第11話 離れていく心

 ババルオ。アンジャルノン。彼らの私兵であった帝国兵達。

 その全員が今、縄で縛り上げられている。闘技舞台に纏めて放り込まれたその様を、バルスレイは冷ややかに見つめていた。


「力を持つこと――強者であることの重さを知らぬ者ほど、早く身を滅ぼす。それを悟るには、些か遅すぎたようだがな」

「おのれバルスレイッ! この儂にこのような無礼を働くとはッ……!」

「礼を欠いたのは貴様の方だろう。貴様が働いた悪行のために、皇帝陛下はいたく悩み苦しんでおられる。――その元凶たる貴様が、礼節を語るな!」

「……ひ、ひはっ……!」


 研ぎ澄まされた眼光が、有無を言わさぬ鋭さを帯びて、ババルオの眼を貫いて行く。その殺気に吞まれ――唾を吐いて反抗していたババルオは、あっさりと萎縮してしまうのだった。


 為政者としての度量すら持たないその姿に、バルスレイは軽くため息をついて周囲を見渡して行く。拘束された帝国兵達とアンジャルノンは意識が混濁しているのか、捕縛された時もほとんど無抵抗だった。

 事情を聴取してきた配下の騎士達によると――ある一人の旅人の仕業なのだという。


「……」


 その旅人は今、舞台の上まで駆けつけて来た少女の対応に当たっている。彼の胸ですすり泣く少女の後ろでは、民衆が彼を讃える声を上げていた。

 一方。ある男性の肩を借り、ようやく立ち上がった姫騎士は――腑に落ちない、と言いたげな視線を旅人に送っている。それは、彼女一人だけではなかった。


 旅人の活躍をただ純粋に賞賛する者もいれば、そのただならぬ強さを持つ彼は何者なのか、と訝しむ者もいる。戦いを終えて熱が収まり、民衆に冷静さが戻ろうとしているのだ。


 ダタッツと呼ばれる旅人の背を見遣り、バルスレイは目を細める。その瞳は、「見知った人間」を見つめる色を滲ませていた。


「ダタッツさんっ……よかった……よかったよぉっ……!」

「ハンナさん、そんなに泣かないでください。ジブンは大丈夫ですから。それより、あの子は……」

「街の人が、手当てしてくれて……今は料亭でぐっすり眠ってるよ……。ダタッツさんのおかげで、ローク君も……」

「……そうですか。大事に至らず、何よりです」


 すすり泣く少女――ハンナは、戦いの終焉を悟るや否や闘技舞台に上がり込み、真っ先にダタッツの胸に飛び込んでいた。その行動の速さから、彼を案じる想いの強さが窺い知れる。


「しかし……まさか帝国軍の元司令官が来るなんてなぁ。しかも、ババルオの野郎を捕まえに……」

「……バルスレイ将軍は元々、王国を尊重する姿勢を取っていました。ババルオ様の話を聞き付け、こちらまで参られたのでしょう」

「すると、この将軍様が居るなら王国は大丈夫ってことですか!? 姫様!」

「ええ。ババルオに支配されていた頃とは、正反対の……街になるでしょう」


 バルスレイ将軍を見つめ、ダイアン姫はそう断言する。その言葉を受け――民衆は大いに沸き立つのだった。


「おい、聞いたか! もうババルオの支配は終わったんだ! この国に、やっと本当の平和が来たんだッ!」

「もう王国を苦しめるヤツはいない! もう、ババルオの時代は終わりだ!」

「王国万歳! ダイアン姫万歳ッ!」


 六年に渡るババルオの支配に苦しんできた人々は、その苦しみを喜びに変え、声を上げる。今日を迎えるために生きてきた、と言わんばかりの歓声だ。

 ダタッツの実態を思案していた一部の人々も、その吉報に心を奪われている。


「……」


 しかし。王国に住む人間の誰もが喜んでいるはずの、この狂喜の渦の中。

 その中心にいるはずのダイアン姫だけが、浮かない表情のままでいた。


 彼女の視線は未だ、正体不明の旅人に向かっているのだ。


「……ダタッツ、様」

「あ、ダイアン姫! お怪我は……!」

「構いません。私ならこの程度の負傷、どうとでもなります」


 声を掛けられたダタッツは慌てて駆け寄ろうとするが、ダイアン姫は片手を伸ばしてそれを制止する。それが遠慮ではなく――警戒によるものであることは、彼女自身の眼の色が物語っていた。


