叛逆の資格者
『GOOOOAAAAAAA‼』
「こっちだ屑鉄野郎!」
俺は飛び立ったダハーカが気付かれないようにありったけの大声を張り上げてビー玉を三つ投げつけた。当たる直前のタイミングで『
これだけ、これだけの作戦である。下手に近づいて殴り合いをしたり、極限の精神状態で攻撃を避け続けることもない。ただ淡々と、冷静にするべきことをする。味気ない気もするが、こうしなければ勝機は無いのだ。一撃で致命傷、二撃目で死、ならば攻撃を喰らわないように行動するしかないのだから。
『GUUUUUUUUGEE?』
全力で岩をぶつけまくっていたのに、何かの違和感に気付いたのかゴーレムが首を上の方に向け始めた。まずい、感づかれたか。
「――っち見ろやぁ!」
俺はビー玉で岩を段々に配置して作った足場を駆け上り、ゴーレムの顔面に跳び蹴りをかました。衝撃に足がびりびりと震える。が、のんきに跳んでいる暇はない。ダハーカから注意をそらすことには成功したが、今度は俺がこいつにロックオンされてしまった。ゆっくりとだが、確実に落下する俺のスピードを計算して例の右拳が迫ってくる。まだ全部のビー玉を仕掛けてないみたいだが、仕方がない。ここで喰らうと確実に追撃を喰らってしまう。
「『解放』!」
俺がそう叫ぶと同時に、メイル・ゴーレムの右半身が吹き飛んだ。
『GYEEEEEEEEEEE⁉』
ゴーレムはうろたえたように叫びながら倒れる。右半身が無くなったのだから無理はない。両足でやっとバランスが取れるような不安定な体をしていたのだ。これでもう立ち上がることはできないだろう。
「なんとか、上手く行ったみたいだな……」
絶対に砕けない外骨格を持った化け物を倒すのなら、外骨格の内側に大量のビー玉を込めて岩に戻して内側から外骨格をはじけ飛ばせてしまえばいい。何も、正々堂々と打ち砕いてやる必要はないのだから。本当に、俺があのスキルを持っていて、ダハーカが空を飛べて、ブックマンが考えてくれなかったら、確実に死んでいた。今回の勝利は奇跡と言っていいくらいのものだ。次の戦いはこう上手く行くわけがない。この世界で生きる以上、もっと精進した方が良いだろう。
俺は静かに鉄の扉をビー玉に変えてゆっくりと、もがくゴーレムの『魔石』の前に立った。この世界で最も硬い部類の鉱石である『久石』とは違い、『魔石』はマナが結晶化した物であり、強度は低いらしい。恐らく、このままビー玉をもとに戻せば『魔石』は砕け、俺たちの勝ちで試練は終了。このうすら寒い地下から脱出できるわけだが。
俺はゴーレムをもう一度じっと見た。先程まで夢中で戦っていたから気づかなかったが、『久石』の鎧には、無数の傷がついている。きっと、途方もない時間、ここで『試練』としての務めを果たしてきたのだろう。俺なんかじゃ想像もできない激しい戦いを繰り広げてきたのだろう。ずっと、ずっと。
いつの間にかゴーレムはもがくのをやめていた。頭部のスリットから覗く瞳のような光が、じっとこちらを見ている。安らかな光。まるで死の瞬間を受け入れるように。
「……止めた。止めだ止め、性に合わねえよ」
俺はそう呟いてビー玉をポケットにしまった。無理、本当無理だわこういうの。
「多分そう言うだろうとは思ってたがヨ、一応、何でなのかくらいは聞いてもかハゲ」
そんなことをブックマンが言ってきた。いや、なら聞く必要ないだろお前。何かイラッと来たが、ダハーカも不思議そうな顔をしているので説明することにした。
「まずこいつ殺す必要ないよね」
「そうダナ」
『そうだったな』
戦いの空気に呑まれて忘れるところだったけど、そもそも逃げられそうにないから戦ったわけでして。こいつもう動けなさそうだし俺たちはもうとっととさっきの大穴の所に戻って地上に上がりたいんだけど。マジックアイテムとか正直どうでもいいし。寧ろそんなの持ってたら盗賊とかに襲われそうで怖いわ。
「それになんか可哀想だろ、ずっとここにいたのに一回負けただけで死んじまうなんてよ」
『センリ……』
なんかダハーカに尊敬の眼差しみたいなので見られている。なんだかこっぱずかしいので、俺は頭を掻きながら踵を返した。
「さっさと行こうぜ。ビー玉で岩積めばあそこは普通に登れそうだし――」
『合格だ』
「は?」
誰ですかね今喋ったの。俺喋ってたんですけど。ブックマン、は違うか、こいつそんなに声低くないもんな。ダハーカ、にこんな妙なジョーク言えるわけないか。とすると消去法的には――
「ハッ、俺か⁉」
『何でそうなる』
今度ははっきり聞こえた。こいつだ。左半分のゴーレムが喋ってたんだ。ていうか喋れたのかよお前。アメコミの怪物みたいな声しか出ないのかなとか思ってたのに。いや、今はそこはいい。どうでもいい。いまこいつ『合格』って言ったのか?
