1-1 始まりの合図

「あぁぁぁぁ!!!」


 全身に汗をかき頭を抑えて市原 雅史は飛び起きた。


「誰……なんだ……」


 雅史は夢の中の少女に全く見覚えがない。

 しかし1ヶ月近くも毎晩夢に出て来られては普通ではないことくらい誰だって分かる。


「一度病院行ってみるか……」


 自分の脳を心配しつつ、雅史は目覚まし時計代わりの携帯に布団から手を伸ばした。


「おかしいな」

  

 いくら手を伸ばしても携帯に手が届かない。

 ここでやっと雅史は違和感に気づいた。


「俺の部屋……じゃない?」


 体を起こして辺りを見渡しても何も見えない。

 月や星の光、外の街灯の明かりは全くなく、ただただ真っ暗な空間だけが広がっている。

 そもそも自分が今寝ていたのはベッドの上ではなく、なにやらひんやりとした床のような場所であった。

 

 雅史は途端に不安を覚え、記憶を頼りに部屋の電気を点けようとするが一向にスイッチに手が届かない。

 自分の体や腕さえ見えない暗闇の中で雅史は呟いた。


「どこだよここ……」


 あきらかに異常事態であった。


「おーい! だれかー!」


 叫んだ声はトンネル内のように大きく反響し、この場所が相当広いところというのが分かったが、それ以上は何もわからず不安だけが増していく。

 

(確か昨日は大学の飲み会で……飲みすぎたのか? いやいや、しっかり家まで帰った記憶はしっかりあるぞ……)


 寝起きでしっかり回らない頭をフル回転させて雅史は昨夜の事を思い出すが、どう考えても今の状況に繋がるようなことは思い出せない。


 そんな時だった。


『市原 雅史さーん! おはよーございまーす!』


 突如甲高い女の声が異質な空間に響き渡った。


「なっ……」


 突然のことで面を食らった雅史だったが、声の主はそのまま話し続ける。


『あたしが君の担当になった天使ミカエルちゃんでーす! 以後よろしくね!』

「た、担当!? 誰だお前!? なんで俺がこんなところにいんだ! そもそもここはどこなんだよ!」

『もーう! 質問は一回につき一個って決まってるんだぞ!』

「いいから早く答えろ!!!」

『ひゃー怖い怖い、そんなに怒らないでまずは落ちついて! ねっ! まぁ疑問はたくさんあるだろうけどまずはここはどこですか? って質問に答えちゃう! ここは世界の本質、つまり分かりやすく言えば神様が住む世界なんです!』

 

 ふざけんなっ!!! 雅史がそう叫ぶのを止めるようにミカエルは話を続けた。


『待って待って! どうせふざけんなっ! まじめに答えろ! とかありきたりな答えが来るのは分かってるからさー、まぁ信じる信じないは自由だけどね!』


 次の瞬間、今までただただ暗闇に支配されている空間に黒以外の色がついた。


「!?」


 青色。

 青黒ずんだその場所は水の中だった。

 一瞬にして底の見えない水の中に変わってしまった空間で雅史は必死になって上を目指そうと足掻くが、パニックにより上も下も分からない。


「ンーッ!? ンッー!?」


 無我夢中で足掻く雅史の耳にミカエルの愉快そうな声が響く。


『次はこれ!』


 その言葉に合わせて水は消え、全く違う場所へと変わった。

 周りに見えるのは白いガスのような物と、澄み渡るような青。

 それが空だと認識できた瞬間、雅史の体は地面に向け真っ逆さまに落ちていった。


「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 声にならない叫び声を上げながら落ちていく雅史。

 自分はここで死ぬのだと雅史が悟った瞬間、フッと周りの景色は消え去り元の暗闇の空間へと戻っていた。


「な、何が……起きたんだ……」


 胸に手を当て息を整える雅史。

 そんな雅史の疑問にミカエルは楽しそうに答えた。


『びっくりしたでしょー? 今のは現実だよ! というより現実だったことって言った方が正解かも知れないけどね!』

「どういう……どういう意味だ……?」

『だーかーらー、ここは神様が住む世界って言ったよねー? つまり君たちの言い方で言い換えるならここは天国ってことっ! でゅーゆーあんだすたん?』

「てん……ご……く?」

『そうそう! 天国って生きてる人間じゃ決して来れないところなの! だーかーら、君はもう死んでいるってことになりまーす! つまりさっきのは数時間前の君の記憶、実際に現実で起きた出来事なのでしたー! パンパカパーン』


(俺が死んだ……そんなはず……)

 

 頭が全く追いついてこず、現状を把握するどころかどんどん思考が追いつかなくなっていく雅史。

 そんな雅史の心境を知ってか知らずかミカエルは話を続ける。


『いやー実際大変だったんだぞ! 君を殺すために太平洋のど真ん中に君を転送したはいいけど、なんかすっごい苦しそうにしてるからなんだかこっちも見てて苦しくなっちゃって! それで早く楽にしてあげようって思って高度4000メートルのお空に転移させてあげたってわけ。人一人転移させるのだって楽じゃないんだよまったく! ほんとあたしって優しいなーって聞いてるのー? ねぇってばー?』

