一章 友と共に

リーヴス大森林

最強の魔物

 暗いな。ランダムテレポートしてから、初めに感じたのはそれだった。確か城の窓から外を見たときはまだ陽は高かったはずだ。テレポートっていうのは時間がかかる物なのだろうか。いや、それじゃあ瞬間移動テレポートじゃないか。夜と言うわけでもないのにこんなに暗いという事は、洞窟か何かだろうか。

 いや、しかし、それにしては――


「随分と音の反響が遅いんだよな」


 なー、なーと音が跳ね返ってくるが、やはり洞窟にしては音が返ってくるのが遅い。普通のサイズの洞窟なら、ここまで間の抜けた反響は帰ってこない。それほどこの洞窟が広大だという事だろうか。


『ここは洞窟ではなく巨大な神殿だからな』

「へーそうなん――え?」


 何、今の声。俺はきょろきょろと辺りを見渡すが、いかんせん全く光が入っていないのか何も見えない。しかたないので大きな声で呼びかけることにした。


「おーい、誰かいるのか?」

『ああ、すぐ傍にいる』


 おお、どうやら話の通じる奴が近くにいるらしい。良かった。テレポートしてすぐに八つ裂きにされたりという事はなさそうだ。俺はひとまずの死の危険が去ったことに無でを撫でおろし、目の前にいるそいつとコンタクトを取ることにした。


「ええっと、初めまして、だよね?」

『ああ、初めまして、だ』


 やけにうれしそうな声が返ってくる。敵意は無いらしい。いやー、言葉が通じるってことはある程度の知能はあるんだろうけど、この世界では魔物も国を作るくらいに頭のいいやつがいるらしいから、もしかしたら挨拶してから食べるという紳士系モンスターであるという可能性も捨てきれなかったので、敵意がなさそうで安心した。

 いや、これも演技なのさとか言われたらそりゃお仕舞いですけどね。そんなこと言い出したら命がいくつあっても足りんと言う奴ですよ。俺はとにかくこの見えない話し相手との親睦を深めるべく、口を開いた。


「ところで、暗くて見えないんだが、灯りとか持ってないか?」

『ああ、あるぞ』


 ぱっと辺りが明るくなって、俺は軽く先程の言動を後悔した。


『私は四等神格『アジ・ダハーカ』。封印の神殿にようこそ、客人よ』


 目の前にいたのが白い羽で覆われたドラゴン。世界最強の魔物だったからだ。



  ♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦



「よっし百二十七連勝ぉ!」

「ちょ、待て待てセンリ、なんでお前そんなにじゃんけん強いんだ!」

「ふっふっふ、経験の差と言う奴だよ」


 この大陸で一番ヤバい所に飛ばされてかれこれ三年。俺は意外と普通に生きていた。具体的に言うと、今はダハーカと百二十七回目のじゃんけんをやっていたところだ。いやまあ、何で最強の魔物と仲良くなってんだよって話だが、そこについては一応細かく説明しておこう。

 アジ・ダハーカは、今から八千年ほど前にこの世界に生まれ、それとほぼ同時(少なくとも当時のダハーカの時間的感覚においては)に英雄スラエータオナの手によりこの神殿に封印されたのだという。当初はダハーカもこんな封印位、と甘く見ていたようだが、この封印と言うのが中にいる対象のマナを消費して結界を作り続けるという封印で、破った傍から再生されて抜け出せないらしい。さらに、死んで転生などができないように、この洞窟内の生物は腹がすきもしなければ喉も乾かず、疲れもしないし怪我も出来ないという状態保存の式を張り巡らせているようで、死ぬことも出来ずにこの神殿の中で過ごしてきたらしい。

 だが、何を思ったのかこの神殿、と言うか塔の中には信じられないくらいの量の書物が収められており、ダハーカはそれを延々と読み続けてきたのだとか。ちなみに全部三十回通りは読んだらしい。軽く見ただけでも数えきれないくらいの本なのに、八千年とは恐ろしい年月である。

 で、本を読むのにも大概飽きてきていたそんな中、封印の結界が放つマナが強大過ぎて誰も近づけずダハーカが一人ぼっちでいるところに、俺が飛ばされてきたと言うわけだ。俺が異常に濃いマナの中でも普通に生活できるほどのマナの許容量を持つことについては、ダハーカも驚いていた。

