フォーカス・ファンタズム

ソーニャ///スターチス

序章 妖精の小路

旅支度


 指先をパチンと静電気が走るような痺れが走る。

 私は思わず手を引っ込めて、顔をしかめました。目の前には大きく口を開いた『妖精の小路』と呼ばれる魔法陣が展開しています。

 どうしてと思いながら私は魔法陣を閉じると、魔法陣から発せられる煌々とした明かりが消え失せ、薄暗い自宅の玄関が露わになります。

「重量オーバー?」

 首をかしげながら玄関脇に置いてある体重計に靴を履いたまま乗ってみると、目方が100kgを超えていました。

「えー、まじでー………」

 体から力が抜けて玄関に座り込み、チェストストラップを外して肩を落とすとショルダーベルトが自重で勝手に下がり、ギシリとフローリングの板を軋ませながら、180ℓバックパック(特注品)のお尻が地面に付きました。

 ため息一つついて天井を仰ぐとちょっと電灯周りの煤けた部分が私をあざ笑う悪魔のように見えてうんざりします。荷造りのやり直しです。


 マジックゲート呼ばれる、空間移動魔術が人類にもたらされてから100年、さらに私達人類以外の住む世界が明らかとなって50年。人類は、未踏・未開の地を目指す実験と実践を繰り返しその版図を異世界にまで広げようとしていました。

 マジックゲートというのは、こちらの皆さんに馴染みのあるもので説明すると青い猫型ロボットの出す便利道具の一つである、あのピンクの扉のようなものです。ワープ、テレポーテーションなんて言い方でもいいかもしれませんね。

 距離、速度、時間を無視して今いる場所から全く別の場所に移動することができる。技術の名前です。

 20世紀初頭に突如として発現したこの技術は人類に様々な恩恵をもたらす一方で、未だその原理が解明されておらず、故に人類はこれを魔術として定義しています。なので名前もそのままマジックゲート、日本では何故か『妖精の小路』という言葉で通っています。私もこの言い回しが好きです。

 分かっていることは使用にあたって課せられた様々な条件だけで、その上に人類はルールを形成して運用しているのだ。

 なお、残念ながら行先を念じれば誰でも可愛い女のコのお風呂場に直接入れるような便利なものではなく、この門を運用するには以下のような制約があります。


1・マジックゲートは自由に接続先の座標を選べない。

2・マジックゲートはその魔法の使用者のみしか利用できない。

3・マジックゲートは通過できる質量に制限がある(個人差あり)

4・接続先の様子をマジックゲートの外側から視認することは出来ない

5・マジックゲートを開ける時間はおよそ1分

6・マジックゲートを使用者が再度開く事が可能になる時間はおおよそ6時間

7・マジックゲートの開放場所は本人の居る場所から半径5m以内

8・マジックゲートを解放できる人間は全世界に3億人前後しかいない(全人類の5%程度)


他にも細かな制約があるのですが、大きなところはこのあたりでしょう。今しがた私が使った魔法陣は、私が通過できる質量をオーバーしたために静電気のような電撃で私の通過を拒否したのです。

 そして一度使ったらその後6時間は使えないので。出鼻をくじかれた感じでぐったりとしているというわけです。

 私自身の体重を外せば 50kgを超える荷物を抱えてさあ、いくぞと意気込んでいた矢先の失敗。一応か弱い女の子でもある訳で、この仕打ちは想像以上に堪えます。

 いつもの調子で『妖精の小路』を開く前に体重計に乗らなかった私の自業自得ですが、ですがー。

 5分くらい玄関でへばった後何が原因だったか荷解きをして調べることに。いつも余裕があるようにしていたつもりなのにと、ひとりごちながら確認作業を進めていきます。

 何故こんなに荷物を大量に持ち歩かなければならないかと言えば、『妖精の小路』が開かれる場所は魔法陣の記号パターンによって決まっているからです。パターンは書式に則っていればデタラメに設定しても門を形成することが可能ですが、行き先が何処かは全くわかりません。そして、制約にある通り外側から行先を確認することができないため『妖精の小路』を展開した本人が通過するしか確認手段がありません。『妖精の小路』が、私たちの世界以外にも繋がっていることが判明して以降、新しい世界を発見するブームが巻き起こったのですが、未帰還者があまりにも多すぎたため、以降の実験で危険な場所、極地につながる門の存在も判明し、この分野の調査は各国の政府主導の下に行われるようになりました。

 このため公に知らされている『妖精の小路』以外を一般人が利用することは基本的にありません。自由に色々な場所に行けるわけではないのがまず第一のネックであり、加えて向こう側の世界に私達の世界のようなインフラが整っている訳ではありません。

 門の向こう側に行くという行為に対してこれだけ多くの制限がかかっているため、こちらの世界の技術をそこに運ぶには、非常に大きなコストが発生するのです。

 くどいようですが、自分の行きたいところへ直接行けるわけではなく、行けるのは自身の体重を含めた制限重量まで、加えてこの能力を使用できる人間は限られているため、思うようにいかないことの方が多くもどかしさを感じる場面、不便のしわ寄せが、この能力を使用できる私たちにかかってしまうのです。そもそも自分の体重より重い荷物を女の子が背負うってどうよって話です。

