天才・瑞佳あざみの密室-Property of genius domains-
宮海
プロローグ――桧愁院冬夜に課せられた命題
唐突な話で申し訳ないが、
千葉県立
顔の造形は美人と言うより美少女と形容するのが自然だが、今の時代、これくらいの女子は街中に溢れかえっているわけで、そういう意味では、やっぱり外見に然したる特徴は見られず、ある意味で世界に埋没した無数の人間の中の一個体と言うことができるかもしれない。
だが、真なる彼女は単なる一個体と呼べるような存在ではない。
なぜなら、瑞佳あざみは天才だからである。
この命題について、まずは定義が曖昧であることを謝罪しなければならないだろう。これは俺自身がこの「天才」という存在について、未だに定義付けができていないことに起因している。四歳の頃から十二年以上も幼馴染みと呼ばれる役割を担ってきた俺でさえ、この天才ってヤツがどういうモノなのか、いまいち理解できていないのだ。
否、実のところ、この天才という命題の定義について、境界条件を設定できる人間がいるのかどうかすらも疑わしい。
なぜなら、人間と天才は根本的に違う生物だからだ。
俺は十二年ほど一緒に過ごした時間の中で、その仮説に辿り着いた。人間と同じ容姿、同じ言語、そして同様の意思疎通が可能であるとしても、天才と人間の次元には大きな隔たりがあることを実感している。植物が普段考えていることを人間が理解できないように、天才の思考もまた、凡百の人間風情では理解し得るはずがないのだろう。
――事実、瑞佳あざみは、俺たちでは到底理解し得ない思考を有している。
三次元生物である俺たちが四次元世界を見ることができないのに対し、瑞佳あざみはすべてを見通すように世界を視る。複素数平面の世界を俯瞰し、本来使えないはずの領域である第五の脳を活動させ、振る前のサイコロの目の総和を読み取る。
正直、ここまで来ればバケモノの類だ。握力が十七キロと平均的な高一女子の七割にも満たない華奢な腕でありながら、その指は論理を紡ぎ、その思考はあらゆるものを凌駕する。
それが、天才と呼ばれる所以の一片だ。
これらの異常の欠片を紡ぎ合わせ、構成される生物が「天才」と呼ばれる存在の正体なのだろうと、俺は勝手な夢想をしてきたのだった。
……あー、そろそろ自分でも何を言いたかったんだか分からなくなってきたな。
では、本題に入ろう。
この俺――
前述したように定義付けはない。鍵もバールも持っていない丸腰の状態から、パンドラの箱とも言うべき瑞佳あざみの思考回路をこじ開けなければならないのである。正直ムリゲーだ。
だが、この命題に挑むのは俺でなければならない。
その理由は後につまびらかにするとして、俺は、ようやくあざみに挑む決意を固めたのだ。
今までも、その兆候はあった。だが、先に進む理由は存していなかった。
その理由にぶち当たったのは、今から語る数週間の物語が原因だ。その中で発生した何気ない言動、何気ない思考、そして、何気ないきっかけが、俺の他愛もない人生に他愛ない変化を要求してしまった。
挑むには高い壁ではあるけれど。
植物に音楽を聞かせれば気を良くして大きく育つと人間が幻想するように。
俺も、あざみを理解しようと努めることで、その世界を変えようとしていたんだ。
――そこにたどり着くまでの道程と、結果を、今から語ろうと思う。
そして同時に、瑞佳あざみが持つパンドラの箱……すなわち「密室」を解く鍵を見つけ出すことに、アンタも注力して貰えたら幸いだと思う。
これから、いくつかの密室と、いくつかの殺人と、いくつかの謎が提示される。
それらは確かに非日常的な風景としてアンタの眼に映るだろうが、別段気にする必要はない。
なぜなら――死に往く人々には本当に申し訳ないことだが、今回の殺人事件は俺に課せられた命題に多少の影響がある(あった)というだけで、実のところ、重要なファクターではない。俺の命題を解くためのある種の足掛かり、もしくは、解の前に立ち塞がるミスリードのひとつだと捉えてもらっても差し支えないとさえ言える。
よって、犯人探しも、密室のロジックを紐解くことも、命題とはほとんど関係がない。
川が笹舟を押し流すように、時の流れに従って見物しているだけで構わないのだ。
ただ一点。瑞佳あざみを理解することだけが、この物語において重要なのである。
それ以外の経過は、すべて些末。
裏を返せば、瑞佳あざみという存在だけが特殊という意味になる。
理解できないものを理解しようとすることで、果たして解を得られるのかは分からないが。
瑞佳あざみを理解するということは、世界を制することと同義であり。
瑞佳あざみの密室の鍵を見つけることは、どんな密室を解くことよりも価値がある。
その解を見つけるために。
――さあ、最初のゲームを、始めよう。
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