神格霊装リベリオン -異世界で見捨てられたので魔物の国を作ることにした-
T村
プロローグ
勇者失格
「召喚ナンバー百十六、個人名
俺は、ゲームの中でしか見たことのない様な中世ヨーロッパを思わせる石造りの部屋の中で、ファンタジィな格好をした禿げたジジイに何やら失礼なことを言われていた。状況はなんだかよくわからないが、俺のことをえらく馬鹿にしているという事だけは理解できる。このジジイ、残った毛もむしり取ってやろうか。
そんなことを考えながら、ジジイの言っていることはとりあえず無視して、辺りの様子を見る。この部屋は、いかにもな感じの怪しげな道具や何やらが並べられていて異質な空気感を演出している。許されるのなら今すぐここから逃亡したいと切に願うくらいには。見なかったことにしておきたい気持ちをこらえて、もう少しじっくりと自分の周りを観察すると、足元に何やら魔法円のようなものが描いてあるのに気づいた。俺はこういうのが割と好きなので知っているのだが、魔法陣ではなく、魔法円、である。そして、召喚したりするときは、自分が魔法円の中に入るのだ。魔法円とは高度な結界のようなもので、召喚したものが攻撃してきても大丈夫なようにするのだ。
そして、たしか召喚するときは呼び出した奴が逃げないようにするために足元に三角形と円を組み合わせた様な図形を書いておくのである。これがあると、呼び出し主の許可なく行動できないのだとか。そうそう、ちょうど今俺の足元にあるこれみたいな――え?
「俺今召喚されてんの⁉」
明日葉史上最大級の衝撃である。いやご先祖様の事は知らないけどってそれどころじゃない。え、つまりどういうことだ? ドッキリ? 看板持った人が扉の陰で待機してんの? それにしてはなぜか足元に描いてある円を超えることができない。見えない柔らかい壁に押し返されているとでも言えばいいのか、とにかくそんな感じだ。俺の知らない超高度なマジックでもない限り、これは間違いなく本物である。
「何だ、今更気づいたのか?」
座り込んだような姿勢から動けないこちらを、猿でも見るような目でそう告げてくるジジィ。なんで、見下されてるんですかね?
「自分の扱いだけ違うとでも言いたいのかお前は」
やれやれこれだから異世界人はと何だかそこはかとなくムカつくことを言うジジィ。何でこのジジィは他人からの好感度を下げることに対してここまでの圧倒的技術力を見せつけてくるんだろうか。こいつのせいで俺ご老人が嫌いになりそ――待てよ今こいつ何て言ってた?
俺だけ? ていうことはまさか。俺は渾身の力を以て身体を捩り、何とか自分の後ろを見やる。そこには俺の見慣れた地球産の服を着た六人の男女が座っていた。
♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦
「成程、つまりは君らも気がついたらここにいたわけだな?」
「はい、そうなんです」
俺の二度目の確認に、高校生だという少女は頷いた。彼女の名はヒカリというらしい。肩まで伸びたストレートの黒髪とピンクのカチューシャが特徴だろうか。
俺たち七人はあの後別室に連れてこられていた。何でも俺の勇者としての能力を測定してくるそうだ。測定には、召喚した時のマナの揺らぎをどうとか言ってたが細かいことはわからない。わからないので待っている間情報交換をしているというわけだ。というか勇者って何さ。俺そういう感じの人間じゃないんですけど。まあそこら辺は置いておいて、俺は先輩たちに話の聞き込みを続ける。この六人は、俺よりもずっと前に召喚された異世界人のようだ。
「ボクは一人だけで呼ばれてきたみたいだけど、トオルとノゾム、それにメイは知り合いらしいよ。それと……」
ミノルは言いにくそうに語尾を濁した。その視線の先にいたのは、この七人の中で二人しかいない大人の一人、ヤスシだった。
「あんだおらァ言いたいことあんなら目を見て話せやガキ」
大人の自覚あんのかこいつ。明らかに何度も染めたであろうことが見て取れる程に傷んだ汚い金髪、唇と耳にはアホなんじゃないかと言うほどのピアスをじゃらじゃらとぶら下げて、品の無い服からはタトゥーがのぞいている。
