。。

「おい! 貴様なんてことをやってくれたんだ! 貴様のせいで……。また我々の安静はなくなるんだぞ!」

 声が裏返りながらも必死に言いつけていた。

少女は笑いを我慢する。

あの時は何も見えていなかったから今ならはっきりわかる。

脂汗を垂れ流し必死に自分の身の安泰を自分に言いつける鬼はいかにもやせ我慢をしていそうな男の鬼だったからだ。

「女王様。貴女の封印は解きました。どうぞ、お好きなように動いてください。私を煮るなり焼くなりして目の前の鬼たちはぶっ壊してください」

 少女は愉快そうに女王に言った。

「あ、ああ……」

 女王は戸惑いながらも返事を返した。

正直のところ封印が解かれたことよりも、封印を解いた目の前の少女に女王は戸惑いを感じていた。

「あいつっ……! みんな、やれ! あの女諸共女王を殺せっ!」

 男の鬼が号令をかけた。そこにいた兵士たちは雄たけびをあげて大勢で女王と少女に向かっていく。

戸惑う女王は勇ましい表情に切り替わり、

「ふん。か弱き乙女二人の大勢で殺しに来るとはな」

 鼻で笑った。

女王は腕を振り上げ地面目がけて拳を殴りこませた。

すると地面は揺れ、割れ、部屋を支えていた柱にひびが入る。

次に女王は少女をお姫様抱っこをして走る準備をした。

「私にぎゅっと捕まっておきな」

 少女は驚くよりも先に女王に言われた通り力強く抱き着いた。

「な、なにが起こったんだー!?」

 未だに状況が理解できていない兵士たちはただそこで揺れに対応するしかなかった。

ひびが入った柱はそれから数秒もしないうちに崩れ始める。

その瞬間に少女を抱いた女王は物凄い速さで一気に飛び出し兵士たちの群れをするするとかき分け、その部屋唯一の扉を抜け地上へと向かって行った。

 少女は目をつむり女王に力いっぱい抱き着く。体には女王から伝わる振動と後方からの壊れていくような鈍い音だけを感じる。時々女王がクスクスと笑う声が聞こえる。封印から解放されて外の世界に出れることが嬉しいのか力を取り戻したから嬉しいのか。本の少し。本の少しだが少女は女王を開放したことに後悔した。

やがて少女の瞑った目に明るく優しい太陽の光が入る。

そこは女王が待ち望んでいた地上だった。

少女はゆっくりと目を開く。

緑のない大きい広場に出ていた。全方位から海の香りがする。囚人たちを閉じ込める牢があった建物とかは女王の鉄拳により崩れて瓦礫の山となっていた。

気づいたかのように少女は女王の顔を見上げる。

女王の顔は笑顔だった。ただ何十年ぶりかの外の光が眩しいのか目を瞑っていた。

「すー……はぁ……」

 女王は自分が外の世界に出れたことを確認するかのように深呼吸をした。

そして大声で笑いだした。

何が面白いのか分からない少女はただその姿を見て呆気に取られた。

「くっくっくっく……。さて、外の世界も十分に満喫したし次にこれから天下を取るための準備運動といくか」

 少女は気づいていなかったが二人の前には大勢の兵士がいた。少女の視界が武器を持ち鎧を着た鬼たちで一杯になるくらいに。

その兵士たちの中から他の鎧よりも高価そうな鎧を来た男の鬼が前に出た。

「前女王とお見受けする。我々は貴様をこの島から出さないよう現女王に命をされてここにいる。我々は貴様が最強の鬼と恐れらていても一歩も引かない。逃げない。例え一人になっても貴様を殺すまで諦めない」

 そう大声で言い、片手を上げ下に下ろした。

すると兵の軍勢の後方から爆発音が何度も聞こえた。

軍勢の後ろにはこの島から唯一行き来できる道である橋があった。

「橋は壊した。これで貴様はこの島から出ることはできないし我々は逃げることはできない。我々に殺されるか島ごとここに取り残されるかの道しかない!」

 この収容所がある島の周りの海域はあらゆる波がぶつかり合いとても不安定な状態にある。泳ごうとすれば波に飲み込まれ確実に溺れ死ぬ。船で渉ろうとすれば波に壊され沈むだろう。

