太陽を求めて
叛逆を始めよう
「ス、スゴイ……」
第二防衛線を担当していたロウゴブリンの一人は、大きく目を見開いてそう呟いた。それも無理はないだろう。自分たちよりはるかに強いはずのファット・バニーの死体が、今目の前に転がっているのだから。それを殺ったのは、他でもない自分であるという事に、彼は戦慄した。
「俺達ダケデココマデ出来ルナンテ」
彼はおぼつかない口調でそう呟く。基本的にこの世界は統一言語だが、彼らロウゴブリンのような魔物は、しっかりと喋れるものは少ない。それができるのは長老とその娘位だろうが、それでも彼は思わず口を開いていた。それほどまでに目まぐるしい効力を発揮したのである、センリと名乗った人間が作らせた『ワナ』は。
♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦
「どうやら上手く行ってるみたいだな」
言葉ではなくイメージで会話する『念話』を通して戦況を確認し、俺はにんまりと笑った。
「二匹殺しただけで慢心とカ、いきなりフラグ立ったナ、これは」
「不吉なことを言うんじゃねえよお前」
何でこんなに不安をかきたてに掛かってくるんですかねこの野郎。俺は掌でビー玉を弄びながら嘆息した。まあ慢心はいけないというのは分かっているのだが、今回俺は元文化資料館勤めという特性を生かして渾身の罠を使った防衛陣を敷いてやったのだ。それこそ、ロウゴブリンでもあいつらを殺せるくらいの。
俺が防衛陣に仕組んだ罠は三つ。一つ目は第一防衛線と銘打って作らせた――俺も手伝ったが――木の柵だ。
一見即席のぼろい柵の様に見えるが、これは壊されるために作った柵なので、むしろボロそうに見えなければならないのだ。それも、飛び越えるくらいなら体当たりで壊してやろうと思えるくらいには。
というのも、この木には、ロウゴブリンたちが薬として使用していた植物の樹液をしみこませているのである。その樹液を、一種の痛み止めとして使用していたようだが、この成分を使って調合台で何か作らせてみると思った通り簡易式の麻酔薬が完成したのだ。まあ麻酔と言っても、皮膚から取り込む塗り薬の様な感じの使い方しかできない粗悪品ではあるのだが、それでも柵の中に仕込めばファット・バニーの運動能力と思考を低下させる位の事は出来る。
次に、柵を超えたあたりの地面を俺の例の水筒を使って出した水でぬかるませる。そりゃもうどろっどろにだ。その上で、どろどろになっていない地面を用意し、そこを進ませる。普通だったら全力で怪しむだろうが、なにせファット・バニーは知能が低い(状況理解調べ)上に麻酔で上手く物事を考えられない状態にあるから、迷いなくその道を進むだろう。まあ確証はないが。一応状況理解を用いて手に入れた情報をもとにして考えているから大丈夫だと思う。一体目は思い通りに行ったし。
そして最後の罠だが、これが一番作るのに手間取った。俺が手伝っていた例の盛り土だが、それはこの罠をカモフラージュするためのものなのだ。その罠と言うのは、かなり変わった構造をしていて、一見するとトンネルと言うか、壕だ。その壕の中に、ロウゴブリンが持っていたやたらとボロい弓矢を持ついわゆる囮がいて、ファット・バニーの登ってくる下方向からは囮のゴブリンしか見えない様になっている。
この壕は、ファット・バニーが普通に通れる程の高さ(ロウゴブリンの身長は六十センチ程で、ファット・バニーは耳が大きく立っている為九十センチ程)で、彼らの得意なジャンプ移動ができない高さにしてある。つまりは、壕の入り口から歩いて入らないといけないわけだ。そこで用意したのが落とし穴である。直径二メートル、深さ三メートルほどの落とし穴に、柵を作って余った木を斜めに切り、そこに並べて突き立ててある。ここに突き落として串刺しにしてしまおうというわけだ。それで死ななければ上から弓で射ったり、槍で突いたりすればいい。それだけの装備は持たせてある。
使う機会は無いと思うが、一応秘策も丘の頂上、今俺が立っている場所にも施してあるからまあ大丈夫だと信じよう。
今回の作戦はだいぶおざなりだし欠陥だらけだが、昼間から夕暮れまでの短時間にしては上出来な布陣だと思うし、正直名な話自軍が貧弱すぎるからこんな引きこもりみたいなことしかできない。まあ、何とかなると信じよう。
