SUMMER TIME OVER HEAD KIDS
大塚ギチ
INSERT COIN 01
STAGE 01
※作中に登場するビデオゲームの固有名詞、情報は事実に基づいていますが、その他の企業・人物・団体名などは実在のものとは関係ありません。また本作におけるゲームのプレイシーンは実在のプレイヤーによる攻略を許諾の上で使用していますが、本作品中における表記に関するすべての責任は著者にあります。
【0】
ゲームセンター・タナベ。それが死んだ親父から受け継いだ店。坪数は20ちょっと。元々は二階が自宅で一階が文房具屋ついでの駄菓子屋だったが、中学の頃にインベーダーゲームのブームでだぶついた筐体を並べるといつの間にか文房具屋はゲームセンターに様変わりした。
俺の脳裏にはあのとき見た薄暗い店内を埋め尽くす人々と充満する紫煙を照らす電子の光、そして何層にも重なり合う電子音と喧騒がいまでも焼きついてる。
その光景を眺めながら親父はよく俺に「おまえはゲームセンターを継ぐという星の下に生まれたんだ」と口癖のように言った。あのときの親父には目の前に広がる繁栄の光景がいつまでも続くように思えていたのかもしれない。
しかし高校を卒業した頃、体調を崩した親父に変わって俺が経営をするようになってから羽振りが良かったのはたった一度きりで、その後はずっと自転車操業。というよりは赤字をごまかしながらなんとかやってるというのが実情だ。
人間は一度経験した快感を忘れることができないのよと寝物語に聞いたことがあるが、俺もあの景気の良かったときのことを忘れることができなかった。現実を見ることをせず、借金だけが日に日に膨らんでいった。すべてを時代のせいにして怠惰な自分を反省することもなく、仕事を放棄して酒に溺れ、女に逃げ、喧嘩に明け暮れた。
そんな俺の姿におまえよりまだ親父のほうがよほどマシだったと言ったヤツがいた。俺はそいつを拳で脅し、俺の前で二度と親父の名前を口にするなと凄んだ。それ以降、昔からの知り合いは俺を敬遠するようになり、常連客が店に寄りつかなくなるのにもそう時間はかからなかった。
それでも店を開けることだけは怠らなかったのは、俺にはこれしかやれることがなかったからだ。だから毎日毎日決まった時間にシャッターを開けて、店に並ぶ筐体に電源を入れ続けた。こんな店主の店に客が来るわけもなかったが、店さえ開けていればまたいつか客は来るもんだと俺は信じていた。
そしてある日、滞納した電気代の代償にブレーカーを落とされるとブラウン管から放たれていた光とともに俺は希望を失った。通電してやれない筐体はまるで飛べない鳥のようだった。その後、店が家ごと債権者の手に渡って生まれ育った場所をなくすと俺は逃げるようにこの街を出た。
最低な人生がさらに奈落の底へと転がっていく。ひび割れた肌、痩けた頬、澱んだ眼。通電されない筐体のように俺の心は埃と蜘蛛の巣にまみれ、次第に錆びていった。俺は這い上がることさえ忘れ、同時にゲームセンターを継ぐという星の下に生まれたと言われ育てられた自分を呪った。ゲームを見るのも、触るのも、話に聞くのも嫌になっていた。
気づいた頃には俺の人生を滅茶苦茶にしたゲームというものを憎んでいた。
【1】
「冷えたビールはねえのかよ」
聞き覚えのある声。建つけの悪い古い扉を開けて店に入ってくるなりそうぼやく男に目を向けた。スーツを脇に抱えて汗ばんだ肌をハンカチで押さえている。この夏もまた去年に増してうんざりするほど暑さが続いている。とくに昼間の蒸し暑さは息苦しいほどだった。
「なんだよ、店のなかも外と大して変わらねえじゃねえか。エアコンくらいとっとと買い換えちまえよ、そうじゃねえと来る客も来ねえぞ」