「辞退します」
『無理だ』
おっとぉ、即答ときましたか……。これはいかん。いかんですよこれは。何だかよくわからないけどここで例のマジックアイテムを受け取ると壮大な物語的な何かに巻き込まれてしまう気がする。俺正直生き残れる気がしないので、ここでどうにか断っておこう。
「知らない人から物貰うなって言われてるんで――」
『安心しろ、もう渡した』
いやそんなまさか。まさかね、いやだって俺動いてないし、こいつも動いてないのに一体どういう理屈でうわなんか俺の両腕についてるんですけど。
『かっこいいな! 友よ!』
「ありがとうダハーカ、いやそうじゃねえそうじゃねえよ何だこれ」
俺の両腕には見慣れない銀色の籠手が装着されていた。しかも、なんかデザインが普通じゃない。右腕はブックマンを巻き付けていた紐にあたる部分がなんか籠手でかっこいい感じにまとめられていて、左手は基本的にブックマンのついている右腕と同じデザインだが、手首のあたりになんだか四角いレバーのようなものがくっついている。そして、両腕とも手袋に当たる部分までしっかりとついていて着け心地に違和感が無く、肘のあたりに四本と手首のあたりに二本、何のためについてるのか分からないパイプの様なパーツがついている。ていうか何このレバー、変身できそう。
『ちなみにそれの左手首のスロット部分にお前のビー玉を三つ入れてからレバーを引くと変身できるぞ』
「何それ胸熱」
ちがう、そうじゃない。流されるんじゃない、俺。いくらなんだかかっこ良い感じのデザインで変身までできる素敵仕様な籠手だからって――あれ、別に良くない?
「ブックマン、これ、どういうアイテム?」
「【霊装リベリオン】。この世界に限られた数しか存在しない【霊装】の一つで、象徴する属性は【叛逆】と【進化】。持ち主固有のスキル、ここではビー玉を三つスロットに装填してレバーを引くことで【霊装】を全身に展開し変身することができる。拳の黒い布の部分は『バウンド』で出来ており、籠手や展開した装備は『久石』製。パイプ状の機関からはビー玉を射出することができる。また、スロットに装填したビー玉に何かしらのスキルや魔法が封じられている場合は、レバーを引くことでそれを習得できルナ」
「うわこれかっこいい」
うん。なんか説明を聞いていると貰ってもいい気になってきたぞ。というか寧ろ欲しい。何この素敵なステイツ。スキルの習得とかほぼチートアイテムじゃねえか。
「ありがたくいただいておくよゴーレムさん」
『気に入ってもらったようで何よりだ。後、祭壇の奥のスイッチを押すと宝物庫に生けるから、全部持っていくと良い』
満足げに頷いてなんだかとっても太っ腹な事を言うゴーレムさん。ああ、なるほど。ゴーレムさんからしたらいくら渡す相手を選ぶために存在しているとはいえ、あくまで試練としての役職を持つ以上、合格した者に宝を渡して、相手が喜ぶところを見てみたいという思いも少なからずあったのだろう。何より、これで試練とか言う役職から解放されるみたいだし。とするとこの人(?)これからどうするんだろう。気になったので聞いてみる。
「あんたはこれからどうするんだ」
『死ぬ』
「待て早まるんじゃない」
何このゴーレム何でこんな死に急いでんの。自分の生きる目的を失ったからって決断が早すぎるんじゃないか。
『いや、早まるなも何も、この状態ではいずれマナが枯渇して死ぬし、かといって一度外れた鎧はもうつけられないからどうしようもないんだ』
「……」
まあ負けてしまったからな。そう告げるゴーレムさんを見て、今更ながら俺は自分がたった今やったことがどういうことなのかが分かってきた。
自分が生き残るには戦わなきゃいけないが、戦ってる相手にだって戦う理由があって、勝者が決まるという事は、必ずどちらかが敗者になることだ。それは今回で言う所のゴーレムさんで、次回の俺かもしれない。