 その視線を受け、ダタッツも表情を引き締める。彼女が自分にそのような眼差しを向ける理由に、勘付いたのだ。


「ダタッツ様。あなた様のおかげでババルオの魔手から、この国を守ることが出来ました。父に代わり、王国を代表して感謝致します」

「いえ、そんな……。ジブンは当然のことをしたまでですよ」

「――帝国の剣術で帝国指折りの武人を倒すことが、当然のことですか?」


 どことなく事務的な言葉遣いで礼を言うダイアン姫に、ダタッツが遠慮するように頭を下げた時。彼女は問い詰めるように、語気を強めた。

 その剣呑な雰囲気に触れ、ダタッツの眉が微かに動く。次いで、戦いが終わったにもかかわらず緊張が解けない姫君の様子を見て、ハンナの表情にも不安の色が現れてきた。

 ダイアン姫に肩を貸しているルーケンも、ただならぬ状況に目を見張っている。


「ダタッツ、さん?」

「ひ、姫様? それってどういう……」

「ババルオの私兵達とアンジャルノンを打倒したあなた様の剣。速さや威力こそ桁違いでしたが、あの型は間違いなく帝国式闘剣術のものでした。――帝国出身のあなた様が、なぜババルオと戦う必要があったのですか?」

「て、帝国出身って……!」

「本当なのかい、ダタッツ君!?」

「……」


 近くで話を聞いていたルーケンとハンナは、驚愕の表情を浮かべてダタッツを見遣る。彼を見つめるその瞳は、困惑の色に塗りつぶされていた。

 ダタッツはその視線を浴び、いたたまれない表情で目を伏せる。そんな彼の反応を見て、ルーケンとハンナはダタッツという旅人の知られざる一面を、垣間見てしまうのだった。


「……確かに彼は、帝国出身の剣士です。しかし、今はどこにも属さぬ流浪の傭兵。いつどこで誰のために戦おうと、不思議ではない身の上です。貴方方が気にすることはありません」

「……!? バルスレイ将軍、彼をご存知なのですか!?」


 その時。

 ダタッツの側に立つバルスレイの言葉に、ダイアン姫が目を見開く。一介の傭兵と元司令官に繋がりがあるという、にわかには信じがたい事実に彼女は驚愕していた。


「彼は以前、私の元で修行していた名うての騎士だったのですが……数年前、旅に出たきりでしてな。ここで会うとは思いませんでしたよ」

「そう、だったのですか……。しかし、戦勝国である帝国の身分を捨ててまで、なぜ王国に……」

「私と道を違えても、王国を尊重する気持ちは彼にもあります。恐らくは風の噂でババルオの話を聞き、居ても立っても居られなかったのでしょう」

「……」


 そんな彼女を説き伏せるように、バルスレイは次々とダタッツの人柄を語っていく。ダイアン姫はそれを受け、半信半疑の面持ちで再びダタッツを見遣るのだった。


(帝国軍の総司令官であり、戦後の王国を擁護されていた方が、わざわざ嘘を吐くとは思えない。だけど……彼の元で修行していた経験だけが、あの途方もない強さの理由なのでしょうか……)


 信じられないわけではない。それでも、納得しきれない。そんなもどかしさを抱えて、ダイアン姫はダタッツを見つめていた。


「バルスレイさん……」

「嘘は言っていないだろう。ここでお前に会えると思わなかったのは本当だ。とにかくこの場は、私の言い分に乗じておけ」

「……」


 ダタッツの方も、心配げな表情でバルスレイの方を見上げていた。そんな彼を元気付けるように、バルスレイは穏やかに微笑んでいる。


「ま、昔がどうだったかは知らないが今のダタッツ君は、俺達の味方ってことだよな。バルスレイ様がそう言うんだ、間違いない!」

「そっ、そうだよ! それにダタッツさんの歳だったら戦争にも行ってないはずだし……きっと、これから仲良くなれるよねっ!」


 一方、ルーケンとハンナは今の話でダタッツが信頼に足る人物であると判断したらしく、すっかり落ち着きを取り戻しているようだった。

 その根拠には――ダタッツの年齢を鑑みるに、六年前の戦争に参加していたとは考えにくい――というものがあった。当時の帝国軍では、少年兵の募集は行われていなかったからだ。