知った顔にいまさら驚きはなく、俺は再びカウンターに目を落とした。
「うちの店はな、夏は暑さを、冬は寒さを感じられるのがウリなんだよ」
天井でうなりを上げる業務用エアコンはその大きな身なりに比べて、その効果は家庭用にも劣るほどで、あまりの年期の入りっぷりに修理業者まで逃げ出す始末だった。だからといって買い換える余裕などない俺はこうして一攫千金を狙って競馬新聞と向き合うしかなかった。そんな悔し紛れの俺の横では古ぼけた扇風機がガラガラと回っている。
「営業マンが昼間から酒を欲しがるなよ。だいたいおまえ営業車だろ。ジュースでも飲んでろ」
俺はカウンター脇の冷蔵庫から瓶コーラを二本取り出し、百円ライターで栓を弾いた。綺麗な口笛が店内に広がる。
「相変わらず渋い空け方するな、
死んだ親父にガキの頃に教わったやり方。当時必死で練習したその腕前は衰えるどころか、いまじゃいぶし銀の域に達している。
「見事なもんだろ。見物料はジュース二本分でいいよ」
「なんだよ、この店は客にたかるのかよ」
「客にはたからないけど、客じゃないヤツからはむしり取るのさ」
「ひでえ店だな」
「健全にやってんのにいちいちケチつけんなよ。ただでさえいろいろあって頭痛てえんだから」
「ふうん。それで店の調子はどうなんだ?」
「どうもなにも見りゃわかるだろう」
誰もいない店内はネットワーク筐体とニューアストロシティー、そして四台のテーブル筐体が並び、デモ画面——アドバタイズのBGM設定をオフにした基板から音はなく、筐体の電源の音だけが寂しく鳴り響いている。平日の昼間に客が来ることは希だった。
「それで今日はなんの用だよ、キャサ夫」
キャサ夫——本名は佐谷崇。そのおかしなアダ名の由来を宵の席で聞いたことがあったがあまりにどうでもよくてすっかり忘れてしまった。なにより本人はこのアダ名を気に入っているらしいのがなんともおかしい。
俺は新聞から顔を上げた。こいつがなんの用もなく、こんな都心から離れた街まで来るはずがなかった。
「だからなんの用なんだよ」
「ちょっと待てよ、あんまり急かすって」
キャサ夫は瓶コーラを一気に飲み干して一息つくと、いつもの調子で煙草に火を点けた。ショートホープの甘い香りが広がる。この匂いを嗅ぐとまた煙草が吸いたくなる。俺は慌てて瓶コーラに口をつけた。
「レイジさ、いつものあれをまた用意して欲しいんだわ」
さっきまでのやんちゃな目つきが仕事の目に変わっている。
キャサ夫はアーケードゲームの基板や筐体なんかを売り買いするいわゆるディストリビュート会社の営業マンで、俺がこの街を出て行ったその先で知り合った男だった。
いまでも店にちょくちょく顔を出し、俺が余っていた古い側を新品のパーツでレストアしたテーブル筐体を見てからは時折注文をくれるようになった。それは時間と暇を持て余す俺にとってはいい稼ぎの種だった。とくにこの夏の日照りで干し上がった地面のような今月の売り上げの前ではまさに天の恵みだった。
「新規のお客さんが会社に置きたいんだそうだ。最近、羽振りがいいみたいで基板こみで一台10万払うってさ。三台で納期は来週中。取り分はいつもどおり2/3でどうだ?」
筐体と一緒にゲームの基板もセットで売りつけ、手数料をキャサ夫の会社が1/3を取り、残りは俺の分になる。大した売り上げにはならないがこのご時世、ゲームセンターに関わる人間は細かい金を地道に稼いでいく以外ほかはない。
「モニターとコンパネは?」
俺は画面とコントロールパネルの仕様を聞いた。2L12B。2L、レバーふたつの二人用。12Bはひとり6ボタンの略称。モニターは昔の標準だったブラウン管じゃなく、液晶モニターでOKだった。ブラウン管と液晶では表示される色味が違うがそこにはこだわらないのだろう。そのぶんこっちの手間は省けた。もう生産されてないブラウン管より液晶モニターのほうが調達は簡単だ。