こういう事だ。この世界は、こういう世界なのだ。そもそも、俺が召喚されたのだって、勇者――自分たちの代わりに都合よく戦ってくれるモノとしてだ。間違っても、皆仲良しこよしでおててをつなぎに来たわけじゃない。何かを殺すための道具を握るために来たのだ。魔物であれ、人であれ、死体の山を築きに来たのだ。
そして、今まさに俺たちの勝利と共に職務を全うしようとしただけのゴーレムが一体、死のうとしている。殺すつもりなんて無かったけれど、俺の行動で結果として死ぬんなら同じことだ。
でも、それをそう簡単に受け入れるわけにはいかない。絶対的な悪であるのならば、俺の価値観を以てして俺は殺す。だがゴーレムさんは、戦いが終わって話してみると、ここで死ななきゃならないようには思えない。俺の価値観がそれを許さない。
だから助ける。
「ブックマン、宝物庫に行くぞ。ダハーカはゴーレムさんと世間話でもしといてくれ」
「……アア、分かった」
『せ、世間話って何なのだ! 初めて聞いたぞ!』
『……普通に話をしていればいいのだと思うぞ?』
あの一体と一匹が世間話出来るのかはともかくとして、俺は祭壇の階段を昇り、壁に据えられたスイッチのような形の石をぐっと押した。押して数秒、スイッチの部分を中心に祭壇の後ろの壁が左右に開き、宝物庫とやらが姿を現した。
「意外と金って光り輝いたりしないんだな」
「外部からの光がネエカラナ」
そうか、と頷いて暗い宝物庫の中に立ち入る。
「これだけのものを運べると思うか?」
「普通は無理、でもテメエは『
『大口』ってそういうスキルだったのか。まあ名前から何となくわかってはいたが。俺は『大口』を発動、俺の右に現れた穴の中に片っ端から宝物をぶち込んでいく。金目のものが欲しいというのは確かにあるが、今の目的は別だ。箱にも収納しない乱雑な宝物庫だから少し不安だが、宝物庫と言う奴には大抵置いてあるであろう物を探している。
ゴーレムさんは、一度外れた鎧は着けられないと言った。ならば、あれほどのサイズは見つからずとも、一つくらいあってもいいんじゃないか?
「よし、やっぱりだ」
三十分ほどかかって宝物をあらかた片づけた後、宝物庫の壁際にそっと飾られていたそれを何とか引っ張り出し、灯りの届くところまで持っていく。
「やっぱり、そういう考えか」
「でも、これなら大丈夫だろう?」
俺が宝物庫から持ち出してきたのは、特徴的な造形をしたアーメット(頭部を完全に覆う、可動式バイザー付きのヘルム)を頭部に据えた漆黒のプレートアーマー(全身を金属板と編んだ鎖で覆う防御力の高いアーマー)だった。
『状況理解』で解析した結果、これも『久石』製の相当に上等な代物らしい。まあさっきまでゴーレムさんが着けていたのに比べると、サイズも小さいし迫力には欠けるが、これくらいの鎧でならメイル・ゴーレムの細身の身体でも中に空洞はできないだろう。まあ頭部はなんかもやもやっとしたので動かしてたからよくわからないが。本体に首に当たる部位は無かったからまあそこら辺はきっといろいろあるのだろう。
俺はこの重いのを運ぶ気にならなかったので、ビー玉に変えてゴーレムさんの隣に置いた。ビー玉を元に戻して、隣に鎧が現れるとゴーレムさんも俺が何をしようとしているのか分かったらしい。
『……そこまでしてくれなくても良いんだぞ? 負けたのは私だ』
「負けたって自覚があるんなら、おとなしくしててくれよゴーレムさん」
『ぬう……』
ゴーレムさんが観念した様なので、俺は横に倒した鎧を『状況理解』で理解した通りの順番にパーツを外して、トルソーの厚いチェインメイルをめくり上げた。普通は飾りとして鎧を置くときは中に支柱やなんかをいれたりするのだろうが、この鎧にその類は無い様だった。
「ほらゴーレムさん、鎧離して」
『ああ、分かった』
ゴーレムさんは『ふん』と何やら力んで、残っていた鎧からも外れて地面の上に転がった。限界まで引き延ばしていたのか、しゅるしゅると縮むと俺でも抱えられるくらいの大きさである。俺は鎧の胴体の中にゴーレムさんを寝かせた。
「どうだ、上手く行きそうか」
『ああ、問題ない』
