ヘイミッシュ・フォードの魔導機戦略

brava

第1話

 ダカカッという馬蹄の音が鼓膜を揺らし続けている。


 そこは見渡す限りの草原だった。

 人の手が入っていない自然のままのそこには、背の高い木々は殆どなく、他に視界を遮る者は、所々の遙か遠方にぼんやりと霞んで見える山程度。見渡す景色のほとんどは陸と空が果てで繋がっており、このまま宇宙まで走り抜けられそうな気分にさせる。雄大な大地の威光だ。

 時刻は日が昇る前の時間。空は深い泉のように蒼く、秋を過ぎ始めた季節は、風に冷たさと寂しさを讃え始めている。


 辺境の土地に、ベナントという小国がある。ここはそこから西に1500キロメートル。極小の国の境を二つ越えた所にある草原は、地平の果てまで真っ直ぐに伸び、視界一面を若草色で塗りつぶしている。

 今、その草原の中を、四足駆動の全自動魔導機オートゴーレムが二機、猛々しい蹄の音を立てて駆けていた。

 よく精製された質のいい金属で造られた全自動魔導機。その騎手は、揺れる振動に体を合わせながら、馬の全速力に等しい速度を保ち周りを見渡す。


 手綱を握りしめて、果てしなく平坦な道をひた走る。風除けのゴーグルとマフラーで顔の殆どを覆い隠していたが、隙間から覗く肌は、まるで赤子のような柔らかな乳白色をしていた。体型も小柄で、男なら年の頃は十二、三歳ほどだろう。旅人と呼ぶには、余りにも幼かった。

 休憩と睡眠の為に休んだ以外は、その人物はずっと走り続けている。その休みも、騎手の為だ。この騎馬に休息は必要ない。


 魔導機ゴーレムと呼ばれる物を一瞥でもしたことがあれば、その騎馬がかなり上等な物であるという事が分かるだろう。

 曇りも窪みもなく艶やかな光沢を見せる、高純度かつ高練度の鉄で造られた機体は、馬をモチーフとして作られている。時速60キロを越えた速度を保ち、ほぼ休み無く2日間。疲れを感じさせることはもちろん無く、魔力で動くその肢体は未だ、生物と見紛うスムーズな稼働で地を蹴る。

 その胴元には製造した魔導機技師のマークに、ベナント王家の紋章。

 この二台を作る費用で、国民全員の食料を運ぶだけの馬車が買えるだろう。過去の歴史を見ても上等な、国宝級の二機だった。


 その魔導機を繰り、数時間。朝日が登りきって空を明るく染めた頃に、二機の騎馬はゆっくりと速度を緩め、やがて草原の真ん中で立ち止まった。

 ゴーグルをかけたまま、騎手はマフラーをほどき、初冬の涼しい空気を胸一杯に吸い込む。小さくぴんと尖った鼻に、血色のいい薄い唇。

 目元を隠していても、美麗な人物であることが容易に知れた。

 朝の冷たい空気を吸い込んで、その人物はせわしなく辺りを探る。


「……どこなんだ」


 人を聞き入らせるような中性的な高く甘い声にも、隠しきれない焦りが浮かんでいた。

 騎馬に括り付けた雑嚢から地図とコンパスを取り出し、少年は今いる位置を確認する。草原に目印になるものなど存在しないが、自分の乗っている魔導機は速度も方向もほぼ一律だ。走った時間から、今いる距離を考える。


 目的地は草原のど真ん中。だだっ広い中の一点……確かに、その付近に到達したらしいのだが。


「どこなんだよ、クソッ」


 隠しきれない動揺を吐き出し、騎手は頭を抱えてしまう。

 彼は、人を探していた。

 探し求めている人物は、ある酔狂な魔導機技師だ。

 一陣の風のように、世間に名前だけが流布していて、その殆どが謎に包まれている


 希代の魔導機技師、ヘイミッシュ・フォード。


 彼を飾る大多数はおとぎ話のような突拍子もない話なのだが……目撃証言から辿り着いた、この草原で暮らしているという話。それにすがるようにして、こうして国宝級の魔導機を何日も走らせてやってきたのだ。