女王は飛ぶことはできないし泳ぐといってもこの海を泳いで鬼ヶ島に戻るには骨が折れる話。着いたところで疲れ切った状態では簡単にまた捕らえられ封印されてしまうだろう。

実質、女王はこの島に残る以外ありえない。

「くっくっ……考えたなぁ。これで私はこの島でただ茫然と死ぬまで時が過ぎるのを待つしかないのかぁ。くっくっくっくっく……」

 だがそんな状況でも女王は余裕だった。

少女をゆっくりと下ろし、右手を横に広げる。

 すると瓦礫の山から一歩の刀が鉄の鈍い音を鳴らし回転しながら出てきた。

それは女王の元まで飛んできて、女王はその刀を右手で取った。

「やはり金棒よ。ここにおったか。寂しかったぞ我が愛刀」

 女王が手にする刀を見て少女は何かに気付いた。だがその正体が何かは分からなかった。

女王は鞘から刃を少しづつ出す。

そして少女はその刃を見て驚愕した。

鞘から出された刃はなんと赤黒かった。そして少女はすぐに鼻を抑えた。気になっていた何かの正体を理解した。

女王の愛刀『金棒』。至って普通の刀だ。持ち主が呼びかければすぐに飛んでくるし折れず曲がらず良く斬れる。最高の刀だ。だが女王が使いだした頃からだろうか。この『金棒』に異変が起きた。今まで普通だった刀は女王の人柄のせいか斬った相手の血を吸い始めた。女王が何度も斬り、喰う度に『金棒』の刃の色は赤くなり、果てはこれでもかと言うくらいに赤黒くなり血の臭いもするようになった。それでも壊れずに良く斬れる。前よりも斬れるようにもなった。

少女は女王の持つ刀から目を離す。

あれからは恐怖や畏怖の念が感じられる。見つめることに耐えることができなかった。

「白詰桐奈よ。私の金棒の特徴に気づいたか。斬り続けていたらこんなに赤く血生臭くなりおって。くっくっく……まったく最高の刀だなぁ、お前は」

 女王は刀の刃を舐める。

刀から発せられる禍々しいオーラは兵士たちをも恐怖させていた。

自ら背水の陣に追い込み死の恐怖を乗り越えた兵士たちだったが、刀を手に静かに笑みをこぼす女王を見て今更ながら恐怖を感じていた。逃げ道もないのに逃げたいと心から思ってしまっていた。

 後ろに後ずさりをしようとしている兵士たちに女王はさぞ愉快そうに話しかける。

「なぁ逃げたいか? 逃げたいのならこの女王が直々にその手伝いをしよう。冥土の土を踏む準備をしておけよ?」

 女王は鞘を捨て刀を構えずに兵の軍勢に突っ込んだ。

兵士たちは再び恐怖を乗り越えるべく大声を挙げ突っ込む女王に武器を向け、攻撃を仕掛ける。

女王は兵たちの攻撃をするすると避け、返しに刀で斬りつける。刀を持たない方の手は兵を殴り、蹴った。兵の体は裂け、割れ、飛び、粉みじんにもなった。

その光景は見るに絶えない状況となっていた。

この瞬間、少女は目を離さず見ていた。

正直なところ少女の目に映る光景は見るに耐えないものばかりで気分は悪く、吐き気を催していた。

だがそれでも目を離せなかった。

女王の一方的な殺戮を美しいと感じていたからだ。蝶のように舞い、蜂のように刺すとかそんなものでは比べ物にないくらいに。

血は化粧。肉は飾り。死は称賛。女王は舞を踊っていた。

「くっく……はははは、ひゃっはははははっはっはっはあああああ!」

 女王は盛大に笑う。

みるみる兵は消えていき、勢いは消え、逃げ隠れのできない穴で必死に隅に寄ろうとしていた。

「おやおや。さっきの勢いはどこにいった? 私の頃の兵たちはこんなに軟ではなかったぞ?」

 ここであの高価な鎧をきた男が女王の前に立った。

「ああ……。貴様の頃よりは弱くなっているかもしれない。だが貴様の兵たちは平和を殺すために戦っていた! 我々は正義の為に……平和の為にこの命を捧げ戦っているのだ! うおおー!」

