第2話 地方都市の来訪者

(……ここに来るのは、アイラックス将軍を倒した後に運ばれて来た時以来、か)


 普段は活気に溢れた明るい街であるはずの、地方都市。笑顔に溢れた人々で賑わっているはずのその街並みは――どこか寂れている。

 石畳を照らす真夏の陽射しに反して、道行く人々の表情もどこか陰りを滲ませていた。


 そんな彼らの様子を横目に見遣りながら、一人の騎士が街道の中央を歩んでいた。黒髪と赤いマフラーを靡かせ、白銀の鎧を煌めかせる彼は――太陽の輝きの下、凛々しき眼差しで青空を見上げる。


(あれから一年、行く当てもなく彷徨って流れた場所がこことはな)


 舗装された石畳や整然とした街並みは、戦時中から何も変わっていない。まるでこの街が――否、帝国そのものが時空から切り離されているかのように。

 だが、魔法の力が剥奪された現代において、その事象はあり得ない。破壊と復興を繰り返した王国ばかりが、時間を進めているように見えて――帝国もまた、目につかないだけで同じ七年の「戦後」を共有しているはずなのだ。


(……帰巣本能、とでも云うのかな。それともただ、俺の心が弱いだけのことか……)


 あの戦争が終わり、それほどの月日が流れた今も昔も。変わらないままでいられるのは、それだけこの街が平和であることの証左である。

 それは望ましいことであり、それはこれからも揺らぐことなく続いていくはずだった。……はずだったのだ。


(リコリスさんを攫った奴隷商……か)


 黒髪の騎士にも、件の事件は耳に入っていた。街中がその話題で持ちきりであり、それゆえに暗いのだから自明の理でもあるが。

 彼自身にとって、リコリスという令嬢との面識はハッキリしていない。自身が疲弊していた時に看病されていた――という事実だけは聞き及んでいるが、その頃の記憶は曖昧で、ろくに人相も知らない。


(……事件が起きたのは三日前と聞いている。なら、手の打ちようはあるはずだ)


 ――それでも。件の事件を見過ごさない理由としては十分過ぎる案件だった。無意識のうちに、握られた拳に力が篭る。


「おいお前っ!」


 その時だった。背後から幼い少年らしき声が突き刺さり、騎士は思わず振り返る。

 見下ろした先では、三人組の少年少女がこちらを睨み上げていた。全員、七歳前後のように伺える。

 そんな目つきで睨まれるようなことをした覚えどころか、面識すらないが――彼らの眼差しに宿る敵意はただならぬものであった。


「えっと……ジブン?」

「他に誰がいるんだ、奴隷商の手先め!」

「奴隷商の手先?」


 彼らのリーダー格と思しき金髪の少年は、碧い瞳で黒髪の騎士を睨む。腰から引き抜いた、一振りの短剣グラディウスを翳して。

 彼の発した言葉から、奴隷商絡みの事件のことを言っていることは伺えたが――正直、その容疑については身に覚えが全くない。


「そうだ! 奴らの怪しい影を見た父ちゃんが言ってたんだ、奴らの中に王国製の鎧を着た奴がいたって!」

「……」

「あんたなんでしょ、リコリス様を攫った悪い奴は! 観念してリコリス様を返しなさい悪党!」


 だが、自分がいきなり奴隷商の手先呼ばわりされた理由は思いの外、早く発覚した。事件当初からあった目撃情報を頼りに、当たりをつけていたのだ。


(……やはり、そう見るか)


 一角獣を模した鉄兜。青く縁取りされた白銀の鎧。ライトブルーのインナー。首に巻かれた赤いマフラーを除く全てが、彼が王国騎士であることの証左となっている。

 王国騎士を格好をした一味の仕業、とだけ聞いている少年達が疑いの目を向けるのも、無理からぬことであった。


 よく周りを見渡してみれば、街の誰もが遠目に自分を見ながら、ヒソヒソと言葉を交わしている様が伺える。三人組が声を張る前から、この奇異の視線は騎士に降りかかっていた。


(……この時期に、この辺りをうろつく王国騎士などそうそういない。そんな格好をしてる奴が、白昼堂々街中に現れれば、こうなるのも当然か)