 封印の中に飛んできたのは運が悪かったが、ヒカリの『愛の秘薬ラブポーション』のおかげで今を生きる事が出来ているのだ。ありがとうヒカリさん。いやもうほんとマジで。

 まあそんなこんなで、一人ぼっちで寂しかったダハーカの所に俺が来たので、あの時ダハーカのテンションが若干高かったという訳である。

 ちなみに、でかいままだと話づらいので、今ダハーカは封印に使われていない余剰マナを使って、俺より少し低いくらいの身長の白装束の少女の姿になっていた。

 3年も閉じ込められているが、その間ダハーカに散々格闘術の稽古をつけてもらったり、ダハーカが本を読んで理解したこの世界の仕組みについて聞いたり、他愛もない世間話に花を咲かせたりと、中々に充実した日々を送っていた。

 お陰様で俺はこの世界についての基礎知識を粗方知ることができたし、飛ばされてきたときに比べて明らかに強くなっているという確信があった。まあ、俺は勇者として呼び出されたにしては身体能力も普通。魔力も並。ただマナの許容量だけが頭おかしいことになっているとの話だったので、強くなったと言ってもそれは技術面である。が、まあ、世界最強の魔物にみっちり稽古をつけられればそれはそれはもう凄まじい成長具合を見せ、今では組手で十回に二回はダハーカを倒せるくらいの実力もついたし、棒きれを使った訓練でも一本くらいは取れるようになってきた。ダハーカに言わせると、俺は大体何でもこなせて、特に戦闘面に秀でているという点から召喚に引っかかったのではないかと言う話だった。

 素質があるから呼び出されたのに、見込みなしで捨てられたんだが、俺。

 まあ昔のことを思い出すのはやめにして、手に入った情報をまとめるとこんな感じだ。


・スキルや魔法を使うのには、マナが必要である。

・マナと魔力の関係は、分かりやすく表すと『マナ許容量=蛇口のついた酒樽』『マナ=樽の中の酒』『魔力=蛇口』といった感じらしく、魔力が大きいというのは、蛇口をひねって出てくる酒の量が多いという事らしい。

・魔法を使うのには、魔力が関係している。魔法とは、『命令式を書き込むためのマナ』と、『命令式を実行するためのマナ』によって構成されているらしく、先ほどの例で説明すると、『全体のマナ=蛇口から酒を桶に移し』、『命令式実行のためのマナ=その酒を使って』『命令式を書き込むためのマナ=レシピを見ながら』『それによって起こる魔法現象=料理』を作ることだそうだ。つまり、魔法を使うのには一度蛇口――魔力を経由する必要があり、魔力が低い奴には魔法が使えないというのはそういうことらしい。ちなみに俺の魔力は三十四で、簡単な魔法を使うのには最低でも百はいるらしい。がっでむ。

・スキルは酒樽から直接桶で酒をすくい上げるような感じらしく、魔法と違い魔力を必要としない。ただ、魔法は魔力があって努力さえできればほぼすべての魔法を会得できるが、スキルには、誰にでも使える『コモンスキル』、その種族にしか保有できない『固有スキル』、召喚された勇者のみが持つ『神の寵愛ユニークスキル』神格と呼ばれる神の力を持つ者のみが所有できる『伝説の戯れレジェンドスキル』があり、このうち『伝説の戯れ』以外のスキルは、『魂の絆』を結んだものには劣化スキルとして教えることができるらしい。

・俺が召喚されたときに聞いた級とかいうのは、とはこの世界における強さのランク付けの事で、人間に関しては一番弱いとされる農民をF級とし、大体三倍くらいの実力でD級までいくと冒険者組合、通称ハンターズギルドに登録して功績を上げることでD+、C-、Cと言う風に順に階級を上げることができるらしい。最高クラスはS+で、ここまで行くと王室控えの騎士とかで、大陸に二桁程度しかいないそうだ。なお、市民に英雄だとか言われるのはB級くらいからで、このくらいになると待ちに近づいてきたりする大体の魔物は、数人のパーティを組めば難なく撃退できるようになるのだとか。