 そんな訳で少し休憩した後、改めて荷物を点検していきます。

  特注でオーダーした私のバックパックは6個の用途別に纏めた荷物を収納するスペースと、仕事用のカメラバッグを固定できる仕様になっています。チャックが複数あり、使いたいセットを直ぐに取り出せるようになっていてとっても便利。

複雑な機能と耐久性を重視したため、頑丈ですが、バッグ自体の重量もかなりのものです。その代わり過酷な環境での使用に耐え、かつ、小柄な私でも背負った時の負担が少ない作りになっています。後ろから見ると荷物に足が生えたような感じに見えて驚かれることもしばしばあります。

 まず一番上の段には、アウトドアセット、これは特に問題なし。寝袋やテントとマット、食器に照明、オイルなどを入れてます。他には現地の地図とコンパス。携帯シャベルにロープ、アウトドア用の徳用ナイフを取り出しやすい配置で収納。これは滞在先によって全く必要としない場合もあるためファスナーを外せば完全に独立するようになっていますこれだけで10kgくらいはあるかしら。

 次の段にはPC類だ。耐衝撃ケースに入れたノートPCとタブレット、外付けのハード2台、電源タップに外付けバッテリー。PCは主に撮影データのチェック、外付けハードへのコピー、RAW現像処理、動画の粗編、レポートや原稿作業に使用しています。正直なところ、これらの作業がタブレットに集約されてくれないだろうかと常々思っているのですが、いつになることやら。

 タブレットについては、現地でのコミュニケーションツールとして必要不可欠。言葉の壁を容易に突破して対話が実現します。筆談、音声認識による翻訳対話(翻訳能力は高くないがそれでも簡単な会話はこれで成り立つ)は、もちろんのこと、取材意図を伝えるためのプレゼン資料、写真、映像などをスムーズに見せることが出来るので。この段はいずれタブレットが一台あればそれで十分という時代が来るだろうと信じています。

 さらにその下には、クッションも兼ねて、下着や着替え、タオルといった生活用品、生理用品、医薬品。毎回組み合わせをあまり変えないようにしているので重さはほぼ一緒。これは問題なし。減らしたりしてはいけないセットの一つです。

 そして左側の出っ張った部分に未開封の嗜好品、タバコ、ガム、紅茶、コーヒー豆、香辛料が入っています。これらは自分が使うとは限りません。現地通貨代わりに物々交換等で使うアイテムだ。タバコは重さの割に高く取引できる交換アイテムになるため吸わなくても持っていた方がいいです。最悪虫除けとしても使える。とはいえ最近また値上がりしているので地味に辛く感じています。ここは大体旅先で空になります。余った分はお世話になった人に渡すなどすれば喜ばれるので。とりあえずかさばりがちなコーヒー豆を減らす。確か紅茶の方が人気があったはず。

 反対の右側の出っ張りには、現地の友人へのお土産や配達品がまとめて入ってます。この、左右の収納部分は現地から帰る際お土産品等を入れる場所に変わります。

 そして最下段のファスナーを開けると、食料、水、非常食、と言ったものが入っています。滞在先によっては減らす場合もあるけれど水はなるべく削らないほうがいいですね。食料はほぼレトルトパウチとドライフルーツ系。缶詰や瓶はゴミの処理等で不便な事と重さがネックになるので使いません。しかし、いざとなればここから荷物を減らす事は可能です。自力で食料を調達する知識が十分ならばですけど。

 最後に別のバッグに収納された仕事道具一式。私の場合は必需品のカメラがフルサイズセンサーとAPS-C(フルサイズセンサーよりやや小型のセンサー)で一台ずつ。レンズが超広角ズーム、標準ズーム、望遠ズーム、単焦点が広角と標準で2本、APS-C用の超広角ズームを一つ用意してフラッシュ、バッテリー、メディア、クリーナーセットにマニュアル、録音用のマイク、それからカーボン製の軽量三脚等を入れています。そうか、フルサイズのカメラを新調したから重さが変わっているのを忘れていました。

 旅先では故障、盗難に備えて常時2台持ちが普通です。流石にここを削る訳にもいかないのですが、思案した末APS-Cの方を同じセンサーサイズでコンデジ仕様の旧型機に入れ替えてみます。

 これでかなり軽量化されたはず。これならマウントアダプターでレンズも共用出来て身軽になるし良いことづくめ………あ、いやいやいやバッテリーや付属品が共通規格じゃないから逆に荷物が増えるだけでした。やっぱナシ。

 そうでした、でした、結局荷物が増えるという理由から使わなくなっていたのを忘れてました。

 となるとレンズを削るしかない訳ですが、削るなら単焦点レンズ(ズームしないレンズ)になります。取材先をイメージしてどちらを優先して使うだろうかとしばらく考える。標準の方がいいかな? 広角側は新しく買った超広角ズームで十分か、ほぼ屋外だし、とあれこれ理由を付けながら広角単焦点を荷物から外します。それでも、目方ギリギリかも。

 それにしても、セット自体の重さはいつも通りだし一体何が原因なのだろうと首を傾げたところで、背中に一筋汗が伝いました。

 恐る恐る、体重計に荷物を背負わず乗ってみと………。


 私は無言で荷物から水の2ℓボトルを冷蔵庫に一本しまいました。

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