 あの争いのただ中にいなかったのなら……王国人の血に汚れていないのなら、今からでも分かり合えるかも知れない。そんな期待が、帝国出身という壁を乗り越えようとしているのだ。


「そうだ! どこにも属してないってなら、今から王国の騎士団に入ったらどうよ! ダタッツ君の腕なら、間違いなくトップエースだぜ!」

「う、うん、そうだよ! それ、すっごくいいと思うな!」

「……その時はハンナ、差し入れで胃袋掴んでやりな」

「だっ……だからそう言うのじゃないってばぁあ!」


 帝国出身だとしても、今からなら。傷付けあっていない今なら。

 王国人として、彼を迎え入れたい。騒ぎ立てる彼ら二人の、そんな想いが目に見えるようだった。


「……」


 しかし。

 ダタッツはその想いに応える素振りを見せず、再び目を伏せる。彼らの気持ちを知ってなお。

 ――否。知ったからこそ、目を伏せたのだ。


「……そうか。そう言うことだったのか。ようやく合点が行ったぞ! バルスレイッ!」

「……なに?」


 すると――縛り上げられ、意気消沈していたババルオが突如怒号を上げる。禿げ上がった頭に浮き出た血管が、その興奮の凄まじさを物語っていた。

 その唐突な変貌に、バルスレイは眉を顰める。この醜男が今更暴れ出したことへの呆れが、表情に現れているようだった。

 そんな政敵の顔色に構わず、ババルオは唾を飛ばして声を荒げる。精一杯の鬱憤を、ぶつけるかのように。


「貴様……初めから儂を失脚させることが目的で、今まで泳がせていたのだなッ……! この街の娘達を、生贄にして!」

「何を言い出すのかと思えば。どう解釈しようと貴様の勝手だが、我々は帝国貴族の尊厳のために貴様を裁いたに過ぎん。タネを蒔いたのは貴様だ」


「――そうやって儂の地位を奪うのが狙いだったのか……! 死んだと見せかけた『帝国勇者』を利用してッ!」


 帝国勇者。


 その一言が飛び出した瞬間。


「帝国、勇者……!?」

「帝国勇者って……あの、六年前の戦争で王国軍を蹂躙したっていう……」

「あの、帝国勇者……!?」


 この場にいる人間全てが――凍り付いた。

 喜びの渦は消え去り、氷原が広がるように辺りは静まり返る。誰もが、ババルオの言葉に耳を奪われていた。


「貴様ッ……!」

「帝国勇者に剣を教えた貴様のことだ。帝国勇者を死んだことにしていたのも、今日になって再来したことも、全て儂を追い落として自分が王国を手に入れるための策謀だったのだろうッ!」

「――お前達! この男をさっさと連行しろ! これ以上戯言を吐かせるな!」

「ぬぅうあッ! 離せッ、離さぬかァッ!」


 その注目に乗じるように、ババルオはさらに声を張り上げて行く。バルスレイを糾弾するかのように。

 それに激昂したバルスレイの命により、精鋭騎士団は直ちにババルオの両脇を固め、馬車の中へと連行していった。彼が馬車に入れられ、扉が閉まるまで――バルスレイと「帝国勇者」への罵詈雑言は続いていた。


 そうして騒動の火種が断たれ、再び場は静けさを取り戻したが――すでに辺りに漂う不穏な空気は、取り返しのつかない重さに達している。


 ババルオが「帝国勇者」と呼び、憎しみの視線を注いだ男――ダタッツ。


 彼の全身には、王国に住まう全ての人々の「畏怖」の眼差しが注がれていた。


 王国に住まう全て。そう、ハンナやルーケンも、その例外ではなく。

 彼の側には、王国人は一人も居なくなっていた。


 今しがた証明された彼の強さが、「帝国勇者である」という言葉に圧倒的な説得力を持たせていたのだ。


「う、そ……ダタッツ、さん、が……!」

「帝国、勇者……!?」


 あれほどダタッツに近づいていたはずの二人の心が、弾かれるように離れていく。悍ましいものを見る眼で自分を見つめるハンナとルーケンを見遣り、ダタッツはその変化を悟っていた。


 ダタッツは帝国勇者と呼ばれた、悪魔の尖兵だった。真偽を問わず、その噂が民衆を通じ、城下町一帯に轟くのは時間の問題だろう。


(自分と同じ年頃の息子を奪うのは、どんな気分だ帝国勇者……!)