 他でもない、魔導機を制作してもらうために。

 少年の故郷……ベナントを、救うために。

 雲をも掴むような思いだったが、それでも徒労に終わるのは何としても避けたかった。

 彼の居住を特定する手がかりは、たった一つだけ。


 ……なのだが。


「蹄後を探せって……馬鹿じゃないのか!?」


 少年は足下を見る。馬型の魔導機のつける蹄鉄の跡は、そも本体が鉄製でかなりの重量があるため普通よりも深いものになるのだが……一片が欠けた楕円のような形の鞍跡は、それでも目印にするには余りに頼りなく、もう数分もすれば草の反発力で消えるのではないかとさえ思えた。


 改めて、この果てしない草原を見渡す。数本の木々を除けば地平の果てまで平坦で、まかり間違っても凹みなんて見あたりもしない。

 そもそも、なんで居住場所を見つけるのに馬の蹄の跡を探さねばならないのか……その真意さえよく分からない。


「やっぱり遊牧民みたいに、移動しながら生活しているってことか……?」


 だとしても、この果てしない草原で、こんな目印とも呼べない足跡だけを頼りに探せと言うのか。それならもうお手上げだ。

 はぁ、と吐いた息が僅かに白く霧立つ。騎手は首を大きく振り動揺する頭を冷静な思考に引き戻した。

 諦めるにはまだ早い。そう言い聞かせ、手綱を操り再び走り出す。



 ――それから暫く。

 魔導機の移動経路を、先ほどの場所から半径4キロの円を描くように設定して、再び体を揺らしていた時だった。

 騎手の目に、今までの草原と違うものがふと目に止まった。

 慌てて魔導機の移動を止め、その方向を注視する。


「……空が、垂れている?」


 陸と空が真一文字に隔てられた地平線。遮る物のない、果てと虚空が繋がる視界で、ある一転だけ、空の蒼が浸食したように、地面に僅かに窪んでいたのだ。

 削り取ったように蒼が浸食する一点。本能的に何かを感じて、騎手は魔導機の手綱を操り方向転換、そこを真っ直ぐ目指す。


 少し近づけば、その正体は直ぐに知れた。眼前に広がってきたのは、巨大な湖だった。綺麗な円を描くように広がる湖。透き通る水の色が空と混同して、地面が空に浸食されたような印象を抱かせたのだ。

 タネが分かれば不思議なものでもない。だが騎手はその湖に何かを感じて、変わらず騎馬を走らせる。


「河川のないこんな平野に、湖……?」


 僅かに抱いた猜疑心を原動力に、魔導機を走らせること十分。

 まるで三日月のような美しい湖畔に到着した騎手は、ゆっくりと騎馬から降り立った。

 陽光を反射してキラキラと輝く透き通る水面は、生活排水などで濁るベナントの川とは比べるのもおこがましい清廉さだった。

 たまたま地盤沈下が起きて、そこに雨水が溜まってできたのだろうか……しかしそれも随分と前の出来事だろう。水は澄み渡っていて、湖畔の砂は海岸のようにきめ細かく、気を抜くと足を取られそうになる。