 魔物にも、同じようにクラスわけがなされるらしいが、魔物は一番弱くてD。ハンターズギルドに入るのがD級以上の人間と言うのもこのためである。また、魔物のクラス分けは、であるらしい。つまり、Dが倒せばD。という訳だ。

 しかし人間と魔物では地力の差がある為、いやどうあがいても勝てねえよと言う奴らが存在する。つまりはS+以上の魔物だ。そんな連中は、暴れた痕跡や、治める土地などによって加味される。それは、以下の通りだ。

『弩級』小国が国力を上げて対処可能なクラス。

『超弩級』小国が三ヶ国以上の国力を上げて対処可能なクラス。

『超々弩級』大国が国力を上げて対処可能なクラス。

『絶級』大陸が全ての力を結集して対処可能なクラス。

『超絶級』複数の大陸が全ての力を結集して対処可能なクラス。

『超々絶級』人類には対処不可能なクラス。

 ダハーカは『超々絶級』だそうだ。そりゃ生まれてすぐに封印したくもなる。

・神格と言うのは、『基本世界』と呼ばれる、まあ俺のいた世界の伝承や伝説の人物、魔物、武器のだそうだ。神格を得ることでその力を手に入れることができるらしいが、これは『級』の人格と、『星付き』とか『ジンカク』とか呼ばれる『等』の人格があり、『級』の神格を持つものは『伝承者』、『等』の神格を持つものは『継承者』と呼ばれる。

 まず『級』についてだが、これに強さは関係なく、それぞれの神格の伝承に共通点を持つ精神だとか生き様なんかに影響されるらしい。これは十級から一級まであり、基本的に一級の方が強い。まあ能力とかによってはそうでもないらしいが。

 次に『等』についてだが、これは一等から九等まであるらしいが、確認されているのは五等までだそうだ。これは一、二、三がそれぞれ『魔』『人』『天』を象徴し、四、五、六も同じようになるらしい。これには『級』とは違う相性が存在し、『天は魔を戒め、魔は人を脅かし、人は天を克す』といわれ、天>魔>人>天と言う風になっているようだ。ダハーカは四等、つまり『魔の二等神格』であり、それを封じたスラエータオナは『天の一等神格』。普通なら勝利することは無いが、生まれて間もなかったことと神格の相性が良かったこともあって奇跡的に封じることに成功したらしい。

 そんな『等』だが、『級』より圧倒的に強い代わりに一つの懸念があるらしい。それは、『ジンカク』という呼び方からも分かることだが、『等』は、それを手にすると同時に精神力がその『ジンカク』を上回っていない限り上書きされる。『人格』が、『ジンカク』に塗りつぶされるのである。これに抵抗して元の『人格』を維持したものは極僅かだという。

 なお、ダハーカも『ジンカク』に塗りつぶされているのかと思いきや、そんなものは知らんと言われた。凄い精神力だ。


 ちなみに、俺が召喚された時に、「ちっ、Fかよ」とかいう声が聞こえた気がするが気にしない。気にしないったら気にしない。失格喰らった理由は確実にそれだが気にしない。それにダハーカがいうには、鍛え上げたおかげで今の俺はB級くらいらしい。努力の成果だろうか。強さ的には人間達の中でもかなり優遇される強さらしい。

 話は少し戻るが、スキルは進化するのだそうだ。進化した時は、強化されたスキルになる『進化』、全く別のスキルになる『乖離進化』、強化されたスキルになった上で別のスキルが生まれる『創造進化』があって、『乖離進化』と『創造進化』にはスキルツリーというスキルの進化系図で確認できるらしい。


「というわけで、スキルツリーを閲覧してみよう、友よ!」

「いや簡単に言うけどさ」


 そもそもどうやって見るのよそれは。ダハーカに訊ねると、「気合」と言われた。なんなのこの自由人。いや人じゃないのだけれども。というかこの子は余程話し相手が欲しかったのか、俺の事を『友』とか呼ぶのだ。まあ確かに俺は「私とお前って、友達だよな! な!」と穢れを知らない感じの笑顔で聞かれたので「お、おう」と答えるしかなかったのだが、今となってはダハーカが友達っていうのもなんだか楽しいなと思い始めていた。だって俺前の世界でろくに友達がいなかったし、うれしいのだ。なんかこう、なんかね?