そう答えたゴーレムさんは、鎧の外にはみ出していた残りの本体も鎧の中に引っ張り込み、何やらもぞもぞと蠢いている。鎧の中に、今度はぴったりと詰めようとしているのだろう。しばらくするともぞもぞも収まり、『前を留めてもらえるか?』と声がしたのでチェインメイルを戻して胸当ての部分やその他の細かなパーツを取り付け直す。
『こっちの方が案外動きやすいな』
全部がきれいに収まると、ゴーレムさんはそう言って立ち上がった。
「気に入ってくれたようで何よりだ」
そう笑ってゴーレムさんのニューボディを鑑賞する。漆黒。何かもうそれだけで形容できてしまいそうな鎧だが、それでいて何というかこうメリハリの効いたフォルムをしていて、俺のよく知る中世のちょっとアレな鎧とは違い、かなり複雑に金属の板を組み合わせて仕立てられている。
中性のあれはもっとシンプルな形をしたパーツを鋲で留めているのだが、この鎧はどうやら最低限鋲を使わず、例えるのなら日本建築の木組みの様にしているらしい。『状況理解』を使って構造を理解してからでなければまず全く動かせないほどだ。これだけの複雑な構造でありながら、がしゃがしゃと軽く動いて動作を確認するゴーレムさんを見る限りでは動きにくさなどはみじんも感じられない。どういうことだろう。一体どこの誰がこんな精密な細工を考え付いたんだろうかと思わず感嘆してしまうほどの出来栄えである。
俺の身長があと十センチ高かったら俺が着たんだが。
ま、まあそこら辺の問題はどうでもいいとして、中々に似合っている。いやフルプレートな上アーメットまでしてたら中見えないだろとか思うかもしれないが、何と言えばいいのか。その風貌と言うか雰囲気と言うか、とにかく立ち姿が自然なのだ。まるでこれを身に着けるずっと前に、こんな恰好をしていたかのような。
『おい、どうかしたのか?』
どうやら考え込んでしまっていたらしい。ゴーレムさんが怪訝そうにこちらを見ている。
「あ、ああいや、何でも無い」
そう答えて今度は自分の腕に着いている【霊装】を見やる。そう言えばこれまだ試してないな。
「ゴーレムさん、これ使ってみてもいいんだよな?」
『ああ、勿論だ』
頷くゴーレムさん。しかしビー玉を装填するっていわれても、どのビー玉を選べばいいんだろう。いろいろあるんですけど。そんな目でブックマンを見ると、
『ビー玉は、『空気』を使用しろヨハゲ』
「『空気』な、分かった」
親切に教えてくれました。ハゲについてはもう言及しないことにしよう。意味が無いので。この一日で嫌と言うほど味わったよもう。
俺は右腕を空中に掲げて空気を『捕縛』、三つのビー玉を掌の上に出現させた。なんとなくノリでやってみたが、空気もビー玉に出来るんだな。密室で真空攻めとかできそうだ。そんなことを考えながら左手首のスロットにビー玉を三つ押し込む。三つしか入れていないはずなのに、スロットが埋まったとたんに左腕がずっしりと重たくなる。何だこれと思いながらもレバーに手をかけ、ぐっと引く。
動かない。
「これはどういう……」
俺が何とも言えない表情で立ち尽くしていると、呆れたようにブックマンが進言してきた。
「掛け声とか無いのか掛け声とか」
「え、これそういう感じのなの?」
初耳なんだが。ていうか異世界の技術なのになんだかとっても既視感が。いやまあ形状自体ファンタジーらしくないと言えばないんだが、そういう世界なのかなと納得しかけていた。よくよく考えればどれもおかしな話ばかりだ。偶然で済ませようとかそういうレベルの話じゃない。国が違うだけで大きく違う常識が、世界の枠を超えても召喚された王城で通じていたことも今思えば説明がつかない。
俺の中にあった違和感がここにきてますます膨れ上がって言っているが、分かったところでどうしようもないことを考えても仕方がないので、この件は一旦保留し、【霊装】に集中することにする。
しかし、掛け声的なあれって言われても俺はこういったセンスに富んでないしな。ここは無難にテンプレートで行こう。
俺はもう一度左手を構えて、レバーに手をかけた。
