2豚 さあ、始めようかダイエット!
このデブ! このデブ! このデブ!
ふざけるな、豚公爵っ!
俺は豚公爵の記憶を知って怒っていた!
こいつが何故、デブで皆から嫌われるヘイトを貯め、最終的に国から追放されたか知ってしまったからだ。
「ぶほ、ぶう、ぶう」
豚公爵、全て計算尽くしのつもりでした!
次代公爵家当主がただの従者の女と結ばれるなんてあり得ないから皆から嫌われ、家の品格を落とし、様々な事件を起こし、国から追放される計画だ。
国を追放された後はこっそりと貯めていた金を使い、どこか静かな場所でシャーロットと慎ましく暮らす夢があったらしい。
だけど、そんな豚公爵の夢は叶わない。
シャーロットはアニメ版主人公のハーレムの一員となり、生きる希望を失った豚公爵は奴隷となり死んでいくのだから。
「ぶひ。ぶひっ、ぶひっ!」
滝のような汗を流しながら俺は走っていた。学生服を脱ぎ捨て、簡素な布の服を纏い、俺は走っていた。汗で服はベトベトだ。足は今にも縺れそうだ。
あーもうメチャクチャしんどいよ!
おい豚公爵! いや俺! どんだけ運動しなかったんだよ!
「おい見ろよ! 豚公爵が走ってるぞ! さながらオークの行進だなあの姿!」
「ほんとだー。明日は空から豚が降ってくるのかなー」
陰口を受けながら俺は走り続けた。
豚公爵がアニメの中でどれだけ馬鹿にされてもダイエットをしなかった理由が分かった。無能だとバカにされ続けないといけないからだ。
王国一の軍人の輩出先、デニング公爵家。
現公爵家当主バルデロイ・デニングから豚公爵は溺愛されていた。
理由は単純、豚公爵は現当主を超える風魔法の才能を持っていたからだ。
代々、風のデニング公爵家に受け継がれているしきたりの一つ。
それは
公爵候補の内、最も風の精霊から愛された者が次代の公爵家当主になるのだ!
豚公爵が生まれた時、次代公爵はほぼ決定した。
豚公爵は物心付いたときからデニング公爵家次代当主となるための教育を受けていた。
しかし6歳の時。
豚公爵は奴隷市場で死んだ目をしているシャーロットと出会い、悪戯な風の妖精からシャーロットの素性を知ってしまった。
目の前にいる痩せ細った女の子はあの滅亡した皇国の王女だと。
彼女がどんな目に会い、奴隷にまで身をやつしたか豚公爵は知ってしまった。
「我が騎士クラウド、シルバ!! あの奴隷を買え! 幾ら金が掛かってもいい! あいつをあの場から解放しろ!」
「スロウ様……見てください、あの女の子に掛けられた値段を。生半可な額じゃありませんよ」
「スロウの坊ちゃん。うーん、ちと金が足りなくないすか?」
「父上がそろそろ俺に従者を見繕うと言っていた! 向こう5年の俺の小遣いで足りるだろう!」
そこから徐々に豚公爵は変わっていく。
不摂生な生活をし、周りに理不尽な命令を出し、聡明な次代公爵家当主は我儘なお坊ちゃんになっていく。
そして、豚公爵にとってはこの学園生活が肝だった。
豚公爵の存在が公爵家の名誉を下げると貴族の子弟達から国中に広めるのだ。
「ぶひっ、ぶひっ、ぶひいいいいいいぃぃぃぃぃぃい」
アニメでは見事、豚公爵の策略は成功した。
国から追放されることが決まった日、公爵家当主から豚公爵は「スロウ。私の前に二度と顔を見せるな」と言われるのだから。
他にもやり方はあったんじゃないのか豚公爵!
「ぶひいいいい! ぶひいいいい!!」
俺は思い出す。
とあるイベントでアニメの総監督が言っていた言葉がある。
『豚公爵は賢く・強く・優しく、そして悲しいことに根性がありました。この物語は裏から見れば彼の悲哀のお話しです。豚公爵は一人で全てを達成する力を持っていたために、シャーロットを主人公に取られたのです。このアニメは全てを己の心の内に隠し続けた男の子の物語でもあるのです』
「ぶひっ、ぶっ、ぶっ。ぶひあああ。ぶひああああああっっ!!」
痛っ!