 

 耳障りな声が雅史の頭に響く。


(ふざけてやがる……)


 起こっていることを考えればどう考えても夢だが、今感じた感覚が夢だとは雅史にはとても思えなかった。

 確かな死への恐怖、それだけが雅史を包んでいく。


 暫く沈黙し、あらためて今の状況に対して雅史はある結論を出した。


 それは諦め、受け入れること。

 今さらどう叫び散らかしたところでどうにもならない。

 ならばいくら不本意であっても、唯一の情報源であるミカエルから情報を引き出すのが得策だと考えたのだ。


「分かった……ここが天国ってのは納得したよ。だから質問いいか?」

『おっけおっけ! このミカエルちゃんになんでも聞きなさい!』

「俺はこれからどうなる?」

『おー、良い質問だねぇ。もっとパニック起こして騒ぎ散らすかと思ってたんだけど思ったより冷静なのね君は。ちょっと関心! うんうん』

「いいから早く答えろ!」

『もう怒らないでってばっ! それじゃあこれからのことを話すからよーく聞くように! 私語は厳禁だぞ! 死後だけにってね!』


 もちろんそんなギャグを笑えるほど今の雅史に余裕はない。


『ん、んー、で、ではいくよ! まず結論から言えばこれから君は君と同じように集められた99人の人間と殺し合いをしてもらいます! もちろん生き残れば豪華な商品がついて来るから安心してね!』

「殺し合い……」


 あまりに非現実的な目的に驚いたが、むしろ雅史は自分以外に集められた人間が99人もいるということの方が驚きであった。


『殺し合いって響きだけじゃちょっと不気味だけど大丈夫! ただの殺し合いじゃなくてゲーム感覚で楽しめる作りになってるからビビりな人でも安心して参加できるんだよ! 肝心のルールなんだけど……口で説明しても覚えるの大変だし、後で紙媒体にして配ってあげるからルールに関しては後で自分で覚えてね!』


 ミカエルの話をまとめれば、これから謎のゲームに参加させられ、そこでそのゲームのルールに従って殺し合いをするということであった。


「もう一つ質問だ、俺がそのゲームとやらに選ばれた理由はなんだ?」


 これが雅史にとって一番の疑問だった。


 その集められた人間がどの範囲から選ばれたのかは分からないが、仮に日本や世界中からと考えると億単位の人間の中から選ばれた事になる。

 それには何か特別な理由があるのではないだろうかと。


『ふんふん、そんなの君が能力者だからに決まってるじゃないか!』

「能……力者?」


 ポカンとしている雅史に戸惑ったような声でミカエルが尋ねる。


『あれれー? 君能力者だよね?』

「いや、違うぞ……」


 能力者、その単語に雅史は全く無知識というわけでもなかった。

 

 能力者とは人外の力、異能の力を持つ者の事を言う。

 表立って騒がれ始めたのは2001年頃からで、空飛ぶ人間や触らずに物を動かせる者、自身の体の形を変化させる者など種類は様々であり、能力者集団の悪の組織や、それを捕まえるための対能力者用組織があるなんていう都市伝説まであるが、能力者の存在自体は確かである。

 実際、雅史の住む日本にも能力者である人気俳優、睦沢 ムツザワ リョウなどもいる。 

 

 ここまでのことは普通に生活していれば嫌でも耳に入ってくるものであり、言わば常識でもある。


 しかし雅史個人としては能力について胡散臭いと思っており、実際に睦沢 亮の能力も石などの小さな物を少し浮かすだけであり、それをテレビで見た時は手品の延長線だなと思った。

 

『おっかしいなぁー? んー……』


 ミカエルは予想と違う展開に困っているのか、何か考えているようであった。


『まぁあれじゃないかな、こんなこともあるって! そのうち覚醒するんじゃない?』


(とんだとばっちりだ……)


『まぁきっとなるようになるって! あたしも君の担当として頑張るからね! ご褒美のためにも!』

「それでそのゲームとやらはいつ始まるんだ?」

『んーとねー、今が人間界の時間で言えば午前3時過ぎだからー……あと2時間後の午前5時からのスタートだね! 今からさっき言ったルール説明のプリント渡すからちゃんと2時間以内に頭に入れておくように! くれぐれも無くすんじゃないぞ! それじゃあまたあとでね!』


 そう言ってミカエルの声は一方的に途絶えた。

  

 暫くすると暗闇の中に何やら光っているものが現れ、雅史はそれを手に取った。


「これがプリントってやつか……」


 手に取った紙には大きくゲームルール説明と書かれており、細かな文が説明書のように記載されている。


 ここまできたら本当に殺し合いとやらは行なわれるのであろう。

 未だに夢である可能性を捨てきれずにいる雅史であったが、ルールは覚えておいても損はない。

 

 ゲーム開始まであと2時間、雅史は自分の直感を信じてプリントに記載されているルールに目を通し始めた。

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