メイル・ゴーレム
『GYEEEEEEEEEEE!』
「あっぐ……!」
俺の身体をマナで覆っていた(魔力が弱くても、体の周りに留めることで防御力を上げられるらしい)のにもかかわらず、俺の身体は蹴り上げたボールの様に飛んで、壁にたたきつけられた。空中で視認した『試練』とやらは黒塗りの強大なロボットのような姿をしていた。いや、こういう世界じゃあゴーレムって言った方が正しいのかもしれない。自分で殴り飛ばしたくせにオレの居場所が分からないのか、ゴーレムは俺の血がついた拳をプラプラと揺らしながら辺りを見渡している。こいつ、目が見えていないのか?
力を入れると全身からミシミシとかプチプチとか嫌な音が聞こえたがこの際気にはしない。俺は壁のひびに手をかけて立ち上がった。
『セ、センリ⁉』
「出て来るな!」
岩陰からこちらに向かって来ようとしたダハーカを怒鳴りつける。
「俺が良いって言うまで出るなって言っただろ!」
『センリ……』
ダハーカが泣きそうな顔になるのが遠目でも分かった。だが絶対にダハーカをこちらに来させるわけにはいかない。今の一撃を喰らって分かった。この攻撃は今のダハーカが喰らうと確実に死ぬ。元々ダハーカ自体、ドラゴンの時の姿ですらマナを使って身体機能を強化していたのだ。マナが枯渇した今、それも子竜の姿であんな攻撃をまともに喰らえば確実に身体がばらばらになって死ぬだろう。
それだけはダメだ、絶対にダメだ。友達なんだ。こんな俺が友達になって、うれしいって言ってくれた友達なんだ。
「死なせて、たまるかよ」
この世界に来てからは三年だが、塔を出てから一日も経っていないっていうのにこの始末。いきなり現れた一生に一度クラスの大ピンチで、展開の速さについていけそうにないが、やるしかない。やるしかないよな、ああくそ、潜在的な戦闘センスが神がかってたダハーカに貰った及第点、意味があるものだって信じて挑むしかない。
「どうすればいいと思うよブックマン」
「……」
「ブックマン?」
おかしいな、今日一日で散々思い知ったブックマンの性格からしてそろそろ「なんですぐにそうやって他人に頼ろうとするところから始めるんですか? 群体生物か何かですか? ボルボックスに降格ですか?」とか言われそうなものだが。そんな目で右腕を見ると、ブックマンが静かにこちらを睨みつけてきていた。
「おい、どうしたブックマン」
「何で、俺の言う通りにしなかっタ?」
「は?」
何言ってんだこいつ。一瞬何を言ってるのか分からずに呆けている俺をよそに、ブックマンは口早に捲し立てる。自分の言う通りにしないからボロボロじゃないかとか、なんで自分から怪我をしに行くんだとか、そういうことを。俺はそっと左手を構え、
デコピンをかました。
「あいたっ、何しやがル! こちとら今まじめな――」
「痛いんだろうが」
え? とブックマンが言葉を止めた。
「俺みたいに弱い奴のデコピンでも、痛いんだろうが」
「そ、それは……」
「俺は痛いの我慢してる奴を盾にする気は毛頭ないし、そもそもお前立ち位置的には参謀とかだろ。考えるのが仕事の奴を盾にするとかどこの世紀末だってんだ。つーわけであれだ、そうだな、出来るだけ俺達が傷つかないような作戦を頼むぜ」
せっかく異世界に来たんだ、せめて今度くらい信じさせてくれよ。誰にも聞こえない位の声で俺は小さくつぶやいた。
「……」
ブックマンは考え込むように暫しの間黙り込んでいたが、「分かった、分かったヨ」とまっすぐにこちらを見据えてきた。
「まず『状況理解』をあのゴーレムにだけ発動しロ、そこから先は、理解した情報をもとに随時指示するからヨ」
「オーケー、了解した」
そう答えて全力で右方向に転がる。一瞬遅れて岩が砕ける音がした。いつの間にかこちらに気付いていたらしい。まああれだけ騒いでおいて気づくなという方が酷だろうが、こういい感じに仲間とのきずな深めましたよーみたいな展開の直後に油断して死亡とか笑い話にすらならない。でもまあ話が終わるまで待ってくれてた辺り気の利いたゴーレムだなと緊張でこわばった顔で笑う。
「ゴーレムにだけ発動ってのは?」
「触って『状況理解』」
「まじか」
えらく難易度高めなの来たんですけど。一発殴られただけで軽く死を覚悟した様なのに近づいて触れとか、俺の初戦闘ハード過ぎない?