俺は勢いを付けて地面に転がった。痛い、顏に傷が付いたかもしれない。情けない姿だ。これが風の精霊に愛された豚公爵の姿か。どこかでシャーロットも俺のことを見ているに違いない。豚公爵の心が弱弱しく震えていた。
「あ。豚公爵がこけたぞ! うわ~、あの体形で走るから」
「ださ。死ねよ豚。目の毒だってまじ。幾らデニング公爵家でもあれわね~……」
風の精霊が俺に学生達の声を届けてくれる。豚が転げまわる姿はさぞや面白い見世物だろう。「皆見ろよ。あれが豚公爵の豚踊りだぜ」くそっ、意味分からないことを言うな。全部聞こえてるんだよ。お前らはチャンバラごっこでもしてればいいんだ……あれ、声が聞こえるってことは……。
もしかしてアニメの中でも豚公爵への罵倒の言葉は全部聞こえていたのか?
「あっ。豚公爵がこっち見てるよ」
「この距離だよ聞こえてるわけないじゃん。おーい、豚。ほら、聞こえてない。おーい、豚公爵。ほら聞こえてない」
俺は服に付いた泥を払い、だだっ広い運動場の外周を再び走り出した。
今は剣術の授業中だったが、俺は先生に願い出て一人だけ走らせてもらうことにした。先生は呆れた顔で許可を出してくれた。内心はホッとしているんだろう。俺が剣術の授業をまともに受けたことは無かったからな。
「ぶひぶひ、ぶっひ。ぶっひぶひ」
この魔法学園では座学・体術・剣術・魔法を中心に授業が行われる。
だが、豚公爵は体術・剣術の授業をアニメでは捨てていた。その理由も今なら分かる。この身体では体術・剣術で良い成績を取ることなんて不可能だ。
同学年の生徒たちが運動場の中心で剣を持ち、二人一組で戦っている。
豚公爵に友達はいないから二人一組なんて土台、無理な話だ。今だって多くの生徒から陰口を叩かれているが、俺に気を遣うやつなんて一人もいない。
「ぶひっぶひいい。ぶっひ」
シャーロットへの思いを誰にも打ち明けず、万事を一人で行おうとしたバカが豚公爵だ。
誰に頼ることもせず、ただ一人の少女を思い続けたバカが俺だ。
「ぶひい」
けど、今の俺はそんな未来を歩みたくない。
前世の記憶を取り戻してから、俺は決めたことが幾つかある。
その内の一つを今実行していた。
まず、痩せよう。
「ぶほ。っぶうう。ぶほお」
アニメの豚公爵は外見に一切、気を使わなかった。
シャーロット以外の人間なんて豚公爵にはどうでもよかったからだ。
しかし、その先に待っているのは破滅だということを俺は知っている。
「ぶほ、ぶほ」
前世の俺が豚公爵となり、豚公爵の人格は消えてしまったと思っていた。
しかし、消えてなどいなかった。
シャーロットの姿を見つめる度、豚公爵の心が叫んでいる。
「俺は君が好きぶひいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
あ、こけてしまった! 重い身体は走ることに向いていないのだから当然だ。くそ〜太り過ぎだろ豚公爵! もっと身だしなみに気をつけろ!
「またこけた。豚公爵、何がしたいんだろう」
「パパに怒られたんじゃない? ほら、デニング公爵って身嗜みに厳格って噂だから」
女生徒からの視線が突き刺さる。
まだ、走ってる、とか。ダイエットなんて今更無理だ、とか。
くそ! イライラする! 黙ってろ! けれど俺が苛立つ度に豚公爵の心が震えるのだ。外野なんてどうでもいいブヒって言っている。……いいや、違うぞ! 俺は言い返すぞ豚公爵! だからお前はダメなんだって! 世界はお前の計画してる通りに行くほど甘くはねえぞ!
全部、自分一人で抱え込んでもいいことなんて無いんだから!
ほらっ、とっとと走れ!
この豚公爵が!
「ぶひっ。ぶひっ、ぶひぶひっ」
これからは俺は黒い豚公爵を脱却して白い豚公爵を目指すぞ!
目指せ! 人気者の真っ白豚公爵だ!
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