……ぜってぇ税金納めてねえなこいつ。二十五歳にして社畜歴七年の社会人の俺からすると、本気で人生舐めてますと顔に書いてあるような奴だ。高卒で入社してから七年、先輩達に軽く引かれて精神病院を勧められるくらい仕事をし続けた俺の社畜魂をこいつの顔面にぶち込んでやろうかとも思ったが、止めた。さっきも言ったが残念なことに、こいつと俺以外はまだ子供である。トオルに至ってはまだ中学生くらい位しか見えない。そんな中で大人が冷静を失って殴り合いにでもなったら子供たちがパニックを起こしかねない。
というわけで紳士的に行こう。たとえこのダメオトナが無力な子供たちをねちねちとイジメて女の子にセクハラを開始していたとしても紳士的に行かねばなるまい。そう、紳士的に紳士的に――
「や、やめろよそういうの!」
「あ?」
俺がスタンバっていると、俺より先に飛び出した奴がいた。ミノルだ。やだこの子かっこいい。俺が女なら惚れてたねこれは。凄い勇気だ。褒めたたえたい。
「んだとテメェ誰に向かって口聞いてんだ!」
が、そう言われて黙ってるわけにもいかないらしく、ヤスシがミノルの襟首をつかんでありがちなヤンキースラングを浴びせ始めた。くそ、なんてみっともない大人なんだ。俺が今度こそ飛び込もうと椅子から立とうとしたとき、どん、とミノルがヤスシを突き飛ばした。
「こ、こういう状況でふざけないでほしい! ……です」
「テメェがふざけんじゃねえ!」
ガッ。ヤスシの拳がミノルの頬にぶち当たり、ミノルの華奢な体が吹っ飛ぶ。やりやがった。このクソ野郎子供に手を……!
「年上に敬意も払えねぇガキは体に直接おしえ――」
「うっせぇ子供イジメんなっ!」
俺は可及的速やかにこのクズを黙らせることにした。肉体言語は世界共通の言語です。
激情して周りが見えなくなっているところを真横から無理やりに無防備な下顎に完璧に極めたので、DQN野郎はぶっ倒れてそのまま動かなくなった。俺は椅子に座ったまま呆然とこちらを見ているトオルとノゾムをキッと睨みつける。
「そこの男子! 誰かが嫌な事されてたら助けなさいよ!」
「「は、はい!」」
震えがる男子ズ。こういう時に行動を起こせないようではまだ一人前の男とは呼べんのだ。俺はふすーっと鼻を鳴らして椅子に座る。全く、最近の若いもんは。え、いや俺が出遅れたのはアレだし、素数数えてただけだし。
と、殴られた頬をさすりながらミノルがこちらに歩み寄ってきた。
「すいません、ボクが出しゃばったせいでセンリさんにも手を汚させてしまって」
本当に申し訳なさそうにそう言ってくるミノル。成程、この小さなヒーロー君はヤスシのようなカス野郎略してカスシを殴ることもいけないことだと思っているらしい。そして、俺にそのいけないことの片棒を担がせるような形になってしまったことを謝っているらしい。本当に今どきよくできたいい子だ。こういう子が立派な勇者とか言うのになるんだろう。ところでその言い方だとカスシ死んでるから。まだ生きてるからカスシ。
ううむ、俺は額に手を当ててうなった。
「気にするなよ若人君。俺は社会の厳しさを教えてやっただけだし、お前が出なきゃ俺が先にこいつを黙らせてた」
そう言って俺は社会の荒波の中で洗練された社畜スマイルで笑って見せた。まあ、文化資料館って会社か? って聞かれると、あれなんだが。
♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦
成程成程。ようやくこの状況について理解できて来たぞ。
「つまりは、まとめるとこうなるわけだな」
俺が5人に再度確認したのは以下の内容だ。
・この世界には、少なくともこの大陸には人間の治める七つの国家と、魔物と呼ばれる異形の者たちが治める三つの国家、そして誰にも手出しできないと言われる魔境、リーヴス大森林と言うのがあるという事。
・魔物の国の王は魔王と呼ばれていて、魔王連盟と言う組織の元統括されているという事。
・魔王連盟のトップは好戦的でないため、現状人魔間での戦争は起きていないという事。
・この国はブレイフィン王国と言う小国であるという事。
・この国のほかにも、恐らくすべての国で勇者の召喚が行われている事。