 男は身の丈の二倍近い大刀を女王目がけて振り下ろした。

「正義だと?」

 女王は刀を男目がけて数回振る。その軌跡は見えない。

「なら正義は私にあるなぁ!」

 振り下ろした刀はバラバラに斬られ、男からは大量の血が飛び出した。

男は膝から崩れ落ちそうになるが、足を前に一歩だしなんとか耐えた。

男は今にも死にそうなのが表情からうかがえる。

「ふぅー……ふぅー……。わ、私は……ここでお前を止める……。鬼ヶ島には、ふぅ……私の妻子がいる……。貴様が島に上陸すれば二人は……ああっ、悲しむ! だからお前をここから出すわけにはいかない! この八次牙(ヤツギ キバ)の命と引き換えにでもお前をここで倒す!」

 男の表情が一気に苦痛に耐える表情に変わった。

なんということだろう。男についた切り傷は煙を上げ物凄い速さで治癒されていくではないか。さらに筋肉が増大し今までよりも一回り大きくなり屈強な体へと進化した。

見るだけで強力になったのが分かる。

男の能力は身体の強化なのだろうが一気にここまでの強化は体に起こる反動が大きく命を蝕む。男は文字通り命を賭けているのだ。

一方女王はそんな男を見て涼しい顔でいた。大きくなり強力になった男に特に気にするようなことはなくそれを見届け待っていたかのようだ。

 男はゆっくりと拳を握り、これまたゆっくりと振りかぶる。

 そして、勢いよくその拳を女王の顔面目がけて放った。

見ててさすがに不味いと思った少女は無意識に女王に叫んでしまった。

「じょ、女王様っー!」

 発された拳は女王の顔面にぶち当たる。

その衝撃は音を鳴らし周りの塵や埃、瓦礫などが二人を中心に一斉に吹っ飛んだ。

 殴った瞬間、男は勝ちを確信した。頬が少し上がる。

 だが、

「…………」

 おかしいことに女王は倒れず仁王立ちでいた。顔面にもろで直撃したのに立ったまま微動だにせず、以前涼しい顔でそこにいた。

「なっ――!」

 男が驚いた瞬間、女王はお返しと言わんばかりにただ普通に男の強靭な腹に拳をめり込ませた。

途端に男の体のほとんどは飛沫し粉となって、消えた。

女王はただ普通に殴っただけだ。だが、たったそれだけでこの惨状。

これが最強と謳われた鬼の力。誰も止めることのできない唯一にして究極の鬼。

「女王様、顔の方は……」

 殺戮劇場は幕を下げ、危険がないことを確認した少女が女王に寄って来た。

目の前の鬼が敵か味方かは分からないが、とりあえず心配をした。

「桐奈! 危ない!」

 女王が声を張り上げる。

「え?」

 だが遅かった。少女は一人の兵に取り押さえられてしまった。

「ふふ……ふひひゃはああ。どうだ糞鬼。お前のお友達を捕らえられたら何もできまい……」

 兵は少女に刀の刃を向ける。

「貴様、人質のつもりか?」

 女王は声を低くして問う。

「そ、そうだ。お前とこいつは仲良しさんみたいだからなー……。こいつを殺されたくなければ投降しろ!」

 兵士は威勢よく言うが震えている。

「じょ、女王様……助け――」

 少女が女王に助けを乞おうとしたら、

「残念だが、私とそいつは今日あったばかりでな。お仲間さんと呼ぶには程遠い。それに私は仲間を作らない主義なんだ。勝手に仲間面されるのも困るなぁ」

 女王にとって所詮少女など自分の為のただの駒に過ぎなかった。

 じりじりと兵と、そして人質にされている少女に近づく。

「ひっー! 寄るなー! 寄るんじゃない! こいつを殺すぞー!」

 恐怖でガタガタと震える兵士は少女に刀を突きつける。

その瞬間女王は一気に飛び出した。

少女は死を覚悟して目をつむる。

そして、斬られたことを確信して目を開ける。その時はすでに刀で斬りつけた後だった。

兵士は血を流して倒れる。

少女も斬られたと思い、倒れこもうとする。

しかし女王に抱きかかえられた。

「え?」

「お前は大丈夫だ」

 少女は目を丸める。確かに斬られたが体からは血は流れていないし痛みも感じていない。

「私はお前を斬らない。その……少し助けてもらったからな」

 女王は少し顔を赤らめた。

何が起こったのか理解できない少女はしばらく女王の顔を見続けた。。

「そ、そんなことより顔は大丈夫なんですか!?」

 だが少女にとってはそんなことよりも女王の顔面の方が気になったようだ。

