75豚 風の神童と皇国のお姫様⑤

 《風の神童スロウ・デニング、お前の噂は皇国にも聞こえていたにゃあ……精霊と対話出来る不思議な子。噂以上だにゃあ それで? お前がシャーロットを守るからにゃあの怒りを静めろと言ったにゃあ?》


 第一印象は怪我をしたでっかい化け猫。

 幼いシャーロットの背に現れた巨大な黒猫と風の神童スロウ・デニングの間で繰り広げられる見えない風の攻防、大精霊が巻き起こす力を小さな子供が必死で押さえつけていた。


「ああ、そう言ったんだ」

「ねぇいきなりどうしたの?」


 泣き疲れてぐずるシャーロットにもスロウの言葉は聞こえていた。

 聞こえていたけれど大精霊の声言葉が聞こえないシャーロットにはスロウ彼の言葉の意味は分からなかった。 

 スロウはシャーロットを見つめ、何でもないんだといって微笑んだ。 


《たまにお前みたいなのが生まれてくるけど、これは予想以上だにゃあ。精霊と対話出来るならにゃあが何を求めているか分かってるはずだにゃあ》


 風の大精霊アルトアンジュがデニング公爵領にやってきた理由、それは精霊が噂する神童スロウ・デニングを一目見たかったからだった。

 そして大精霊の目に叶えば、力を貸す代わりにシャーロットの保護を求めようと思っていた。

 本人を前にした大精霊の思いは予想以上。

 精霊達が風の神童スロウ・デニングを守るように立ち塞がっている、これにさすがの大精霊も驚いた。


《にゃあは闇の魔法がへたくそだからよほど無理をしないと実体化も自分の声を人間に聞かせることも出来ないにゃあ。にゃあの代わりにシャーロットを守ってくれる人間が必要だにゃあ》


 帝国はシャーロットを探している。

 モンスターの影響を受けているあの国は、モンスターと心を通わせるといわれている皇国の姫が必要だったのだ。

 風の大精霊が放つ威圧感を前にしてスロウはゆっくりと頷いた。


「君に頼みたいのはこれ以上暴れないでくれってことだ。君のせいでデニング領から精霊達が逃げ出し始めた。その殺気を解いてくれるなら、俺がこの子を守る」

「!? あばれてないもん! わたし、あばれてないもん!」  

「え! 違うよ、君のことじゃないって!」


 シャーロットは大きな瞳で睨みつけた。

 けれど泣き声は響かない。

 もう泣くことに疲れてしまったらしかった。

 それよりも目の前の変な男の子のほうに興味が出たらしい。

 突然、独り言を呟きだした男の子。

 幼いシャーロットを世界に引き戻した男の子。

 ぐ~と情けない音がして、シャーロットは突然お腹を押さえた。


「あ……これはあれだもん……」


 その音が可笑しくてスロウを笑った。風の大精霊アルトアンジュの殺意溢れる様子に比べてほのぼのしすぎていると思ったのだ。

 

《お前を守ってる精霊が証人にゃあ。シャーロットをこれから守ってもらうにゃあ風の神童スロウ・デニング。理解したらシャーロットが持っているこぶたを撫でるにゃあ》


 何も知らないシャーロットはやっぱり涙目でスロウを睨みつけた。


「……う~」

「あはは、ごめんごめん。でも、お腹が空いているんだね」

「……うん、おなかすいた」

「じゃあ、美味しいご飯を後で一緒に食べよう。ねえ君の名前は何て言うんだい?」


 シャーロットはどうしようかとちょっとだけ考え、ぎゅっと抱き締めるぬいぐるみをスロウの胸に押しつけた。

 本当の名前を言おうか迷って、奴隷商人に捕まったときに咄嗟に言った名前を思い出す。


「ぶ、ブレイディ」

「それは多分。その子の名前だろう?」

「……うん。本当はね……」


 スロウは苦笑してぬいぐるみの頭を優しく撫でた。

 そして、シャーロットがそっと口から零した名前を頭の中で反芻した。

 精霊達から聞いていた名前だけど、やっぱり本人の口から聞くのではありがたみが違った。


風の神童スロウ・デニング。シャーロットをその力を用いて守るにゃあ。シャーロットの素性をばれないように力を尽くすにゃあ。当然、期間は一生にゃあ。その代わりちょっとしたことならお前の頼みも聞いてやるし、力を引き出しても構わないにゃあ。たった一人の人間に力を貸したことはないから、力を引き出すのは正直お勧めしないにゃあ。お前の身体が耐えられるか分からないからにゃあ》


 第二印象は親バカだった。

 けれど気持ちの良すぎるぐらい、清清しい程の親バカぶりだとスロウは思った。

 風の大精霊がシャーロットのことをとても心配していることはよく分かったし、これ以上この子に辛い目に合って欲しくないという思いはスロウも同感だった。


 しかし、彼が余りにもあっさりと決断した一番の理由は。

 こっそりとお姫様プリンセスを守るって何だか主人公みたいでカッコいいとも思ったからだ。

 

「シャーロットちゃん」

「ちゃんはやめて」

「あ、ごめんぶひ……。さて、とっくにあいつらの戦いも終わってるようだし、俺の家に戻って一緒に美味しいスープでも食べようか、シャーロット」

「うーん……うん、たべたい。お腹すいた」


 風の神童が抱える二人の騎士は大層優秀な者達だった。

 既にクラウドは屋敷に報告するためその場におらず、シルバは壇上の二人の様子をニヤニヤと見つめていた。

 

「……まずいな、これじゃあ誘拐犯みたいな台詞せりふだ」

「すろうは悪いひとなの?」


 既に自己紹介は終わっている。

 風の神童は彼女から名前を呼ばれたことに一抹の安心感を覚え、言った。


「そうさ。俺はとっても悪い誘拐犯なのさ」


 思わずシャーロットも笑ってしまうぐらい、悪党らしからぬ笑顔だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る