「盾、使うか?」
ブックマンがからかう様に言ってくる。
「まさか」
男に二言とか言うのは許されてないそうなんでね。皮肉交じりにそう返して、ゴーレムの三発目をギリギリで右に飛んで避ける。そのまま転がって壁際から避難、逃げ場を確保しつつ四、五発目も何とかいなし、距離を取って動きを注意深く観察する。
ゴーレムの足元には俺を殴ろうとしてできた砕けた石の穴がいくつか開いている。殴りとばされるのはともかく、地面の上に殴りつけられれば流石に死ぬ。つぶれて死ぬ。本当に死ぬ。今更になって自分が普通じゃない化け物と戦っているんだという実感が体を駆け抜けていた。怖いとか怖くないとかそういうレベルの話じゃない、もう気を失うか失わないかレベルの話だ。それくらいの恐怖感。未知への恐怖ではなく死への恐怖。ダハーカに初めて会ったときすら感じたことのない、自分を殺そうとする者への恐怖だ。以前の俺なら確実に恐怖でどうにかなっていただろうが、今はそういう訳にはいかない。
この恐怖を味わったうえでそれを噛み砕いて冷静に対処しなくちゃいけない。恐ろしく難しいが、出来なきゃ死ぬ。ならやるしかない。
俺は深呼吸をしてしっかりとゴーレムを見据える。動きは緩慢、だが隙が無い。現在進行形でゆっくりとこちらに向かって歩を進めてくる。奴の武器は右拳に装着されたグローブ、何かしらの細工がなされているのか一見柔らかそうに見えるあれで殴られると信じられない衝撃で吹き飛ばされる。明らかに奴の腕力云々を超えた力だ、正面からかち合って勝てる気はしない。だが、敵はどうにも小回りが利きにくそうなボディをしている。恐らく、奴に触れるとしたら奴の拳が届かない至近距離まで一気に接近して足を触るしかない。
「次、来るゼ!」
「分かってる!」
じわじわと接近してきていたゴーレムは、ギリギリと音を立てながら右腕を限界まで振り上げていた。コンマ数秒後に致死級の一撃が繰り出されるとわかって接近するのはかなりの度胸がいるが、引けば戦闘が長引いてしまう。俺は南無参! とゴーレムの足元に滑りこんだ。やった、背後で岩の砕ける音がする。俺はすかさずゴーレムの左脚に触れ、『状況理解』を発動させる。が、
「な……」
ゴーレムは俺が足元にいるとわかったのか、祭壇の部屋の天井ギリギリの高さまでジャンプしていた。しまった。まさかここまで頭が働くとは。今すぐ逃げないと確実にゴーレムの巨体に踏みつぶされる。しかし、今の俺はしゃがみ込んでいるうえに先ほどまでの攻撃で蓄積したダメージが大きすぎてとっさに反応できない。
ああ、やばい、これは死ん――
『センリィ――!』
「⁉」
背後からの衝撃に、俺は思いのほか勢いよく吹き飛ばされ、ごろごろと地面を転がる。数瞬後、地面の砕ける爆音が響く。もしあそこにいたらとぞっとする。だが、今はそれよりも言わなければならない事がある。
「出てくるなって言っただろ!」
俺は俺の背中に泣きそうな顔で張り付くダハーカに怒鳴りつけた。この馬鹿、あれだけ言ったのに。
「死ぬかもしれないんだぞ!」
『センリもだ!』
泣きそうな顔のまま、小さなドラゴンはそう叫んだ。
『今! 友は! センリは! 死にそうだったぞ!』
「そ、それは」
俺は言いよどむ。言葉の返しようがない。
『それに! 友達は! 助け合うものなのだろ! 本で読んだんだ!』
「ダハーカ、お前」
目を見開いてダハーカを見やる。ダハーカは生まれてすぐに封印されて、塔の中にあった本だけを読んで生きてきた。だから、純粋な奴だとは思っていた。けれど、まさかここまでまっすぐな奴だったなんて。
『私も戦うぞ! 友達にだけ戦わせられない!』
俺はダハーカをしがみついていた背中からはがして、きゅっと抱きしめた。震えている。無理もない。
ずっと夢見てた外の世界は、出てきたその日に命の危機に陥るくらいの怖い所で、しかも自分の持っていた力はほとんどなくなってしまっていて、怖くないわけがない。不安でないわけがない。なのに、俺なんかを友達だって言って飛び出してきてくれたんだ。
今は怖くてたまらないはずなのに、それを思うと体の奥底から力が湧き上がってくるような気がする。これはきっとうれしいからなんだと思う。三年前の、元の世界の俺はこんな気持ちになったことは無かった。今更、ダハーカという友人の存在のありがたみを噛みしめて、俺は立ち上がった。