「そんなことよりって……。顔か? ああ、全然痛くもないぞ。勿論痒くもない」

 女王の台詞からは、やせ我慢とかではなく本当に痛くないのだと感じた。

「それじゃあ島から出るぞ。桐奈よ!」

 そう威勢よく言い、少女を抱く。

「え……でも橋が」

 この島から出るための橋は前に壊されてしまった。しかも鬼ヶ島までは数キロもある。例え”あの”女王であっても数キロ先のところまで飛ぶことは……。

「ふん。私をあまり見くびるなよ」

 女王の威勢は変わらずこれまで以上に少女を強く抱きしめる。

言われた通り少女は女王の血塗られた体に力いっぱいしがみ付く。

「ふ~……」

 女王は一度力を抜き、そして思いっきり息を吸い、止めた。周りの空気がピタリと止まり一気に張り詰める。女王の力に呼応して、足元の地は割れ、砂ぼこりが少しずつ上がってくる。

そして一気に解放と同時に飛んだ。

その瞬間少女に今まで感じたことのない衝撃が体にのしかかった。今にも振り落とされそうだが少女は女王の体に力いっぱいしがみつき、気絶した。




少女がふと目を開けると芝生の上に横たわっていた。

体を起こすと近くにはあの女王が座っていた。血は綺麗に洗い流されていた。今更だが服装は布一枚だった。

「痛っ…!」

 少女の体のあちこちに痛みが走る。女王の反対の方を見ると芝生がめくれ上がり大穴が開いていた。

「…………」

 この状況で少女は察した。

あれはただ空を飛んだのではなくただ跳びあがっただけでそこの大穴は着地した場所だと。

 女王は立ち上がる。

「さて、それじゃあ私は行く。後は頑張れよ。少女よ」

 少女に背を向けた。だが少女は女王の着る布一枚を掴んだ。

「待って」

 女王は呆れた顔で、

「何だぁ? まだ何かあるのか? お前は鬼ヶ島に戻れたし自由だ。それでいいだろう」

 呆れつつも少女が掴んだ手を無理やりほどくことはなかった。

「駄目」

 少女は止める理由が思いつかなかった。だがここで置いていかれたら何もかも失いそうな気持になった。

「よしよしわかった。私が女王についてお前を右腕にでもしてやる。これでいいだろう?」

「……駄目」

 少女は離さない。

「あのなぁ! もう私とお前はこれ限り! 世界を壊すとか何とかは私一人でやるの!」

「駄目……」

 怒り出す女王。それでも離さない。

「きー! は・な・し・な・さ・い!」

 ついに掴んだ手を離そうとする女王。

「もう! 何で離さないのよ! 食べちゃうわよ!」

 女王の声色から何故か焦りが見える。

「離してって……! もう……離してよ……」

 女王が急に弱弱しくなった。

すると突然女王の体に異変が起こりだす。

あの長身でスレンダーな体が見る見るうちに、縮こまっていくではないか。

「え?」

 駄目と言い貫いていた少女もさすがに駄目以外の言葉を出した。

やがて女王の体の変化は止まり、場には沈黙の空気が流れていた。

「あ、あの……小さく……」

 少女がその空気を打ち破る。

 少女の目の前にいたはずの女王の長かった髪は一気に短くなり、小さい子供の姿になっていた。

女王の目に涙がたまる。

「だから……離せって言ったのに! グスン……」

「えっ……えっと……」

 少女は戸惑いを隠しきれず脂汗を流す。

「私は完全にあの姿に戻ったわけではないのだ……。鬼の血を吸い、一時的に全盛期のほんのちょっぴりの力を取り戻しただけだ……。」

 そう言い、小さな女王は俯く。

その姿を見てはいられず少女は小さな女王に抱き着いた。

「な、なにを!?」

 慌てふためく小さな女王をぎゅっと抱きしめる。

「さっきの……、今日あったばかりっていうのは本当なんですか?」

 慌てていた女王の顔は真面目な顔へと変わっていった。

「本当だ。お前とは今日初めて会った」

 少女はきゅっと唇を噛む。

「じゃあ私の名前は……」

「知らぬ。白詰桐奈という名前は私が考えた名だ。王であろうと全部の民の名前を覚えることは不可能だ」

 二人の間に重い空気が張り詰める。

「そもそもだ。見回り役で私がいる所に来ることは絶対にありえない。鬼の中でも絶対の禁忌だからな。それをお前は記憶を無くして呆けていたせいか私のいるところに入ってしまった。何十年に一回の好機だからな。あれをものにしないわけがない」

