002_進化するに決まっているじゃない
殺すも自由、奪うも自由、犯すも自由。
縛るものがないこの世界で、生きようと抗う世界の姿を俺に見せてみろ。
この物語は俺が勇者に倒されるまで続くだろう。
あれ?
俺はこんな思考をする人間だったか……すり込まれた知識が俺の自己同一性を揺るがしている、そんな感覚だ。
でも、この世界で生きていくにはそれくらいの横暴さが必要か。
前世からは考えられないことだが、これは2度目の人生だ。
ならば生まれ変わったつもりで、その知識を受け入れよう。
不意に体が重力に引かれ、不愉快な重みを感じた。
正確には慣れ親しんだ感覚だ。
今までいた重力を感じない世界の方が心地よかったのだが……
まぁ、誰1人いない世界では契約の履行が出来ないので仕方がない。
爽やかな風が頬を撫で、新緑の匂いが鼻をつく。
じっとしていると少し肌寒い感じだが、運動にはもってこいといったところか。
視覚以外の感覚が先に働き出し、様々な感覚が大量の情報をもって俺に語り掛けてくる。
そして異物的な何か……これが魔力か。
見えないのにありとあらゆる物を感じ取るこの感覚は、全ての生ある物が持つという魔力に反応しているのだろう。
今までにない感覚は、戸惑いよりも世界の広がりを見せてくれた。
眩しさに慣しつつゆっくりと目を開く。
そこに広がるのは魔力で感じた通り長閑な大草原で、俺はそれを見下ろす丘の上に立っていた。
体はどうやら元の世界のままのようで違和感はない。
空を仰げば、雲1つない青空が広がり、まさしく絶好のハイキング日和と言えよう。
気になるのは2つに割れた巨大な月の存在と、その月を背景にして優雅に空を泳ぐ、鯨のような巨大な生物がいることか。
非常に遠近感の狂う大きさだが、ざっと1000メートルは超える大きさに見えた。
そんな巨大生物の存在を前にすれば、ここが生まれ育った世界とは明らかに違うと納得出来た。
視界の範囲にはまったく文明の欠片もなく、長閑な陵丘が広がりを見せている。
異世界の存在なんか物語の中だけだと思っていたが、どうやら俺は間違いなくその物語の世界にいるようだ。
元の世界でも、大抵の時間は1人で過ごしていたはずだが、本当に1人というのは違うもので、急に人恋しくなる。
この広大な世界にただ1人だと認識したら、妙に感傷的になってしまった。
だったら、早速出会いを求めて町にでも繰り出すのがいいだろう。
人の悪意を集めろと言うくらいだし人はいるはずだ。
与えら得た知識の中にも多くの人々の記録があるのだから、今は見えないだけで何処かでは暮らしているはずだ。
「それでカズト、なにから始める?」
「おわっ!?」
世界にただ1人と思っていた矢先に、背後から声を掛けられた。
1人、ポエムを口ずさむようなことがなくて良かったと、心から思う。
俺は振り向き、息を飲む。
もし理想的な顔立ち、スタイル、雰囲気を持った少女がいるのならこの子だろう。
そう思えるほど完璧に理想で出来た少女がそこに佇んでいた。
北欧美人を思わせる顔立ちは目鼻立ちがクッキリしていて、それでいて濃くない。
切れ長の目には濁りのない黒い瞳があり、見つめられるだけで魂を吸い寄せられるような深い黒をし、白い肌に反する黒い髪は長く腰まで届き、艶やかなエンジェルリングが浮かび上がっていた。
黒を基調色とし差し色に金を使った豪奢なローブに短めのスカート、ロングブーツに膝上までのタイツが作り出す絶対領域は、ずっと見ていられるくらい安定したエロさがある。
神々しさすら感じさせる意匠を凝らした一品だったが、残念ながらこの長閑な風景にはマッチしていない。
どちらかと言えば、周りも豪華に飾り付けられた貴族の屋敷のほうが似合うだろう。
そんな場違いな美少女が目の前にいた。
絶世の美少女と言うかは人それぞれだが、間違いなく俺の好みだ。
「……誰だ?」
「
「はっ!?」
俺の魂を異世界に召喚した存在がそこにいた。
その姿の何処に暗黒神的な要素があるのか甚だ疑問だが。
「何でこんなところに……というか、その恰好は趣味か?」
そう言えば、さっき俺の名前を呼んでいたな。
この世界で俺の名前を知っている存在がいるとしたら、それはたった1人。
つまり暗黒神その者のはずだ……そんな雰囲気はないけれど。
「失礼ね。
あなたの頭を覗いた時に、最も理想としている姿を具現化しただけよ」
「どうりで今すぐ襲いたくなったわけだ。
それはつまり襲っても良いってことだよな?」
そうでなければ、俺の理想を
「なに言っているのよ、良い訳ないでしょ!
少しは敬いなさいよね!」
「俺の頭を覗いたと言うわりに、何たる不完全。
おまえの悪意も集める為に、ここは1つ無理やりにでも――ぐはっ!」
なかなか良い角度で入ったボディブローに息が詰まり、涙目になる。
「いてぇ……魔闘気が全く役に立っていないんだけれど?」
「当たり前でしょ。
『魔力の理』を知る私にそんなもの無意味よ」
「それじゃ俺もおまえの魔闘気を無視出来るってことか。
なるほど良いことを聞いた」
「ちょっと……今度は魂を消し去るわよ。
それにおまえじゃなくて
不安そうな声を聞くに、本当に無視出来るみたいだな。
それを試すのはリスクが大きすぎるか。
「だいたい、俺の理想がそこにいて手を出すなって、どんな虐待だよ」
「面倒くさい男ね。
わかったわよ、それじゃ――」
一瞬、その姿にノイズが走るような様子を見せた後、現れたのは縮んだ理想だった。
「これで良いでしょ。
「俺は幼女趣味じゃない!」
「趣味じゃなければ手を出そうと思わないでしょ!」
「理解は出来るが納得は出来ない。
育ったら抱くからな。
まったく、光源氏計画とか先が長すぎるわ」
「不穏な計画を立てないでよ!」
くそぉ、どう見たって15歳前後じゃないか。
随分と先に餌をぶら下げられてもうれしくない。
3歳も離れていたらアウトだろ。
さっき沸き起こった劣情が急速に萎れていく。
「はぁ、まぁ良いか。
ところで、悪意を集めてどうするんだ?」
魔王となり人の悪意を集めろ。
それが魂を再生する代わりに与えられた契約だった。
大体の知識は脳に直接記憶されているが、それは人間社会の知識だ。
こういう神様の裏事情については一切知識がない。
どうせなら全部くれれば良いのに、『
しかも最新の情報ではない点にも注意しなくてはいけない。
情報が日々劣化していくのは元の世界でも同じだから、そこをポンコツとは言うまい。
「どうするって、進化するに決まっているじゃない」
は?
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