「おイ、お前がなんか変なことを言ってるうちに最後の一体も死んだゾ」
「え、マジで?」
もうちょっと気合い入れようぜファット・バニーさん。まあ戦いは楽に終わることに越したことはないんだが。
「死者やけが人は出てねえよな」
「何人か木でかすり傷を負ったやつはいるみたいダガ、目立ったけがをしたやつはいナイ。ただ」
「……リーダー、まだ見てねえな」
そう、まだ戦いは終わっていない。まだ敵の親玉が残っている。そしてその親玉には罠も何もなく直球勝負で挑まなければならないのだ。
「そうダ、長老の手前言えなかったンダガ、ファット・バニーのリーダーはファット・バニーでナイ可能性がある」
「それは、上位種とかそういうのでもないっていう事か?」
ああ、とブックマンは渋い顔で頷く。
「状況理解を使った限りだと、あのファット・バニーとかいうクズは基本的に強者の庇護下にいることをノゾム習性があるようでナ。魔物の進化系列についてはまだどこも研究段階だカラ、よく似た姿の全く別の種について回っているという可能性が高イ」
最低でもA+は下らナイだろうナ、そう付け加えたブックマンは「警戒しとけヨ」と忠告して黙り込んだ、多分状況理解の範囲を広げて索敵しているんだろう。しかしA+、A+か……。
うん、死ぬな、確実に。
「おイ、何処に行こうとシテル」
「え、えっと、いやその」
踵を返して退路の確保に走ろうとした俺を右腕のブックマンが引き留めた。くそっ体に張り付いてるのがここまで厄介だったとは……。いっそこいつが文句言おうと無視してここから逃げ出してやろうか。そんなことを考えていると、ブックマンが静かに口を開いた。
「約束、破るノカ? 他でもないお前が?」
「おい、てめえ何を知ってる」
ミシリ、そんな音がするくらい強くブックマンを掴んだ。あの事は俺がこっちに来る前の話だ。もう何十年も前の話、思い出したくもない遠い昔の話だ。こいつが知ってるわけがない。
「共生っていったダロ。俺はモウお前と存在レベルで同化したからナ。お前の身に何があったか、大体は知ってるサ」
だかラ、ブックマンはこれまでになく優しい声音で言った。
「お前は、お前だけハ、約束を破っちゃだめダ」
…………………。
「……はぁ、しょうがない」
俺はポリポリと頭を掻いて、リベリオンにビー玉を詰める。岩の弾丸を十二発、圧縮空気は四十八発。空気は一度に四発使うから実質空気でのブーストは十二発か。ラックもA+だったが、勝てたのは極端に相性が良かったからである以上、強くなってもまだB級の範疇内の俺が勝てる見込みはまず無いだろう。リベリオンを展開しても、多分相当にきついと思われる。その上、今手元にあるグレートポーションは三回分。ああ、まいったな。
「負けて死んでも文句言うなよ、ブックマン」
「死なば諸共って言うダロ、気にはしなイサ」
使い方違うと思うんですがね。俺は小さく嘆息すると、ぎゅっと目を瞑った。つぎはぎだらけの本に教えられなきゃ、自分もあいつらと同じことをしていたのかと思うと情けなくなる。いや、元から情けなんてないか。きっとそんなものは最初からない。
ないから、勝って、手に入れる。失格の烙印を押された俺も、誰かにすがらなきゃ生きる事さえできないブックマンも、『
0を1に変えるためには、勝つしかない。ロウゴブリンはそれをやってのけた。助言はしたし手伝いもしたが、最後は自分たちの手で勝ち取ったのだ。
「なら次は、俺たちの番か」
静かに目を開く、全身の震えは止まらないし、今だって出来る事なら逃げ出したい。でもそれは駄目だ。やらなきゃいけない。やらなきゃいけないんだ。
「いたゾ。ここからまっすぐ南に千二十七メートル、繁みの中だ。来るゼ、構えロ」
「ああ、――霊装展開リベリオン!」
――First Crash Atmosphere
ビー玉の砕ける乾いた音と共に、視界は澄んだ青色に変わっていく。
これは叛逆だ。俺や、ロウゴブリン達を
さあ、叛逆を始めよう。
神格霊装リベリオン -異世界で見捨てられたので魔物の国を作ることにした- T村 @T-mura
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