「では何故私を助けたんですか……?」

 少女は静かに聞く。自分が動揺していることを悟られないように。静かに。

「それはお前は私の封印を解いてくれたからだ。どうやったかは知らんが助かったのは確かだ」

 少女は黙りこくる。

少女にとって希望の光と思えたものは幻ではなかったがすぐに遠くへ行ってしまいそうになっている。

「分かったか? ……私はもう行く。私と一緒にいてはお前もどうなるか知らんぞ」

「なら私もついていく」

 少女を引き離そうとしたら今度は口から信じられない言葉が聞こえた。

「はぁ!?」

 小さな女王が驚いているのもつかの間、少女が口を開き女王に言いつけるように言葉を発した。

「今のあなたは誰かの血か肉を喰らわないと本来の力を出すことが出来ないはず。何故なら大人の姿なら簡単に私を引きはがせたはずなのに出来なかったということは今の状態は見た目通り子供と同等。なら摂取するための贄が必要になるはず。私はそれになる! それに……。あなたは私を助けてくれた。あなたが本当に最低最悪の女王だったのかもこの目で確かめたい! だから私も連れて行って!」

 少女の必死な訴えに女王は黙り考える。

確かに少女の言う通り今の女王には子供程度の力しかない。誰かを力を喰わないと力を出せないのは明確だ。しかし子供の姿では鬼を喰うことは愚か、捕らえることすら難しいだろう。

そして最後の理由である女王の本質を確かめる、については少女は疑問に思っていた。

全てを恐怖で支配し逆らう者は残酷に惨たらしく殺してきたと言われたはずの女王が何度も少女を助けたことに。

女王は考える。自ずと、答えは導き出された。

女王の答え。それは――。

「仕方がない。お前も連れて行ってやろう」

 女王にはメリットが大きい条件だ。しかしそれは仲間というしがらみに囚われるということでもある。仲間となってしまったら最後、簡単に見捨てることはできない。それも理解しての決断だった。

「女王様!」

 喜ぶ少女を横に小さな女王は言う。

「いいか? これからの旅は辛いことや痛いことばかりだ。まず私の力である六道を取り返す。その為にはきっと六人の敵を倒す必要があるだろう。次に私を倒し封印した謎の鬼だ。最後に鬼ヶ島の王として再臨する。長く大変な道のりになるかもしれんぞ? 弱音なんて吐いていられないぞ?」

 厳しく言うが、聞いている少女はどこか愉快そうだ。

「はーい」

「それじゃぁ行くぞ! ……えっと」

「ふふ。桐奈。白詰桐奈です」

 少女はあえて女王から呼ばれた名を名乗った。

「……そうだったな」

 小さな女王は少し間を置き、言い直す。

「じゃあ行くぞ。桐奈よ」

「はい! 女王様」

「そうそう。女王様って呼ぶのはやめてくれ。ここにあの恐怖の女王がいますよ~って公言しているではないか」

「確かにそうですね……。じゃあ女王様の名前って何ですか?」

「私にも……名前はない。というか当の昔に忘れてしまった」

「んー……。じゃあ私が考えて上げましょう!」

「はー? あんまり変なのはよしてくれよ?」

「じゃあ……『小雛(コヒナ)』はどうですか?」

「小雛か……。ふふ。じゃあ私の名前はこれから小雛だな。いくぞ! 桐奈!」

「はい! 小雛様!」

 二人の鬼の物語は始まったばかりだ。

鬼喰い女王と記憶を無くした少女。

突拍子もない組み合わせだが意外と息は合っているのかもしれない。



そのころ一方、収容所があった島には一人の女性の鬼が。

「女王は封印を解いて逃げたか。すぐに上に知らせる必要があるな。いや……上に知らせるより前に私が女王を殺してからにしよう。この六道が一つ。『火道』を使ってな!」

 その日の夜、収容所のあった島は大火災が起こった。塵一つ残っていなかった。

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鬼喰い女王と記憶を無くした少女 @monobro02

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