 肌寒いくらいの平原の空気が、さらに清らかさを増して胸を満たす。一杯に吸い込んだ空気を吐き出すと、胸に詰まっていた思いもスッキリ抜けていくような気がした。

 目的の何かしらは未だ見つかってはいないが、丸一日ほど、何の変化もない草原を走っていたのだ。目の前の清らかな湖に、いくらか心が安らぐように感じた。

 うずっ、と年相応のわんぱくな感情が沸き上がり、口角を吊り上げさせる。高揚する感情に誘われるままに行動を開始した。

 そろそろ疲れも溜まっていた。食料と水はまだ十分にあるが、休まずに数日馬の上だったのだ。体に漂う匂いと不潔な感覚は、そろそろ生理的な限界まで近づいていた。

 靴を脱ぎ、素足を晒す。ゆっくり水に浸すと、冷たさと清廉な感覚に、ぞくぞくっと背筋が震え上がった。体が清らかになっていく、喜びと感動の震えだ。


「ボクの今後は……とりあえず、スッキリしてから考えよう、うん」


 早口でそうまくし立てると、いても立ってもいられないとばかりに、騎手は身につけていた物を取り払う。

 ゴーグルを外し、頭を覆っていた帽子を脱ぎ捨てると、首元までで整えた淡い栗色の髪が、空気に触れて踊るように風に揺れた。

 端正な顔立ちをしていた。真珠のように丸い瞳は髪と同じ栗色。多少の長旅では色あせない血色のいい肌は瑞々しく張りがあり、若さと育ちの良さを感じさせる。

 数日間重い衣服に締め付けられていた肌を次々に晒し、下着姿になった途端、猛ダッシュ。小さな足跡を湖畔に残し、湖に頭から飛び込んだ。


 水に触れた途端、永い眠りから解き放たれたような圧倒的な開放感が彼の全身を駆け抜けた。

 肌を突き刺すような冷たさが体を包み込む。流れる水が肌を撫で、蒸れて籠もりきった肌がその流動に歓喜し、暴れ出す。体の隅々まで水が撫で、内側まで染み渡る。淀んでいた体中の血管が、冷たさに悲鳴を上げながらその衝撃に叩き起こされる。

 古い自分から解脱したような、世界を脱ぎ捨てるような、あまりにも開放的で心地よい一潜り。


「ぷはっ! ははっ、冷たい、気持ちいいやっ」


 立て続けに潜る。全身を冷たい清水に晒しながら、今度は中心の方に向かって泳いだ。

 水の抵抗が心地いい。移動で凝り固まった体を、柔らかな抵抗の中で自由に動かす。

 水の流動もないのにどうしてこんなに綺麗なのだろう……考えると不思議だが、今はとにかく、その事実をありがたく堪能する。

 しばらく自由遊泳を満喫すると、仰向けに浮かび上がり、冷たい水にじっくりと浸かる。結構泳いだものの、沈む足はやがて苔の生えた地面に触れる。水深は未だ胸元にも届かないだろう。随分浅い湖だ。

 波のない水面を漂いながら、少年は今後を考えて表情を曇らせる。


「……やっぱり、根も葉もない噂を宛にするべきじゃ無かったのかな」


 気の遠くなるほどに青く遠い空を眺めて、重たい息を吐き出す。

 虚脱感と不潔感から解放されれば、意識も自然と冴えてくる。しかし、思い描く未来は暗いままだ。

 国宝級の魔導機を駆り、伝説と呼ばれる人物を求めて旅をしてきたのも、全て自らの国、ベナントの今後を案じての事だった。

 もし本当にこの地に魔導機技師がいるのなら、自分の、果てはベナントの今後は随分と明るくなる。自らの名を含めて、歴史に良き年として刻まれるだろう。そんな淡い期待が、自分の思考を惑わせていたのだろうか。


「っ……そんなわけない。絶対に魔導機技師を見つけて、ベナントを救って貰うんだ」


 意気込み、水をかき分け立ち上がる。手のひらで掬った水を顔に打ち当てて、清らかなそれを一口飲む。

 もう一度掬った手の平の水をじっと見つめて、少年はふと気づいた。


「そうだ! 人が住んでいるなら、生活に必要な水の側に住んでいるのが自然だ」


 ひょっとして、そう遠くない場所に住居を構えているのかも知れない。

 自分の考えに納得すると、少年は踵を返して陸地に戻る。再び頭を沈ませて泳ぎ出す、ちょうどその時だった。


 ざぱん――と、少年の後方。湖の奥の方で、そんな水音が鳴って少年の動きを止めた。

 水底から飛び出した時の音。魚にしては大きな音に、少年は反射的に振り向く。

 あるいは、この湖に巣くう化け物か――そんな緊張感を胸に見た光景に、少年は目を見開いて硬直した。


 その人物は、今まさに水から姿を出し、少年の前にその姿を現していた。

 体を反り返らせて、体にとりついた水を払う。勢いよく後ろに振った夜色の髪が流れ、水滴が陽光を反射して光り輝く。

 ――一糸纏わない瑞々しい女性の裸体が、少年の眼前に惜しげもなく晒されていた。


「っ――」


 呼吸すら止めて、少年は目の前の美女の姿を視界に収める。本能が脳を全力で駆け回り、この一瞬の光景を脳裏の奥の奥、最も大事な部分に焼き付けようと動く。

 一秒が何万倍にも増幅され、舞い散る水滴の一粒さえも記憶野に押し込まれていく。

 女神だ、と。少年は目の前の光景に、声にならない声で呟いた。

 水を弾く柔肌は驚くほどに白く、水面から浮かび上がった肉体はまさに女神のそれ。反り返った姿勢によって突き出た胸元には、理性を優に溶解させる豊満な二つの果実。肉付きのよく完成された体が放つ官能の気配は、瞬間の光景を芸術の域にまで引き上げていた。