 しかしまあ気合でどうにかなるのなら気合でどうにかするしかないだろう。俺の唯一の友のいう事だ。嘘ではあるまい。むむむとうなってみた。出て来い出て来いと呪詛の様に呟く。すると、目の前に何だか淡い色の機の様な何かが浮かんで見えだした。成程、スキルツリーっていうのは本当に木に見立てた図なのか。しばらくすると枝の一つ一つに文字が浮かび上がり始め、よく見ようと顔を近づける、が。


「うーわ、なにこれ……」


 思わずげんなりとした声でそうぼやく。その木にはびっしりと文字が浮かび上がってきたのだが、なんかもう複雑すぎてよくわからん。というか字が読めない。日本語じゃねえ。


「どうかしたのか?」


 横から様子を見ていたダハーカが訊ねる、俺は「いや、文字がね」と返してスキルツリーを見せるが、どうやら他人には見えない代物らしく、「?」とよくわからない顔をしていた。


「そうか、文字か……多分異世界人って、話すことはできるけど文字まで読めるようには出来ていないんだろうな」


 今更になってあの国の連中の狡猾さが身に染みてよくわかった。あの連中は恐らく召喚の際に、言葉が通じるようになるとかそういう魔法をかけているのだろう。その上で文字を読ませないようにすることでスキルツリーへの勝手な干渉を防ぎ、勇者にかけた呪いを解くとかの能力を持たせないようにしているのだ。


「性根腐ってんなー」


 俺は他人事のようにつぶやいてわさわさとスキルツリーを弄ぶ。まあ正直ここから出られないからスキルなんか手に入れても意味ないんだけどな。ふへへ、と自嘲気味に笑ってから、もう一度じゃんけんでダハーカを打ち負かしてやろうと振り向いて――


 ――カタン。そんな音に、動きを止めた。


「……ダハーカ、何かしたか」

「いや、私は何もしていないぞ?」


 そうか、と俺は身構えつつじりじりと音のした方に移動する。俺より強いし最強のドラゴンであるとはいえ、女に先を行かせては男が廃るので俺が先を歩く。滅茶苦茶ビビっているが女の子の前で位良い恰好をしたいものである。

 そもそも、俺がこんなに警戒しているのは、この神殿っていうか塔の中には、俺とダハーカ以外に生物は存在しないのだ。何も生物が居なくても、俺たちの起こした振動がバタフライエフェクトを起こして何かを落としたっていう可能性もあるが、それはまああり得ないだろう。俺はそうでもないが、ダハーカは暇を見つけるとすぐに本棚の整理を始めるから、落ちるようなところに本があるわけないし、この中に本以外のものがある訳もない。俺的にはまた俺と同じようにランダムテレポートで飛ばされてきた異世界人とかだと良いなーとか思うがそんな筈もないので、気を付けなければならない。

 もしかするとダハーカを封印ではなく完全に抹殺するために送り込まれてきた刺客とかいうのかもしれない。用心はするものだ。

 確かこの辺りから聞こえたんだよな。俺はそっと本棚の陰に身をひそめそっと顔をのぞかせる。


「本……?」


 そこに転がっていたのは分厚い一冊の本だった。


「む? 見ない本だな」


 俺が本と呟いたからか、生まれてすぐに閉じ込められていたため微塵も警戒心と言うものが存在しないドラゴンは俺の後ろから出てきてひょいと本を拾った。

 俺も続いて、ダハーカの手の中の本を覗き込む。

 赤い本だ。かなり大きめの、いかにも外国の本と言った風情の革張りの本で、本の四隅を綺麗な金属で加工しているあたり、かなりの値打ち物だろうか。赤い表紙には緊迫で縁取られた不思議な紋章が描かれており、タイトルの類は見られない。

 ダハーカがすっと本を持ち上げ、「知らない本だな……」とうなる。八千年も中にいたのに、ダハーカの知らない本があるのはおかしいな。俺はそんなことを思いながらダハーカの正面、つまりは今持ち上げている本の裏側が見える位置に移動し、息を詰まらせた。