「ね、ねぇカイン、ミィ。や、やっぱやめようよ、勝てっこないよ……。それに、この人が犯人っていう保証だって……」

「なに言ってんだよポロ! リコリス様を見捨てる気か!」

「そうよそうよ! 大人達は全然頼りにならないんだから、あたし達でなんとかしなきゃダメじゃない!」


 そんな中、三人組の中で唯一尻込みしていた丸顔の少年が、二人におずおずと声をかける。だが、金髪の少年と赤い髪の少女は眉を吊り上げ徹底抗戦を訴えた。


「で、でも……」

「でもも何も無い! ミィ、こいつ見張ってろ! オレ、騎士団に知らせて来る!」

「わかったわ!」


 カインと呼ばれた少年は、ミィという少女に指示を送りながら、領主の邸宅がある方向へ走り出して行く。正しくは、その方角にある騎士団の詰所へと。

 その間、ポロという丸顔の少年はずっと彼らを交互に見やり、慌てふためいていた。


(――俺も大人しい方だったから、小さい頃はこんな風だったっけ)


 そんなポロの慌てようを、微笑ましく見守る黒髪の騎士。そんな彼に、ミィの鋭い眼差しが突き刺さる。


「あんた! カインの命令なんだから、大人しくここにいることね! 逃げようったって、あたし達リコリス親衛隊が逃がさないんだから!」

「リコリス親衛隊?」

「ね、ねぇミィやめなよ。僕たち、いつもリコリス様と一緒に遊んでるだけで……」

「黙ってなさいよポロ! 黙ってたらわかりゃしないわ!」

「……くす」


 ミィとポロのやり取りから、彼らがリコリスとどのような関係であり、どのように過ごしてきたかを感じ取った騎士は――拳を口元に当て、和やかな笑みを浮かべる。

 そんな彼の反応を侮辱と受け取ったのか、少女はさらに眉を釣り上げた。


「んなっ! 今笑ったわね! あたし達リコリス親衛隊を舐めてると、痛い目に遭うわよ!」

「ふふ、そうだな」

「だ、だめだよミィ、刺激したら危ないよ!」


 ミィの可愛らしい怒声を浴びながら、騎士はくすくすと微笑むばかり。そんな彼にいきり立つ彼女を、ポロが懸命に宥めていた。


「通報を聞いた! お前が件の王国騎士か!?」

「騎士団のみんな、あいつだよ! リコリス様を攫った犯人!」


 すると、数人の帝国騎士が双角の兜を揺らして駆け付けてくる。そのそばを懸命に走るカインが、赤マフラーの騎士を指差した。

 その様を見つめる騎士は――まるで抵抗する気配を見せず、彼らの前に進み出た。


「……? とにかく、詰所で貴様の身柄を預からせてもらう。無駄な抵抗はするな」

「わかってますよ。あ、お手柔らかにお願いしますね」

「黙れ! さっさと歩け!」


 そんな彼の様子に訝しみながらも、帝国騎士達は予定通りに取り調べに移るべく、騎士から鉄製の剣と盾を取り上げ、手錠をかける。

 そうして連行されるまでの間。最後まで何も行動を起こさなかった彼を、三人組は暫し呆然と見送っていた。


「ね、ねぇカイン。結局あの人、最後まで何もしなかったね……。やっぱり事件とは関係ないんじゃあ……」

「バカ、そんなわけないだろ。事件と関係ない奴があんなカッコでこの街に来るかよ。きっと暴れるのがカッコつかないから、負け惜しみで余裕ぶってんだ」

「きっとそうね。あ、もしかしたら何か隠してるのかも知れないわ! 追いかけて見張ろうよ!」

「だな! よぉし、リコリス親衛隊、出動っ!」

「ちょ、ちょっと二人とも待ってよ〜!」


 だが、結局疑念が晴れたわけではなく。さらに何かを隠してるのではと勘ぐった三人組は、帝国騎士達を追っていく。

 そんな彼らの駆け足を、黒髪の騎士は肩越しに見つめていた。


 ◇


 帝国騎士の詰所にある、レンガ製の牢屋。その中に閉じ込められた騎士は、鎧も剣も盾も没収され、青い服一着と赤マフラーだけの姿で佇んでいた。

 壁にもたれかかりながら腕を組み、鉄格子に阻まれた窓から外を見やる彼。そこへ――カインと呼ばれた少年が踏み込んでくる。


「へへ、ざまぁねぇな! さぁ観念してリコリス様の居場所を教え――あだだだ!」

「ガキはとっとと帰れ! ――それと貴様、ダタッツと言ったな。今夜には隊長が平原の巡回を終えて戻られる。貴様への尋問はそれから行うから、それまで大人しくしていろ。いいな」


 ……すぐさま帝国騎士に耳をつねられたが。

 若い騎士はダタッツという黒髪の男を訝しげに睨み、今後の予定を告げて立ち去って行く。その後に続くように、カインも忌々しげにダタッツを睨みながら去って行った。


 彼らの様子を静かに見送る黒髪の騎士は、神妙な面持ちで外に目を向ける。隙間から覗く空は、徐々に黄昏の色を滲ませていた。


(さて……上手く行くといいが)


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