 我を忘れ、いっそ男であることさえも手放し、少年は目の前の光景をただただ呆然と眺める。女性は美しい顔を手の平で拭い、前を隠すこともせずに、顔にかかる髪を耳に駆ける。優麗なその仕草は、出会って十秒にも満たない少年に愛しささえも感じさせた。


「――あら?」


 ようやく女性は硬直した少年に気づき、目尻の下がった優しげな瞳を驚きに開く。一方の少年はそんな事実よりも、発せられた柔和な声の魅力に取り付かれたように見惚れてしまっていた。

 美女はその目に似合う柔らかな微笑みを讃えて、水に塗れた一歩を踏み出す。あふれる母性を感じさせる余裕を保ち、相変わらず前を隠そうともしない。


「あらあら、こんなところに人なんて珍しいわね……お客様かしら?」

「っ……」

「……?」

「あっ。は、はい! ボクは、ええと、そのっ」


 話しかけられたという事にさえ気づけなかった。少年は息を飲むことを止め、慌てて言葉を並べようとする。

 会話を試みようとすると、途端に意識が現実に引き戻される。しかし理知的に頭を働かせるには、目の前の光景は余りにも刺激的だ。官能的な色香に、少年の平静は容易く崩壊する。


 その時だった。突然少年の衣服が持ち上がったと思うと、そのまま体が引き上げられ、空中に持ち上がった。


「あら?」

「うわぁっ!?」


 くんっという反動と一緒に、少年の体はまさしく言葉通り釣り上げられる。

 ぐんぐんと速度と高度を上げ、美女の元から湖畔へと、恐ろしい勢いで空中を飛翔する。

 数秒で砂浜まで到達すると、2メートル程の高度を保って停止。ぐるんっと方向が変わって、陸の方に視界が動く。


 そこで、二人の子供が真っ直ぐ少年を見つめていた。


「やったねアグニ! 釣れたよ、ホントに釣れた!」

「違うよルト。コイツ、ヘンタイって言うんだよ!」

「ヘンタイっていう魚なの?」

「違うよ。悪いやつのこと!」

「悪いやつを釣ったんだ! すごい!」

「確かにすごいかも! もっとほめて!」


 紅と蒼。相反するような髪と瞳の色を宿す二人の幼児は、釣り上げられた少年を掲げながら、きゃっきゃとじゃれ合っている。突然の展開に、少年はまたも呆然と固まってしまう。

 ゆるやかにウェーブする蒼髪を腰まで伸ばした女の子は、隣で長大な釣り竿を持つ、くせっ毛の紅髪をほうぼうに伸ばした男の子に質問する。


「ねえねえアグニ、悪いやつを釣ったらどうすればいいの?」

「決まってるよ! それは……ええと……」

「お魚だったら、みんなで食べるよね」

「……悪いやつって、食べれるの?」

「フォードが言ってたよ! 何でも、やってみなくちゃ分からないって!」

「ちょちょちょ、ちょっと待って! 食べられないから! それに悪いやつじゃないよ!」


 不穏な会話の流れに、慌てて少年が口を挟む。

 アグニと呼ばれた紅い男の子は、快活さを感じさせる丸い目を怪しげに細めて、少年をじっと見つめる。


「……」

「……あ、アグニ君って言うのかな? よかったら、降ろしてくれない?」

「……悪いやつとは話しちゃいけないんだよ」

「だから、悪いやつじゃないってば」

「はいはいっ、ルトは知ってるよ!」


 会話を割るようにして、ルトと名乗る蒼い女の子が、自信満々に胸を反らす。


「この前聞いたよ! 人間、悪い奴ほどそうじゃないって言うんだって!」

「違うよ! ホントに何もやってないから!」

「あとね、人間、どうしてもムシャクシャしてしまう時があるんだって!」

「ボクはムシャクシャしてない!」

「ルト、それ誰から聞いたの?」

「フォードだよ?」

「それ、ムシャクシャじゃなくてムラムラじゃなかった?」

「そうだっけ? じゃあこうかな……人間、どうしてもムラムラしてしまう時があるんだって!」

「それだ!」

「もっと駄目だから!?」


 意味不明な会話の応酬に着いていけずに、少年は虚しく虚空に揺れる。双子のような子供たちは、少なくとも興味はあるらしい。色以外は瓜二つの無垢な顔を、少年に真っ直ぐ向ける。