「わかった。なんとかする」
閉店後に作業して一台につき、三日は欲しかった。三台で九日。少々キツいが足りない部品の調達さえうまくいけばなんとかなるだろう。俺はそのほかの細かな仕様を聞いて頭のなかで設計図を組み立て始めた。
「よろしく頼むわ。終わったらその金でキャバクラでも行こうぜ」
営業マンらしい台詞だった。以前の俺だったらすぐに飛びついたが、最近はそういう気分じゃなかった。
「なんだよ、離婚して一年くらいは経ったろう? もう女はいいのか?」
「そういうわけじゃないさ」
店を抵当に取られてから借金まみれの生活が続いた。そんなとき出会ったキャサ夫が「またゲームセンターを再開するなら手を貸してやらないこともないぜ」と言ってくれた。でもその頃の俺は、俺の人生を滅茶苦茶にしたビデオゲームというもの憎んでいたから一も二もなく断った。
だが俺は生まれ育った街から遠く離れてみて自分がゲームセンターの店員以外になにもできないことを痛感していた。結局、キャサ夫の手引きでこの街に戻ることになったが、とはいえ抵当に取られたこの家を買い直すのは現実的でなく、俺はキャサ夫から借金をしてこの家を借りることにした。
それでも荒んだ生活はさほど変わらなかった。そんなときひとりの女と知り合った。同じ大学の同級生で若い頃からちやほやされた結果、行き遅れたスナックの女。そんな女と借金まみれのろくでなしがくっつくのに理由はいらなかった。だが当然のようにうまく行くわけもなく一年前に離婚した。この店を再開してすぐのことだった。
「慰謝料も催促されてる身分で遊んでもいられないってことだよ」
店の家賃、運営費に光熱費、俺の生活費、そして借金に慰謝料。先を思って明るくなれる要素はひとつもなかった。かといって筐体を置いておくだけで自動的にコインボックスが満杯になったのは過去の話で、いまのご時世こちらからなにかをしないと始まらない。そんなことは百も承知だったが、その結果が「あの」惨事かと思うと気が滅入った。
「なんだよ。たまにはピシッとしたところ見せてみろよ。目が死んでるぞ」
「ただでさえ個人経営のゲーセンが軒並み閉店してるこの状況で死にもするさ」
ここ数年で有名なゲームセンターが軒並み閉店した。神田のミッキー、池袋のラスベガス、渋谷会館モナコ——と店の名前を上げればキリがない。理由はそれぞれあるだろうが売り上げが厳しいのはどこも同じだ。さらに消費税の増税にネットワークゲームの従量課金が乗っかってくる。また古くからやってる店は当然のように老朽化しており、そしてあの震災が引き金で耐震強度の問題が浮き彫りになった。だけどそれも売り上げがあればどうにかなったのだろう。けれどそれがどうにもならないのがいまの現状だった。こんな状況で新規開店できるのはゲームメーカーの直営店か、大きな資本のある企業系列店だけだった。
「しけた話ばっかりだな。なんか儲かる話はないのか、レイジさんよ」
「あったらやってるさ。それがないから日々筐体のメンテと掃除をしてんだよ」
こんな俺でも再開当初はやる気があった。潰れる店には潰れる理由がある。そのひとつひとつを改善して、どうすればいいかを日々考えた。けれど毎日カウンター越しに人気のない店内を眺めていると、次第に現実というやつがどんなものかを思い知る。店を閉めた連中にかける言葉も見つからない。なぜなら明日は我が身なのだから。
(つづく)
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