「霊装展開リベリオン!」
――First Crash Atmosphere
ガキンとビー玉の砕ける音が響くと同時にそんな音声が【霊装】から聞こえてきて、視界が一瞬真っ白に塗りつぶされる。眩しさに目を閉じ、開くと俺の視界はいつもと少し違っていた。何だろう、ハリウッドとかでよく見る強化スーツの中から見た感じと言うか、バイザーか何かなのか、無数のグラフやレーダーのようなものが映し出されている。
それと、体が驚くほど軽い。少し跳ねてみると、自分の身長の二倍はジャンプ出来た。腕を振ってみても、軽い軽い。外見的には重そうなガントレットを着けているのに何もないときより軽いという素敵性能。凄い、感動した。だが、一つだけ気になることがあるというか何というか、
「なあ、ブックマン。鏡とか出せたりする?」
「本に鏡を求めるとか大分頭が沸騰してルヨナお前。出せるけど」
「出せるんなら別に――まあいいや、ちょっと出してくれ」
俺の言葉に頷くと、ブックマンはパラパラとめくれ、最後辺りのページで止まった。相変わらず白紙なので、俺は左手をかざす。するといつも通り本の上にウィンドウのようなものが出現、それが鏡のようなので俺はそれに姿を映す。
やはり金属的なパーツは両腕のガントレットと、近未来的なバイザーのついたヘルムだけだ。布地は『久石』製、まあ完全に見た目がジャージな件については気にしない。例のバイクに乗るヒーローもジャージみたいなもんだったし。
ただ、問題はそこではないのだ。そりゃ外見も気になるが、今はもっと気になる事がある。
「ああ、やっぱり」
鏡を俺の視線の高さまでもっていって周りと比較して分かった。いや、分かりたくはないが。
「【霊装】を解くにはどうすればいい?」
「レバーをもう二回引いてビー玉を全部割ればイイ」
ああ、と応えてレバーを引く。
――Full Crash
そんな音声と共に俺の頭部、それから全身を覆っていたジャージのような【霊装】が消えてなくなる。そこにはいつも通りの黒いシャツによれたスーツ姿の二十八の男がいる――はずだった。
「どういうことだろな、これ」
ブックマンが出した鏡、そこに映っていたのはどう見てもまだ十代の、俺の姿だった。
「これは、」
『え? え?』
ブックマンとダハーカは俺の外見の変化に慌てふためいている。だが、ゴーレムさんだけは落ち着き払っていた。俺はじっとゴーレムさんを見やる。
「なにか、知ってるのか?」
『知っているも何も』
ゴーレムさんは静かに俺の腕を指さした。
『それは所有者に強い影響を与えるんだ。例えば、それが司る属性を最も象徴していた時の姿に成ったりとかな』
「属性を、象徴……?」
俺はもう一度鏡と向き合った。この顔つき、十七、八歳のころだろうか。ああ、そういうことか。確かこのころの俺は……。
いや、昔の事はいい。別に呪いとかの類じゃないんなら問題にはならない。寧ろ若返れたと思って得をしたという事にしておこう。
しかし、これが別に悪い事じゃないとわかると、安心したのか何なのかどうにも体が重く感じる。マナを使い過ぎたのか? 俺にはいまいちこのマナがよく分からないが、【霊装】の使用でここまで疲れるのなら出来るだけ使わないようにした方がよさそうだ。
俺はそっと腕のリベリオンを撫ぜて、ゴーレムさんに訊ねた。
「じゃあゴーレムさん、俺たちはこのまま外に出るが、あんたはどうするよ」
別にここにいる意味はもうないんだろう? そう続けるとゴーレムさんは黙り込み、しばらく考えるようなそぶりを見せてから、顔を上げた。
『センリ、いやセンリ殿。貴方が良いというのなら、私を貴方の配下に加えて頂けないでしょうか。強いものに、特に自分が認めた者に従うというのは魔物にとって何よりの喜びなのです』
「は、配下……?」
ええっと、そう来るとは思わなかったんですけど。もっとこう、仲間になるぜ! みたいな感じかと。配下、配下と来たか……。ていうか口調変わり過ぎだろ切り替え速いなラックさん。魔物ってこういうもんなの?