 帝国勇者と解るや否や、怯えるハンナを抱き寄せ、憎しみの視線をダタッツに向けるルーケン。怒りや哀しみをないまぜにしたその胸中は、強く表情に現れている。

 その眼差しを浴びたダタッツは、眉を顰めて瞼を閉じ――沈黙を貫いていたが。


「……じゃあ、バルスレイさん。ジブンは、もう行きます」

「ダタッツ……」


 たった一瞬の苦笑いを、バルスレイに向け――踵を返して行く。自分がここに居てはならない。そう、眼差しで語りながら。


 そうして、立ち去ろうとする彼が闘技舞台を降りる瞬間。


「帝国勇者が……帝国勇者が生きてたんだ!」

「にっ、に……逃げろぉおぉ! みんな殺されちまうぞぉおぉぉっ!」

「きゃああぁあ!」


 彼の進行方向に立っていた民衆が、悲鳴を上げて散り散りに逃げ出して行く。かつてダタッツに賞賛を送っていた人間全てが、蜘蛛の子を散らすようにこの場から離れようとしていた。


 そんな逃げ惑う人々の背を、ダタッツは静かに見送る。諦めの表情にも似たその面持ちは、民衆の人影が消えかけた頃に、ダイアン姫に向けられた。


「……申し訳、ありません。ただの旅人として力になれることがあれば、と思っていたのですが……やはり、ジブンが来るべきではなかったようです」

「……否定を、しないのですね」

「ジブンから語るつもりはありませんでしたが、嘘まではつけませんから」


 警戒を絶やさず自身を睨みつけるダイアン姫に対し、ダタッツは苦笑を浮かべたまま白状するように語る。己を象徴する「帝国勇者」の名を、ありのままに受け入れて。


「いいのか。お前は、それで……」

「ジブンに出来ることはここまでです。今の王国に友好的と知られているあなたが来た以上、ジブンはもう必要ありません。ここに居ても、いたずらに町のみんなを怖がらせてしまうだけです」

「――それで、今度はどこに行くつもりだ。皇女殿下は、今もお前を想い続けておられるのだぞ」

「――ここではない、どこかです。今は、それだけしかわかりません」


 引き留めるように声を掛けるバルスレイに対し、ダタッツは振り向くことなく歩みを進めて行く。「自分を想う人がいる」という言葉に一瞬だけ止まった足も、数秒だけの間を置いて再び動き出していた。


 だが。


「待ってくださいッ!」


 ダイアン姫の叫びが、ダタッツの動きを止める。

 彼女の叫びに反応して思わず振り返る彼の目には、ルーケンの肩から離れ、ふらつきながらも両の足で立ち上がる姫騎士の姿が映し出されていた。


「……ダイアン姫……!?」

「なぜ、なのですか。わたくし達を苦しめ、母上を! ロークの父上を! アイラックス将軍を! 王国の人々を奪ったあなたが! なぜ、今になってわたくし達を助けるのですか! なぜ、『帝国勇者』が――わたくし達を救って下さった、あなたなのですかッ!」


 ダイアン姫はいつになく興奮した様子で、畳み掛けるように声を張り上げて行く。その表情は怒り以上に――悲しみに溢れていた。


 おとぎ話の王子様のように颯爽と駆けつけ、華麗な技で窮地を救う美男の剣士。それは本来ならば、女としての心を焦がし――淡い恋さえ抱かせてしまうような存在。

 しかしその実態は、自分達から全てを奪った「帝国勇者」だった。その受け入れがたい事実が、ダイアン姫の中に負の感情を芽生えさせているのだ。


 その責め立てるような言葉の波を浴びて、ダタッツは逡巡するように僅かに目をそらし――


「王国と戦う理由を失ったから、ですよ」


 ――絞り出すような声で、小さく呟くのだった。追い詰められた人間が吐き出す、真実の言葉として。


(そんな……そんな一言で、わたくし達をこんなにも惑わせて……ッ!)