 本の裏側は、赤い何かの皮をつぎはぎにして装丁されていた。表の落ち着いた雰囲気とはえらい違いだ。何なのかよくわからない。ただ、その皮がどこの部位の皮なのかだけは理解できた。


 本の裏側には、吊り上がった眼が一つと、サメのような歯をした裂けた口がついていたのだ。そしてそれは、ゆっくりと笑みを湛えた。まるで、罠にかかった獲物を見て喜ぶ狩人のような。


「危ない! ダハーカァ!」


 俺が手を伸ばしてダハーカの手から本を払いのけるのと、本のページの隙間から薄汚れた包帯のようなものが飛び出してきたのはほぼ同時だった。


「何を! て、え?」

「うぐぅ、あ」


 突然手を叩かれたダハーカの抗議の声と、俺の悲鳴が重なる。

 払いのけた右手に、ミシミシと言う音と共に激痛が走る。見ると、そこには先程の本が裏表紙を表にするような形で、俺の腕に張り付いている。


「チ、まじかヨ……」


 右腕の怪生物は、忌々しげにつぶやいた。



  ♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦



「ええっと、つまりお前は俺のスキルなるって事でいいんだな?」


 俺は額に手を当てて、何度目になるか分からない質問をぶつけた。目の前、というか俺の右腕に鎮座する本は、呆れたように大きなため息をついた。本なのにどういう事だろう。


「だから、出来るとかできないとかじゃナくてヨ。俺様はお前が死ねば一緒に死んじまうシ、その逆もしかりとくりゃア共存するしかネエダロ。その一環ダ、分かるよなァ」

「いやだから、どうやってお前がスキルになるんだよ」


 だってお前生きてるじゃん、どう考えても無理だろ。しかも、体のっとれなかったからスキルとして共存してやるとかどういうことだよ、似たような話昔漫画で読んだぞ。

 まだ納得できずにいる俺たちにしびれを切らしたのか、「仕方ネエナ」と言ってパラリとページがめくれた。ベルトは後ろの方、彼曰く表紙にでも巻き付いているのだろうか。


「これがお前のスキル一覧ダ」

「お、おう」


 そうは言われても真っ白なんですけど……と思ったが、どうせスキルツリーと同じ感じなのだろう。気合入れたら出てくるに違いない。俺は出て来い出て来いと念じながら手をページにかざす。すると、ちょうど掌の前あたりに青色の半透明なウィンドウのようなものが出てきた。よかった、出来た。これで出来なかったらまたなじられる所だった。


・コモンスキル

 『状況理解』

 『魔法解析』

・固有スキル

 『大口ビッグポケット

神の寵愛ユニークスキル

 『硝子細工師マーブルメイカー

 『大辞典ブックマン


 あれ、俺って結構スキルあったのな。『硝子細工師』だけかと思ってたんだが。そんな知らないスキルの存在に戸惑う俺をよそに、ブックマンはパタパタと細かく動いている。何してんのかと思ったが、ああ、スキルツリー弄ってるのかな。


「お前の『硝子細工師』の進化条件は『状況理解』を会得していることナンダ。更に、今の段階で『魔法解析』を会得してるカラ、『乖離進化』が可能になるんダヨ。今からスキルの進化を見せてやるカラ、今度こそ理解しろよナ」

「あ、はい」


 ドきつい眼光でそんなこと言われた。わざわざ一回閉じてから言われた。仕方がないのでそのまま待っていると、頭の中にチープなファンファーレが流れた。え、なにこれ。どういうこと。

 困惑していると、早く確認しろよと無言の圧力をかけられた。この本凄い怖い。


・コモンスキル

 『状況理解』

 『魔法解析』

・固有スキル

 『大口ビッグポケット

神の寵愛ユニークスキル

 『硝子細工師マーブルメイカーⅡ-2』

 『大辞典ブックマン


「あ、なんかスキルの後に記号がついてる」


 Ⅱ-2ってどういうことだろうか。乖離進化したことで、『硝子細工師Ⅱ』になって、そのスキルの2ってことなのだろうか。乖離進化ってもっとこう、名前とかまるっきり違うのになるのかなとか思ってたんだけど、そういう事でもないらしい。とにかく、スキルが進化したという事は。