『敗者が勝者に忠誠を誓うという事は、力こそが全てと考える魔物達には当然の行為です。ここは、了承するのがよろしいかと』
「え、あ、そうなの。じゃあ。よろしく、ラックさん」
『ラックでよろしいです』
「あ、うん。よろしくラック」
『こちらこそ、主殿』
引きつった笑顔でラックと握手する。うーん。うーんこの。何なんだろうむずがゆい。そもそも俺って主とかいう感じじゃないんですけど。
いやしかしまぁこれで一件落着だし? なんかこういう主従の関係的なのに憧れが無かったわけでもない。ラックかっこいいし。
こうしてみると、なんか『魂の絆』的なつながりを感じ――うおぅ
『あ、主殿⁉ この感覚はもしや! もしや私などに『魂の絆』を構築なさったのですか⁉』
「なにそれ俺知らない」
この全身から力が抜けるような感覚はもしかしてそれが原因なのか?
「アア、お前は気づかないうちに、強大な力を持つ魔物ですらほとんど行わないとかいう『魂の絆』を結ぶ行為を無意識に行ったんダナ。これは対象にもよるがかなりのマナを回復不可能なレベルで消費するので普通はまず行わネエ。ただ、これを行う事によりハゲとラックは魂レベルでの主従となり、その恩恵としてミジンコ野郎の【霊装】の象徴たる【進化】がラックに反映される。早い話、ラックは進化しるというわけダ」
え、何それどういう事? 俺が魂の絆を感じるなとか考えたから? そんなことでつながるもんなの? ていうかラックただでさえアホみたいに強かったのにさらに進化して強くなるの?
俺が全く理解できないでわたわたしていると、ラックの身体を光が覆い始める。え、なに、進化ってマジなの? ていうか俺は大丈夫なの?
「お前は、ダハーカの封印をそのマナごとビー玉に変えたとき、その膨大なマナを一種のマナ貯蔵庫として体に同化していたからナ。だから一時的な脱力感はあっても回復しないという事は無いシ、今後こういう機会があるときは進んで『魂の絆』を結ぶことを提案するゼ」
「へ、へー」
な、なるほど。つまり『魂の絆』が詳しくはどういう物なのかは理解不能だが、これをすると相手は進化するらしい。それと、ダハーカのマナは俺にとって一種の貯水池みたいなのになってるという訳だ。前に魔力を樽に例えたが、俺のマナ、つまり樽の中の水が無くなっても膨大な貯水池からいくらでも汲んでこれるからバンバンやれという事か。
ダハーカ的にはどうなんだろうかと思ってダハーカの方をちらりと見やるが、進化の輝きの大興奮のご様子。うん、大丈夫だろ。この子自分の力に執着とかは一切なかったみたいだし。
『これは――』
光の中からそんな声が聞こえる。あれ、声変わったかな。ダンディな感じから、何だろう。大分女性的な感じの声にだな。
いやそんなことはないよねーと笑顔をひきつらせる。光がだんだんと収まってきてちらほら見えだした鎧が女性物のような形状に見えるのだって気のせいなんです。気のせいだと信じたい。
「信じたかったんだがなー」
光の中から現れたのは、先ほどの漆黒の鎧を女性物にアレンジしたような鎧を身に着けた美女だった。
「これは、鎧の中に入っていた私の本体が、人間のそれらと同じような形状に変化していますね。鎧も形状は女性用になっているようです主殿。しかしこの身体、まさかゴーレム種最高格の『
「あ、はい」
うん。えっと、まあ、うん。凄い強くなったって事でいいんだね?
なんか明らかに高いテンションで自らの変化を嬉しそうに語るラックを前に、俺は神妙な顔をして立ち尽くしている。何だろう、何なんだろう。この何とも言えない心境は。ライブ・ゴーレムって事は生きてるって事である。基本的には構造は人間のそれと同じって事はもうそれゴーレムじゃないと思うの。センリさん的にはね。
顔については、なんか凛々しい感じの美人さんになってしまった様だ。黒い髪と黒い瞳に黒の鎧なのに、雪のように白くきめ細やかな肌がアクセントになっている。鎧の上からでもわかるほどに体は均衡がとれた俗に言うナイスバディとかいう奴で、何より驚くべきは女になったのにもかかわらず、メイル・ゴーレムの時より身長が高いという事だ。俺の心、折れそうである。
「配下に加えていただいただけでなく『魂の絆』まで結んでいただき、その上このような進化まで……」
俺の前にずいと近づいて何やら感極まったような声を上げるラック。待って待って、顔が近いです顔が。二十八歳童貞には刺激が強すぎるのでお下がりくださいいやもうマジで。
なんとかラックを俺から引き離し、俺の心の平穏を保つためにヘルムをきちんと被るように指示してから再び俺はラックに手を差し出した。
「ああえっと、これからよろしくな。ラック」
「はい、主殿」
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