「ムラムラしてるの?」

「してっ……、……ない」

「なんで間があるの?」

「なんで声がちっちゃくなったの?」

「やっぱりヘンタイじゃ……」

「だから違うってばぁ!」

「ねえアグニ、今度はムシャクシャしだしたよ?」

「こわ……」

「ええええ!?」


 表情のころころ変わる二人は、今度は眉間にしわを寄せ、「でもでもっ」と怒ったように詰問を行う。


「さっき、ラクシュミーに近づいてたでしょ!」

「ら、ラクシュミー?」

「そうだよ! フォードはいつも言ってるよっ。ラクシュミーのおっぱいに触ったクソヘンタイは、チーズとトマトと一緒に炉釜に放り込んでマルゲリータにしてやるって!」

「ぶっ!?」


 脳裏に焼き付いたあの光景が再びフラッシュバックし、少年は思わず吹き出した。身じろぎするたびに重たそうに、かつ柔らかそうに揺れたあの二つの大きな果実を思い出し、反射的に顔が紅くなる。


「ぁ……ぅ」

「……今晩はマルゲリータかな」

「わあい!」

「やめてっ!?」


 悲痛な声と共に、少年がこの宙吊りの状態から解放されるのを半ば諦めかけた時。水をかき分ける音がして、後方からあの柔らかな女性の声がかけられた。


「アグニ、ルト。その方は悪い人ではありませんから、はなしてあげましょう」

「ラクシュミー!」

「大丈夫だった? 変なことされてない?」

「ええ。私はなんともありませんよ」


 二人を諭す柔和な声。

 少年が首を回すと、未だ何も身につけていない裸体が飛び込んできて、慌てて視線を元に戻した。

 ふっと体に浮遊感がかかり、ゆっくりと降ろされる。足を着こうとすると、砂に足を取られて尻餅を着いてしまう。


「申し訳ありません。この子たちが失礼を」

「いえ、別に……そ、それより早く何か着てください!」

「あら、そうでした」

「はい、ラクシュミー!」

「ちゃんと綺麗にしておいたよ! 偉いでしょ!」

「えらいですねー。よしよし」


 見ず知らずの少年の前に自らの裸を晒しても気にもとめず。ラクシュミーと呼ばれる美女は衣服を受け取ると、二人の頭を優しく撫でる。嬉しそうな二人の声を聞きながら、あられもなかった姿を覆っていく。


「はい。いいですよ」


 その声に少年が振り向けば、ラクシュミーは仕立てのいいローブに身を包み、華やかな一礼をした。

 衣服を身につけたことで、直接的な、ある種攻撃的な魅力はなりを潜めたが、美しさはむしろ増したようにも見える。この地区の遊牧民の格好なのだろうか。身を包むのは黒地に緑と紫のライン。仕立てのいい二色の布を、首の後ろを通して胸を交差するように巻き、腰布で覆っている。神の御下で舞を捧げる、踊り子のような神聖さと品格を感じさせた。

 思わず見とれてしまいそうになるのを何とかこらえて、少年は姿勢を正し、慎ましやかに頭を下げた。


「突然の来訪、失礼しました。ボクはクリム・エル・ハン。南ベナントから、魔導機製造の以来をお願いしたく参じました」

「あらあら、そんなに遠くから……」

「その……ここに、いるんですよね? 希代の魔導技師、ヘイミッシュ・フォードが」


 恐る恐る訪ねると、ラクシュミーは口元を押さえ、微かに笑う。


「ふふ、そんな風に呼ばれているんですね……ええ、確かにいらっしゃいますよ」


 クリムの言葉をあっさりと肯定し、礼を返すように、深々とお辞儀をした。


「歓迎いたします、クリム・エル・ハン殿……ご案内いたしますわ。ちょうど、彼も起きた頃でしょうし」

「フォードは寝ぼすけだからね!」

「それに体も殆ど洗わないし!」

「ああ、大変。ちゃんと失礼の無いようにできるかしら……」


 三人で会話を交えながら、ここにはいない魔導機技師のことを語る。

 塗れて風に当たる寒さに僅かに肌を震わせながら……それでもクリムは、胸の内からわき起こる期待が胸を熱く奮わせているのを確かに感じて、冷えた空気をゆっくりと嚥下した。

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