・今現在における勇者の役割は、国家に属していない、もしくは属する知恵も持たない魔物たちを冒険者ギルドと呼ばれる人間の国家にある何でも屋と協力し、これを討ち倒す事。
・国家の存在する地域には、『門』が出現し、ランダムで異世界と繋がるらしいが、最悪強大な敵を呼び寄せることになりかねないので、すべて閉じられているらしいという事。
・わざわざ『門』があるのに召喚するのは、召喚することにより『
・そして、有能だと認められた勇者は『隷属の首輪』というマジックアイテムをつけられて強制的に戦わされ、見込みなしと思われた勇者は『勇者失格』として魔物達の蠢くリーヴス大森林にランダムテレポートされてしまうという事。
・リーヴス大森林には世界最強の魔物『アジ・ダハーカ』が封じられている神殿があるという事。
・ランダムテレポートした勇者は大体みんな死んだって事。
・それぞれの『神の寵愛』は、
トオル:『
ノゾム:『
ミノル:『
メイ:『
ヒカリ:『
ヤスシ:『
センリ:『
であるという事
・とりあえず俺は死ぬんだなって事。
「短い、付き合いだったな」
俺は静かに涙を拭った。
「ま、待ってくださいよセンリさん!」
「そ、そうだよまだ死ぬって決まったわけじゃないし」
「リーヴス送りは確定なんだね」
シカタナイヨネ、ダッテビーダマダモノ。ショウワノカオリタダヨウコドモノオモチャダモノ。
今まさに俺の脳裏を走馬燈的な何かが駆け巡っている。ちなみに走馬燈ってのはランプを真ん中に入れて、その周りを切れ目を入れた黒い紙とイラストの描いた透明なシートでくるっと巻いて高速で回すと、切れ目の光が断続的に投影されて動く影絵がみられるという代物だよ。一つ勉強になったね、はぁ……。
「あ、あの」
俺が人生終了みたいな顔をしていると、ヒカリが声をかけてきた。
「私の『愛の秘薬』は、マナの最大値を増加させるんですけど、直接やるとかなり大幅に増やせるみたいなんです」
「えっと、どういうこと?」
何を言っているのか分からないので首をかしげると、「だ、だから」と言葉をつづけた。
「ランダムテレポートした勇者がリーヴス大森林で死ぬのは、多くの場合大気中のマナが自分のマナ許容値を大幅に超えたからなんだそうです。だから、センリさんのマナの許容値を増やせば、その、いいかなって……」
「ヒ、ヒカリ……お前良い奴だな」
さっきとは違う意味の涙がこぼれそうになる。召喚されるまでの生活もなかなかアレだったために、その優しさが心にしみた。
「じゃ、じゃあ、いきます!」
「おう、来てくれ!」
俺の返答をイエスととったのか、ヒカリが俺の傍に近寄ってくる。あれ、何で目をつむってるの? というか直接ってどういう――
んちゅ。そんな効果音がした。目の前には、遠慮がちに、それでも一種の覚悟を持ったヒカリの顔がある。それもゼロ距離で。
「⁉」
え、直接ってそういう⁉ 全く想定していない事態に慌てふためく俺。なんとかがんばってよく見ると、男子ズは空気を読んで顔を背け、メイは手で顔を覆ってはいるが指の隙間からばっちり見ていた。こ、こいつら知ってたな……!
「わ、私の今持てる全力で力を注がせて頂きました」
そう言って顔を真っ赤にしたヒカリは俺から離れる。俺は唇に手を当てて、混乱していた。俺のファーストキス……(明日葉さんちの千里君は御年二十五歳です)。っていやそこじゃないよ。野郎のファーストだのセカンドだのは心底どうでもいいよ。
「お前、よかったのか?」
俺今日初めて会ったんだぞ? と問いかける。すると、ヒカリは顔を赤くしたままこちらをまっすぐに見据えた。
「はじめて、だったんです」
私たちをヤスシさんから庇ってくれたのは。
見ると、五人が全員こちらを見ていた。
「あんたの言う通りに俺も助けに入れるだけの勇気がほしいよ」
「あなたはこれまでに来たどの大人よりも優しかったんだ」
「皆、黙って目を逸らしてばかりでした」
「良いパンチだったよ?」
だから、と五人は言う。
「あなたには、生きていてほしい」
その一時間後、俺は勇者失格を言い渡され、リーヴス大森林にランダムテレポートさせられた。
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