俺が勇者に倒されるまで

大川雅臣

第一部 第一章

第001話 プロローグ

「魔王となり、人の悪意を集めなさい」


 そんな一言とともに、俺は女神様によって異世界へと転移した。


 終わった……始まる前から既に終わっていた。

 17年か、短い人生だったな。


 奴隷に落とされた死に掛けの少女に、アーティファクト級のポーションを惜しみなく使って、感謝感激、一生の忠誠を誓いますと言われたかった。


 冒険者ギルドに行って先輩面した強面の大男を、初級魔法なのに超強力な威力の魔法でビビらせたかった。


 ランクが低いのに、高ランク冒険者でさえ中々手に入らないような素材を持ってギルドのカウンターに並び、羨望のまなざしを浴びたかった。


 ゴブリンの住む洞窟に行って、女騎士が「くっ! 殺せ!」と言っているところを助けたかった。


 たまたまお姫様の馬車が盗賊に襲撃されている現場に出くわし、盗賊を返り討ちにしてお姫様とお近づきになりたかった。


 ラッキースケベ的にお姫様の着替えを覗いてしまい、決闘を申し込まれたかった。


 勇者だと祭り上げられて魔王退治の旅に出たかった。


 すべては叶わぬ夢となったな……でも、まぁ良い。

 欲望の赴くまま好き勝手に振る舞って良いと言われたんだ。

 それはそれで悪くないだろう。


 その為に必要な力も手に入れた。

 女神様も捨てたもんじゃないな、暗黒神ナイトメアだけれど。


 手に入れた固有の能力ユニークスキルは『魔力の理』。

 これだけだが、なんでもすべての魔法に関わる基礎理論らしく、魔力が世界を構成するこの世界においては、神の力にも等しい――らしい。


 創造神でもないのに凄いスキルをくれたものだと思ったが、この世界に魔力という概念をもたらしたのが暗黒神だった。

 のらりくらりとは言わないが、それでも平和惚けといわれるほど平和な国で生きてきた俺に「魔王になれ」と言うくらいだ、それくらいのサポートがなければ名乗った途端に死ぬだろう。

 どうやら、この世界では人の殺し合いが日常のようだから。


 元の世界にいた時、そんな力を持っていたなら俺も殺されることはなかったはずだ。

 でも仕方がない、自分に向けられた殺意には納得していた。

 俺には殺されるだけの理由がある。

 それが例え俺のまいた種ではないとしても。


 俺の人生はあそこで一度終わった。

 そしてもう一度与えられた命だ、今度は好き勝手に生きよう。

 ずっと他人の顔色を窺い自分を殺してきたんだ。

 その結果として命を奪われたなら、今度は俺が奪う側になるだけだ。

 きっと魂のバランスもとれるだろう。


 この世界では神でさえ俺に悪意を持って行動しろと言う。

 その方が悪意を集めやすいからだと言うが、それには反論したい。

 人が持っていない物を持てば、悪意は自然と集まる。

 それが強力なら強力なほど。

 だから俺が『魔力の理』を手に入れただけで悪意が集まってくるはずだし、契約の履行はそれほど難しくはない。


 強者が弱者を支配する世界。

 剣と魔法が発達し、科学が遅れた世界。

 強大な魔物が徘徊し、神という理不尽が実在する世界。


 ファンタジーらしくて良いじゃないか。

 全ての善意を退け、全ての悪意手に入れてやる。

 晴らされない悪意は溜まり、神の望み通りになるだろう。


 便利なことに、この世界の知識も戦い方も俺の脳に直接記録されていた。

 その瞬間は膨大な情報に圧倒されて肉体もないのに気絶したが、気が付いた時には自然と自分の記憶として馴染んでいた。

 言葉もわからない世界では不便極まりないが、基本的な知識は揃っているので問題ない。


 そして、俺の体は超高密度の魔力により、魔闘気と呼ばれる防御層を纏っている為、そう簡単に肉体を失うことはないらしい――と言うのは、絶対防御とまではいい切れないからだ。

 もし、魔闘気を貫くような攻撃を受ければ、俺の肉体はいともたやすく消え去る。

 まずは力に慣れ、次に肉体の強化だな。

 時間はいくらでもある、急ぐ理由もない、ゆっくり楽しめば良い。


 殺すも自由、奪うも自由、犯すも自由。

 縛るものがないこの世界で、生きようと抗う世界の姿を俺に見せてみろ。

 この物語は俺が勇者に倒されるまで続くだろう。

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