 その言葉を受け、ダイアン姫は桜色の唇を強く噛み締める。彼女の中で渦巻く、帝国勇者への怒りは――憎しみとは異なる色を滲ませていた。

 彼に救われた恩があるからこそ。自分達のために戦った彼の勇姿に、一時でも惹かれた自分がいたからこそ。彼が帝国勇者であることが、許せなかったのだ。


(許せない……! あなたが「帝国勇者」でさえなければ、ただの「帝国出身の剣士」でしかなかったなら……こんなに苦しい気持ちにもならなかった! あなたに、もっと素直に、ありがとうと言えた!)


 そして、彼女の王女として――女としての怒りは。ある方向へと向かっていくのだった。


「……そうですか。だから帝国の身分を捨て、ただの旅人になった、と?」

「……そうなります」

「わかりました。ならばわたくしも、『ただの旅人』としてのあなたを相手に、話をさせて頂きます」

「えっ……!?」


 ダイアン姫の冷たい氷のような声色に、ダタッツは言い知れぬ恐怖を感じ――目を見張る。彼女の近くに立っていたルーケンとハンナも、その恐怖を間近で体感していた。


「ただの旅人の、ダタッツ様。ダイアン王女の名において――あなたの腕を見込み、王国騎士団の予備団員として推薦させて頂きますわ」


 「一国の王女」が「流浪の旅人」を、予備とはいえ騎士として推薦する。本来ならば異例の状況であり、根無し草の旅人が手にできる最高の栄誉であるはずのその交渉は――凍てつくような冷たい空気の中で行われていた。


「ひ、姫様、本気ですか!? だってこの男は……!」

「過去はどうあれ、ここにいるダタッツ様はただの旅人です。それに腕の立つ人間を一人でも多く取り立てることは、騎士団が萎縮している我が王国の急務」

「し、しかし……!」

「――それに。ダタッツ様の用事は終わっても、わたくしの用事は終わっておりませんので」


 ダタッツを警戒するルーケンに対し、にこやかに語るダイアン姫。しかし、その瞳は――氷のように冷ややかで、氷柱のように鋭い。口元のような緩みの色は、まるでない。

 その歪さが、ルーケンを黙らせ――ダタッツを戦慄させていた。自分を見据えるダイアン姫の眼光に当てられ、ダタッツはえもいわれぬ威圧感を覚えるのだった。


「もちろん、引き受けて頂けますわね? ダタッツ様」

「いえ、ジブンは……」

「引き受けて、頂けますわね? 帝国勇者などとは違う、ただの旅人のダタッツ様」


 選択の余地など与えない、と言わんばかりであった。炎の如き激しさと、吹雪の如き冷たさを兼ね備えた彼女の怒気は、帝国勇者さえ黙らせる勢いを持っていたのだ。


 帝国勇者が無所属である今、その力を王国の手元に置けるチャンスがあるなら活用すべき。そんな打算を口実に、彼女は己の怒りを眼前の旅人にぶつけようとしていた。

 それは、彼女なりの「復讐」だったのかも知れない。


「……わかり、ました。謹んで、拝命致します」

「……ええ、ありがとうございます」


 だが、帝国勇者として王国を苦しめていたダタッツには、それに逆らえない負い目がある。ゆえに彼は彼女の胸中を悟ってなお、従う道を選ぶのだった。


「……とんでもないことに、なったものだ」


 去り行くダタッツを引き留め、あまつさえ騎士団に引き入れてしまったダイアン姫の眼力。

 その威力を目の当たりにしたバルスレイは、ため息まじりに――肩を落とす「帝国勇者」を見遣るのだった。


「……」


 一方。

 そんな彼らのやり取りを、ルーケンの腕の中で見守るハンナは。


(ダタッツ、さん。あなたは、本当にお兄ちゃんを……)


 悔いを残した表情で、ダイアン姫に跪くダタッツを見つめていた。

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