「お前って本当に俺のスキルになったのか」

「最初からそう言ってるダロこのミジンコ野郎。人のいう事は信じヤガレ」


 氷のように冷たい眼でそう言われた。いやまあ疑ったのは悪いと思うけどさ、何から何まで信じるのも駄目だと思うんだよ。


「まあいいカ。とにかく俺様についてもう一度説明するゼ」


 そう言って彼女? が話し出したのは、要約すると以下の内容だ。


・彼女は『魔導聖典グリモワール』と呼ばれる魔物で、俺と同じくランダムテレポートでここに来たらしい。それで、自力で活動することができない彼女はどうにかしてこの中にいた強い方、つまりはダハーカに憑りつこうとして、俺の右腕に憑りついてしまったのだとか。

・彼女と俺は今や運命共同体、俺が死ねばこいつが死ぬし、こいつが死ねば俺も死ぬからスキルと言う形での共存関係を提案してきた。

・彼女の名はブックマンと言い、スキル蘭に載るときは『大辞典ブックマン』として示されるとか。

・『大辞典』とは、読んで字のごとくこの世界におけるすべての事柄を知るスキルである。

・その役目はスキルの管理、地形や一般に認知されているレベルでの世界の情勢についての情報掲示、そして超高度な計算をもとにした進言である。

・彼女自身、マスター――ここでは俺の事――と同じだけの戦闘能力を有している。

・『大辞典』はこの世界の言語を、俺の理解できるタイプの言語に自動で変換するというおまけ能力がある。個人的にはこっちのが助かるけど。

・乖離進化した『硝子細工師Ⅱ-2』の能力は、ざっくり言うと『物質、魔法をビー玉に変える』能力である。

・スキルの細かい技としては、『【捕縛キャッチ】物質、魔法をビー玉に変える』、『【解放リリース】【捕縛】、もしくは【複写】によって出来たビー玉をもとの状態に戻す』、『【複写コピー】マナを消費し【捕縛】したビー玉を、何も材料にせずに作った空のビー玉にコピーする』の三つである。


「……ビー玉作って遊ぶだけじゃなかったのか、このスキル」

「ミジンコ野郎にはお似合いじゃネエカ」

「ちょっと黙ろうか」


 その言葉は俺の心に効く。俺は左手を掲げてブックマンを制した。しかし成程、『大辞典』は確かにチートじみてるし、『硝子細工師』もよく考えると相当使えるスキルだ。いやまあ、使えるスキルがあっても使う機会無いとダメじゃん。はあ、とため息をついて、ふと思い返す。こいつってなんかこう難しい感じの計算をやって進言してくれるんだよな。


「なあ、この封印の結界から外に出られる方法ってあるか?」


 そう訊ねた俺に、いやいやさすがにそこまでは分からんだろうとダハーカが笑った。その眼には若干の諦めに似た表情が見て取れた。まあ、そりゃあそうだろう。きっと彼女だって出る方法を探し続けていたのだ。それこそ気の遠くなりそうな時間を。多少の期待はあっても、万に一つもここから出られるなどとは思っていないだろう。


「あるゼ」


 あるのかー。そうだよなー、あるに決ま――え? あるの? マジで?


「ああああああるのか⁉」

「食いつき方がヤバいぞダハーカ⁉」


 凄い反応速度だった。組手の時もこんなに早く動いたことなかったのに。ちょっと悲しくなるんですけどダハーカさん。


「ととととと友よ! 私今の外の世界を見てみたいぞ!」


 本当にうれしそうに両腕をぶんぶんと上下に振るダハーカ。なんだろうか、もはや親友とまで呼べる友達たるダハーカがうれしそうにしているのを見ていると、こっちまで少しうれしくなってくる。とはいえ、ガセネタでがっかりした顔を見るのは俺の精神的にかなりの苦行なので、一応確認を取ることにする。


「なあ、どういう方法なんだ?」

「簡単ダ」


 ブックマンは顔色(表紙?)一つ変えないで恐ろしいことを言った。


「『硝子細工師』で、この結界をビー玉に変えればイイ」





 その日、八千年間決して破られることのなかった封印が尋常でなくあっさりと破られたのだった。

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