右腕を見ると、ブックマンは微笑んでいるようだった。
「『状況理解』による敵の完全な理解が完了した。これより行動メンバーにダハーカを追加し攻勢に転じる」
「おう!」
『分かったぞ!』
一人と一冊と一匹は頷きあい、こちらに向かって立ち上がり始めたゴーレムに向き直る。
「作戦は?」
「その前に、あのゴーレムの構造について手短に説明シトクガ」
ゴーレムはゆっくりと立ち上がっているがそれでもやや口早にブックマンが教えてくれたのは以下の通りだった。
・あのゴーレムは
・右手にはめられたグローブは『バウンド』というマジックアイテムで、延性の高い『久石』を繊維状にして織った特殊な布を幾重にも重ねることで、使用者のマナの込め具合で衝撃を増幅させたり、吸収したりできるらしい。そのためあれに触れればダハーカは一発、俺は後二発で死ぬらしい。ちなみにレアリティ的には五段階中六段階目くらいらしい。なんでも珍しすぎる上に素材自体が豪華で、『久石』を布上にする技術自体本来は存在しない者らしくて、価値が計測できないとか。
初陣の相手にしては豪華すぎやしないだろうか。ていうか普通に考えて勝てないよねこれ。無理です無理、絶対に無理。どうあがいても死ぬって。
「テメエ一人なら確実にここでユーアデッド! とかになってただろうガヨ、幸い今は私とダハーカがついてるから余裕ダナ。イージーゲームイージーゲーム」
「うわあたのもしいなあ」
でもそのばとうはいらなかったかなあ。俺が悲しげな顔でそう呟くと、ブックマンは静かに微笑んだ――気がした。目しかないからよくわからないが、彼女なりに緊張をほぐそうとしてくれたのだろうととりあえず納得して苦笑する。緊張は大事な場面で役に立つが、行き過ぎるとろくなことにならない。軽く力を抜いたくらいでちょうどいいのだ。
ブックマンはそんなオレの様子を見て安心したのか、話を続けた。
「作戦の話に戻るが、この作戦ではダハーカの行動がカギになる。今説明した通りメイル・ゴーレムの本体は鎧との間に空洞がある。『久石』製の鎧は圧倒的な強度と魔法耐性を持つため攻撃による破壊は不可。さらに見てわかる通り鎧のスキマはかなり大きいが、鎧が大きすぎるため普通の戦闘法では鎧の隙間から本体を狙う事はできナイと来た」
だからこそA+ダ、とブックマンは付け加える。
「それに、本体自体も『久石』製って事は、通常の攻撃手段、物理攻撃や四元素魔法などでは傷一つかネエ。ダガ、鎧が外骨格の役割を果たしているメイル・ゴーレムは鎧が無ければ動くことが出来なくなるという唯一の欠陥を持ってるってワケダ」
そこまで話してブックマンは視線を傍の床が砕けて出来た岩に移し、「後はわかるナ?」と言った。
「成程。これはダハーカに働いてもらわなきゃいけないな」
俺はそう頷いて近くにあったゴーレムの腕の太さほどもある床の破片を掴み、ビー玉に変え、こぶしを握り締めて生成した空のビー玉に大量に『
『? つまりどういうことだ?』
きょとんとして首をかしげるダハーカに「簡単な話だよ」と俺は告げた。
「俺が全力であいつを引き付けるから、お前はただ真上からあいつの鎧のスキマめがけてこいつを落としてくれればいい。全部のスキマに、出来るだけまんべんなくな」
『お、おう? 分かったぞ!』
絶対わかってないなこいつ。俺は苦笑する。まあ分からなくてもいい。やるだけのことをやってくれれば。それですべて上手く行く。
それにしても、たまたま相性が良かったから作戦だって立てられたし、勝利の可能性とかいう奴だって出てきたわけだが、こんなヤバい奴に守らせるほどのマジックアイテムとは一体どれほどの逸品なのだろうか。そんなもの手に入れても重荷になりそうでなんか嫌だが、勝てなきゃ死ぬので勝たせてもらおう。
「行くぞ!」
「アア!」
『ああ!』
俺たちはゴーレムが立ち上がるのとほぼ同時に駆け出した。俺とブックマンは下からゴーレムの注意を引きつけに、ダハーカはゴーレムの身体に決定的な細工をするために。
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